ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


新天地の春、いつもの席

帝国暦九十三年 風花の月・守護者の日(現代暦:四月上旬)

 新開地フォレストピアは、エルドラード帝国最西端の街だ。隣国ユライカナンとの国交の拠点として造られている。

 今はまだ開発が始まったばかりの小さな街だが、これからどんどん発展していくことになるだろう。

 ラムリーザ・シャリラン・フォレスターは、帝国宰相ラムニアスの次男で、将来はこのフォレストピア地方の領主となることになっている。だが今はまだ、去年の春に帝都を離れて以来、西の都ポッターズ・ブラフにある帝立ウェストウィルド学院高等学校に通う高校生だ。

 ラムリーザには、ソニア・ルミナスという幼馴染がいる。彼女もまた、去年ラムリーザと一緒に帝都を離れ、同じ学校に通っている。

 去年まではフォレストピアの新居がまだ完成していなかったため、二人はポッターズ・ブラフにある親戚の屋敷に下宿していた。だが今年からは、その新居に越してきた。

 新居の自室は、あえて去年まで使っていた部屋と同じ配置にしてある。一気に変えると戸惑うかもしれないので、変えなくていい部分はそのままにしておいた。二人とも、新しい環境よりはどちらかと言えば馴染んだ環境を好むという点もあったのだ。

 カーテンの隙間から差し込む光の角度も、部屋の中に漂う香りも、親戚の屋敷にあった部屋のそれに近い。けれど、窓の外から聞こえてくるのは、聞き慣れた街の喧騒ではない。風に揺れる草や木々の葉音、そして朝を告げるほちょん鳥の鳴き声など、自然の音だった。

 そして今日から、ラムリーザたちにとって高等学校二年目となる新学期が始まる。

 

「ラム~、起きるのが少し早いよぉ」

 眠たそうに目をこすりながら、ソニアはラムリーザに文句を言った。

 ちなみに二人は恋人同士で、付き合い始めてからは同じベッドで寝ている。

「今年からは学校までちょっと遠くなるからね。当面は汽車で通うことになるから、汽車の時間に間に合うように起きなくちゃね」

「ふ~ん……」

 ソニアはラムリーザに諭され、しぶしぶ起き上がって着替え始めた。

 久しぶりに制服に袖を通したソニアは、またラムリーザに不満をぶつけた。

「ラム~、なんか胸がきついよぉ……」

「何だ? またおっぱいが膨らんだのか?」

「ふえぇ……」

 ソニアは、去年の春にはバスト九十八センチだったが、夏休みに入った頃に、とうとう一メートルに到達してしまった。このペースで膨らんでいるのなら、おそらくまた――。

「リザ兄様、ソニア姉様、起きていますか?」

 そのとき、部屋の外から丁寧だが元気のいい声がした。続いて、「おはよう」と言いながら一人の少女が入ってきた。

 彼女はソフィリータ・カスミ・フォレスター、ラムリーザの一つ下の妹だ。去年までは帝都で生活していたが、今年からはラムリーザと同じ学校に通うということで、こちらに引っ越してきている。

 これが、今年になって大きく変わったことの一つだった。去年はラムリーザとソニアの二人だけで生活していたようなものだったが、今年からは二人きりというわけにはいかない。去年のように、夜に落ち着いて二人きりの時間を作るのは難しくなってしまった。
              
ソフィリータが、ラムリーザの部屋で、初めて着る制服に喜ぶ場面
「ここの制服いいね、私気に入っちゃいました」

 ソフィリータは、二人の前でくるりと回って嬉しそうに言った。制服だけでなく、またラムリーザたちと一緒に暮らせるのが嬉しいのだ。

「そう? ブラウスきついし、靴下もうっとうしくてあたし嫌い」

 だがソニアは、ソフィリータに同意しない。文句を言いながら、もそもそと着替えている。

「そうですか? 私はどっちも良いと思いますよ」

 ソフィリータはソニアと違って胸のサイズが普通だから、服に困らない。ちなみにソニアは、胸が大きすぎて、ブラウスの上から二番目までのボタンを留められない。最近では三番目も危うい。

 また、ソフィリータは鍛えた足の見た目が筋肉質なのを気にしていて、普段から私服でも足が隠れる長い靴下ばかり選ぶ。だから制服のサイハイソックスもソフィリータ好みだろう。

 ちなみにソニアは裸足であることを好み、これまでは私服自由な学校に通っていたので靴下を履かずにいた。しかし去年からそうもいかずに、文句を言うことが多い。

「朝食の支度ができておりますよ」

 呼びに来たのは、去年までの下宿先にいた使用人ではなく、フォレスター家専属メイドのナンシーだった。彼女は、ソニアの母親でもある。彼女もまた、今年から一緒に過ごすことになっていた。

 ナンシーとソニアは母娘であり、そんな縁もあって、ラムリーザとソニアは物心が付いたときから一緒に過ごしてきた仲なのだ。

 食卓にはすでに、ラムリーザの母親ソフィアが座っていて、朝の紅茶をすすっている。さらにそばには、フォレスター家専属の執事が控えている。そしてその執事が、ソニアの父親だった。

 要するに、屋敷内では帝都にいた頃と同じ生活が戻ってきたわけなのだ。

「仲間がなんだか増えている~」

 ソニアは一人、食卓の席で陽気に歌いながら身体をくねらせ、不思議な踊りを披露して、後ろから母親でもあるメイドに「お行儀良くしなさい」とはたかれるのであった。懐かしい光景だ。

 

 ラムリーザは去年までとは違い、ソニアと二人きりではなく妹のソフィリータも加えて屋敷から出た。これからは三人で登校することになるだろう。

 三人は、フォレストピアの町並みを眺めながら駅へ向かった。

 道の端にはまだ土が露出していて、ところどころ木杭と縄が、これから伸びる予定の区画を示している。新しい街は、完成しているようで、まだ「途中」だった。

 駅の近くには大きな建物がある。シャングリラ・ナイト・フィーバー二号店――この街では「フォレストピア・ナイト・フィーバー」と呼ばれていて、帝国でも有数の高級ナイトクラブである。ラムリーザたちは、この店で演奏して楽しんでいる。

 まだメインストリートの名前は決まっていない。これは住民にアンケートでも取って決めてもいいだろう。

 フォレストピア駅は、通学では初めて使う新しい駅だ。間違えて反対の西行きの汽車に乗ってしまうと、隣国ユライカナンに行ってしまうが、そんな間違いはしないだろう。

 吐き出される真っ黒な煙が、芽吹き始めた緑の草原をなぞるように流れていく。車窓に流れる景色は、建設途中のレンガ造りの建物など、まだ「未完成」の地図を見ているようだった。

 汽車は、まず東側に連なっているアンテロック山脈を登っていく。

 山脈の頂付近で、去年までパーティでよく通っていたオーバールック・ホテル前の駅に到着し、その駅を過ぎて山を下ると、ラムリーザとソニアにとっては去年までの馴染み深い、ポッターズ・ブラフ駅に到着した。

 そこから歩いて学校まで向かうのだが、もともと駅から一番近いという理由で帝立ウェストウィルド学院高等学校を選んだというのもあって、登校時間はそんなにかからなかった。

「ソフィリータ、あれが今年から通う学校だよ」

「へぇ、田舎にしては結構立派な学校ですね」

「これでも帝立高校だから、割とこの地方の有力者の子が通っているらしくて、それなりに名門らしいよ」

「リリスとかが名門の生徒なの?」

 同じ平民のソニアが、なぜか偉そうにリリスを下げる。ソニアのことを、似非お嬢様とはよく言ったものだ。

「帝都みたいに、全員が全員貴族ってわけじゃないよ。そもそも数がそんなに多くないし。でも貴族はまず間違いなくここに来るらしいよ」

「ソニア姉様は、貴族じゃなくて蛮族なのですか?」

「なっ、何よそれっ?!」

 ソニアは、ソフィリータの唐突な問いかけに、ひっくり返った声で返事をした。

「だって、部屋に転がっていた自己紹介シートみたいな紙に、生まれは蛮族って書いてありましたよ」

「あっ、あれはテーブルトークゲームのキャラクター設定! あたしの本当の生まれは王族なの!」

「蛮族の王ですか?」

「うるさいっ! それじゃあソフィーの生まれをあたしが決めてやる。ソフィーの生まれは放浪者だ! 流れ者に捨てられて、誰かに拾われて育ったの!」

「私はリザ兄様と同じ生まれになるはずですが……?」

「実妹設定だと倫理的にやばいので、ソフィーは実は義妹だったの! 血の繋がらない、拾われた義妹!」

「じゃあ私がリザ兄様の恋人になっても問題ないのですね?」

「寝取るな!」

 ソニアは勝手に自分で敵を増やしている。何をやってるんだ――というより、二人の会話を聞いていると、どちらが年上なのか分からなくなってくるから不思議だ。

「それじゃあソフィリータ、またね」

 学年が違うので、下駄箱の位置も違う。ラムリーザたちはソフィリータと別れると、去年までとは違う新しい教室へ向かった。

 学年は変わったが、クラスメイトは半分ほどがそのままスライドしたようなものだ。

 ラムリーザとソニアは今度も同じクラスになったが、ラムリーザとしてはあまり気にしていなかった。しかし、ソニアにとっては死活問題だったと後で聞いた。ラムリーザの隣の席以外には、座りたくないようだ。

 教室の席は自由だった。去年も、初めは座席が決められていたが、席替え後は自由になっていた。今年は最初から好き勝手にしていいらしい。

 特に何も考えず、去年と同じ場所に行こうとすると、すでにリゲルとロザリーンは登校しており、二人もまた去年と同じ場所に陣取っていた。

「おはようございました」

「おはよ――何で過去形ですか?」

 ラムリーザの挨拶に、ロザリーンは答えかけてから、すぐに突っ込む。一方リゲルは、軽く頷いただけだ。

 この二人は、ラムリーザたちの去年からの友人で、リゲル・シュバルツシルトはこの地方の流通を取り仕切るシュバルツシルト鉄道の息子、ロザリーン・ハーシェルの父親はこの地方の首長を務めている。

「そういえば座席は自由だったのに、こんな好条件な場所がよく空いていたなぁ」

 ラムリーザは去年と同じく、窓際最後列にいるリゲルの前に腰掛ける。その隣にソニアが滑り込んできた。

「リゲルさんが早く来て場所を取ろうと言い出しまして、この周辺に睨みを利かせて確保していたのです」

 ロザリーンの説明に、リゲルは「余計なこと言わんでよい」と答えた。

 リゲルとしては、ラムリーザ以外とはそれほど親しくしようと思っていないので、自分の前にラムリーザが来るよう調整しただけだ。ちなみにソニアはついでだとか。どうせうるさいから、という理由だろう。

 それからしばらくして、教室にリリスの姿が現れた。

 リリス・フロンティア。彼女もまたラムリーザたちの去年からの友人で、見た目はすごく美少女だが、中身はソニアと同レベルの幼稚さを持ち合わせていて、過去には根暗吸血鬼と呼ばれていた黒歴史がある。ただし、今も少しばかり性格の悪い面が顔を出していて、同じく幼稚なソニアと何かとぶつかり合っている。

 リリスは一度だけ、去年までユコが座っていた席へ目を向けた。だがすぐに視線を逸らし、何事もなかったように頬杖をつく。

 去年までは、リリスの中学時代からの友人ユコがいたのだが、彼女はこの春から新しい街へ旅立ち、去年のようにリリスと行動を共にしているわけではない。その点で、リリスは少し寂しそうにしていた。

「あっ、チロジャル!」

 なんだか嬉しそうなソニアの声が響いた。ソニアの斜め前に座っていた女子生徒が、ビクッと身体を震わせて振り返った。

 気の弱そうな女子生徒、チロジャル・プルンピー。去年は隣のクラスだったが、ひょんな事件をきっかけにソニアと知り合い、そのいじりやすさからソニアのお気に入りとなっている。今年は同じクラスで接することが多くなる。チロジャルも気の毒だ。

 すぐにチロジャルの側にいた男子生徒が、「いじめるな!」と言ってソニアに睨みを利かせてくる。

 彼はクロトムガ・トンボー、チロジャルの幼馴染で彼氏であり、彼もまた、去年のひょんな事件をきっかけにラムリーザたちと知り合った。

 クロトムガは、ラムリーザとは友好的な関係を築けていたが、チロジャルをいじるソニアとは、あまり良い関係ではない。

 それはそれで、ソニアにとっては楽しみが増えたと言えるだろう。もう一度述べるが、チロジャルも気の毒だ。

 そのとき、ラムリーザの前の席、去年はユコがいた席に、がっしりとした体格の男子生徒がどかっと座り込んできた。そして独特の、作ったような謎の言葉を投げかけた。

「オイッス、ラムさん! ナハナハナハ、レフトール参上!」

 妙な挨拶と共に現れたこの男は、レフトール・ガリレイ。

 去年初めて遭遇したときは、何者かに扇動されてラムリーザに危害を加えようとした。彼は、この地方の学生の間では悪評高い悪の双璧の一人として恐れられていたが、ラムリーザとの一騎打ちで手痛い目に遭わされて以来、ラムリーザに尻尾を振って取り入ろうとしている。

 レフトールには、権威主義的な考えを持っているところがあって、ラムリーザの権力を知った後は、その力に寄り添ってきているだけだった。しかしラムリーザとのやり取りを重ねていくうちに、彼の人柄に惚れ込み、今はなんとか善人になろうとしているのだから、根は良い奴なのだろう。

「ユコがいなくなったからと言って、あなたが私の隣に来るのは迷惑なんだけど」

 リリスは、レフトールがそばに来るのが嫌なようだ。

「何だ馬鹿野郎!」

 レフトールは凄んで見せるが、知り合う前にあった怖さは、もう感じられない。

「野郎じゃないんですけど」

 リリスも言い返す余裕がある。なんだかんだで、レフトールも今では良い仲間になっているのかもしれない。

 

 ラムリーザが教室を見渡してみると、レフトールの一番の子分であるマックスウェルもぼんやりと座席に腰掛けているし、去年の文化祭では大活躍だったクラスの人気者レルフィーナの姿もある。

 なんだかよくわからないが、知り合いがいろいろ集まったな。

 ラムリーザはそう思いながら、いつものようにそばにくっついたソニアに背を預けて横を向き、いつものように外の景色を眺め始めた。今日は青い鳥が「ひよろろろー」と鳴いている。幸せを運んでくれるかな?

 去年と同じ窓の外。けれど、帰る場所だけが違う。その違いが、今日はまだ実感できない。

 朝の汽車の揺れの余韻と、ソニアの体温と、教室のざわめきが、いつもの春を連れてきてしまうからだ。

 こうして、ラムリーザの新天地での二年目が始まった。