ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
ゲーム実況をやってみよう
帝国暦九十三年 氷紋の月・詩歌の日(現代暦:二月上旬)
寒波は去り、例年通りの暖かさに戻ったこの休日、ラムリーザは朝からバルコニーに置いてある木製デッキチェアに腰掛けてのんびりとくつろいでいた。
一方ソニアは、携帯型情報端末キュリオの画面をじっと見つめたままだ。何やらゲームをプレイしているような音は聞こえるが、ソニアはじっと見ているだけで指一本動かしていない。ときおり、誰かが話すような声も聞こえるが、ソニアと会話しているわけでもなさそうだ。どうやら「プレイ」ではなく、実況動画を再生しているだけらしい。
このままのんびりとした一日が過ぎるのかと思いきや、昼前にソニアはバルコニーにいるラムリーザのところへやってきて言った。
「ラム、ゲーム実況やろうよ」
「は? ゲーム実況? 何それ?」
「ゲームしながらおしゃべりするのを動画として残すの」
ソニアは、今朝からずっとゲーム実況の動画をキュリオで見ていたのだ。そこで、自分もやってみたい気になってラムリーザを誘ったというわけだ。
「それは楽しいのか?」
ラムリーザは、ソニアの唐突な思いつきにワンクッション置くつもりで尋ねてみた。思いつきだけで動くと、ろくなことにならない。
「見ていてすごくおもしろかったよ。だから、あたしたちもやってみようよ」
ソニアは、デッキチェアに寝そべるラムリーザを揺すりながら催促する。ソニアが言うには、ゲーム実況というものは今、ゲーム界隈ではものすごく流行っているらしい。
「わかったよ。それでそのゲーム実況とやらに必要なものは何だい?」
ソニアは、すぐにキュリオで調べ始めた。
「えーと、ゲームと、話し声を入れるためのマイクセット」
それは問題ない。以前マインビルダーズというゲームでリリスたちと遊んだときに買ったものがある。ただし、ラムリーザが使っていたものは今では埃をかぶっていた。
「あとね、ゲーム画面を録画するソフトと、音声を録音するソフト」
録画や編集には、マイコンという業務用ではなく、一般市民向けのコンピューターを使うのが主流らしい。しかしソニアは、マイコンはまだ所持していない。
「ねぇ、マイコン買いに行こうよ」
そういうわけで、二人は繁華街のエルム街に出かけて買い物をすることになった。マイコンは、金貨二十枚、つまり買うために二十万エルドもかかった。値段も張ったが、結構重たくて持ち帰るのが大変だった。
気づけば夕方近くになっており、ようやくすべての準備が完了した。
ゲーム機をテレビとマイコンに繋ぎ、両方に画面を表示できるようにした。テレビを見ながらプレイして、マイコンに表示した画面を録画する手はずになっていた。録画ソフトと録音ソフトは、マイコンにインストールしておいた。
「じゃあ始めよう!」
ソニアは、マイコンを操作しながら楽しそうに言った。
「ゲームは何をするんだい?」
格闘ゲームの対戦だけは、勘弁してほしいラムリーザであった。
「今やってる四国無双でいいよ」
これは、大寒波前夜にラムリーザもプレイしたアクションゲームだ。これなら対戦ではなく協力プレイなので問題ない。
「それじゃ始めようか」
ラムリーザがコントローラーを手に取ると、ソニアはヘッドセットを手渡した。
「これ使ってお話しして」
ラムリーザは、素直に受け取って装着する。
いよいよゲームスタートだ。
ソニアは、ゲームを開始すると同時に、録画と録音も開始した。
ラムリーザは、とりあえず前回の感覚を思い出しながらプレイした。
四つの国から選んだのは、以前と同じ「ギョク」という国。緑色が国のイメージになっているということ以外に、選んだ理由はない。
「大盛りねぎだくギョク!」
ラムリーザは、前回と同じことを言って、操作する武将を選んだ。前回はただの武将を選んだが、今回は総大将のチューカックを選択してみた。ソニアの選んだ武将は、前回と同じテーエンシ。ハメ技を覚えたら、それに固執するのが彼女だ。
「総大将選んだら、ラムが負けたら即ゲームオーバーだよ?」
「前回、総大将の護衛が大変だったから、自分で何とかすることにする」
「まあいいか、ラムがやられなければ負けはないし」
しかし、二人はすぐ隣にいるのにヘッドセット越しに会話しているのも、シュールな光景だ。
ただし、会話はそれだけだった。二人は、声を録音していることをすっかり忘れているのか、黙々とプレイしていた。
プレイ内容は、前回と同じく、ソニアは敵陣に突入し、ラムリーザは本陣側に残った。いや、総大将だから「守っている」より「守られている」が正しい。時々突入してくる敵兵を追い返しているだけだ。
そのうち、また前回と同じ事態が発生する。敵が本陣に奇襲してきたのだ。
ラムリーザの操作するチューカックの周囲に、突然敵の大軍が現れる。その敵が、総大将であるラムリーザめがけて一斉に襲いかかってくるものだからたまらない。たちまちラムリーザはピンチになってしまった。
「やばい、死にそうだ」
これが、プレイが始まってから初めての発言だ。
「死んだら許さないからね」
ソニアは、敵の本陣に突入して敵を蹴散らしながらつぶやいた。
しかし、あまりやり込んでいないラムリーザは下手だった。前回は総大将の護衛だったから、自分は攻撃目標にされていなかったが、今回は違うし護衛もあまり強くない。
「あ、死んだ……」
「ラムの馬鹿!」
画面に、ゲームオーバーを示すテロップが表示され、物悲しい音楽が流れた。
「ソニアが護衛してくれないからだよ」
「それだったら誰が攻めるのよ! まあいいわ、ラムは練習していて、あたし今のプレイを動画に編集してみる」
そういってソニアはマイコンを操作し始め、その隣でラムリーザは、練習用のステージを黙々とプレイしていた。
しばらくして――
『大盛りねぎだくギョク!』
突然マイコンからラムリーザの力強い声が響いた。
「びっくりした、なんだ?!」
「動画ができたよ。今、テレビに映してみるから見てみようよ」
ソニアがそう言うと、テレビの表示はゲーム画面からマイコンの画面へと切り替わった。画面中央のウィンドウに、ゲームの武将選択画面が映っている。
『総大将選んだら、ラムが負けたら即ゲームオーバーだよ?』
『前回総大将の護衛が大変だったから、自分で何とかすることにする』
『まあいいか、ラムがやられなければ負けはないし』
それを聞いて、ラムリーザは妙な気分になった。ソニアとの会話は当たり前のようにやってきたが、会話している自分の声を客観的に聞くのは馴染みがない。
「何か知らんところで自分が会話しているのを聞くのも妙だね」
「おもしろいじゃない、でもラム下手ねー」
ソニアは、プレイしているときは自分の画面しか見ていないので、ここで初めてラムリーザのプレイをじっくりと見たことになるのだ。
プレイ動画が黙々と流れている。
「でも、ゲーム実況と言いながら、実況してないね。何も話してないじゃないか」
「う~ん……」
ラムリーザの指摘に、ソニアは口をへの字にして考え込む。
『やばい、死にそうだ』
画面の総大将が追い込まれたとき、再びラムリーザの声が聞こえた。自分の声を聞いたラムリーザは、やはり妙な気分を味わう。ライブで歌声を録音したものは何度も聞いたことがあるが、普段の会話で自分の声を客観的に聞く機会はまずないからだ。
「ラムは正面の敵ばかり見て、周りを見ていないのよ」
確かにラムリーザの攻撃は直線的なだけだ。ソニアのように、画面内を縦横無尽に駆け巡っているわけではない。
『死んだら許さないからね』
続いてソニアの声。改めて聞いてみると、結構高めでやはり騒がしい感じがする。
『あ、死んだ……』
『ラムの馬鹿!』
『ソニアが護衛してくれないからだよ』
『それだったら誰が攻めるのよ! まあいいわ、ラムは練習していて、あたし今のプレイを動画に編集してみる』
それから少しして、ブツッと動画は唐突に終了した。
しばらく沈黙が流れたあと、二人は顔を見合わせた。
「面白いね」
ソニアは、にこっと微笑んで言った。だが、ラムリーザにはまだまだ疑問が残っていた。
「いや、面白いか? 全然しゃべってないじゃん」
「う~ん、そこが問題ね。次はもっと話しながらプレイしようよ」
そう言って、ソニアは再びマイコンを少しだけ操作した。そしてすぐにラムリーザのほうを振り返って言った。
「はいこんばんは、ソニアです」
挨拶をしたあと、ソニアは指を振ってラムリーザにも挨拶を促す。
「ラムリーザです――いや、ちょっと待って」
「何よ」
「こういう公開するものでは、あまり本名を名乗りたくないな。ネットと同じで、ハンドルネームみたいなのを名乗ろうよ」
「じゃあ何? ラムだから羊にするの?」
「ソニアが牛にするならそれでいいよ」
「絶対やだ」
「あと、こんばんはでいいのか? 動画を見る人が朝に見ていたらどうするんだ?」
「う~ん……」
………
……
…
「は~い、おはよう、こんにちは、こんばんは、初めましての人は初めまして、コーネリア・ウィンザーでっす!」
なんだかまどろっこしいソニアの挨拶と、プレイするときだけ使う適当に決めた名前での自己紹介がなされた。
「はいどうも、ロイヤル・サンフォードです」
ラムリーザも少し照れながら、事前に打ち合わせたとおりに偽名を名乗る。
「今日は、四国無双というゲームをやっていきたいと思います。早速ギョクの国を選択します。緑色がいいよね、やっぱり。あたしはテーエンシ、これしかないの。はい、ラムの番」
「いや、本名出すなよ。えーと、僕はチューカックを選択します、総大将です」
ラムリーザは、とりあえずソニアに合わせて説明する。
こうして、ゲーム実況テイク2が始まった。
再び黙々とプレイする二人。――いや、これだとダメだろう。
「ラムじゃなくてロイヤル、何かしゃべってよ」
ソニアは、すぐに実況中だということを思い出して、ラムリーザに話すよう促してくる。
「あー、えー、風船二つゲット!」
このゲームには、ゼロになったらやられてしまう体力と、特殊技を使用すると減る精神力のパラメータがあり、なぜか風船が精神力回復のアイテムになっていた。
「ラムの馬鹿!」
「何で?! 風船取っただけじゃん。それと、名前が違う!」
「風船取るの禁止!」
「何その縛りプレイ……」
全然実況になっていない。二人はいつもの雑談をしているだけだ。
「そうだ、いいことを思いついたぞ」
ラムリーザの発言に、ソニアは「何?」と答える。
「ソニじゃなくて、コーネリアが一人でプレイしろよ。それで僕は、ソニアを後ろから抱きかかえる。そして脇の下をつかんで、黙ったらくすぐるというルールでプレイしよう。それなら嫌でもしゃべるだろ?」
ラムリーザは録音していることを忘れ、普段通りに妙なことを言う。
「そんなの嫌!」
「悶えながらプレイするのを見たほうが、おもしろいと思うけどなぁ」
確かに一部の視聴者には需要があるかもしれない。ただし、馬鹿みたいな映像として無視される可能性のほうが高いが……。
とりあえず二度目のプレイは、ラムリーザが少し練習したことと、先ほどよりも簡単なステージを選んだことが合わさり、無事にクリアできたのだ。
ソニアはゲームを中断して、再びマイコンを操作して動画編集を始めた。
「そうだ、これを動画共有サイトに載せて、明日リリスに見せてやろう」
「やめろ、そんな恥ずかしい……」
ソニアにとっては、上手い実況かどうかより、自分たちのやり取りが画面の中に閉じ込められていること自体が面白いらしい。しかし、ラムリーザは不安しか感じていなかった。
『ソニじゃなくて、コーネリアが一人でプレイしろよ。それで僕は、ソニアを後ろから抱きかかえる。そして脇の下をつかんで、黙ったらくすぐるというルールでプレイしよう。それなら嫌でもしゃべるだろ?』
編集中に、ラムリーザの恥ずかしい台詞が流れてくる。これこそ、自分の恥ずかしい「くすぐり宣言」がデジタル化され、形を持ってそこに残っているという事実だった。
その場で流れて消える冗談と、録画されて残る冗談は違う。同じ言葉でも、あとから再生されるだけで、急に言い逃れのできないものになる。
「いや、それを投稿するのはやめてくれ。どうしても見せたいのなら、動画をキュリオに入れてリリスだけに見せてくれ」
リリスに見せるのも嫌だが、ソニアは止めようとしないので、最低限の譲歩を見せることにした。
ゲームで遊ぶだけなら、いつも通りでいい。けれど「誰かに見せる」となると、急に別の遊びになる。
面白いかどうかは、まだわからない。ただ、ソニアが一人でやると言うなら、好きにすればいい。あとは、自分が巻き込まれない範囲で。
そういうわけでソニアは、今回は動画投稿サイトへの投稿は控えてくれた。
ラムリーザは、ほっと胸をなでおろしたが、残念ながらこれは新たな混乱の幕開けに過ぎなかったのである。