ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
百年寒波の後始末
帝国暦九十三年 氷紋の月・星々の日(現代暦:一月下旬)
エルドラード帝国を襲った異常気象。百年に一度と言われている大寒波。
その翌日、雪は止んでいた。だが、例年に比べてかなり冷え込む日がまだ続いていた。
ラムリーザは、大寒波が新開地フォレストピアにどんな影響を及ぼしているか気になっていた。
しかし、午前中は雪が積もっていて、屋敷の外に出るのも難しかったので、どうすることもできなかった。
昼前から晴れて気温も上がり、昼過ぎには雪もある程度溶けていた。
ラムリーザは、リゲルに電話をかけ、フォレストピアに行ってみたいと伝えた。リゲルは、まだ汽車は動いていないが、車なら行けると言った。
そこでラムリーザは、屋敷の前で待ち合わせて、リゲルがやってくるのを待つことにした。
「ソニア、ちょっとフォレストピアに行ってくるけど、どうする?」
ソニアは少しの間考えていたが、「寒すぎるから行かない」と答えた。
それならそれで構わない。今日は遊びに行くわけではない。あくまで視察なので、ソニアが留守番をするというのなら、それでいい。
ちなみに寒すぎるというのはソニアの観点であり、この期に及んで際どいミニスカで素足のままいるのだから仕方がない。
ラムリーザが部屋から出ていこうとしたとき、ソニアに「待って」と呼び止められた。やはり来るのか?
「一人で行くの? リリスとか来るの?」
「いや、リゲルと行く。ロザリーンも来るかもしれないけど、リリスとユコの話はしていないな」
「ん、それならいい」
ソニアは短く答えると、ぬいぐるみ……ではなく、クッションのココちゃんを抱えてソファーで丸まった。
安心したのか、ソニアはココちゃんに深く顔を埋めた。
「……なるべく早く帰ってきて。寒い部屋で一人で待つの、嫌だから」
ラムリーザが、ぼそりとつぶやく彼女を見てから足元へ目をやると、相変わらずの素足が寒そうに小さく震えている。
強情を張らずに靴下を履けばいいのにと思いつつ、そんな彼女の意地っ張りなところも、どこか冬の日だまりのように微笑ましく感じられた。
ラムリーザは、リゲルを待ちながら屋敷の周囲を回ってみた。
相変わらず寒いが、昨日のような耐えられないほどの寒さではない。雪は所々溶けていて、その下の地面は雨が降った後のようにぬかるんでいた。
見慣れた丸っこい車、ビートルがほどなく到着し、リゲルとロザリーンが降りてきた。
ラムリーザは、後部座席に乗り込む直前、ふと自分の部屋の窓を見てみると、ソニアがじっとこちらを見つめていた。
ソニアはすぐに窓から姿を消し、来るのかな? と思って少し待ってみたが結局来なかった。おそらくリリスたちが来ているかどうか確認していて、ロザリーンだけだとわかったので出てこなかったのだろう。
「ソニアさんは来ないのですか?」
ロザリーンが尋ねてきたので、ラムリーザは「寒いから籠っているんだとさ」と答えておいた。
「山道は雪が残っているかもしれないから、慎重に行かないとな」
車は走り出し、ポッターズ・ブラフとフォレストピアを隔てているアンテロック山脈へと向かっていった。
雪の上だとタイヤが滑るので、慎重に進むということで、いつもよりゆっくりと進んでいる。リゲルの話だと、今日、家を出てすぐ、初めて走る雪道で滑ってしまい、危なかったのだそうだ。
道中、ラムリーザは、リゲルに昨日のメールの件について尋ねてみた。リゲルが唐突に送ってきた、彼らしからぬ内容のやつだ。
「ところでリゲル、昨日のメールは誰宛に送ったメールなんだ?」
「忘れた」
短く答えたその言葉だけで、リゲルが語りたくないと思っていることは十分に伝わった。だからラムリーザは、それ以上問い詰めるのはやめにした。気になって仕方がないのだが、リゲルが話したくないというのなら、無理に聞き出すのも悪いと考えたのだ。
幸い山道の雪もほとんど消えていて、移動に支障をきたすこともなく、数十分後、三人はフォレストピアに到着した。
フォレストピアの駅前にある倉庫の二階にある会議室で話を聞いたとき、ラムリーザはその深刻さに驚いた。
食糧生産は、今年に入ってから寒い日が続いて調子が悪く、前日の大寒波で全滅まではいかないが、予定の収穫量を達成できる見込みが薄くなってしまっていたのだ。
加えて、寒さに弱い作物はほぼ全滅していた。
本来なら、この季節も温暖で、ここまで冷え込まない。だからこそ対策がなかった。
会議室の窓から外の農地を眺めると、泥土にまみれたその光景は、戦場跡のようだった。本来なら収穫を待つばかりだったはずの作物が、黒くしおれて地面に張り付いている。
「……予定していた冬の収穫は、ほぼ絶望的です」
担当者の力のない声が、暖房の効きが悪い部屋に冷たく響く。理想を掲げて始まった新都市開発が、自然の猛威という壁に突き当たった瞬間だった。
「まずいな……」
ラムリーザはつぶやいた。何かいい方法はないものか……。
帝都から食糧を回してもらうことも考えたが、この分だと帝都もある程度被害を受けているかもしれない。
そうなると、受け入れる住民を当初の予定より減らし、規模を縮小してゆっくり進める方法も考えられる。
しかし、これでは幸先が悪い。
重い気持ちのまま駅前の倉庫から出たところで、ロザリーンが意見を述べた。
「よい考えがあります。ユライカナンから足りない食糧を補ってもらえばどうでしょうか?」
「ユライカナンから?」
ラムリーザは、一瞬何のことか分からなかったが、よく考えてみるとそれは名案のような気がした。
「もちろん、ユライカナン側が無事なら、という前提ですけれど」
ロザリーンはそう付け加えた。それでも、帝国内だけで抱え込むよりは、はるかに可能性がある。
「……それだ」
もともとフォレストピアは、ユライカナンとの異文化交流を目的として作られている町だ。その一環として、食文化を取り入れてみるのも悪くない。
それは単なる救援ではない。フォレストピアが「異国と混ざる町」になる、その最初の一口だ。
しかし、大丈夫だろうか?
異国の食文化が、果たして口に合うだろうか?
「そうだな、口に合うかわからないが、事前にテストしてみたらよかろう」
次はリゲルの提案が役に立った。口に合うかはテストしてみればよい。簡単なことだ。
フォレストピアでの最初の仕事は、ユライカナンの食糧を受け入れるための選別になりそうだった。ラムリーザ一人でテストすると、偏りが出てしまうかもしれないので、身内だけでも呼んで、みんなでテストしてみたらよい。みんなでチェックして口に合いそうなら、住民に回せばよい。
「さすがは知恵袋の二人だなぁ。僕にはすぐには思いつかなかったよ」
「うむ、さすがロザリーンだ。これがソニアだったら、何を食べさせられるかわかったものじゃない」
リゲルの一言に、ラムリーザは言い返すことができなかった。なんだっけ、ソニアの言っていた食べ物、たなからぼたもちだったっけ?
「帰ったら、ユライカナンにその旨を伝える文書を書いて送らないといけないな」
大寒波は想定外だったが、ひとまず代案は見つかった。そこで、今回の視察は終了することになった。
願わくは、ユライカナンの食糧も、大寒波の影響を受けていませんように。
「少し寄ってほしいところがあるんだ」
ラムリーザは、帰る前にリゲルに頼んだ。
次の春からラムリーザの住むことになっている屋敷はほぼ完成しているが、入居までにはもうしばらく余裕があるので、拡張工事を依頼することにしたのだ。
フォレストピアの竜神殿を過ぎて、少し山に登ったところに屋敷はあった。
ラムリーザは、そこで建築を監修している現場監督に、二つの提案を持ち込んだ。
一つは、防寒対策。
今回の大寒波は、百年に一度あるかないかの異常気象だが、数年後にまたやってくる可能性もゼロではない。
そういうわけで、今後に備えておくことにしたのだ。ひとまず大きな暖炉を設け、各部屋に暖かい空気を送ることができるようにするなど、いろいろな方法がある。
そしてもう一つは――。
「それぞれの個室に、鍵を設置してほしいんだ」
「鍵ですか?」
ラムリーザの提案が意外だったのか、現場監督に聞き返される。
玄関や門に鍵をつけるのは普通だが、家の中の個室にまで鍵をつける例はあまり聞かない。
「うん、鍵。深く考えなくていいから、とりあえず、付けてくれ」
現場監督は首をかしげながらも、図面にメモを走らせながら、ラムリーザの要望を聞き入れてくれた。
これは、今年の初日に、帝都の実家の自室でソニアといちゃいちゃしているときに閃いたことだった。
鍵さえかけていれば、ソニアと部屋でいちゃいちゃしていても、誰かが無遠慮に踏み込んでくることだけは防げる。
きっかけは馬鹿馬鹿しい。けれど、これから同じ屋敷に何人も住むのなら、冗談では済まない場面も出てくる。
共同生活では距離感の取り方が難しい。最低限の手は打っておくに越したことはない。だからこそ、個室には境界が必要だと思った。
キスだけなら大目に見てもらえると思うのだが、念のためである。
背後でリゲルが、すべてを見透かしたような冷ややかな視線を送ってきている気がしたが、あえて振り返らなかった。
「これで終わりか?」
リゲルの車に戻ってきたところで、ラムリーザはそう聞かれた。
「とりあえずね。今回みたいなことが来年以降も起きたら困るので、防寒対策を施すよう言ってきた」
鍵の件は、詳しく聞かれたら答えるのがめんどくさいので、伏せておくことにした。
「昨日までが異常だったんだよ」
リゲルの言うことはもっともだ。今日は昼を過ぎてからはどんどん暖かくなっていき、今では平年通りの気温に戻っている気がする。
「メールも?」
「昨日までが異常だったんだよ」
さりげなく昨日のことをぶり返してみると、リゲルは同じ言葉で返してくる。
災い転じて福となす、という言葉があるが、今回の出来事はそれに当てはまるかもしれない。
しかし異国の食事か。フォレストピアは最初から楽しませてくれる。みんなでいろいろと食べ比べをしてみようじゃないか。
帰路につきながら、ラムリーザは一人、そう考えていた。
ただ、のんびり想像している場合でもない。あの寒い部屋で、ココちゃんを抱いて丸まっているソニアが待っている。
早く帰ろう。そして、早く温かいものを用意しよう。
雪は溶けても、まだ冬は終わらない。