ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


面白いゲーム実況って何?

帝国暦九十三年 氷紋の月・氷狼の日(現代暦:二月上旬)

 この日の昼休み、ソニアは嬉しそうに自分の携帯型情報端末キュリオをリリスに手渡した。早速昨日作ったゲーム実況の動画を見せようとしているのだ。

「キュリオがどうしたのかしら?」

 リリスはよくわかっていないようなので、ソニアは少し操作して、端末内のアーカイブから動画を呼び出して再生を始めた。

「あっ、ちょっと待った」

 ラムリーザは、二人の様子を察してすぐに声をかけた。

「できればイヤホンを使って聞いてくれないかな?」

 結局のところ自分の恥ずかしい台詞を、教室内にぶちまけてほしくなかったのだ。

 リリスは素直にイヤホンを付けて聞き始めた。教室内はざわざわしていて、イヤホンで聞かないと、大音量で流さない限りほとんど聞こえない、という事情もあった。

 周囲の喧騒を遮断したリリスは、じっと画面を見つめている。時折、彼女の口角がかすかに上がったり、眉がぴくりと動いたりするたびに、ラムリーザの心臓は嫌な音を立てた。イヤホンから音漏れすらないはずなのに、ラムリーザの脳内ではあの「脇の下をくすぐる」と言った自分の声が、大音量で再生されていた。

 ラムリーザは、リリスの反応を見るのが怖くて、身体の向きを変えて外の景色を眺め始めた。今日もほっちょん……。

「ラムリーザ様」

 そこにユコが話しかけてきた。ラムリーザは、リリスの姿が視界に入らないように身体の向きを調整してユコのほうを振り返った。

「なんだい?」

「新しい楽譜が完成しましたの。四国無双のエンディングテーマ、『生路』ですの」

「お、おう……それはすごいね」

 ラムリーザは、四国無双というゲームタイトルを聞いてびくっとした。どうしても、リリスが見ているゲーム実況動画が気になってしまう。

「ラムリーザ様、今度一緒にプレイしません? ラムリーザ様の屋敷に遊びに行きたいですの」

「ソニアが邪魔をすると思うぞ」

 そう言いながらも、ラムリーザは気が気ではなかった。どうしても、昨夜のことを気にしてしまう。

 ちらっとリリスのほうを見てみると、ちょうどそのとき目が合ってしまった。

 ラムリーザはすぐに視線を逸らしたので、リリスがその後どう見ていたかわからない。しかし、脇の下をくすぐる発言を聞かれるのも時間の問題だ。

 リゲルのほうを見ると、リゲルもキュリオにイヤホンを挿して何かを聞いている。

 ラムリーザが「何を聞いているんだ?」と聞くと、リゲルは「何も聞いていない」とだけ言って、端末を隠してしまった。妙な行動をするものだ。何も聞いていない人間は、普通イヤホンを挿さない。

 そのうち、リリスはソニアの動画を見終えたようだ。

 キュリオをソニアに返すと、開口一番の発言がこれまたぶっ飛んでいて、ラムリーザは嫌な予感しかしなかった。

「さっきユコは、新しい楽譜ができたって言ったよね? じゃあ次のリードボーカル争奪戦は、ゲーム実況動画の再生数で勝負しましょう」

 ラムリーザは、何も答えることができなかった。

 少なくとも、リリスがソニアの動画を見て「自分もやってみたい」という気になったのは間違いない。

 だがラムリーザは、自分の「脇の下をくすぐる」発言をリリスがどう受け取ったかが気になって仕方がなかった。

「その勝負、受けた!」

 そんなラムリーザの心配をよそに、当然ソニアも承諾する。

「僕は――」

「ラムリーザ」

 リリスに発言を遮られ、ラムリーザは「はい」と答える。リリスは、ラムリーザの目をじっと見つめながら、言葉を続けた。早速「脇の下をくすぐる」発言へのツッコミか?

「ソニアの手伝いをするのは禁止よ」

 ラムリーザは、ホッとした。リリスに言われるまでもない。もともと「僕はやらないよ」と言いたかっただけだ。

 わざわざ変な発言をネットに流す危険性を冒す気はなかった。普段通りにソニアと会話するだけで、絶対に妙なことを口走ってしまうのは目に見えている。

「それとラムリーザ」

 リリスはまだ何か言いたいことがあるようで、ラムリーザから視線を外さない。

「マイコン買ってちょうだい」

「む……」

 動画を作るためには、一般向けのコンピューターであるマイコンが必要だ。これは決して安いものではなく、リリスにとって手が届くようなものではなかった。そこで、早速たかりに来たようだ。

「あ、ずるいですわ。私もマイコン使って、音楽の打ち込みとかやってみたいと思っていたのに」

「ラムリーザ、ソニアには買ってあげたのに、私には買ってくれないの?」

「いやそれはその、ね」

「買ってくれないの?」

「…………」

 リリスはラムリーザに接近して、誘惑的な視線でじっと見つめてくる。リリスの瞳は、まるで獲物を追い詰める猟師のように冷徹で、それでいて熱を帯びている。

 どさくさに紛れて、ユコもねだってくる。

「誰がリリスなんかに買ってあげるか! ラムはあたしに買ってくれるだけでいいの!」

 ソニアは、ラムリーザに接近するリリスを押しのけて叫ぶ。

「まあいいわ。買ってくれないなら、さっきの動画を広めるから」

 リリスは身を引きながら、さらっととんでもないことを言い出した。

「ま、待ってくれ。何だそれは?!」

 ラムリーザは慌てて問いただす。

「今の動画、私のキュリオのアーカイブにもコピーしておいたわ。広められたくないなら、わかるわね?」

 リリスの瞳は、冬の朝の凍てついた湖のように静かで、けれどその奥には確かな熱を宿していた。

 どうやらリリスにしてやられたようだ。

 ラムリーザは観念して、リリスとユコにマイコンを買ってやる羽目になってしまった。

 無邪気なソニアは「広めてちょうだい」と言うが、あんなものを広められてはラムリーザの威信にかかわる。

「それでは、お互いに動画共有サイトにアカウントを作って、これから一週間の再生数を競い合うというルールでスタートね」

 エルム街で別れる際、リリスはそう宣言して帰っていった。

 ちなみにこの日のラムリーザの出費は、マイコン二つ。金貨四十枚にして、四十万エルド。さすがに運ぶのは嫌なので、輸送サービスを使うことにして、さらに出費がかさんだのであった。

 

 その日の夕食後、ソニアは早速ゲーム実況動画の作成に取りかかっていた。

 むろん、ラムリーザは見ているだけ。余計な口出しをして、わざわざ世間に恥ずかしい台詞を流す危険を避けた。

 リリスからソニアの手伝いを禁止されていたが、別に禁じられていなくてもやる気はなかった。やるなら一人でやるべきだ。ソニアと一緒にやれば、ろくなことをしゃべりそうな気がしない。というか、実際に妙な発言という前例がある。

 ゲームは昨日に引き続き、今が旬の四国無双。ソニアは、「うりゃ~、とりゃ~」などと言いながら、一人で敵陣に突入している。相変わらず掛け声ばかりで、全然実況していないようだ。まずは慣れるために、字幕を読み上げるところから始めてもいいとラムリーザは思うが、好きにやらせることにした。ラムリーザには関係ない。

 ラムリーザは、やることがないのでとりあえず先に入浴を済ませることにした。

 ソファーから立ち上がると、ソニアは「どこに行くの?」と上目遣いで聞いてきた。確か、収録中ではなかったか?

 ラムリーザは「風呂に入ってくる」と答えて、あっと小さく息をのんだが、時すでに遅し。ソニアのヘッドセットのマイクが拾っていなければいいと思ったが、別に恥ずかしい台詞でもないので考えるのをやめた。

「待って、あたしも一緒に入る」

 しかし、その後のソニアの台詞が問題発言だった。

 マイクの感度がよければ、これで男性の声で「風呂に入ってくる」という台詞が流れたあとに、女性の声で「待って、あたしも一緒に入る」という台詞が収録されたことになる。

 ラムリーザは、頭を抱えたくなり、そのままソファーにどしんと座り込んだ。
              
ラムリーザが、ソニアのゲーム実況動画作成に付き合わされる場面
 部屋の時計が刻む秒針の音だけが、やけに大きく聞こえる。ソニアは無邪気にコントローラーを握り直しているが、ラムリーザの頭の中では「ネットに流れる、男女混浴のお誘い」という最悪のテロップが踊っていた。

 結局、収録が終わるまで、ラムリーザは口をつぐんでじっとしているしかなかった。いっそのこと、「おい、引きこもり!」などと茶々を入れてやってもいいのだが、そんなしょうもない台詞をネットにさらす勇気はなかった。

 

 収録と編集が終わり、エンコード中に二人は一緒に入浴を済ませることにした。

 そして入浴から戻ってから、ラムリーザは早速先ほどの動画のチェックを始めた。

 動画の出来はともかく、問題発言というか、問題の会話が入っているかどうか確認しておく必要があった。

 もしラムリーザの台詞が入っていたら、再編集して消してもらうことにするつもりだった。

『どこに行くの?』

 問題の箇所に差しかかった。ゲーム内容と関係のない、ソニアの一言。

 だが、その次に発したラムリーザの声は小さく、ゲームの音にかき消されているのか、入っていなかった。

『待って、あたしも一緒に入る』

 ラムリーザは安心した。入浴に関する会話は、ソニアの独り言として残っていた。

「ねぇラム、どう? 面白い?」

「あ、うん。面白いよ」

 とりあえず、ラムリーザは無難な返事をしておく。

 ソニアの作った動画は、ゲーム実況とうたっているが、はっきり言って実況になっていない。そばで聞いていたとおり、「うりゃ~、とりゃ~」だけで、全然話をしていない。

 それでも、ソニアが不機嫌にならないように、ラムリーザは面白かったことにしておいた。

 こんな動画でリリスと勝負をすること自体が無謀だと思うが、まあソニアのやりたいようにさせておけばよい。別に誰かに害が出るわけでもないのだから。

 ソニアは、再びマイコンを操作している。

「まだやることがあるのかい?」

 ラムリーザは、ソニアの後ろからマイコンの画面を覗きながら言った。

「動画共有サイトにアカウント作っているの」

 ソニアは、カタカタとマイコンのキーボードを叩きながら答えた。画面には「ワクワク動画」と表示されている。それが動画共有サイトの名前なのだろう。

 ソニアの作ったアカウント名は、「面白いゲーム実況大集合」だった。タイトルはともかく、面白いのかどうかわからない動画が載っているページになるだろう。だが別にページタイトル詐欺でもまあいい。先ほども思ったが、別に誰かに害が出るわけでもないのだから。

 それで先ほどの動画は、「面白い四国無双実況」と名づけられていた。安直な名前だが、ソニアは「面白い」にこだわっているようだ。

 面白いやつだ。

 動画の「面白さ」なんて、たぶん測れない。

 それに、再生数で勝負すると決めた瞬間から、遊びは遊びじゃなくなる。再生数という数字に踊らされ、また新たな恥をさらすことになるのかもしれない。それでもソニアが楽しそうなら、まずはそれでいい。

 問題は、ラムリーザの余計な一言が世間に残ることだけだ。

 画面の中で、相変わらず「うりゃ~」と叫びながら迷走しているソニア。実況としては三流かもしれない。

 けれど、こうして一つのことに夢中になって瞳を輝かせている彼女は、どんな一流のエンターテイナーよりも、ラムリーザの心を動かしている。

 結局のところ、ラムリーザにとって世界で一番面白いのは、画面ではなく、すぐ隣にいる彼女なのだ。

 ラムリーザは、背後から面白いソニアをそっと抱きしめた。……面倒も不安もあるのに、結局、彼女が笑っているだけで救われてしまう。

 面白きかな、面白きかな――。