ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


フォレストピア創造記 序章 ~完~

帝国暦九十三年 風花の月・森人の日(現代暦:三月下旬)

 学校生活一年目の最後となる終業式の翌日。

 この日、ユコは新天地へ旅立ってしまう。

 そして、それを追うように明日、ラムリーザとソニアもフォレストピアへ引っ越すことになっていた。

 ラムリーザとソニアは、屋敷を出てユコの家へ向かった。この日はユコの見送りに、家から駅まで付き添うつもりだ。

「あーあ、やっぱりココちゃんを貸すんじゃなかったかなぁ」

 道中、ソニアはぶつくさとぼやいた。

「何? あのぬいぐるみ、やっぱり惜しかった? でもいつも邪険に扱っていたじゃないか」

 ソニアは、そのぬいぐるみを抱きかかえて文句を言うことが多かった。ラムリーザがぬいぐるみをソファーに乗せてやると、ソニアは蹴落としていた。ベッドに持っていこうものなら、ものすごい勢いで怒る。

「ぬいぐるみじゃなくてクッション! あたしはクッションをクッションらしく扱ってただけ!」

「クッションらしいって、どういう意味だよ? クッションもぬいぐるみも一緒だろ?」

「違う! ココちゃんはクッション! クッションは下に敷くものなの! ぬいぐるみならベッドに持っていって一緒に寝てもいいけど、クッションと一緒に寝るなんて変!」

「ま、文句ばかり言っていたけど、いなくなって気がつく寂しさってやつだな。ココちゃんに限らず、一緒にいられるうちに孝行しておくんだぞ」

 ソニアのクッション理論に付き合っていても埒が明かないので、ラムリーザは格言めいたものを取り出して、ココちゃんの話を終わらせることにした。

「あーあ、でもココちゃん返してほしいなぁ」

「再会したときに返してもらったらいいさ、そのつもりで貸したんだろ?」

「そうなんだけどなぁ……」

 自分でやったことなのだが、ソニアはユコとココちゃんの二つから離れてしまう寂しさを感じていた。

 ユコの家は、ポッターズ・ブラフと隣の繁華街エルム街の中ほどにあり、歩けば三十分もかからない。

 クッションの話になりかけては強引に話を締めくくり、またソニアがぼやいて会話の流れでクッションの話に戻る。そんなことを繰り返しているうちに、二人はユコの家に到着した。

 家の前では、すでに到着していたリリスが――といっても隣同士なのだが――ユコと二人で並んでいた。二人とも語り合っているわけではなく、なんだか気まずそうにもじもじしている。

「おはよう、どうした? 最後の最後で喧嘩した?」

 ラムリーザの問いにユコは、「いえ、いよいよお別れとなると、何を話したらいいものやら、ですわ」と答えた。

「思い出話とかいろいろあるんじゃないのか?」

「もうしましたわ、魅惑の壷とか」

「壷? それはゲームの話だろ?」

「いいんですの、私とリリスの二人だけの思い出ですから」

 ユコとリリスにとっては思い出の地、魅惑の壷。しかしラムリーザにとっては、ゲーム内のコミュニティでしかない。また、ネット上でマルチプレイをして遊ぶとなれば、魅惑の壷を使うことになるだろう。

 この日のリリスはずっと黙ったままだ。もともとあまり口数が多いほうではない。自分を外の世界に連れ出してくれた友人が去っていくのは、ソニア以上に寂しく思っているのだろう。

 そこにリゲルとロザリーンが連れ添って登場した。ロザリーンの兄のユグドラシルも同行している。

「おい、お前は茶番劇という言葉を知っているか?」

 出会って早々リゲルはラムリーザに、何の脈絡もない話題を投げかけた。

「突然何だよ?」

「滑稽で馬鹿げた寸劇、これを茶番劇と呼ぶ。語源にはいろいろあるが、ユライカナンから伝わった言葉だとされている」

「それは分かった。で、なぜここに茶番劇が出てくる?」

「気にするな、いずれわかる」

 リゲルは意味深な笑みを浮かべると、なぜか集まった面々から顔を背けて遠くの空を眺め出した。

 ラムリーザはいろいろと気になって仕方がなかったが、リゲルが黙り込むとちょっとやそっとでは話をしてくれないのはわかっている。だから、今度はユグドラシルに話を振った。

「ユグドラシルさんも来るとは珍しいですね」

「なぁに、自分の妹の友人の別れとなるとね。それにラムリーザくんの友人でもあるわけだし、そうなると顔を出さないわけにはいかない」

「友人ではありません、将来の嫁ですわ」

 ユコの調子に乗った一言に、ソニアは「ふっ、ふざけるなこの呪いの人形!」と騒ぎ出す。先日のテーブルトークゲームの締めで、悪口を言い合わないといった話はどこかに飛んでしまっていたようだ。

「とにかくユグドラシルさん、生徒会長就任おめでとうございます!」

 ラムリーザは、荒れそうな空気を収める意味もこめて、力強く言った。

「それ、この前のパーティーで聞いたよ」

 残念でした。

 そこに、レフトールと子分第一号マックスウェルが現れた。この二人はいつもつるんでいるような気がする。

「あれ? レフトール?」

 ラムリーザにとって、レフトールの登場は意外だった。

「あーあ、今日でゲーセン仲間が行っちまうのかぁ」

 実はラムリーザの知らないところで、ユコとレフトールはよくゲームセンターへ遊びに行っていた。レフトールは、そのボディガード役も兼ねていた。

「ああ、新しいところではゲームセンターに行くのに誰に付き添ってもらえばいいのかしら……」

 ユコはレフトールの姿を見て、今後の問題が一つ見つかったことに顔をしかめた。一人で遊びに行って、また変なのに絡まれるのも嫌だった。

「しょうがねーな、次からは『根暗』――っと、リリスと行くかな?」

 レフトールは、美少女を守る騎士の様な立場を気に入っていた。しかし残念ながらリリスは、ユコほどゲームセンターに興味はない。リリスはどちらかと言えば、ゲームは一人家にこもって、というタイプだった。

 そんな雑談をしていると、ユコの両親が最後に残った荷物を持って玄関から現れた。出発のときが来たらしい。

「お別れは済んだか?」

 父の問いにユコは「とっくの昔に終わってますの」と答えた。

「それではそろそろ行こうか。お、君はリゲル君だね。君の父にはお世話になっているよ」

「そうだろうな」

 リゲルの台詞は短く、それでいてなぜか笑いを堪えているような感じも見て取れた。

 そうして一同がポッターズ・ブラフの駅へ向かおうとした、そのときである。

「待って……」

 これまでずっと黙っていたリリスが口を開いた。

「行かないで……」

「何ですの?」

 リリスの最初のつぶやきは小さすぎて、ユコにはよく聞こえなかった。しかし――

「行かないで! 私を一人にしないで! せっかく、せっかくユコがいてくれたから、私は、立ち直れたのに!」

 ずっと押しとどめていた感情が爆発した。リリスは平静を装っていたが、親友の別れとなると、最後の最後で抑えきれなくなったようだ。ユコはリリスにとって恩人のようなものだ。長く寄り添っていた友人が去ってしまうと、やはり耐えられないのはわかる。

「私のところに居候してもいいわ、ここに残って!」

 リリスは取り乱し、涙を流しながらユコに抱きついた。いまユコの腕の中にいるのは、強がるのをやめた、ただの友達だった。強がりをはがしてしまえば、そこにいたのは、ただ友達と離れたくない一人の少女だった。感情の出し方だけ見れば、むしろソニアに近いのかもしれない。

 ユコは、その親友の頭をなでながら静かに語った。

「私はきっかけを作っただけ、あなたを本当に立ち直らせたのはラムリーザ様ですわ。それに、私がいなくなってもあなたにはソニアという新しい友達がいるじゃないの」

「なっ、あたしは――」

 ソニアは反論しかけたが、ラムリーザはすかさずソニアの手を取り、自分のほうへ振り向かせ、諭すような視線を向けた。

「――任せといて、あたしもリリスの友達だからね」

 ラムリーザの視線を受けて、ソニアは素直な言葉を口にした。嫌いと言っているが、友達でもある。嫌い嫌いも好きのうち。好きの反対は無関心だ。それにここは、意地を張っている場面ではない。

「ラムリーザ様、夏休みにお話した新しい大学で、また会いましょう。勉強して、絶対に入ってみせますから。リリスとソニアも、ちゃんと勉強して一緒の大学に入ってね」

 ユコはリリスを立たせ、駅へと向かいながら、そう語った。

 あとは駅まで行くだけだが、徐々に口数も少なくなり、駅に入る頃にはみんな無言になっていた。

 

 ポッターズ・ブラフの駅に、汽車が停まっている。これに乗って、ユコは新天地へと旅立つのだ。

 ユコは、客車の入り口のそばで立ち止まり、見送りに来てくれた面々を振り返った。

 リゲルはいつもと変わらぬ表情だが、他のみんな、特にリリスはすごく神妙な顔をしている。

「それでは、ごきげんよう」
              
ラムリーザたちが、ユコが乗った汽車を見送る場面
 ユコはそう言い残して、汽車に乗り込んでいった。そしてみんなの見守る中、汽車は西へ向かって進み始めた。

 汽笛が一度だけ鳴って、白い蒸気が春の空へほどけた。しかし、その進行方向を確かめる者は誰もいなかった。

 

「行っちゃったね」

「ええ、行ったわ」

 ホームに残された者たちの間に漂っていた静けさを破ったのは、ラムリーザとリリスの言葉だった。

「ま、僕たちには僕たちの人生がある。ユコの新しい人生に幸あれ、だね」

 一年前、ラムリーザも新天地で一から始めたものだ。ユコならなんとかやっていけるだろう。

「リリスも寂しかったらあたしのところに遊びに来たらいいよ、格闘ゲームで対戦してくれることが条件だけどね」

 ラムリーザがほとんど対戦に応じてくれないので、ソニアは対戦相手に飢えている。しかし、ソニアの格闘ゲームプレイ態度の悪名は十分に知れ渡っていた。

「喧嘩になるから、格闘ゲームの対戦はやめなさい。さて、今日の仕事はこれでおしまい。明日は僕もフォレストピアに引っ越しだ。まだまだ終わらんぞ!」

「ベヤングかしら?」

 リリスはラムリーザの発言を遮った。

「あ、いや……」

 先を越されてラムリーザは口ごもってしまった。微妙な間を、ソニアの元気な声が断ち切った。

「ベヤングじゃない、アレオカレー! 子供たちよ、よーく聞くのだ! まだまだ終わらんぞ、アレオカレーだ、ふりかけ!」

「き、貴様――っ!」

 リリスが拳を振り上げるのを見て、ソニアは素早く逃げ出した。リリスが追いかけ、二人はそのまま駅の外に飛び出していってしまった。

 こんな調子なら、ユコがいなくなってしまっても、リリスはソニアがいてくれれば楽しくやっていけるだろう。むしろリリスは、ソニアといるときのほうが、自然にはしゃいでいるような気がするのだ。

 何はともあれ、ラムリーザにとってもポッターズ・ブラフでの一年はこれでおしまい。

 ラムリーザは西の空を見上げながら、明日から始まる、あの山脈の向こうにあるフォレストピアでの新しい生活を思い浮かべていた。

 これまでの話は、いわゆる序章というやつだ。本当の物語はこれからだ。

 そう、いよいよ始まるのだ、フォレストピアでの物語が――!

 

 けれど、誰の胸にも引っかかったものがあり、それはすぐには言葉にならなかった。

 何かが、ほんの少しだけ――ずれている。

 しかし一行の最後を歩いていたリゲルは、謎の笑みを浮かべて一言つぶやいた。

「とんだ茶番劇だ」
              
フォレストピア創造記 第一章 第四節 ~完~