ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


なんかもう初日から無茶苦茶

帝国暦九十三年 風花の月・守護者の日(現代暦:四月上旬)

 新天地での二年目の学校生活が始まった朝。教室の座席の並びは、去年とほとんど同じだった。ラムリーザは、いつもどおりくっついてくるソニアに背を預け、窓の外を眺めていた。

 前の席のレフトールがしきりに話しかけてくるが、たわいもない内容なのでラムリーザは「うん、うん」と相槌を打つだけだ。それでもレフトールは、べらべらとしゃべり続ける。こんなに話す奴だったのかと、改めて思うほどだ。

 そこでラムリーザは、レフトールの子分一号、副将格のマックスウェルが、いつもぼんやりしている理由がわかったような気がした。レフトールの相手をしていると、適当に相槌を打つだけでどんどん話が進んでいくので、こちらはほとんど聞いているだけでいい。

 そんなふうに、まるでラジオでも聞いているかのように、ラムリーザもぼんやりしかけたそのとき――。

「レフトールさん、そこは私の席です。どいてくださいですの!」

 聞き慣れた声。しかし、ここにいるはずのない声。

「あらぁ? お前、おらんようになったんとちゃうん?」

 いきなり席をどくように言われたレフトールは、驚いたような声をあげたが、驚いたのはラムリーザも同じだった。おそらくこの場にいる者すべてが驚いているだろう。

「ユコ? なんで?」

 そこに現れたのは、ユコ・メープルタウン。ラムリーザにとっては去年知り合った友人で、リリスにとっては中学以来の付き合いだ。しかし彼女はこの春、親の仕事の関係で新しい街へ引っ越すことになり、お別れ会までやったはずだ。そのユコが、いま目の前にいる。

「引っ越し先、新しい街って、フォレストピアのことでしたの……」

 ユコは顔を赤らめ、決まり悪そうにちらちらと視線を泳がせながら答えた。

 引っ越し先がフォレストピアなら、ラムリーザも同じだ。わざわざ転校する必要はない。

「そういや去年はお前がここに座っていたな」

 レフトールは、しぶしぶユコに座席を明け渡した。さらに、前に座っていた生徒に「どけやコラ!」と凄んで追い払い、ユコの前の席を確保した。

 レフトールが移動すると、隣の席の生徒もすぐに怖がって逃げ出した。やはりラムリーザたちにとってはお調子者でも、それ以外の生徒にとってはまだまだ脅威の存在であるようだ。

 レフトールはさらに、自分の前の席へマックスウェルを呼びつけた。

 ラムリーザは、グループの中でただ一人、顔色を変えないリゲルが気になった。いつもどおりの平静さなのか、それとも――。

「リゲル、ひょっとして知ってた?」

 ラムリーザは、おそるおそるリゲルに尋ねてみた。

「ああ、知ってた」

「な、なぜ?!」

 ラムリーザは絶句した。知っていて、なぜ黙っていたんだこの男は?!

「お前が俺の親にあいつについて頼んでくれと言ったときに話をしたが、仕事の移転先がフォレストピアだと聞いて、転校はないなとわかったので、気にしなくていいと答えただろ? 言わなくてもいずれわかることだからな」

 確かにリゲルは、先月フォレストピアの最終視察に行ったとき、行きの車の中でラムリーザがユコについて尋ねた際、「気にしなくていい」とだけ答えた。だが、その一言だけでは「転校はない」とまでは分からない。

 ラムリーザは、リゲルが父親との会話がうまくいかなかったからはぐらかしたのかと思ったが、まさかこんなオチが用意されているとは。

 そういえば、ユコの引っ越しを見送りに行った日、「茶番劇」と評していたような気がする。まったく、なんて男だ。一杯食わされた……。

「でもそれなら、なぜ春休みに会わなかったんだ? ユコも言ってくれればよかったのに」

「いえ、その……。お別れ会まで開いてもらって、そこで『やっぱり同じ街でした』って出てくるのが、なんだか恥ずかしくて……。春休み中、ずっと引きこもってましたの……」

 ユコは、俯きながら指先をそわそわと動かす。その顔は、制服のリボンよりも赤くなっているように見えた。

 だが、リリスにとってはそんなことはどうでもいい。席に座ったままユコに抱きつき、また一緒に過ごせる喜びを全身で表現していた。

「よかった! また一緒に遊べるね!」

 リリスは朝一番に会ったときには元気がなさそうだったが、今はそれも感じられないほどはしゃいでいる。

「ええ、これからもよろしくですわ」

 ユコも抱きつき返す。二人はしばらく、抱き合ったままもぞもぞしていた。

 リリスの腕には、一年生の終わりに失くしたものを取り戻したような力がこもっていた。

 そこに、ソニアの怒ったような声が響いた。

「ココちゃん返して!」

「はい?」

 ユコは、険しい表情のソニアを見て、不思議そうな顔をする。

「ユッコがいなくなるから、あげたんじゃなくて貸しただけ。再会したら返してもらうことになってた。だからココちゃん返して!」

 ココちゃんとは、ソニアが可愛がっていた(?)、白くてずんぐりむっくりとしたぬいぐるみ――いや、クッションのことだ。

 お別れ会のプレゼントとして渡していたが、確かに「また会う日まで貸すだけ」とは言っていた。

 しかし、ココちゃんはユコも前から欲しいと思っていたぬいぐるみだ。

「もらったものは私のものですの」と答えて知らん振り。

「あげてない! 貸しただけ! 返せ! この転校するする詐欺女!」

 ソニアはユコに怒鳴りつけたあと、さらにリゲルを批判した。

「リゲルが最初から本当のこと言ってくれてたらココちゃん渡さなかった! リゲルのせいでユッコにココちゃん取られた! 責任持って取り返して!」

「それはそうだな、リゲル、君のせいでこうなったんだ。ココちゃんはソニアのお気に入りのぬいぐるみだから、返してやるように言うべきだな」

 リゲルに食わされたラムリーザも、今回はソニアに味方して助け舟を出た。だがソニアは「ぬいぐるみじゃない! クッション!」とこの期に及んでもクッションとぬいぐるみの違いを気にしている。

 リゲルは、ぬいぐるみ騒ぎなどどうでもよいが、確かに自分のせいでソニアが困っているのはわかったので、ユコに言って聞かせた。

「ん、そうだ。約束は約束なのだから、そのぬいぐるみを返してやるのだな」

「クッション!」

 ぬいぐるみの言葉が出るたびにソニアは否定するが、そんなことはどうでもいい。

「でもぉ……」

 だがユコはしぶる。ユコとしては返したくない。ココちゃんをずっと自分のものにしておきたい。

「返してやれ」

 リゲルは、責任を持って取り返すために、じっとユコの瞳を見据えた。その鋭い眼光に押されて、ユコは「わかりましたわ、明日持ってきます」と答えることになった。

 どうやらソニアは、ココちゃんを取り返せる算段がついたようだ。

 

 そうこうしているうちに、新しい担任の教師が入ってきたので、全員が席について静まり始めた。

 教師は挨拶と自己紹介を済ませた後、転校生の紹介を始めた。年度替わりだから、この時期に転校生が入ってきてもそれほど目立たないが、とりあえず形式というやつだろう。

「今日から皆さんと一緒に学校生活を送る友人を紹介します――入ってきなさい」

 ユコが転校していくわけじゃない。代わりに、新しい転入生が来る。まあいいだろう。

「先生ー、そいつは野郎ですか? 女ですか?」

 レフトールの軽口が教室に響く。

「君が何を期待しているのかはわからないが、男子だ」

 教師は、レフトールの軽口にも毅然と答える。

「ちぇっ、ギャルゲーの展開だと、ここは普通女だぜ? んでツンデレでさ、主人公と新しい関係ができてさ、幼馴染をぶっちぎって勝利するんだぜ?」

「ここはギャルゲーの舞台じゃないし、レフは主人公でもないし幼馴染もいないんだな」

 レフトールがぼやくのを、マックスウェルはめんどくさそうに言い返した。

 すぐに転入生が入ってきて、元気よく挨拶を始めた。
              
ジャンが転校生として教室に現れ、ラムリーザが驚く場面
「初めましての人は初めまして。そうでない人はおはよう、こんにちは、こんばんは――」

「なんだそりゃ、ベタベタなゲーム実況者の挨拶じゃねぇか……」

 レフトールは、興味なさそうに机に突っ伏している。

「おまっ、なんでっ?!」

 転入生の挨拶を遮って、その場に立ち上がって叫んだのはラムリーザだ。

「お、おおっ、お前は?!」

 転入生も、驚いたような表情――というより、笑いをこらえたような、にやついた顔でラムリーザを見返してくる。

 教室内が一瞬ざわっとして、視線がラムリーザに集中した。

 ラムリーザはすぐにクラスメイトの視線に気がつき、しまったと思った。つい取り乱して、うかつにも立ち上がってしまった。

「……リゲル、どうしたらいい? この妙な空気……」

 苦しいときのリゲル頼み。ラムリーザは小声で、後ろにいるリゲルに助けを求めた。とんだ食わせ者だが、ラムリーザが頼れる参謀は彼だけだ。

「ん? 『初対面じゃねぇか』と言え」

「初対面じゃねぇか?!」

 すっかりうろたえたラムリーザは、リゲルの言うがままに叫び、それを聞いたリゲルは「フッ」と笑う。

「だよな! だよな! ……じゃねぇ。んなわけねーだろが! どこが初対面だ?!」

 転入生のノリツッコミも決まっている。彼の言葉が響くたび、教室の空気は、帝都の夜を彩るネオンと香水の匂いを思わせるような、どこか浮ついた華やかさに塗り替えられていく。

「なんでここに来るんだよ、初対面のジャン!」

 ラムリーザもこうなったらヤケだ。あくまで初対面を貫き通すことにした。

「フォレストピアの二号店勤務になったから、近くの学校に転入することにしたのです。それで君がいるところを選んだ。それだけですよ。初めまして、ラムリーザくん」

 わざとらしく丁寧語で答えるところがいやらしい。

「初めましてじゃねぇ! しかもこの場面は、普通美少女の転校生だろ? なんで男なんだよ! これじゃあ物語が盛り上がらないじゃないか!」

 ラムリーザは、もう何が何だかわからなくなって、思わずレフトールがぼやいていたようなことを口走ってしまう。ゲーム好きに囲まれて、すっかり感化されていた。

「ほ、ほんまや! なんで俺は男なんだ? 美少女になれ! というか女体化! 性別入れ替わり! あーあ、水でも被ったら女体化するふざけた体質にならねーかな、そしたらさ、お前とさ」

「いらんわ!」

 ラムリーザの常軌を逸したツッコミにも、ジャンは平然と乗ってくるから話の収拾がつかない。しかも話を膨らませて、余計に話を分かりにくくさせてしまう。

 それでもラムリーザにとって、ジャンの一言一言が今の平穏を木っ端微塵にする破壊的な響きだが、それ以上に懐かしくもあった。

 この調子の良い転校生は、ジャン・エプスタイン。彼は、中学時代までは帝都でラムリーザと同じ学校に通っていた古くからの付き合いのある親友で、帝国有数の高級クラブ、シャングリラ・ナイト・フィーバーを経営する家の息子だ。

 この春から、フォレストピアに二号店に当たるフォレストピア・ナイト・フィーバーが開いたので、そこの経営に関わるためにこの地へやってきたのだ。そのついでに、転校の方は正真正銘、本物だったようだ。

「はい、二人の世界を作っていないで。えーと――」

 教師は教室内を見渡して、「――そこが空いているからそこの席に行きなさい」と指差した。

 その場所はレフトールの隣、みんなが怖がって空いていた席だ。

「おっ、転校生が俺の隣に来る、やっぱり俺が主人公? ほら、こういう展開でさ、不自然に席が空いていてさ、そこに転校生がさ――」

 レフトールは小声でマックスウェルに囁いている。マックスウェルは「それでいいんじゃないかな?」と適当に流す。さすがに「レフが怖いから誰も座らなくて、空いていただけ」とは言わなかった。

「ちっ、てめぇが女ならな、俺との新しい青春性活が始まるってーのにな」

 レフトールは、隣にやってきたジャンを睨みつけながらぼやいた。

「男だと不都合か?」

 レフトールの悪名を詳しく知らないジャンは、平然と軽口を返す。もちろん彼は、下ネタにも強い。

「ほう、やらないか?」

「あ、リリスじゃないか、奇遇だな! いや、いい席をもらった、君の前だとはなぁ。あのさリリス、今日は暇?」

 ジャンはリリスの姿を見つけると、レフトールには返事をせずにいきなりリリスと話し始めた。リリスも調子に乗って、ジャンの頬をなでている。

「ジャン、いきなり教室でナンパを始めるなよ。みんな見ているよ?」

 ラムリーザは、以前とちっとも変わらない親友の姿に、懐かしさと嬉しさ、それに戸惑いを混ぜ合わせながら諭した。

「みんなが見ているということは、俺とリリスは公認の仲ってことになるのかな? ありがたいねぇ」

「なっ……まぁそれでもいいけどさ」

 ラムリーザは、もうジャンの好きにやらせることにした。リリスと仲良くするのは別に問題はない。

 だが、それを気に入らないのは、軽口をスルーされたレフトールだ。

「なんだてめーは! いきなりラムさんと親しくするわ、根暗吸血鬼を口説き始めるわ、なんなんだよ!」

 レフトールにとっては、突然現れた転校生に、自分の主人を取られたような気分なのだ。

「――などと言ってるよ、このおっかないあんちゃん、誰?」

 ジャンは、凄まれても平然とした調子で、肩をすくめてラムリーザに尋ねてくる。

「えっとね、レフトール。なんだろう、悪そうに見えるけど、根はいい奴なんだ、たぶん――」

 ラムリーザは、少しぎこちなくレフトールをジャンに紹介した。

「――んでね、こいつはジャン。僕の昔からの親友で、帝都に住んでいたときはコンビを組んでいたんだよ。ほら、前に帝都のライブに連れていったとき、会場の司会をやっていただろ」

 続いてレフトールにジャンを紹介する。

「げっ、あいつか、そしてラムさんの親友か。それは失礼した。失礼した、へっへっへっ」

「あと、リリスに謝りなさい。その呼び方は禁じたはずだよ」

「へいへい、すいやせんリリスさん。今日も美しいねぇ」

「レフも凄んだりおとなしくなったり、忙しいんだな」

 マックスウェルにからかわれた通り、とたんに低姿勢になるレフトール。クラスの朝礼が始まっているというのに、ラムリーザの周囲は雑談全開だ。

「ねぇ、ジャンが来るってことは、メルティアも来るの?」

 ソニアは不安げに尋ねたが、ジャンが「来ないよ」と言うと、ほっと胸をなで下ろした。

 なんだかもう、二年目は初日から無茶苦茶。でも、寂しいよりは断然こちらのほうがいいと思う。さすがに賑やかすぎる気もするが、殺伐としているよりはずっといい。

 去年の春は、賑やかさの中に、どこか張りつめた硬さがあった。

 けれど今日は違う。増えた声は、面倒で、うるさくて、それでも――帰ってきた感じがした。

 ラムリーザはざわつく周囲の中で、遠い空を見つめてそう思っていた。

 あ、この教室からもほちょん鳥が見える。ほっちょんほっちょん。鳥は気楽でいいねぇ……。