ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


夜桜とバーベキュー

帝国暦九十三年 白霜の月・太陽の日(現代暦:二月中旬)

 この日は、日が落ちてからラムリーザが下宿している屋敷に集まって、食事会をすることになった。

 動画の再生回数戦争は、ソニアにもリリスにも気まずい結果を残すだけとなってしまい、あれから数日間、二人とも気が抜けたようになって、部活で遊ばずに帰ってしまっていたのだ。

 この微妙な雰囲気を払拭するために、思い出作りの一環として、みんなで考えたことだった。それに、ラムリーザがこの屋敷で過ごすのも残り少ない。だから、屋敷での思い出作りもしておきたかった。

 みんなでどこかへ食べに出かける案や、一緒に何か料理を作る案も出たが、前者は、休日ごとに帝都のクラブでバンド活動をし、その流れで食事もしているので、みんなにとっては新鮮味がない、ということで見送られた。

 後者は、ロザリーンだけが一生懸命で、他のメンバーはあまり乗り気ではなかったのでなしになった。

 それで結局、今回の食事会になったのだ。

 食事会といっても、何か料理をするわけではなく、リゲルの持ち込んだキャンプセットを使って、肉や野菜を焼く、いわゆるバーベキューをやろうということになった。

 ラムリーザとリゲルは、キャンプセットをラムリーザの部屋の外にあるバルコニーへ運んだ。その間にソニアとユコは食材の買い出し、リリスは燃料になる炭の買い出しに出かけ、ロザリーンは屋敷の調理場を借りて何やら素人にはわかりにくい食事の下準備をしている。

 バルコニーの向こうでは、屋敷の庭に植えられた桜が、薄い花を開き始めていた。日が落ちれば、あれも食事会の背景になるだろう。

 キャンプで使うバーベキュー・グリルの設置が終わり、ラムリーザとリゲルの二人が一息ついているところに、ロザリーンがなにやら壷に入ったものを持ち込んできた。

「それは何だい?」

 ラムリーザの問いに、ロザリーンは「秘伝のタレです」と答えた。

「何に使うのだ?」

 今度はリゲルが問う。

「肉を焼く前に、作ったタレに漬けるだけで味が良くなるのよ。本当は一晩とか漬けたいのですが、今日はそれほど時間がありませんからね」

「ふうん、なんだかいいにおいがしているね」

「いろいろ試しながら作ってきた秘伝のタレよ。赤ワインやゴマ、ニンニク――今度、交換日記に作り方を書いておきますね」

 真面目に交換日記を書いていないリゲルは「こほん」と咳払いをした。ラムリーザも、そういえばまた自分のところに回ってきていたっけ、と思い返していた。

 そのとき、ソニアとユコが帰ってきた。

「いろいろ買ってきたよ。どこにでも売っている牛さんと豚さん、それからめったに見られないオオグンタマやコンプソグナトゥス! それと野菜」

「オオグンタマの肉は下ごしらえが必要だから、ちょっと貸してちょうだい。それと、肉は切ってからタレの入っている壷に入れておいてね」

 ロザリーンは、オオグンタマの肉を持って、再び調理場へ向かっていった。

 ラムリーザは、ソニアから肉を受け取ると、キャンプセットについている小さな調理台で適度な大きさに切っては、壷の中へ入れていった。

 コンプソグナトゥスは十センチぐらいの小動物なので、そのまま串に刺して炙ることになる。しっかり焼けば骨も柔らかいので、頭から丸かじりできるものだ。

「うわぁ、ラムクール!」

 ソニアは肉を切り続けるラムリーザに、謎の言葉を浴びせかけてくる。それに合わせて周囲でクルクル踊るものだから、ラムリーザは邪魔で仕方がない。それに加えて刃物を扱っているので、危なくて仕方がない。

「踊ってないで、野菜を切るのを手伝ってくださいですの」

 ユコに言われてソニアは野菜を切ろうとしたが、まな板の前に立ってもじもじと身をよじったあとで、なぜかすぐに作業をやめてしまった。

「火が起こせないぞ。リリスは何をやっているんだ?」

 リゲルがつぶやいたので、ソニアは携帯型情報端末キュリオでリリス宛てにメールを打ってみた。すると、着信音が部屋の中にあるテーブルから聞こえた。どうやらリリスはキュリオを置いていったようだ。

 その直後に、ようやくリリスが戻ってきた。食材を売っている店と違い、燃料の炭を売っている店は近くにはなく、わざわざ隣町まで出かけなければならなかったので時間がかかったようだ。

 早速リゲルは、リリスの買ってきた炭に火を起こし始めた。

「あたし火をつける」

 近寄ってきたソニアを、リゲルは「危ないし邪魔だ」と言って追い払う。

「お肉どんなん~?」

 近寄ってきたソニアを、ラムリーザは「危ないし邪魔だ」と言って追い払う。

「危ないし邪魔だ」

 リリスは、ソニアと目が合っただけで、同じ台詞を口に出した。

「何よ! まだ何もやってないじゃないの!」

「何かやって手伝ってください!」

 ユコに責められて、ソニアは部屋に逃げようとしたところで、オオグンタマの下ごしらえを終えて戻ってきたロザリーンとぶつかりそうになる。ソニアは、邪魔ばかりしている。

 炭を扇ぎ、ときおり上に手をかざしていたリゲルは、しばらくしてからバーベキュー用の金網をかぶせて振り返った。

「よし、火の準備はできたから、適当に焼き始めろ」

「任せておけいっ」

 ソニアはそう言って、トングを使って食材を金網の上に並べ始めた。

「ちょっと、野菜ばかり並べないで、肉が置けないわ。――って、肉はどこに行ったのよ?」

 切ったそばから、ロザリーンの作ったタレの入った壷に入れている。ラムリーザは、肉の入った壷をリリスに手渡した。

「アスパラ~、とうもろこし~、キノコ~」

「ちょっとどけなさい」

 リリスは、ソニアの置いた野菜を動かして、空いたスペースに肉を並べ始めた。

「邪魔しないでよ!」

「邪魔って何かしら? あなた野菜だけ焼くの? まあ、おっぱいが膨らむのを恐れて肉を敬遠する気持ちはわかるわ」

 リリスの挑発に、ソニアはキッと睨み返し、今度はロザリーンが持っていたオオグンタマの肉を金網の上に並べ始めた。

「オオグンタマはしっかり火を通してね」

 ロザリーンは、そう忠告してソニアに食材を渡すと、野菜を切っているユコに加勢した。

 金網の上で、ロザリーンのタレを纏った肉がじゅうじゅうと泣き声を上げ、脂が爆ぜる。炭火の熱に炙られたニンニクとワインの香りが、夜の冷たい空気を一瞬で塗り替えていく。

「……いい匂い。これ、絶対美味しいやつだわ」

 リリスが思わずつぶやいた言葉に、炭を扇いでいたリゲルの頬が、火照った赤みの中で少しだけ緩んだ。

「そういえば、なぜ肉って焼くと赤から褐色に変わるのかな?」

 ラムリーザは、素朴な疑問をリゲルに投げかけた。

「なんだろな。タンパク質が関わっていそうだが、料理はよくわからん」

「私が説明します」

 リゲルが答えられなかったので、ロザリーンが助け舟を出した。

「まず、肉が赤いのは、ミオグロビンというタンパク質が含まれているためです。加熱すると、表面でメイラード反応が起こり、香ばしい香りが出て、褐色に変わるのですよ」

「そ、そうか」

 ラムリーザは、わかったようなわからないような、とにかくちゃんとした理由があることがわかって一応安心した。

 しばらく経つと、食材の準備は完全に終わり、六人ともバーベキュー・グリルを取り囲んでいた。それぞれ自分のペースで、焼けたものから順に胃袋に収めている。

「ラムリーザ、あなたは食べないのね」

 楽しそうに食材を並べたりひっくり返したりしているソニアを眺めているだけで、食事に全然手を出さないラムリーザに、リリスが問いかけた。

「あ、いいから。自由に進めて」

 リリスは気がついていなかったが、ソニアは焼いて食べている合間に、少しずつ焼きあがったものを別の皿に取り分けている。そして、しばらく経ってからラムリーザに手渡していた。ラムリーザは、直接金網から食材を取らず、ソニアの用意してくれたものだけを食べていた。

「生キャベツ好き~」

 ソニアは、時折キャベツを生のままボリボリやっている。

 それを見てユコはつぶやいた。

「生キャベツ好きなのね、バストが膨らむわけですわ」

 黙々と食べる時間もあれば、肉の取り合いでソニアとリリスが文句を言い合う時間もあり、賑やかな宴会は進行していった。

 

 少し食べ疲れたところで、ラムリーザは箸を止めて一休みしながら、バーベキュー・グリルのそばから一歩離れてみんなに語りかけた。

「そういえば、ラムリーズを結成してから半年以上経ったけど、みんなどうだった?」

「面白かったよ。リリスがリードボーカルを奪うところを除いてね」

 ソニアは即答したが、すぐにリリスも反撃する。

「ソニアがリードボーカルを奪うところは納得できないけど、ラムリーザ、あなたには感謝しているわ」

 反撃しつつ、ラムリーザに礼を述べる。器用なやつだ。

「一人でピアノを弾いていても十分だったけど、やっぱりみんなと合わせるのも楽しいものですね」

「俺も丸くなったものだ……」

 ロザリーンとリゲルが続き、ユコも「私の書いた楽譜で皆さんが演奏してくれるので、楽譜起こしの意欲が高まりましたわ」と続いた。

「そうだねぇ、ユコがいないと演奏できる曲はごくわずかなものになっていただろうね。ラムリーズの土台は、ユコにあるみたいだね」

 ラムリーザは、そう締めくくった。

「そ、そう言われると、少し照れますわね」

 ユコはそう言いながらも、明らかに嬉しそうだった。

「そういうラムリーザ様はどうでしたの?」

 おだてられていい気になったユコは、逆に尋ねてくる。

「僕は、次の春にフォレストピアへ移動してからが本番だと思っているよ」

「本番?」

「うん。いよいよシャングリラ・ナイト・フィーバー二号店が、フォレストピアに完成する。今の一号店では、多くのグループの中の一つという立場だけど、二号店が始まった直後は、僕たちが主役としてやっていくんだ」

「なんかかっこいい!」

 ソニアは、合いの手を入れてくる。ラムリーザは、それに合わせて一息入れてから話を続けた。

「責任重大だけど、みんなならやっていける。これまで以上に、楽しみつつ、しっかりやっていこう」

 リリスは軽く拍手し、ユコはキラキラした目でラムリーザを見ている。リゲルとロザリーンは静かに頷き、ソニアはフォークに刺した肉にかぶりついた。

 そして、ラムリーザは最後の締めに取り掛かった。

「気合入れて行こう! ラムリーズはまだまだ終わらんぞ! ベヤングだ! ベヤング!」

「おいっす!」

 ソニアは、力強く返答した。しかし、ソニア以外のメンバーは静まり返っている。

「ちょっと待って」

 静けさの中、リリスが突っ込んでくる。

「ベヤングって何?」

「ん? 以前CMでやっていたじゃないか。即席食品の、妙に耳に残るやつ」

 リリスは、首をかしげてさらに突っ込んできた。

「ああ、あれね、思い出したわ。でもそのCM古くないかしら? なぜ今頃出てくるの?」

 なぜと言われても、ラムリーザは返答に困った。その場が盛り上がるだろうと思って言ったのだが、どうやらソニア以外にはその意図が通じなかったようだ。

「もっと今風のフレーズはないのかしら?」

 そのとき、返答に困るラムリーザと、ツッコミを入れるリリスの間に割って入るようにソニアが立ちはだかった。

「何だっていいじゃないの、あたしは応答したのにリリスはしないんだ、ノリが悪いねー。そんなんでラムを奪おうと考えるなんて、ちゃんちゃらおかしいわ!」

 ソニアは、ラムリーザの肩を持ってリリスに反撃してくる。それを聞いて、ラムリーザとの意思疎通に失敗したと感じたリリスは動揺した。

「むっ、もう一丁お願い!」

 リリスは、今度こそラムリーザのノリに乗っかるために、締めの掛け声をもう一度要求した。しかし、ラムリーザに代わってソニアがやると言い出したので、ラムリーザは任せることにした。

 ソニアは、リリスに対して意地の悪そうな笑みを浮かべると、ラムリーザの檄を今風にアレンジして言い放った。

「まだまだ終わらんぞ! アレオカレーだ! アレオふりかけだ!」

「きっ、貴様ッ!」

 つい最近つけられた傷を刺激されてリリスは激高し、ソニアに対してフォークを振り上げた。ソニアも負けじと、トングを振りかざす。

「やーめーろ。内部抗争はグループ解散の始まりだぞ」

 ラムリーザは、ソニアからトングを奪い、壷から肉を取り出して並べる役目に交代した。
              
ラムリーザの住む屋敷のバルコニーで、バーベキューをやる場面
 それを見て、一同は再びバーベキュー・グリルの前に集まり、夜の食事会の第二幕が始まった。皿の上の肉は減り、炭は赤く落ち着いて、言い争いも笑い声に変わっていく。

 つまらない勝負のあとに残ったものは、案外こういう時間なのかもしれない。

 そしてユコの譜面がなければ、きっとこの輪はここまで自然に回らなかった。

「土台はユコにある」と、さっき口にした言葉が、炭の匂いといっしょに胸の奥に沈んでいった。

 南国ゆえ、桜の開花も早い。屋敷の明かりに照らされた桜が、綺麗な夜桜となって静かに浮かび上がっていた。