ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


新たなる物語の開幕に乾杯

帝国暦九十三年 芽吹の月・星々の日(現代暦:三月上旬)

 さて、この日は、アンテロック山脈中腹にあるオーバールック・ホテルで定期的に開かれているパーティーの日だった。

 ラムリーザたちは、いつものようにリゲルの車に乗り合わせて向かった。

 後部座席の真ん中に座っているラムリーザは、左隣のユグドラシルに、今さらなことを言った。

「そういえばユグドラシルさん、生徒会会長就任おめでとうございます。ほらソニアもおめでとうは?」

「ん、おめでとロザ兄」

 ラムリーザの右側にいるソニアは、あまり興味がなさそうにぼそっと言っただけで、再び窓の外の景色を眺めだした。

 そうは言っても、ラムリーザとユグドラシルが会うのは久しぶりだった。生徒会長就任はひと月も前の話だが、その間会うことはなかったのだ。

「こっちもいろいろ準備があって忙しかったし、うん、ありがとう。これで楽しい学校にすることができるぞ」

 これには期待が持てそうだ、とラムリーザは思った。会長選に敗れて副会長になったケルムには悪いけど、ここはユグドラシルが音頭を取ったほうが楽しそうだ。

「そうそう、ラムリーザくんも生徒会のスタッフにならないかい? ソニアくんと一緒がいいなら二人まとめて役職を用意するよ」

 ユグドラシルはラムリーザを生徒会に誘ったが、ラムリーザの答えは決まっていた。

「いや、それは難しいのですよ。次の春からは――ってもうひと月もないけど、その頃から僕は新開地フォレストピアのほうで忙しくなるのです。生徒会との掛け持ちはたぶん難しいんじゃないかな、と思うのです」

「そっかー、ローザも生徒会に来ないんだよね」

「はい、私もリゲルさんと一緒にラムリーザさんの手伝いをすることに決めました」

「ん~、このメンバーで生徒会は自分だけかぁ。一人ぐらいメンバーの中に知り合いが欲しいなぁ」

「ニバスさんとかはどうですか?」

「いや、彼はハーレム活動に忙しくて生徒会なんてやってくれないさ」

 ハーレムに忙しいなどと、体よくあしらわれているような気がするが、ニバスに生徒会は似合わないだろう。

 ラムリーザの知り合いの中で生徒会に入ってくれそうな人は思い浮かばなかった。リリスは無理だろうし、ユコはいなくなる。レフトールは更生しつつあるが、まだ他の生徒の間では恐怖の対象だろう。

「新入生に知り合いができたら、追加で参加させたらいいと思うよ」

 そういうわけでラムリーザは、あまり当てにならなさそうな提案しか言えなかった。

 そんな雑談をしているうちに、車は山道へ入っていった。

「ああそうそうラムリーザくん。元生徒会メンバーのセディーナさんは今年で卒業だから、軽音楽部の部長を新しく決めておくべきだぞ」

「む、そんな人もいたなぁ」

 三年生のメンバーはそろって生徒会役員だったので、部にはほとんど顔を出していないということもあって、ラムリーザの中では印象に残っていない存在になってしまっているが、これは仕方がない。

 最後に顔を合わせたのは、文化祭のときだったっけ? 残念ながらその程度の認識でしかなかった。

「ソニア、部活の部長やる?」

「ん、めんどくさい」

「そっか、ならリリスにお願いするか」

「むっ、リリスがやるならあたしがやる」

「……二人で話し合って決めなさい」

 ラムリーザとしては、部長はソニアかリリスのやりたいほうにやらせるつもりだった。グループのリーダーという立場だが、部活まで面倒を見る気にはならなかった。

 ただこの様子だと、部長争奪戦が実施されるだろうが、こういうことはやりたい人に任せるのが一番だ。

「ところでユグドラシルさんは、作詞作曲とか楽譜作成とかできますか?」

「いや、やったことないなぁ。どうしたんだい?」

「今まで楽譜担当だったユコが転校しちゃうので、今後新しい曲を演奏するのが難しくなりましてね。他のメンバーはそっち方面は得意じゃないし」

「う~ん、ジャレス先輩は楽譜書いていたみたいだけど、もう卒業だからなぁ」

 新開地フォレストピアの計画は順調かもしれないが、残念ながら部活やバンド活動のほうは少し先細りだ。

 

 パーティー会場に到着すると、いつものようにソニアはご馳走に飛びついている。メイン料理は毎回鶏肉とほちょん鳥という定番メニューなのだが、気にしていないようだ。

 ラムリーザとリゲルは、今回はロザリーンも交えてフォレストピアの状況を聞いていた。

 やはり食糧生産は厳しいようで、そこはユライカナンからの支援頼みだろう。

 その他では建造物の話を聞き、メインストリートとなる一番街は完成したらしい。ほとんど空き家状態ではあるが、形は整ったということだ。

 各施設や通りの名前はまだ決まっていないが、急いで考える必要はない。名前ぐらいなら、住民へのアンケートで決めるのもありだろう。

 憩いの場である中央公園もできたが、これも名前はまだない。

 いろいろと考えることも多くなりそうだ。これだから生徒会や部長などを兼任している余裕はない。遊びの範囲では、バンドのリーダーとしてジャンとライブの打ち合わせをするぐらいが精々といったところだろう。

 それともう一つラムリーザは決めていた。

 今後は、新開地フォレストピアの打ち合わせがもっと重要になるだろう。そういうわけで、このパーティーとは別に、打ち合わせの場を設けようと考えていた。

「あ、ラムリーザくん、次のパーティーまでにやっておきたいことがあるんだけど、いいかな?」

 打ち合わせを終えたラムリーザは、ソニアが夢中になっているご馳走の並ぶ場所に戻ったところで、同じくニバスとの挨拶を終えたユグドラシルに声をかけられた。

 そこでラムリーザは、決めていたことを話した。

「ああごめん。突然で申し訳ないけど、僕はこのパーティーへの参加は今回を最後にして、次回からは出ないことにしたのですよ」

「ええっ? 社交界に出ないのか?」

「もともと伴侶探しの名目で、母親から参加するよう言われていました。でも、よく考えたら伴侶はソニアで決めているから別にいいかな――というのは建前でさ、本音は新開地フォレストピアで、僕主催――まあ、当分は母の主催となるでしょうが、そっちで場を設けようと思っているのです」

 ここでラムリーザは、一息ついた。そして本音に続いて現実的なことも述べた。

「このパーティーで最近実のある話といえば、フォレストピアの打ち合わせだから、それならわざわざここでやらなくてもいいのではないかな、ってね。貴族の集まりより、もっと現場の話を聞きたいんだ」

 ラムリーザの考えに、ユグドラシルも賛成したようだ。うんうんと頷きながら返事する。

「だから次からは、こっちじゃなくてフォレストピア側で定例の場を作ろうと思ってる。人も呼ぶし、話し合う場所も作る」

「なるほど、それはいい。すごくいい、むしろそっちのほうがいい。それなら自分も次はラムリーザくん主催のそっちに参加しようかな。どうせローザもそっちに出るんだろう?」

「はい、そうします」

 ロザリーンの興味も、社交界よりフォレストピアに向いている。

「ユグドラシルさんは、ここに出なくてもいいのですか?」

「いや、演説で言っていただろう?」

「校庭の遊具の話ですか?」

「いやいや、そうじゃなくて、学校の行事にユライカナンの文化を取り入れてみよう、って話だよ。そのためのネタを入手しに行きたいのさ。そっかぁ、それならやっておきたいことは、次に開かれる新しいパーティーのときに話をしようか」

 ラムリーザは、リゲルにも今後の意思を語った。リゲルも気前よく了承してくれたものだ。

「ソニアもいいよね?」

「ご馳走が出るならどこでもいいよ。あとロザ兄、校庭に遊具を設置してくれないの?」

 ソニアは、骨付き肉をほおばりながらユグドラシルに問いかけた。そういえば、生徒会演説の際に、校庭に遊具を設置してほしい要望を出したのはソニアだった。

「あいや、あれは演説にユーモアを取り入れるためのネタだったじゃないか? まさか本気で遊具が欲しいわけじゃなかったよね?」

 ユグドラシルは、冗談でしょ? といった顔つきでソニアを見つめている。だがソニアは、真顔で答えた。

「え~、遊具で遊びた~い」

 本気なのか冗談なのかわからないところが、ソニアの困った点だ。まさかこの歳になって、遊具で遊びたいとでも言うのだろうか?

 そういえば、帝都の思い出の公園に行ったとき、遊具で楽しそうに遊んでいたっけ?

「ラムリーザくん!」

「あ、はい」

 ソニアの猛攻を受け流して、突然真面目な顔になったユグドラシルは、ラムリーザの顔を正面から見据えた。とりあえず、ソニアが変なこと言ってごめんなさいと謝るべきか?

「君にとって、この一年はどんな年だったかな?」

 ラムリーザの予想とは違って、ユグドラシルの問いはとてもまともで、どっちかといえば哲学的な質問だった。

「そうだなぁ、強いて言うなら準備期間かな。これからが本番だと思っています」

 だから、真面目に答えてみる。ラムリーザは、これからのために準備を一年かけて進めてきたつもりだった。

「準備期間ね、物語でいえば『起』の部分だね」

「そうなるかな。じゃあこれからフォレストピアでの生活が始まるってのは、『承』の部分になるわけですか」

 ラムリーザは、自分の人生を物語に例えてみておかしく感じたが、そうなるとこれから「転」の部分はどうなるかわからない。しかし、立派な街を作り上げることができました、めでたしめでたし、結、といった具合に大団円を迎えたいな、などと思っていた。

「その割には、結構遊んでいなかったかい?」

 ユグドラシルに指摘されて、ラムリーザは思わず苦笑する。確かに遊んで楽しかった記憶のほうが多い。

「いいのです、仕事ばかりで遊ばないラムリーザは、今にも気が狂う……ってなったらユグドラシルさんも困るでしょう?」

「はっは、それもそうだ。じゃあ今度はソニアくんはどうだったかい? この一年は」

 急に話題を振られたソニアは、焼きとうもろこしにかぶりついたまま一瞬固まった。ここまでのラムリーザとユグドラシルの会話を聞いていなかったところを見ると、結局、遊具の話はそんなに重要ではなかったようだ。

 だがすぐに、口をもごもごとさせて何かをつぶやいた。

「たふあっふぁお」

「ん?」

 ソニアは、無理やりごくんと飲み込んで「楽しかったよ」と言い直した。ラムリーザはそれを聞いて、まあそうだろうなと思った。

 ソニアは、ラムリーザの保護のもと、幸せに過ごしていたはずだ。ラムリーザ以外に誰も知らないという心細い状態からスタートしたが、友達や知り合いはたくさんできた。

 リリスともいいコンビになった。ユコがいなくなっても、リリスはソニアと仲良くしていけば問題ないはずだ。

 ラムリーザやソニアだけではない。

 リゲルも、去年まで付き合っていた恋人と無理やり引き離されるという悲劇から始まったらしいが、今ではロザリーンという新しい恋人と出会うことができた。リゲルにとっても、フォレストピアは楽しみなはずだ。彼もまた、始まったばかりだろう。

 もちろん、ロザリーンも同様だ。リゲルと共に、新しい世界を築いていけるはずだ。

 ここでの賑やかさが嫌いなわけじゃない。ただこれからは、同じ賑やかさでも、土と木と人の匂いがするほうへ行きたい。

「新たなる物語の開幕に、みんなで乾杯しようよ」

 ラムリーザは、仲間たちに飲み物の入ったグラスを手渡した。グラスの縁に映った照明が、いつもの夜より少しだけ遠く感じられた。
              
オーバールック・ホテルで、ラムリーザたちが乾杯する場面
 それからみんなで一斉に高く掲げて声を揃えて言った。

 

 月見で一杯!

 

 高く掲げられたグラスが、シャンデリアの光を反射して一瞬、星のようにきらめいた。

 背後ではまだ、社交界の住人たちが優雅なワルツに合わせて踊り続けている。けれど、ラムリーザの耳にはもう、その音楽は遠い過去の残響のようにしか聞こえなかった。

 窓の外、月明かりに照らされたアンテロック山脈の向こう側には、自分たちがこれから主役として踊るための、まっさらなステージが待っている。

「……行こう、みんな」

 ラムリーザが小さくつぶやくと、ソニアが空になったグラスを置いて、彼の腕にぎゅっとしがみついた。その温もりが、何よりも確かな旅立ちを約束してくれているようだった。

 物語は今、始まった。