ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
動画再生回数戦争 前編 更新ボタンの悪魔
帝国暦九十三年 氷紋の月・白雪の日(現代暦:二月上旬)
この日の朝、教室の話題は昨日の結果から始まった。
ソニアとリリスは、次の新曲のリードボーカルの座を賭けて、ゲーム実況動画を動画投稿サイトに投稿し、その再生数を競うという話になったのだ。そんなわけで、二人とも動画を作っているはずだ。
中立の立場にあるロザリーンが、二人のアカウントを確認し、再生数を調べる。
「ええと、ソニアさんの再生数は六回で、リリスさんの再生数は十回ですね」
「少ないですわね」
ロザリーンの結果を聞いて、ユコは素直に感想を述べた。
「こういった動画が、一晩でどれだけ再生されるのが普通なのか私はわかりませんから、何とも言えませんが」
ロザリーンは判断しかねる様子だった。
「でも、S&Mのゲリラダンス動画は、すぐに数百回再生されていますわ」
ユコはソフィリータとミーシャがS&M名義で投稿している動画を引き合いに出して、ソニアとリリスの動画がいかに再生されていないかを語った。
「むっ……」
ソニアとリリスは、同時にうなって黙り込む。
ラムリーザは、ソニアの動画がどんなものか知っているので、「面白い」というタイトルに釣られて見てしまった人が六人もいるんだな、としか思わなかった。
「まぁソニアに四回差をつけて勝っているし――あ、そうだわ。ラムリーザ、あなたも私の動画を見なさいよ」
リリスは、自分の携帯型情報端末キュリオをラムリーザに渡しながら言った。ついでに再生数を一つ稼ぐつもりなのだろう。
「あ、それずるい。あたしのも見て!」
ソニアは文句を言うが、彼女の動画は昨夜一度見た限りで十分、ラムリーザは二度と見ようとは思わない。ソニアの動画を見るより、ソニアと一緒に遊んでいるほうが、よっぽど楽しい。ただし、対戦は除く。
それでもリリスも作ったというのだから、友人のよしみで一度は見てやろう。ラムリーザはそう思って、リリスから端末を受け取ると、イヤホンを取り付けて視聴し始めた。
リリスが扱ったゲームは、以前みんなで遊んだ箱庭ゲーム、マインビルダーズだ。まだプレイしているということは、よほど気に入ったのだろう。
『え、あ、えと、今から、マインビルダーズのプレイ、始めま、す』
最初の挨拶からぎこちないが、プレイ中にも途切れ途切れにぼそぼそとつぶやくリリスの声が重なっている。無理をして話をしているのが丸わかりだ。というか、注意して聞かないと、何を言っているのかよくわからない。
リリスは、ソニアと騒いでいるときは、感情が高ぶると声が大きくなるが、普段は誘うような囁き声で話しかけてくる。
ラムリーザに話しかけるときのような、誘うような話し方をすれば、それなりに聞いていて面白いかもしれない。だが、一人でゲームをしている最中に誰かを誘惑する必要もなく、リリスはひどい棒読みでつぶやいているだけだった。
さらにひどい言い方をすれば、元々「根暗吸血鬼」とはやし立てられていたような人物だ。ソニアみたいな爆弾と一緒にいないと、リリスは基本的に物静かなのである。
『えっと……石を、積んで家を、作り……』
終始、こんな具合の声が入っている。
要するに、ソニア同様リリスの動画も、ほとんど実況をしていない。ゲームの中で石や土を盛りながら、時々ぼそっとつぶやいているだけだ。これなら声の入っていないプレイ動画とほとんど変わらない。
「うん、面白かったよ」
ここでも、ラムリーザは無難な返事をしておいた。さすがにつまらなかったよ、とは言えない。
正直な感想を述べると、リリスが一人で遊んでいる動画を見るより、みんなで集まってわいわい言いながらプレイするほうが面白いと感じていた。久しぶりに集まってプレイしようかな、という気持ちも浮かんでいた。
それでもラムリーザは、無駄――と言ったら乱暴だが、その時間を誰かと共有しておきたかった。そこで、リリスのことを気に入っているジャンに、リリスが動画を作ったことを伝えておいた。
一方リリスは、勝ち誇った表情をソニアに向けて言った。
「これで私は再生数十一回、あなたとの差は五回、私が勝ってるわ」
「ずいぶん低レベルな争いですわねぇ」
リリスはむっとした顔つきになり、ソニアは面白くなさそうな顔をしていたが、ユコの言うとおり、なんともまあ低レベルな争いだ。
ただこの日は大きな動きもなく過ぎ、放課後もとりあえずバンドの練習をして解散となった。
明日か明後日までに、ユコはカノコ絡みの新しいテーブルトークゲームのシナリオを作成すると言っていた。
その日の夜、ソニアはマイコンで自分のアカウントをじっと観察しながら過ごしていた。
「う~ん、なんで再生数伸びないかな、こんなに面白いのに」
ソニアは楽しんで動画を作っているが、見る側が面白いと感じるかは、また別次元の話だ。
ラムリーザは、マイコンとにらめっこしているソニアをよそに、四国無双の練習をしていた。じっくりプレイしてみると、なかなか面白い。
こんなに面白いゲームを、ソニアが実況すると面白くなくなるのだから不思議だ。
ソニアは、マイコンで自分の動画を再生してみた。
再生回数は十回に増えている。誰か数人が「面白い」タイトルに釣られて開いたのだろう。
ソニアは、最初から見直そうとして、ページの更新ボタンを押した。すると再生回数が十一回に増えていた。
ソニアは、そこで何かに気がついた。すぐにそれを実行してみる。確信が胸の奥で火花を散らした。
「ひょっとして……」
ラムリーザは、ぼそりとつぶやいたソニアをちらっと見たが、すぐにゲーム画面へ視線を戻した。気を抜くと敵に囲まれて、ボコボコにされてしまう。
ソニアは、再びページの更新ボタンを押す。再生回数は十二回。もう一度押す、十三回。さらに押す……。
………
……
…
ソニアは、黙々とマイコンに向かって作業を続けている。
「何をやってんだ?」
「いいの!」
ラムリーザは不審に思って尋ねたが、ソニアはキーボードの更新キーを、カチッ、カチッと押し続けていた。そしてその行為は、寝る前まで続いた。
一方、ラムリーザの携帯端末キュリオに、ジャンから「リリスの動画は面白かったからいただいておいた。ついでにソニアのも保存しておいた」とメールが入った。本当だろうか……。
翌日、氷紋の月・守護者の日(現代暦:二月上旬)
この日も、ロザリーンの確認から朝の会話が始まった。
「ええと、リリスさんは動画が二つ。一本目の再生回数が二十三回、二本目が六回。合わせて二十九回ですね。それでソニアさんは……あっ、すごい。昨日の動画が七百三十六回再生されてますよ。でも二本目は投稿されてませんね」
「ちょっと、何よそれ! 何でソニアの動画がそんなに伸びるのよ!」
リリスは、ガバッと身を起こして激高する。
「知らないわよ! 面白い動画だからみんな見てくれたんじゃないの?! 何も不正はしてないわ!」
ソニアは、知らん顔で反論した。ただ、その目は少し泳いでいる。不正かどうか知らないが、その再生回数のほとんどは自分のクリックだ。
リリスは、じっとラムリーザの目を見つめた。その目は、ラムリーザを疑っている。
「いや、僕は何もしてないよ」
ラムリーザは首を振りながら素直に答える。ソニアがマイコンで何か操作をしていたが、何をやっていたかまでは、はっきりとはわかっていないのだ。
「昨夜、ソニアは何をしていたのかしら?」
リリスは質問を変えて、ラムリーザにソニアの行動を尋ねた。ラムリーザは、特に隠す必要もないので、これも素直に答えようとした。
「何かマイコンで、クリック――」
「ココちゃんぷにぷにクッション! ココちゃんはクッションだから、クッションらしくしないとダメ!」
突然ソニアがかぶせてきて、ラムリーザの発言を遮った。
「マイコンで何?」
リリスは、さらに問い詰めてくる。
「自分の動画を――」
「はげぼうず! ココちゃん、はげぼうずだから、帽子被ってないとダメ!」
またしてもソニアが大声で邪魔をする。
リリスは席を立つと、ぐるりと回ってラムリーザのそばにやってきた。そしてラムリーザの手を引っ張ると、そのまま教室の外へ連れていった。
ソニアが慌てて追いかけてくるが、リリスは素早く隣のクラスにラムリーザを連れ込むと、ぴしゃりとドアを閉めた。
「リリス! どこに行った?!」
ソニアの叫び声が、徐々に遠くなっていった。
リリスは、隣のクラスの生徒の視線も気にせずに、ラムリーザのほうへ顔を近づけた。そして、同じ質問をする。
「昨夜、ソニアは何をしていたのかしら?」
リリスの顔が、鼻先が触れそうなほど近づいた。ラムリーザは、その挑むような瞳に戸惑ってしまい、ちらちらと視線を周囲に向けながら、ぼそぼそと答えた。
「何かマイコンで自分の動画を見ながらクリックしていた……。たぶんひたすら画面を更新していたんだと思う……」
リリスは、チッと舌打ちをしてラムリーザを解放した。そこでようやく周囲の視線に気づき、逃げるように隣のクラスから飛び出していった。
その日はずっと、ソニアとリリスの間にぎすぎすした空気が流れていた。
放課後、ユコはわくわくした口調でみんなに語りかけた。
「カノコの依頼、第二弾が完成しましたわ。早速ゲームをしましょう」
「私、今日はパス。帰るわ」
リリスは、さっさと帰宅準備をして教室から出ていってしまった。おそらく家に帰ってから、自分の動画の画面を更新し続けるつもりなのだろう。
「あたしも帰る!」
ソニアも、後を追うように教室から飛び出す。リリスに昨夜のことがばれてしまった以上、今後はクリック合戦になる――そう見えた。
「何ですの?! 前もこんなことありませんでしたか?!」
前回のリードボーカル合戦、ネットオークション勝負のとき、ソニアは仕入れのために、毎日学校が終わるとすぐに帝都へ通っていた。
そのため、ユコの用意したゲームは数日間塩漬けにされる結果になっていた。
「ははは、僕は今回は参加できるよ」
ラムリーザは笑って取り繕ったが、まったく意味がない。戦闘の主力二人が抜けては、ゲームにならないことは明白だ。
ユコは憤慨するが、ラムリーザに怒りをぶつけるわけにもいかず、振り上げた拳の落としどころに迷っているようだった。
こうなるとリゲルも、ロザリーンと一緒にさっさと天文部へ行ってしまった。
「よぉラムさん、久しぶりに遊びに来たぜ」
そこにレフトールが現れた。しかし、すぐにユコに捕まってしまった。
「いいところに来ましたわ、レフトールさん。これからゲーセンに行きますの!」
「ゲ、ゲーセン?!」
「そうですの! ラムリーザ様も来てもらいますわ!」
とりあえず、決着の日までテーブルトークゲームはお預けだろう。
仕方がないのでラムリーザは、日が暮れるまでユコとレフトールと一緒にゲームセンターで遊んで帰った。
その夜――。
ソニアは、ゲーム実況動画を作ることへの興味は、とっくにどこかへ吹っ飛んでしまっていた。
カチッ、カチッ、カチッ。規則正しく、けれど執拗に繰り返されるクリック音。
ただひたすら、マイコンで自分の動画が表示されている画面を更新し続ける。
ラムリーザには、ただソニアが「何かに取り憑かれたみたいに」キーを押しているようにしか見えなかった。
楽しかったはずの「実況」は、いつの間にか「数字」という怪物に食い尽くされていたのだった……。