ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


平日のとある日常、寒気の前触れ

帝国暦九十三年 氷紋の月・森人の日(現代暦:一月下旬)

「ラム~、おなかすいた~」

 下宿先の屋敷の自室で、ラムリーザがソファーでのんびりしていると、日が暮れた頃にソニアが寄り添って言った。

「リゲルにもらったチョコレートはどうなった?」

「もう全部食べたよぉ。というか、学校に持っていって自慢したら、リリスとユコにいっぱい食べられた」

「嗜好品をスナック菓子のように食べて……。まあいい、そろそろ夕飯の支度もできている頃だろう。行くか」

 ラムリーザとソニアは、食堂へ向かった。食堂からは、スタッフドトーソイキーのいい匂いが漂ってきている。聞き慣れない名前だが、簡単に言えば大豆の七面鳥風詰め物のことだ。

 香ばしく焼き上げられたトーソイキーにナイフを入れると、中からハーブの効いた大豆のフィリングが熱い湯気と共にあふれ出した。

「おいしいね、ラム。あたし、これ大好き」

 湯気の向こうで笑うソニアの頬が、キャンドルの火のように温かく赤らんでいた。

 ラムリーザは料理に手を付けず、ソニアに気になったことを尋ねた。

「そういえば、転売はどうなったん? ここ数日は買い出しに行ってないけど」

「リリスに勝てたからもういい。正直、毎日毎日ここと帝都を往復するの、もう疲れた」

「ああ、あれは大変だったな」

 ラムリーザもソニアの付き添いで毎日往復していたので、その大変さは理解できた。

「それに、昨日近くのゲームショップに行ってみたら、普通に2DO売ってた。もう転売できないよ」

「さすが名将は、引き際を心得ている」

 何も考えていないようで、しっかりと情勢を確認しているソニアに、ラムリーザは少し感心していた。

 湯気の立たなくなった大豆のフィリングを食べると、ラムリーザの口の中に豆の素朴な甘みが広がった。

 食事が終わってから部屋に戻ると、ソニアはすぐにソファーに座ってゲームを始めた。

 一方ラムリーザは、先に入浴を済ませることにした。

 ラムリーザが風呂から出てくると、入れ違いで今度はソニアが入った。

 その間に、ラムリーザは交換日記を書くことにした。

 交換日記を開いたが、「いつまで続けるんだ」という思いと、書くことがないことの二重苦に悩まされていた。

 ちょうど前回の記入者であるリゲルの書き込みを見ると、「うむ」としか書いていない。これは絶対にリリスやユコから苦情が出るぞと思いながら、ラムリーザ自身も「うむ」以外に書くことがないのは、これまた事実だ。

 それ以前のロザリーンの書き込みは、先ほど夕飯で食べたスタッフドトーソイキーのレシピだったし、リリスとユコはS&Mの話題を書き込んでいる。

 S&Mはグループ名で、ミーシャのMと妹のソフィリータのSを合わせたものらしい。ラムリーザとジャンのJ&Rと同じノリだ。

 ちなみにソニアの書き込みは、「海賊船長エルリグ死ね」だった。ソニアに交換日記が回ってきたタイミングが、ちょうどその頃だったのだろう。

 さて、一通りメンバーの書き込みを見たが、まったく書くことが思いつかない。

 そこでラムリーザは、日記のネタにしようと、ソニアがプレイしていたゲームの画面を眺めた。

 ソファーの前にあるテレビには、ゲームのデモ画面が映っている。今年の初めにも見た、一人の武将になって大勢の敵をバッサバッサとなぎ倒していくゲームのようだ。

 タイトルは、四国無双。今年に入ってから、ソニアはこのゲームにはまっている。

 内容は、四つの国――ギョク、ショ、ゴン、グワンがそれぞれ覇を争い、所属する国で天下統一できたらクリアになるらしい。そのために武将を操作して、敵の総大将を倒すというミッションを繰り返すアクションゲームだ。

 変な固有名詞ばかりだが、要するに色分けされた四つの国を舞台にした国取りである。

 ラムリーザは、自分の好きな色である緑の国を選択した。ギョクという国らしい。

「大盛りねぎだくギョク!」

 そう言って、ゲームを開始した。特に掛け声に意味はない。

「ちょっと待って!」

 ラムリーザがプレイするキャラクターを選ぼうとしたところ、突然横から声をかけられた。

 見ると、ソニアがバスタオルをつかんだまま、肌をあらわにして部屋に戻ってきていた。

「またそんな格好で出てくる。リゲルが来ていたらどうするんだ?」

「チョコレートくれるなら許す」

 だいぶソニアの警戒心が下がった。高級嗜好品とはいえ、お菓子一つで裸を見られるとは、安くなったものだ。

「あたしもプレイする!」

「対戦なら、お断りだ」

 ソニアは、対戦となるとハメ技などずるいことばかりしてくるので、ラムリーザにしてみればあまりやりたくない。

「対戦じゃない。対戦もしたいけど、協力プレイがあるから、それをやろうよ」

 そういうわけで、バスタオルを巻いたままのソニアと並んでプレイすることになった。

 ラムリーザは、とりあえず「チョオマンセー」という武将が、蛮族風でかっこよかったので選んでみた。ソニアは、「テーエンシ」という武将を選んでいる。

 何かせこい技でも持っているんじゃないか?

 そう勘繰ってしまうラムリーザだった。

「あたしが敵陣に突っ込むから、ラムは本陣を守ってて!」

「待て、功を焦って猪突するんじゃない」

「猪突猛進こそあたしの本領よ、敵にいかなる奇計奇策があろうとも、力で打ち破ってみせるわぁ!」

 敵陣の中にただ一騎で突っ込んでいくソニア――いやテーエンシを、ラムリーザ――いやチョオマンセーは本陣から眺めていた。

 敵の大群は、ソニア一人にバッサバッサとなぎ倒されていく。

「暇だなぁ、僕も突っ込んでいっていいかい?」

「ダメ!」

 ラムリーザが聞くと、ソニアは即答で拒否する。

「そんなこと言ったって、見てるだけで僕がプレイする意味あるのか?」

 こんなことになるのなら、女性キャラでも選んで鑑賞していればよかった、などと考え始めていた。

「いいの、ここの敵ずるいから。ラムはそこで待ってて」

 ゲームでソニアにずるいと言わせるのなら相当なものだ。ずるいソニアを困らせるずるさとは何か。

 そうこうしているうちに、ソニアの操るテーエンシは、敵の本陣へと迫りつつあった。たった一騎の蛮勇で戦局を支配してしまう、すごいゲームだ。

 そのときだ。

『敵の奇襲発生! 本陣の危機!』

 聞く者を不安にさせるようなアラート音とともに、画面にテロップが流れた。

「ほらきた! 調子よく攻めていたらいつもこうして本陣を奇襲してきて、引き返させるのがめんどくさい。奇襲部隊はラムが何とかして!」

 気がつくと、いつの間にかラムリーザが操るチョオマンセーの周囲には、大量の敵兵が出現していた。

 ラムリーザは、近くにいる敵兵に飛びかかっていった。

『味方の総大将ピンチ、救援せよ!』

 さらに画面にはテロップが流れた。

「ちょっとラム! 味方の大将を助けに行ってよ!」

「大将は誰だよ?」

「ギョクだから、総大将はチューカック、早く向かって!」

 ラムリーザは、マップを頼りに味方総大将のところへと向かった。

 チューカックらしき武将の周りには、十体ほどの敵兵が群がっていた。

「紅天死すべし! 翠天立つべし!」

 ラムリーザは、ギョクの国のスローガンを叫びながら、総大将の周囲にいる敵兵へと突撃していった。

 そのとき、ラムリーザはかすかな寒気を感じた。部屋の中にいるのに妙に寒い。

「ラム、なんか寒いよ……」

 ソニアは、バスタオルからのぞく素足をすり合わせてもじもじしている。

「うん、底冷えするね。とりあえずバスタオル一枚はやめて、寝間着に着替えたらどうだい?」

「そうする……」

 ソニアは、自分のキャラを安全な場所に避難させて、着替えるためにソファーから立ち上がった。

 普段は寝間着に着替えても、胸元を無防備にさらしているのだが、寒いためか、今夜はぎゅっと閉じている。

 ソニアは「寒いよう……」とつぶやいたが、ラムリーザはそれどころではなかった。

 自分がやられそうになって防御に徹すると、味方の総大将がピンチになる。かといって総大将の救援に入ると、自分が攻め込まれて危ない。自分と総大将を守る、そのバランスを必死に保っていた。

「早く敵の大将やっつけてくれよ、防衛も大変だって」

「そうなの、それ酷いのよ。一人でやってたら大変なんだから」

 二人でやるならマップが広いほうが楽しいだろうと思って、たまたま選んだのは、どうやら終盤の山場で、難易度の高いステージだったようだ。

 だがソニアは、一人でやっているときとは違って、後方を気にする必要がないので、安心して敵の本陣で大暴れしていた。そしてついに、敵の総大将ナニシンにたどり着く。

 ソニアはナニシンに飛びかかり、最初の一撃で宙へ跳ね飛ばした。そのまま三回ほど攻撃したあと、再び宙に跳ね飛ばした。また宙に浮かせたまま三回攻撃して――。

 またハメ技を使ってるな?

 ラムリーザは、横目でソニアの画面を見ながらそう思った。

 対戦のときに自分が使われなければそれでいいか……。

 そう思いながら、ラムリーザは味方の総大将を守り続けた。

「おのれ……チューカック!」

 そう言い残して、ナニシンは絶命した。最初にソニアに浮かされてから、一度も着地することができずに、宙に浮いたまますべての生命力を削り取られたのだった。

「やった! 勝った!」

 プレイヤー勝利! のテロップが流れ、クリアタイムや敵殲滅数などがカウントされ始めた。

 

 そのときだ――
              
ラムリーザの部屋に、急に寒気が流れ込む場面
「さっ、寒っ!」

「ふえぇっ!」

 突然二人のいる部屋の温度がガクンと下がったような気がした。まるで冷蔵庫の中に入ってしまったみたいだ。

「何だこれは?」

 そうつぶやくラムリーザに、ソニアは思いきり抱きついた。くっついてくれるだけで、多少は暖かいから助かる。

 少し前から感じていたが、今年は例年に比べてかなり冷え込むようだ。

 ラムリーザは、少し早いけどゲームを切り上げて、布団に潜り込むことをソニアに提案した。ソニアもそれにすぐさま同意する。

 布団に入ると、寒気は多少和らいだ。

 ソニアは普段以上にくっついてきて、これでもか、これでもかと二つの大きな風船を押し付けてくる。

 腕の中のぬくもりを確かめるように抱きしめ直した。それでも背中を撫でる冷気は消えず、二人の絆さえ凍りつかせようとするほど無慈悲だった。

「ラム、寒かろう」

「ソニアも、寒かろう――ってこれじゃあどこぞの布団の話だよ」

 そんなことをつぶやき合いながら、二人は抱き合ったまま眠りについた。

 しかし、この寒さは何だろう?

 布団の中でも、骨の奥に冷たいものが残っている。交換日記には「寒かった」とだけ書いておこう。