ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
TRPG第五弾「悲劇のサーカス団! 指輪に込められた願い」 後編 魔物サーカス団の約束
帝国暦九十三年 芽吹の月・氷狼の日(現代暦:三月中旬)
ノクティルカは静かに語った。
「私以外、みんな俗に言う『魔物』ってやつよ。例えばファンティーナはワイト、ウルフィニカはワーウルフ、レジーナはマーメイドってね」
今回も、ユコがゲームマスターを務めるテーブルトークゲームは続いている。物語の中核をなすサーカス団は、実は魔物の集まりだった。
「じゃあ、いま喋っているノクティルカ自身は?」
「ノクティルカは、『私は、まあ、元人間かな? 魔力を追い求めて死ねなくなった、哀れな魔女よ』と、答えましたわ」
「魔女?!」
案の定、その単語にソニアが飛びつく。
「ノクティルカ、可哀想。ほうりきの半分しか使えないし、きようさも中途半端」
またソニアの魔女謎理論が飛び出した。リリスをこの理論でからかうのだが、意味がわからないのが難点だ。通じなければ攻撃する意味もない。もっとも、リリス自身は元ネタのゲームをしているらしく、攻撃が通じているようだが……。
「なんだか、かかわりたくない連中のような気がするぞ。礼金をもらって帰りたいなぁ」
ラムリーザは、相手が魔物だと分かると、得体の知れない気味の悪さに襲われた。ファンタジーのゲームだからこそ出てくる異形の存在。実際に想像してみると、少し怖い。
「ちなみに団長は何ですか?」
ロザリーンの問いに、ユコは「団長は、吸血鬼ですの」と答えた。
現実では、途端に部室に大きな笑い声が上がった。ソニアだけが腹を抱えて笑っている。
「あははははっ、魔女に吸血鬼。きゃっきゃっきゃっ、うちのパーティーにも魔女で吸血鬼の悪党がいるよ。あっはっはっ! わひゃっ! もがもが!」
ラムリーザは笑い転げるソニアを捕まえて、腕の中にぎゅっと抱き込んで黙らせながら言った。
「で、今回の指輪騒動は何だったんですかい?」
ユコは、騒ぐソニアをジト目で見ながら答えた。
「『それはね、平たく言うと団長が墓場荒らしに遭ってね、指輪を盗まれたってわけ』と、ノクティルカはため息をつきながら言いましたわ」
「墓荒らしですか、静かに永遠の眠りについていたのですね。つまり我々は思いっきり巻き込まれたということですか……。それはそれとして、なぜあなたたち魔族がサーカス団などをやっているのですか?」
今度はロザリーンが尋ねた。
「それについては、ノクティルカが『私たちはね……人間とかかわらないと……でも……』と悲しそうに答えますの」
「とにかく、もう指輪は返してもいいですよね?」
ロザリーンは、リゲルの顔色をうかがう。リゲルは、「返していいよ、礼金はもらっておけ」と答えた。
「ところでさ、吸血鬼ってことは、食事とかやっぱりアレ?」
ソニアは、ラムリーザの腕の中から顔を出して聞いた。ソニアにとっては、サーカス団も指輪もどうでもよくなっていた。とにかく、吸血鬼についてあれこれ聞いてみたい気持ちでいっぱいなのだ。
「ノクティルカは少し声を落として、『私たちは、呪いによって、人に害をなすことを禁じられた魔物なの。だから人の血は吸えないわ』と答えましたわ」
「呪いの人形の呪い?」
「違います。人の真似事をして日々の糧を稼いでいるのですの。こうしてサーカス団を営んで……」
「人の血っておいしいの?」
ソニアは、今度はリリスに尋ねる。当然リリスは、無視を決め込んでいた。
「代わりに何を飲んでんのか気になるな、赤酒ばくだんか?」
「そんな物騒なものは飲みません。人間の血よりは薄いけど、動物の血でごまかしてますの! で、ノクティルカは、『私たちだって、それなりの糧がないと生きていけないわ。でも人の都合でそれを封じられてしまったのよ……。人だって、糧を必要とするのに……』と憤慨しているようですの」
「だが、呪いも弱い人間にとっては、身を守る手段の一つだからな」
リゲルは、腕を組んだままきっぱりと言い放つ。
「リゲルさんは強いかもしれませんが、私は――」
ユコは、そう言いかけて少し口ごもる。そこにソニアがすばやく突っ込んできた。
「呪いの人形を使うのね?」
「使いません! 勝手に夜中の二時ぐらいに人形を使って呪えばいいんですの!」
「ソニアが呪いの人形を? ユコにあげたあのココちゃんが呪いの人形とか?」
ラムリーザは、話が脱線しつつあるのがわかっていたが、なぜかココちゃん発言をやりたくなって言ってしまった。
「違う! ココちゃんは呪いの人形じゃなくてクッション! それと、あげたんじゃない。次に会うときまで貸したの!」
やはりクッションであることには変わらない。
そして話が進まないので、ロザリーンは次の行動を宣言する。
「まあ、我々は指輪を持ち主に返しに来ただけですし。あなたたちの生活にあれこれ口出しする必要はありませんから、指輪を返しますよ」
話が逸れかけたのを、さりげなく元に戻した。
「そだね、指輪を返して、今夜もまたサーカスを見せてね!」
ソニアは先ほどまで関係ないことを言い続けていたくせに、あっさりと本筋に戻っている。
「ノクティルカはびっくりして、『あなた、私たちが怖くないの? 私たちは……魔物なんだよ?』と言っていますわ」
「だって、あたしたちのパーティーにも吸血鬼いるし」
「風船おっぱいお化けもいるから、今さら魔物なんて怖くないわ」
ソニアの攻撃に、リリスもすかさず応戦した。
「だから魔女なんて怖くないし、ラムもゴム鞠を握り潰す化け物だし、リゲルだって冷たい雪男だよ」
とうとうソニアは、ラムリーザやリゲルまで化け物にしてしまった。しかしロザリーンには非が見当たらないのか、その毒牙にはかからない。
「まあ、このサーカス団の連中よりもお前らのほうが、見た目だけなら百倍は怖いからな」
「『なんだか様子が変だけど、それでいいです。よかった……。私たちは、やっと人と共存できるのね』と、ノクティルカは涙ぐんでいますの」
「まああれだ、見た目だけで判断してはいかんということだ。吸血鬼にせよ、狼男にせよ、半魚人にせよ、風船にせよ、心が通じ合っていれば、それでいいんだ」
ラムリーザは、綺麗に物語を締めくくる台詞を決めてみたつもりだった。しかし、返ってきたのは非難の言葉だった。
「狼男ではありません、ワーウルフですの。あと半魚人じゃなくてマーメイド、人魚ですの」
「あっ、今、風船って言った!」
ラムリーザは顔をしかめてリゲルのほうを振り返った。フォローよろしく、という目配せだ。
「一部の人とは共存できるかもしれないけど、煙たがる人もいることは忘れないように」
リゲルの返した言葉は、十分考えられる現実だった。確かにすべての人間が、ラムリーザのように寛容なわけではない。
「とにかく! 吸血鬼とか風船とか悪口を言い合ってないで、みんな仲良くしていればいいんだよ」
「ぐぬぬ……」
ラムリーザは、今度は黙らせた。ソニアもリリスも、どうでもいいことでお互いを刺激しすぎだ。
ユコの作り上げた物語で、魔物だの何だので言い争う醜さを教えてもらえるとは、誰も考えていなかっただろう。ここに、吸血鬼風船戦争の終幕が宣言された――はず。
ちなみにラムリーザ自身も、ロケットがどうとか、風船がどうとか歌っていたのだが、すっかり忘れている。そもそもドラムの練習時に口ずさんでいる歌は適当なものであり、いちいち覚えているわけではない。
「そこに、『ずいぶんと賑やかね』と言いながら、入り口から団長のキュリアが現れましたの。それからソニアを見て、『早速来てくれたのかしら』と言いました」
「え? 何の話?」
だがソニア自身は、前回の話を忘れているようだ。
「『約束したじゃない。指輪、返してくれるんでしょ?』とキュリアは笑顔で問いかけてきましたわ」
「あ、それあたし知らない。ローザに聞いて」
「やっと持ち主の登場ですね。ごめんなさい、すぐ返しますからちょっと待ってください」
いよいよこれで、この物語も終わりか。ラムリーザはそう考えながら、ユコの作り上げた物語を思い返してみた。
リゲルがゲームマスターをしたホラーゲームで使ったキャラクターをそのまま引き継ぎ、カノコという謎の魔導師と冒険する物語から始まり、カノコ誘拐事件、そして現在のサーカス団へと続いていった。
ユコの吟遊詩人マスターっぽい部分も見受けられたが、それなりに楽しくゲームをしてこられたと思う。
できればまたカノコに会いたいな、と思ったが口には出さない。ソニアが文句を言うのと、リリスがからかってくるのが目に見えていたからだ。
しかし、このまま終わりにしてしまうのも、なんだか惜しい気もした。
そこでラムリーザは、思いつきの行動をそのまま実行してみることにした。
「あのさ、ロザリーンが指輪を返そうと思ったとき、手が滑って排水溝にでも落ちちゃったということにしたらどう?」
ロザリーンは、「えっ?」と驚いたような表情をする。そりゃあそうだろう、ここで指輪を返せばゲームクリアなのに、わざわざ目的を達成できなくするんだ。
「あ、それは面白いですわ。でも……」
ユコはその流れに賛成のようだ。しかし、すぐに口ごもる。
「……続きをやる時間がもう……」
「いいんだよ。ここで指輪を返して物語は終了でも、僕はいいと思う。でもそこをあえて、話が続くということにして、続きはまたユコがゲームマスターを務めるときまで取っておく、というのもいいと思うんだ」
「続きをプレイしたければ、嫌でもユッコと再会しなければならないってことね。うん、だからあたしもココちゃんをユッコに貸したんだよ。再会したらちゃんと返してもらうためにね」
ソニアも、ラムリーザの意図を理解したようだ。
「ラムリーザも、恋人のカノコと別れるのも惜しいと思っているでしょうね」
しかしリリスは余計なことを言った。当たらずも遠からずといったところなのが微妙だ。
「カノコは人形になったまま! うん、サーカス団のみんなも、ここに定住すればいいんだ。だってすでに吸血――」
ソニアは言いかけて口をつぐむ。ラムリーザに「悪口を言い合ってないで」と言われたことを思い出したのだ。そこで、次のように締めくくった。
「――そのまま次回、ローザのどぶさらい!」
「ちょっと待ってください。私はそのまま返そうとしたのに、ラムリーザさんが物語を続けようとしたからそうなったのです。やるならラムリーザさんのどぶさらい……」
「ソニアが一番どぶさらいをするキャラに似合っている。平民の蛮族だからな」
そこでリゲルがソニアを攻撃した。
「なんで! 落としたのはローザ、考えたのはラムじゃないの!」
「外野うるさいですの! とにかく、キュリアは指輪が失われたことを知って、ばたんきゅ~と倒れてしまいましたの!」
「あーあ、ラムのせいで」
「まあ私はいいと思います。あの盗賊の少年の話もうやむやですし、やっぱりそこもまとめてほしいですね」
なんだかんだでロザリーンもラムリーザに同調した。
「了解、裏で物語をじっくりと練っておきますわ。とにかく指輪を失ったことで、サーカス団のみんなはてんやわんやの大騒ぎですの」
「まあ、そうなるわなぁ」
「あたしはもう指輪は知らないけどね、ちゃんと団長のところにローザを連れていったし」
「そうはさせません、ノクティルカは皆さん一人一人のところを回って、魔法をかけていきます。はい、全員レベルと精神力で抵抗判定してくださいですの」
これが最後のダイス判定になるのかどうかはわからないが、全員素直にダイスを転がした。
「はい、全員抵抗失敗ですの。というわけで、『指輪は絶対持って帰ってきてね』というクエストの魔法をかけられました。これからはずっと、指輪が見つかるまであなたたちは探し続けなければなりません」
「何よそれ!」
ソニアは無茶な展開に不満の声を上げる。
「やれやれ、ユコと次に会うときまで、このキャラクターはずっと指輪探しをしているのか」
ラムリーザは、それはそれでよいと思った。ユコが抜けたら、よほどのことがない限り、テーブルトークゲームは休止になるだろう。
自分たちの知らないところでもキャラクターは生きて動いている。そう考えると、未来に希望が持てる気がした。
「強制的に次回へ続く! というところで、皆さんお疲れ様でした。私のゲームは、これにて一旦終了ですの」
「ありがとう、楽しかったよ」
「カノコに会いたいと言ってるよ、ラムリーザは」
ラムリーザは気持ちよく終えようとしたが、最後までリリスは余計なことを言う。綺麗に終わらせてくれない困った美少女だ。
「まあ、ゲームの中だけなら、二股しようが、ハーレムを築こうが、別にいいよね? 関係ないよね?」
意味はないだろうが、ラムリーザはソニアに了承を求めてみた。しかしソニアの答えは「いやだ」の一言だった。
「すでにお前は現実でハーレムを築いているだろうが」
リゲルも辛辣だ。
「リゲル、君にハーレムを築くクエストをかけておいたよ。楽しみにしておくんだな」
「ふっ、俺はお前と違って身持ちが堅いからそんなことにはならない」
「ぼ、僕がいつ軽くなった?!」
ラムリーザは、リリスやユコになびくつもりはなかった。しかしリゲルは、意地の悪そうな笑みを浮かべただけだった。
「納得いかない、絶対に続きをプレイしよう。そのとき、『僕はカノコとは何もありません』と、きっぱり言うことにするよ」
「リリスが言っているだけで、ラムリーザ様とカノコの間には何もありませんの」
ユコに真顔で指摘されて、ラムリーザはつくづく思った。
めんどくさ……。
けれど、そうやって面倒だの何だの言いながら、笑ってダイスを振っている時間が、案外いちばん贅沢なのかもしれない。
ユコの話は、脱線だらけで、都合よく転がって、たまに強引で――それでも最後には、ちゃんと「続きを見たい」と思わせてくる。
とにかくこれにて、テーブルトークゲームは好評のうちに幕を閉じた。
続きがいつになるかはわからない。けれど「いつか」を作ってしまった以上、きっとまた会うだろう。
指輪探しの呪いはゲームの中だけの話のはずなのに、いつかユコがこの部室に戻ってきたときは、この物語の「結」を、みんなで笑いながら書き込むことになる。
そのとき、みんなは何食わぬ顔でテーブルを囲み、また同じように転がすのだ。
――ダイスを。