ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
TRPG第四弾「サーカス団」 後編 口封じの制約
帝国暦九十三年 芽吹の月・旅人の日(現代暦:三月上旬)
テーブルトークゲームは続いている。今回の舞台は町にやってきたサーカス団だ。
ソニアが入った大きな箱は、ウルフィニカが扉を閉め、ファンティーナが鍵をかけた。
ステージ上の出し物にソニアが参加することになり、進行役のお姉さんのウルフィニカと、ピエロのファンティーナが、ソニアが入った箱をくるくると回している。
ソニアは物語の進行に逆らってばかりだが、ラムリーザのフォローによって、彼女の意思を無視する形で話は進んでいる。
「待ってよ、あたし箱の中に入っているだけでショーが見れないよ?!」
「そうなるねぇ」
ラムリーザは、ソニアの訴えをのらりくらりとかわした。
「ステージの上でしばらく箱をくるくる回して、二人で『エンリケ・マルチノ・ボルジェス』と呪文を唱えましたわ。それから、二人が箱をあけるとそこはもぬけの殻! 皆さん、拍手~!」
ユコは陽気に語るが、プレイヤーは誰一人、実際には拍手をしない。
「あ、拍手します」
キャラクターに拍手をさせる宣言をしたロザリーンが、せめてものノリを見せた。
「で、ソニアはどこに行ったの?」
ラムリーザの問いにリリスは「ぐるぐる回したからバターになったのよ」と答えた。
「バターか、パンケーキでも作ってもらおうかな」
「そのケーキ、私は二十七個食べるわ」
「リリスは大食いだね」
「ラムリーザは五十五個食べるのよ」
「そんなに食べられるわけないって」
「ちなみにソニアは百六十九個も食べる化け物」
「それ絶対、人間の体積よりケーキのほうが大きいよね――って、そうじゃなくて話を進めよう。本当にソニアはどこに消えたの?」
ラムリーザは、再び口論の予感を覚えたので、ソニアが気づく前にユコに話を進めるよう促した。
「え~っと、ソニアはふわっと体が浮いたような感覚にとらわれましたの」
「箱の中で?」
「はい、んで気がつくと薄暗い部屋にいますわ。隣には、ビラまきについていったときに見た人物が、ソニアの手をつかんでいますの」
「どこなの?」
「ソニアの手をつかんだ人は、ぶつぶつとつぶやいています。『ふぅ……せっかくテレキネシスでバラ動かしたのになぁ……』それからソニアが見ていることに気がついて、『あ、ここはざ――おっと内緒』と言ってますの」
「ソニアは、『ふーん、ま、いいや。会場には戻してくれないの?』と言いました」
ソニアが進行を妨げるので、ラムリーザがソニアの行動を代行している。そのせいで、話の進め方が妙なことになってしまう。ユコとラムリーザの二人で物語を作っていて、他の人たちは置いてけぼりを食らっている。
「サーカスのほうは?」
ロザリーンは精々このくらいの質問しかできない。
「サーカスのほうは消えた直後で、司会の二人が大げさに驚いてるところですの。んでソニアには、『ん~、もうちょっとしたら返してあげるよ。その前にちょっとこっち来て』と言って手を引っ張りました」
「やだ! サーカス続き見たい!」
これはラムリーザの宣言ではなく、ソニア自身の台詞だ。
「『いや、ホントすぐだからさ。こっちも予定外な出来事に困ってるんだから』と言って、嫌がるソニアを引きずっていきます。……暗闇の中に、ノクティルカの瞳だけが怪しく光っていますの。彼女がソニアの手を引く力は、見た目以上に強引で冷たいですわ」
ユコが声をひそめ、演劇がかった口調で語る。箱の中の窮屈さと突然の転送。ソニアは不満を口にしながらも、その非日常的な空気に気圧され、一時的におとなしくなっている。
「これ、ホラー展開じゃないよね? あたし、怖いのは嫌だからね」
「安心なさい、これはサスペンスですわ」
ユコは不敵な笑みを浮かべ、物語をさらに深みへ引き込んでいった。
「ひょっとして、これはソニアさんじゃなくて、私にバラを投げるつもりだったのじゃないでしょうか? リングを持っているのは私ですし」
ユコが予定外の出来事と言ったので、ロザリーンはそう考えた。
「でもなんでリングを渡したのかがわからないんだよね」
「ぶつかった拍子に入ってしまっただけなんじゃないでしょうか?」
「さて、ソニアはカーテンの奥に案内される。なんとそこにいたのは座長のキュリアですの」
「キュリアに、マインド・スマッシャーを突きつける」
「サーカス会場への武器の持ち込みは禁止で、没収されていますの。で、キュリアは『ノクティルカご苦労様。さてお嬢ちゃん、早速聞くけれどあなたのそばにいた茶髪の女のコは、お知り合い?』とソニアに尋ねてきました。ちなみに『ノクティルカ』ってのはソニアを連れてきた女の人ですの」
ユコは、ソニアの無茶な行動をさらりとかわして話を進めた。しかしソニアのへそ曲がりな行動は続く。
「ロザリーンなんて知らない。あんな……あんな……」
しかし、名前を言える時点で知っていることには間違いないし、リリスやユコと違って、ロザリーンを攻撃する言葉はすぐには出てこない。もっとも、リリスやユコに対しても、「吸血鬼」だの「呪いの人形」だの、定着している悪口しか出てきていないのだが。
「ロザリーンがリングを持っているのは相手も知っているのかな?」
「知ってますの。『ノクティルカのロケーション、つまり索敵魔法のおかげであの子が私の指輪を持っているのはわかっているの。どうか私に返すよう言ってもらえないかしら?』と、キュリアは言っています。ちなみにキュリアさんの声には静かな怒りがこもっていますのよ」
「ここは素直に従っておいたほうがいいぞ」
ラムリーザは、ソニアに忠告する。しかし、不機嫌モードに突入しているソニアは、徹底的にユコに反抗する姿勢を貫いている。
「やだ、あたし関係ないもん。指輪はロザリーンが持ってるし」
つまり「ロザリーンに言え」という話なのだが、ソニアには通じていない。とりあえず反抗すればよし、それしか考えていない。ユコの不用意な発言、「牛みたいな胸をしたお嬢ちゃん」が悪いのだが。
「とりあえず、ソニアは了解したということで話を進めてくれ」
ラムリーザは先ほどから物語のフォローばかりだ。
「ぶつかってきた少年は、サーカスとは関係ないのでしょうか?」
「その少年が盗んで、ロザリーンに濡れ衣を着せようとしているのかもしれないよ」
「なぜそんな……」
ラムリーザとロザリーンは推測しているが、ユコはサーカスの話を進めている。
「それではちょっとだけ口封じをさせてね――そう言って、ソニアの額に冷たい手を置いて呪文を唱えていますけど、どうしますか?」
「手に噛みつく」
「それでは抵抗になりませんの。ソニアに『ここで見たこと聞いたことを必要以上にしゃべったら汝に災いが降りかかるであろう』というギアスがかかりましたわ」
「ギアスって?」
「えっとね、目標に禁止命令を与える魔法ですの。ソニアの額に触れた指先から『ドクン』と心臓の鼓動に似た震えが伝わってきます。それは目に見えない鎖となって、あなたの舌を縛り上げるのですわ」
ユコがソニアの額を指先で突くと、ソニアは「ひゃんっ」と短い声を上げた。
「なんかおっかないな……」
ラムリーザは、魔法の力に少し恐れを感じた。
「これでソニアは、大事なところで『うっかり』ができない体質になったわね。ある意味、現実のソニアにもかけてほしい魔法だわ」
リリスの冷静なツッコミに、ラムリーザは苦笑する。確かに、口数の多いソニアにとって、ギアスはある意味、救済の魔法かもしれない。
「とりあえず、私が指輪を返したら成功でしょうか?」
「う~ん、まだ事件らしい事件がない気がするけどねぇ」
今回の物語は、まだ導入部らしく、指輪を入手したのとサーカスを見たというだけで、ラムリーザの言うとおり事件はまだ起きていない。
「ちょっと導入に手間取りましたわ。あ、ソニアは再び箱の中から現れてみんなのところに戻ってきましたの」
そのとき、下校時間を告げるいつもの放送が流れ始めた。この日のゲームはここまでだ。
「終わる前に、手品の種明かしが知りたいなぁ」
「それは、ノクティルカがソニアを連れてテレポートで箱の中に戻り、それからノクティルカだけがコンシールセルフで隠れる。これでソニアだけが箱の中から現れるのですわ」
「相手はわりとレベルの高いソーサラーだな。カノコじゃないけど、戦闘になったら厄介かもしれんぞ」
ゲームのルールに詳しいリゲルは、相手が使用している魔法からおおよそのレベルが分かるのだ。
「それで、指輪はどうなるのですか?」
「え~と、本当は犯人探しをして欲しかったのだけど、サーカスのイベントに時間を取りすぎてしまいましたの」
「それじゃあ、物語は後半に続く、だね。明日は練習ということで、明後日よろしく」
「了解! というわけで、次回『指輪の秘密。悲しきサーカス団(仮)』乞うご期待! 時の涙を、君は見たか?」
ユコは、なんだかかっこいいサブタイトルまで付けてみせた。
「待ってください」
ロザリーンが、何かを思い出したかのようにユコを止めた。
「明日から卒業式関係の準備で、しばらく放課後の部活動は中止ですよ」
「ぬぅ、それなら来週ですの」
「そういえばもうすぐ終業式があって、それで一年生は終わりだな」
ラムリーザは、この学校での最初の一年が残り少ないことをしみじみと感じていた。
「ああ、いよいよ終わりなんですのね。それじゃあ、終業式まではゲーム優先にしてほしいですの。途中で終わったら、皆さんも続きが気になるでしょうし、私も心残りができちゃいますわ」
「そうだな、この物語が終わるまでしばらく練習はお休み……でもいいか」
ラムリーザは、練習するのはユコが抜けた後、次の春からソフィリータたちが加わってからでもいいか、と考えた。
今は、ユコとの思い出作りを最優先しよう。それから先のことは、そのときに考えればよいのだ。
そう考えながら校舎を出て、遠く地平線のかなたに沈む太陽を眺めるのだった。
振り返ると、夕日に照らされた校舎が、まるで巨大な砂時計のように見えた。ユコと笑い合える時間は、すべて流れ落ちる寸前の砂ほどしか残っていない。
「……時の涙、か」
ラムリーザは、ユコが口にした大げさなサブタイトルを思い出し、小さく苦笑した。遊びのはずのダイスの出目が、いつの間にか自分たちの「さよなら」を加速させている。
影が長く伸びた道を歩きながら、ラムリーザはユコの楽しそうな横顔をそっと見た。
あと数日で、もう「一年生」という肩書きも、この部室でユコの作るストーリーを楽しむ日常も終わってしまう。
「……心残り、か」
ラムリーザが再び小さくつぶやくと、リゲルが「感傷に浸るのは後でもできるだろ」と、相変わらずの素っ気なさで肩を叩いてきた。
その手は、妙に温かかった。こういうのを「絆」と呼ぶのだろうが、ラムリーザはまだ、その言葉を口にするのがこそばゆい。
ラムリーザはもう一度、地平線に消えゆく太陽を見据えた。