ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
TRPG第二弾「カノコの依頼」 第二話 隠し部屋の魔法剣
帝国暦九十三年 氷紋の月・女神の日(現代暦:一月下旬)
ラムリーザは暗闇の中、ヴァンパイアロードと対峙していた。
ヴァンパイアロードは、妖しげな視線を向けて挑発している。
ラムリーザはヴァンパイアロードに臆することもなく、落ち着いてファイアーボールの詠唱をした。
「炎の源となる魔神シュトロラムダよ、その吐息を焼き尽くす破壊の炎とし、我が歩みの妨げとなるすべての存在を消滅させよ! そして私も消えよう! 永遠に!」
ヴァンパイアロードめがけて、大きな火球が飛んでいく。命中すると同時に、暗闇が赤々と照らされた。
だが、もうもうと立ちこめる煙が消えたあとには、ヴァンパイアロードが平然と立っていたのだ。
今度はヴァンパイアロードが襲いかかってきた!
「だから無理だって。ヴァンパイアロードって最強クラスの敵キャラでしょ? 数回冒険をこなしたぐらいの僕じゃ勝てないってば」
ラムリーザは、無理を押しつけてくるゲームマスターのユコに不満を込めて言った。
部活動と称したテーブルトークゲームで、ラムリーザは思いもよらぬ窮地に立たされていた。
「でも暗闇から抜け出すには、目の前の敵を倒さないとダメですの」
「どうでもいいけど、また自滅するのね。それに炎の魔神の名前も前と違うわ」
「うるさいよ。魔法は効きそうにないから、接近してきた敵の顔面をつかむ」
ラムリーザは、リリスに余計なことを突っ込まれたので、少々ヤケを起こして無茶な行動を宣言した。
「それはなんですの?」
ラムリーザとしては、レフトールと戦ったときの再現をしているつもりなのだが、ユコにはうまく伝わらなかったようだ。
そこで、ポケットからゴム鞠を出すと、ユコの目の前に突き出して思い切り握り締めた。ゴム鞠は押しつぶされて、今にも破裂しそうだ。
「ひっ、ヴァンパイアロードは動きを止めた……!」
変形したゴム鞠を見て、ユコはのけ反りながら状況を説明した。
「そのまま敵を持ち上げる」
ラムリーザは、ゴム鞠を握った手を、ゆっくりと上へ持ち上げた。
「ヴァンパイアロードは、持ち上げられて足をぶらぶらさせてますの……」
「そのまま地面に叩きつける」
顔面をつかんで持ち上げて、そのまま頭を地面に叩きつける荒技。
ラムリーザは、「りんご潰し最終形!」などと言いながら、テーブルの上にゴム鞠を叩きつけてみせた。技名はなんともしまりのない感じだが、プロレスで言うところのアイアンクロースラムのようなものだ。
ユコは完全に怯えきってしまい、「ヴァンパイアロードは、頭を強打してやられました……」とおぼつかない口ぶりで言った。
「やれやれ、これはプロレス、というか口プロレスだな」
リゲルは、呆れたのやら感心したのやら、どちらとも取れる調子でつぶやいた。
戦闘らしい判定はファイアーボールだけで、その後は判定もせずに行動だけを宣言していた。その宣言でゲームマスターを怯えさせ、無理を通した形になってしまったのだ。
「あたしもそれ使う、グレーターデーモンの顔をつかんで持ち上げる」
同じく暗闇の世界にいるソニアは、ラムリーザに倣った。
「そんな非常識なことはあり得ませんわ! グレーターデーモンがどういう魔物かご存知ですの?!」
確かに、ラムリーザが対峙していたヴァンパイアロードは等身大だが、ソニアが対峙しているグレーターデーモンは、ソニアの何倍も大きな化け物だ。
「じゃあ巨大化して持ち上げる」
「む……」
ユコは、一瞬言葉に詰まる。だが、もともと設定していた内容に基づいて、処理することにしたようだ。
「ソニアは巨大化して、グレーターデーモンの顔をつかんで持ち上げた」
「なんだそりゃ?!」
ソニア以外のプレイヤーから、壮絶なツッコミが一斉に上がった。
「そのまま地面に叩きつける、りんご潰し最終形!」
調子に乗ったソニアは、さらに攻撃を宣言した。ただし、ラムリーザが取った行動の二番煎じである。
「グレーターデーモンは、頭を強打してやられました」
「やった!」
喜んでいるのはソニアだけ。他のメンバーは、白けきっていた。
「二人とも目を覚まして、暗闇の世界から帰還してきました」
「ユコさん、えっとその、これはどういった世界観なのですか?」
ロザリーンは、冷静に尋ねる。人間が巨大化できるとなっては、まともなゲームにならない。
「さっきの暗闇の世界は、実は夢の中なのです。夢の中だから、すべて自分の思ったとおりになりますの。だから、ソニアが巨大化すると言ったら、巨大化したのです」
これにはロザリーンも反論できない。
「夢だと気づかなければ、どうなっていたんだい?」
「普通に恐怖に飲まれますが、カノコが目覚ましの魔法で助けてくれました」
「まあいいか」
ラムリーザ的には何の問題もない。どうせ夢なら、現実に可能なことではなく、ソニアみたいに突拍子もないことをやってのけたほうが面白かったかな、とは思っていたが。
ただし、カノコに関しては、依頼人にしてはずいぶん手札が多い。ラムリーザは、カノコへの印象を少しだけ改めた。
この後も、ガーゴイルの襲撃などがあったが、全員で力を合わせて撃退して進んでいった。
「さて、しばらく道を進むと、地下二階へ通じる階段にたどり着きました」
「各階ごとに仕掛けがあるだろ?」
「ネタバレはしませんの!」
というわけで、一同は地下二階へと進んでいった。
ここでもガーゴイルやスケルトンウォーリアーを倒しながら先に進むことになった。とりあえずバトルにしておけば、謎解きの場面では黙りがちなリリスも楽しんでくれるので問題ない。
「さて、進んでいくと大きな部屋にたどり着きました。中には、特殊な結界が張られているようですの」
「カノコのそばから離れない」
ラムリーザは、一階での出来事を覚えていて、先読みしてカノコにくっつくことにした。
「ふふっ、ラムリーザはカノコのほうが好きなのね、振られたソニア可哀想」
リリスは軽く笑いながら余計なことを言う。
「かっ、カノコを蹴っ飛ばす!」
「ダメですの! この特殊な結界は、魔物が入ってこれないようになっています。だから、安全に休むことができますの」
仲間割れを起こしそうになったソニアの宣言を否定して、ユコは立て直すように進行を再開した。
「ラムリーザ、カノコ、お幸せにね」
「探索技能でロールしてください!」
リリスの言葉を大声でかき消しながら、ユコはメンバーに行動を促した。
「探索技能って何?」
ラムリーザの問いに、ユコはルールブックをめくって答えた。
「盗賊技能があれば、知力ポイントを加えたロールができます。持っていなければ、ダイスの平目で判定します」
「盗賊技能は、誰が持っていたっけ?」
「私が持っているわ」
戦士だと思っていたリリスが持っていた。そういえばキャラクターを作るとき、リリスは悪党出身で盗賊技能を最初から持っていたっけ。
「では盗賊レベルと知力でロールしてください」
ユコに促されて、リリスはダイスを転がした。
「これでいいのかしら?」
「うーん、何も見つかりませんねぇ」
「リリスは知力が低いから」
今度はソニアが余計なことを言う。リリスも「あなたに言われたくないわ」と負けていない。
まぁリリスの知力はともかく、盗賊が本職ではないから仕方がないとも言える。
「それじゃあ俺がやってみよう」
元々盗賊が本職のリゲルが同じ判定を行った。
「あ、そのポイントだとこの部屋に隠し扉があることに気がつきますわね」
「さすがリゲルさん」
ロザリーンに持ち上げられて、まんざらでもないという感じのリゲル。だがソニアは、先日「海賊船長エルリグ事件」があったためか、眉をひそめて睨みつけている。
「それじゃあ隠し部屋に入ってみようか、どんな感じ?」
ラムリーザの問いにユコは、「扉はスライド式で、押さえていないと閉じてしまいます」と答えた。
「それなら僕が押さえておくから、他のみんなで探索してみたらいい。敵はいないよね?」
ユコは「いません」と即答したので、他のメンバーは隠し部屋の中へと入っていった。
「奥の台座に剣が見えます。ですが、その前に透明の扉があって、先に進むことはできません」
「罠があるかもしれませんね……」
ロザリーンが慎重に、と促す。するとソニアは、また余計なことを言い始めた。
「リリスは頭が悪いから、調べたら罠に引っかかるから止めたほうがいい」
「うるさいわね、ソニアは足元に転がっていた岩が、風船おっぱいのせいで見えなくてつまずいて転んだ」
リリスは逆上して、ゲームマスターでもないのに勝手に状況を作り上げてしまった。
「なっ、何が風船おっぱいっ――。……子供たちよ、よーく聞け。今度は、アレオカレーとアレオふりかけが、毎月千五百名様に当たる」
ソニアも逆上しかけたが、すぐに思いとどまって厳かな声でCMの台詞を真似してみせた。
これはリリスに効いた。リリスは、「アレオカレーを買え! 三千エルドで買え!」と騒ぎ出す。アレオ製品で痛い目に遭っているので、今日のリリスは打たれ弱い。
騒ぐ二人を尻目に、リゲルは淡々と「罠の確認をする」と宣言して、ダイスを転がした。
「あ、そのポイントだと扉に罠が仕掛けられていることに気がつきますわね。えーと、リゲルさんは扉の罠を解除しました。台座に置かれている剣は、エア・フィールド・ソードと言って、エア・スクリーンの効果を持つ魔法剣ですの」
「エア・スクリーンって何だい?」
「ラムリーザ様、ソーサラーをプレイしているのですから、魔法は覚えてくださいね。エア・スクリーンは、対象を空気の膜で覆う防御魔法です。クラウド系の毒魔法に抵抗できるようになります」
ラムリーザは、ファイアーボールしか知らないソーサラーであった。このテーブルトークゲームを続けていくのなら、近いうちにソニアが買ってきたルールブックを読み直しておかなければ……ラムリーザはそう思った。
「魔法剣? かっこいい! それあたしが使う!」
魔法剣と聞いて、ファイターのソニアが黙っていない。当然のように、所有権を主張する。
「私によこしなさい。あなたは棍棒で十分よ」
これまた当然のように、リリスが反論する。
「何よ! リリスは竹ざおを使っていたらいいんだ!」
「竹やぁ~、さお竹~――じゃない! あなたはパチンコでも飛ばしていたらいいのよ」
「パチンコ使えるだけマシ! リリスは魔女だからパチンコ使えないから物理攻撃ダメ。ほうりきも半分しか使えないからダメ。精一杯ほうりき使おうとしてこびとぞくにしたら、シスターより優れているせっかくの利点であるきようさが五十しかなくて意味がない。きようさをせめて七十五にしようとしたら、ほうりきが物理攻撃も最強クラスの騎士と同じだけしか使えない。どうしようもなく使えない魔女、意味のないクラスの魔女、見た目しかとりえのない魔女、可哀想な――むー、むーっ……」
ソニアの意味のない演説の終わりのほうは、業を煮やしたラムリーザに抱えられ、口を塞がれて言葉にならなかった。
他のメンバーは呆然として黙り込み、静まり返った部室内に、下校時間を告げる放送が流れ始めた。
「もういいですの、続きはまた今度。それまでに剣の所有者を決めておいて下さい」
そう言ってユコは、ルールブックとマスタースクリーンを畳み、この日はお開きとなった。
帰り際にリゲルは、ソニアに包みを一つ渡して立ち去っていった。
「あ、チョコレートだ」
屋敷に戻ってから、リゲルから受け取った包みを開いたソニアは、中に入っていた珍しい品に驚いた。
チョコレートは、帝都よりもさらに南方にある熱帯でしか採れない原材料を使ったお菓子で、わりと高級品のため一般にはあまり広まっていない。
「リゲルも珍しいものを持ってたんだね」
「甘くて苦くておいしい」
ソニアは、早速ぽりぽりとかじりながら、至福の表情を浮かべていた。
「明日リゲルにお礼を言っておくんだぞ」
「うん」
素直になったソニアに、こういう懐柔の仕方もあるのか、とラムリーザは思った。
おそらく先日の「海賊船長エルリグ事件」をリゲルなりに解決させようとしたのだろう。それは、どうやら効果が出ているようだ。
ソニアは包み紙まで丁寧に指で伸ばした。捨てるには惜しい、と本能がそう言っているみたいに。
これを平然と渡せるのは、珍しいものを知っている人間か、珍しいものを手に入れられる人間だけだ。
ラムリーザもひとかけらもらってみたところ、甘さのあとに残るほろ苦さが、舌の奥に長く残った。たぶん、この世界ではそれが贅沢の味なのだろう。
それには、単なるお菓子以上の意味があり、自分たちの間にあった棘のようなわだかまりが、甘い熱に溶かされていくような感覚だった。
遠くで聞こえる汽笛の音が、今のポッターズ・ブラフの静けさを際立たせる。
「食べ過ぎるとおっぱいがまた膨らむぞ」
「ラムの馬鹿!」
どうやら、怒りの矛先はラムリーザへ向けられたようだった。
それでもソニアの口元には、ほんの少しだけ甘さが残っていた。