ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
動画再生回数戦争 中編 マクロ自動化の恐怖
帝国暦九十三年 氷紋の月・不死鳥の日(現代暦:二月上旬)
この日は、朝から微妙な空気が流れていた。
ユコは、せっかく作ってきたテーブルトークゲームの開始がまたしても延期になることへの不満を漂わせている。
ソニアとリリスは、互いを牽制して警戒している。
中立の立場にあるロザリーンだけが、いつもと同じ雰囲気を保っていた。
新曲のリードボーカルの座を賭けた、ゲーム実況動画の再生回数争い。それはもう、妙な方向へ進んでいた。
「ええと、ソニアさんの再生回数は、一本だけで千五百七十二回。リリスさんの再生回数は、一本目が三十二回で、二本目が八百四十二回、合わせて八百七十四回ですね」
「何だか知らないけど、伸びてますわねぇ」
ロザリーンの報告に、不機嫌なユコは投げやりに言った。
「ちっ、一日分の差が埋まらない……」
リリスは、歯ぎしりをしてうめく。同じ時間、同じ労力をかけるなら、一日早く始めたソニアが有利だ。
「あと四日、あと四日……」
ソニアは逃げ切る気満々だ。あと四日もクリック作業を続けるというのも驚異的だ。
正直、ソニアは動画サイトの画面を更新するだけの作業はつまらないと感じていた。しかし、リリスに勝つためには決着の日まで、この迂遠な作業を繰り返すしかない。
「何をやっているんだよ、君たちは……」
ラムリーザも呆れ返ってしまった。
面白そう、楽しそう。そんな軽い気持ちで始めたゲーム実況は、すでに意味不明の作業へ変貌を遂げてしまった。
そしてリリスは、不平を言いながらも、自分の携帯型情報端末キュリオの画面を連打している。どうやら、キュリオでも動画ページの更新作業を繰り返しているに違いない。
ソニアはそれにすぐ気がつき、慌てて自分も同じ作業に没頭する。
本当に何をやっているんだか……。
「二人とも何をやっているのですか?」
事態を把握していないロザリーンが不思議そうに尋ねるが、二人とも黙々と作業を繰り返している。
「すでにまともな勝負じゃなくなっているな……」
事情を知るラムリーザは、「決着の日までの辛抱だ」と諦めることにした。
ただ、動画の面白さを競って再生回数を争うのも勝負だが、自分でクリックして再生回数を増やす勝負も、ありと言えばありなのかもしれない。そう、クリックゲームと称されるジャンルのように……。
二人は、まるでクリックするたびにポイントが増えるゲームのようなものをやっているだけなのだ。
動画の再生回数をクリックで増やすのと、おばあさんがクッキーを焼き続けるゲームとで、何が違うのか。数字が増えるという点では同じではないか。
ラムリーザは、この異常事態をそう捉えることで、自分を納得させようとしていた。
翌日、氷紋の月・創世の日(現代暦:二月上旬)
この日、異変が起きた。
リリスは朝からぐったりとしている。肌も髪も荒れて、美少女が台無しになっていた。
ラムリーザは、この様子をだいぶ前にも見たことがあった。ひょっとして今回もまた同じことが起きたのか? と警戒する。
「ええと、ソニアさんの再生回数は一本だけで二千三百六十八回、リリスさんの再生回数は、一本目が四十回で、二本目が三千六百四十五回、逆転しましたね」
リリスが昨夜何をやったのかわからないが、再生回数は逆転していた。
「なっ、何でよっ!」
ソニアは机をドンと叩いて怒鳴るが、リリスは充血した目で笑みを浮かべると、そのまま机に突っ伏してしまった。
「リリス、徹夜したな……」
ラムリーザはリリスの様子を見て、ラムリーズ結成前の「あの事件」を思い出した。
それは、「四神演劇レグルス」事件だ。ネットゲームで、ソニア、リリス、ユコの三人は、連日の徹夜でキャラクターを育て、数日後には廃人のようになってしまうという事件があった。
リリスのあの動画が自然に大ヒットするわけがない。これは、徹夜で動画の画面更新をやり続けた結果によるものだろう。
そんな事情など気にしないソニアは、リリスがダウンしている間に、遅れを取り戻そうと今日も携帯端末とにらめっこだ。
「リリス!」
ラムリーザは、ぐったりしているリリスを強引に引き起こして、顔を見ながらきつい口調で言った。
「そういうのは、もうやらないって約束したよね?」
「ネットゲームは、してないわ……」
リリスの力ない答えを聞いて、ラムリーザはぐっと台詞に詰まる。
ネットゲームはやるな、部活を雑談部にするな。それがあのときの約束事であって、今回リリスは違反しているわけではない。
あのときのように、これからラムリーザも参戦して再生回数を競えと言われても、この調子では追いつくことは到底不可能だ。また、あのときのように、金で再生回数を稼ぐというのも、そういうサービスがあるのかどうかわからない。
しかも何だ? 勝ったからといって何を禁止する?
ゲーム実況を禁止しても意味はない。徹夜をするなと言うのは、仕事などで時と場合によっては仕方ないこともあるので横暴だ。クリック禁止、画面更新禁止という命令も、意味がわからない。
ラムリーザは、とにかくソニアの徹夜だけは、力ずくでも止めるしかないと思った。
机に突っ伏したリリスの指先は、今もなお、見えない更新キーを押し続けているかのようにピクピクと痙攣を繰り返している。その痛々しい姿は、数字という名の怪物に魂を削り取られた犠牲者のようだった。
その夜も、ソニアはずっとマイコンの前に張り付いてクリックし続けている。
ラムリーザは、これはネットゲームに熱中しすぎて周りが見えなくなっているのと何も変わらないのではないか、と思った。
動画を作成した夜以降、ソニアは一度もラムリーザと遊んでいない。ずっとマイコンのボタンのクリックだけだ。
「そんなしょうもないことで徹夜はさせないぞ。もし徹夜するようなら明日から学校指定の寮、桃栗の里だからな」
「それじゃあリリスに勝てないよ」
ソニアは、マイコンから目を離さず、不満そうに答えた。
「すでにまともな勝負じゃないだろ? 面白い動画を作るんじゃなかったのか?」
「リリスは再生回数で勝負と言った、だからあたしは再生回数を増やしているの」
「そんな変なことをしなくても、面白い動画を作っていたら、自然に再生回数は増えるんじゃないのか?」
「あたしの作った動画が面白いと感じない人が変なの!」
ラムリーザは、そんなことはまずちゃんと実況した動画を作ってから言えと思ったが、そんなことを言っても事態は進まないので、最初に言ったことを繰り返した。
「とにかく、いつもの時間にベッドに入らないと、桃栗の里行きだからな。脅しじゃないぞ、手続きすればすぐにでも移動させられるぞ」
ソニアは、眉をひそめて口を尖らせるが、ラムリーザに反抗できない。自分が変なことをしているのはわかっていた。だが、リリスに勝つためには仕方がない。
「ラムもクリックしてよ」
疲れてきたソニアは、ラムリーザに手伝いを求めた。だがラムリーザは、丁寧にお断りした。
「そんなことやめて、次の動画を作れよ」
「あーもう飽きてきた! つまんない! こんなことを一晩中するリリスも頭おかしい!」
五十歩百歩だ。ソニアもリリスもおかしい。
「いつぞやの対戦ゲームで対戦してやってもいいぞ」
ラムリーザは、ソニアを変なことからやめさせるために、わざわざハメ殺される道を選んだりもしてみた。しかしソニアは、クリックを止めない。
「あー、何か自動でこれできないかなぁ」
ソニアはそういって、左手の指でマイコンの更新キーを押しながら、右手で携帯型情報端末キュリオを操作して何かを調べ始めた。器用なことをするやつだ。
一方ラムリーザは、対戦ゲームを一人で始めていた。
「ん、自動クリックツール?」
ソニアは、何かを見つけたようだ。キーボードのクリックを止めて、別の操作をやり始めた。
「これでもうクリック地獄から解放される……」
そうつぶやきながら、マイコンの設定を終わらせて、ようやくラムリーザのそばへ戻ってきた。
「ん、クリック作業は終わったのか?」
ラムリーザは、ひとまず安心して尋ねてみた。
「うん、自動でボタンをクリックし続けてくれるツール見つけて、それを仕込んだからもうリリスに負けないわ」
気になったラムリーザはマイコンの画面をのぞいたが、そこにはソニアの動画を延々と自動で更新し続けている画面が映し出されていた。
「気味が悪いな……」
自動クリックツール――いわゆるマクロが延々と画面を更新している光景は、見ているだけでそう思わせるには十分だった。
もはや彼女が勝ちたい相手は、再生数なのか、リリスなのか、それとも数字そのものなのか。だがラムリーザには、わからなかった。
「ラム、対戦してくれるってさっき言ったよね、ほら来て対戦して!」
嫌な予感がして振り返ったが、思った通りいつぞやの緑色の軍服男が待ち構えていた。
ラムリーザは、自分の言い出したことだから逃げ出すわけにはいかなかった。
結局、寝る前の時間まで対戦は続き、ラムリーザは四十七連敗。めでたしめでたし――なわけがない。
「さてと、今日はそろそろ寝るか」
ラムリーザは、いい時間になってきたので、少し早いが寝ることにした。正直対戦にうんざりもしていた。
「もう一本!」
「もう十分勝っただろう、飽きないのか?」
ソニアは飽きないのだろうか? 対戦をしていると言っても、ずっと同じキャラで、ずっと同じハメ攻撃ばかりしている。
「だってあたしがラムに勝てる数少ない分野の一つなんだもん」
そうか、僕に勝ちたいのか、とラムリーザは思った。妙なところで負けず嫌いなことがあるものだ。
「もう疲れた、もう眠い、もう参った、降参です」
ラムリーザは、頭を下げて負けを認めてソニアをいい気にさせることにした。これは効果があり、ソニアは気分を良くしてゲームを終了してくれたのだった。
ラムリーザは、やれやれとため息をついたが、ふとマイコンの画面が目に入り、再びため息をついた。
ソニアは、寝る前にマイコンの画面をのぞいて、ちゃんと動いていることを確認してからベッドに潜り込んできた。
そこでラムリーザは、ふとあることに気がついて、「ごめん、寝る前にちょっとトイレ」と言って、ベッドから出ていった。
そして、自分のキュリオを手に取って部屋から出る。
ラムリーザは、リリス宛てに一本のメールを送った。
その内容はこうだ。
「ソニアは自動クリックツールなるものを見つけ出して、自動で動画の画面を更新している。リリスも徹夜でクリックし続けるぐらいなら、そのツールを探して仕掛けて寝なさい」
ラムリーザは、我ながら馬鹿馬鹿しい情報を送っているという気分も、リリスのためにソニアに対してスパイ行動をしているという後ろめたさもあった。ソニアを裏切りたいわけではない。しかし、リリスが徹夜続きでぐったりするのを見ていられなかったので、ここは心を鬼にして情報を流したのだ。
少し待って、リリスから「情報ありがとう」との返信を受け取ってから、ラムリーザは部屋に戻ってソニアの待つベッドに潜り込んだ。
画面の中では、再生数だけが生き物みたいに増えている。
物音を立てることなく、画面の中のカーソルだけが機械的に、等間隔で更新ボタンを押し続けている。
誰も見ていない、誰も笑っていない動画。ただ電子の海の中で、意味を持たない数字だけが増殖していく。
暗闇の中、マイコンの画面だけが怪しく光っていた。