ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


生徒会長立候補演説

帝国暦九十三年 竜神の月・不死鳥の日(現代暦:一月中旬)

 この日の午後、ラムリーザは生徒会長選挙に向けた演説を聞きに行くため、体育館へ向かう通路を歩きながら、リゲルと話をしていた。

「ロザリーンとはうまくいっているみたいだね。くっつけた僕が今さら言うのも変だけど」

「……まぁな」

 これまでの様子を見る限り、リゲルはロザリーンと仲良くすることで過去の傷も癒え、仲間たちと遊ぶ機会も増えた。

 それはそれでよいのだが、ラムリーザは、もう一つ気になっていることをリゲルに尋ねた。

「それなら何よりだ。お父さんとも和解した?」

 リゲルは、以前付き合っていたミーシャという娘との間を父親に引き裂かれて以来、親子関係は冷え切ったものになっているようだった。

「いや、あいつは駄目だ。ミーシャのときと態度が違いすぎて腹が立つ」

 残念ながら、親子の関係が完全に修復したわけではなさそうだ。

「あー、まぁそれは……ん~」

「お前は悪くないから気にするな」

「ん、でもなんか最近妙に冷え込まない?」

「そんな気もするな。今年は例年よりも寒いようだな」

 校舎の外の渡り廊下を歩きながら、ラムリーザはこれまでとは少し違う冷えた風を肌で感じ取っていた。

 

 昼休みの後、全校生徒は体育館に集められ、生徒会長立候補者の演説が行われようとしていたところだ。開始前のこの時間、周囲はざわざわとしている。

 エルドラード帝国は南国であるがゆえに年中温暖だが、この時期になると多少は冷え込む。しかし今年は、先ほどラムリーザとリゲルが話していたように、例年よりも冷え込んでいるようだ。

 ラムリーザは体育館の床に座り、尻に冷たさを感じていた。

「ラム~、お尻が冷たい」

 ソニアは、膝を抱えた座り方、いわゆる体育座りのままラムリーザのすぐそばにくっついてくる。

「ん、冷たいねぇ。あ、ちなみにその座り方、前からパンツ丸見えだから。ほら、リリスやユコみたいに横座りにしなさい」

「あの座り方だったら足も冷たい。ねぇ、ラムがあぐらをかいて、あたしがその上に座るのがいいなぁ」

「何を馬鹿な……」

 例年通りの気候なら、ソニアはここまでごねることはない。もともとミニスカート好きで、素足を出していても普通に過ごせるはずなのだ。

 ソニアは、ラムリーザの足に手をかけて、強引に乗ってこようとする。

「こら、やめなさい。えーとね、正座したらどうだい? 今の座り方よりは冷たくないと思うよ」

 体育座りなら、剥き出しになっている太ももの付け根辺りが床に接してしまって冷たい。だが、正座をすれば、保温性のある素材のサイハイソックスを履いているので、膝から下は床との間に布一枚分の壁ができる。

 ソニアはラムリーザに押し戻されて、しぶしぶ正座する。

「なんか足が痛い」

 まだごねるソニアだが、そのとき、演説が始まる旨が教師によって宣言された。

「始まるぞ、お口にチャック」

 ラムリーザが、口の前で人差し指を立てたのを見て、ソニアは口を尖らせた不満そうな顔をして、文句を言うのはやめにした。

 

 演説は、一年生のケルムから始まった。

 ラムリーザは、ケルムの演説を聞きながら、相変わらず生真面目だなと思った。しかし一方で、人をまとめる立場の人間は、こういうタイプも向いているのかもしれないと考える。

 だが、ケルムにはユグドラシルほど親しみは感じない。彼女は、上から支配するような雰囲気が強すぎる。それは高貴さゆえの欠点であり、強みでもあった。

 演説が終わったところで、「風紀なんぞ、くそくらえ!」という野次が飛んだ。

 ラムリーザが野次の飛んだほうを見ると、ニバスがニヤニヤと壇上を見つめていた。野次を飛ばしたのはニバス本人ではない。取り巻きにでも言わせたのだろうか。ニバスの周囲には、いつもの美女軍団が取り巻いている。

 しかし野次は男性の声だった。

 ラムリーザは、ニバスに男性の取り巻きはいただろうか、などとどうでもいいことを考えていた。

 野次を飛ばされたケルムは、そのほうをきっと睨みつけ、ニバスと目が合った。

 少しの間にらみ合いが続いていたが、ニバスのほうもケルムの鋭い視線には動じない。

 ニバスの家も、この地方ではそれなりに影響力のある名家のようだった。ケルムも強く反発できず、ぷいと顔をそむけるとそのままステージ後方に置かれた椅子に戻った。

 ニバスにとっても、ケルムが生徒会長になれば肩身が狭くなるかもしれないとラムリーザは思う。

「あちき、ああいうタイプは疲れちゃうわ」

 ラムリーザの耳に届いたレルフィーナの小さなつぶやきも、浮動層の本音を代弁するように空気に溶けていく。

 指導力という観点から見れば、フォレストピア開拓に向けてケルムの力量は魅力的だ。

 しかしラムリーザは、隣で正座しながら大あくびをするグリーン・フェアリーのほうが可愛い、などと思っていた。

 

 さて、次はラムリーザたちが応援しているユグドラシルの番だ。

 ラムリーザは、ユグドラシルの演説の主なポイントを事前に知っていた。

 というのも、数日前にラムリーザのもとを訪れたユグドラシルは、とある相談事を持ちかけていた。その内容は、ラムリーザにとって断る理由もないものだったので、ユグドラシルの自由にさせることにしたのだった。

「突然ですが皆さん、右を向いてください!」

 ユグドラシルの演説は、唐突な要求から始まった。顔を見ると真剣な表情だ。

 ラムリーザは、言われたとおりに右を向いてみた。そこには、神妙な顔つきで正座しているソニアがいる。ソニアも、ラムリーザと目が合った後でちらっと顔を右に向けた。

「次に左を向いてください!」

 ユグドラシルの合図で、ラムリーザは左を向いた。そこには隣のクラスの、ソニアがよくちょっかいを出すチロジャルがいた。チロジャルも先ほどユグドラシルに言われた通り右を向いていたので、ラムリーザと目が合った。

 気の弱いチロジャルは、一瞬びっくりしたような表情になったが、ユグドラシルが言ったようにすぐに左を向いた。

 ラムリーザが右をちらっと見ると、右隣で左を向いているソニアと目が合った。

「お分かりいただけましたか? 自分には、この通り人を動かす力があります」

「ぶふっ」

 ラムリーザは、それは違うだろうと思わず吹き出してしまった。同じように吹き出す声が、周囲から上がる。

 小さな笑いはさざなみのように伝わり、次第に笑い声へと変わっていった。

「お静かに!」

 人を動かす力のあるらしいユグドラシルは、一言で笑い声を止めてみせ、演説を続けた。

「皆さんは、今、帝国が推し進めようとしていることを知っていますか? そう、隣国ユライカナンとの交流強化です。そのために、現在ポッターズ・ブラフよりもさらに西、アンテロック山脈を越えた向こうに新開地が作られていることを知っている方もいると思います」

 ユグドラシルの演説の本題が始まった。ラムリーザにとっては、そのためにこの地へ来たようなものだから周知のことだが、今ここにいる全校生徒のうち関心を持っているのはどのくらいいるのだろうか、と考えた。

「皆さんは、ユライカナンの文化に興味が湧きませんか? 自分は、ユライカナンのお祭りなど、異文化交流の中で面白そうなものがあれば、学校行事に取り入れていきたいと思っています。こういったことは主に新開地で行うことになっていますが、その隣にあるこの学校でやってみても、悪くないと思いませんか?」

 これが、先日ラムリーザのもとを訪れたユグドラシルが提案したことだった。異文化交流は、新開地が独占することもないので、ラムリーザはユグドラシルの案を認めたのだった。

「また、自分が生徒会長に当選しましたら、皆さんが生徒会にやってほしいことなど要望があれば、できるだけそれに沿えるよう努力していくつもりです。ひとまずは、目安箱といった形で校内に投書箱を設置しておきますので、要望や進言などがありましたら遠慮なく申し付けてください」

 ラムリーザは、これはいいなと思った。フォレストピアでもこの制度を取り入れて、住民の意見に耳を傾けるのも悪くない。

 壇上のユグドラシルは、ここで一枚の紙を取り出した。

「この演説が始まる前に目安箱を確認したところ、早速一枚入っていました。せっかくの機会ですので、この場で意見第一号を取り上げたいと思います。一年生のソニア・ルミナスさんからの要望だそうです。どれどれ……『校庭に遊具を作ってください!』」

 とたんに周囲から笑い声が湧き上がる。

 だがラムリーザは、笑っている場合じゃなかった。
              
ラムリーザが、ソニアに『校庭に遊具を作ってください!』という要望について追及する場面
「ソニア?!」

 隣にいるソニアを、「何だあの要望は?」と問い詰める。

「いや、朝学校に来たら、目安箱って書いてある箱があって、生徒会にやってほしいことの要望を書くみたいな感じだったので書いた、ってことになってるの」

「ことになってるって何だよ。それに遊具って何?」

「……ブランコとかシーソーとか、遊具の汽車とか」

 それは、帝都で過ごしていた頃、よく遊びに行っていた近所の公園だ。ソニアは公園と校庭を勘違いしている。ラムリーザは、後でユグドラシルに謝っておこうと考えた。

 一方壇上では、ユグドラシルは演説の締めにかかっていた。

「このように、笑いの絶えない学校生活にしていきたいと思っています。必ず期待に応えてみせますので、皆さんの期待という一票を自分、ユグドラシルにどうぞよろしくお願いいたします! おしまい!」

 こうして、生徒会長選挙に向けた演説は終了した。

 演説はあったが、結局のところユグドラシルのハーシェル家と、ケルムのヒーリンキャッツ家の争いだ。

 それぞれの家に縁のある者は、そちらに付くだろう。勝負の分かれ目は、あまりそういった家同士の争いに関係のない浮動層を、いかにして演説で取り込むかということにかかっている。

 

 全校生徒が解散した後、ラムリーザは体育館でユグドラシルを探して回った。

 そして二人が顔を合わせたとき、ラムリーザが謝罪するよりも早く、ユグドラシルのほうからお礼の言葉が返ってきた。

「ラムリーザくん、ありがとう。そしてソニアくんもありがとう。それぞれ良いネタを提供してくれたよ」

 ラムリーザは謝罪するつもりだったが、先にお礼を述べられては謝るわけにもいかない。

「フォレストピア、新開地の件は良いとして、ソニアも?」

「ユーモアだけでは生きられないが、ユーモアなしでは生きたくないからね」

 実際のところ、ユグドラシルはラムリーザだけでなく、ソニアにも演説のネタを提供してもらっていたのだ。ユーモアなしでは生きたくないユグドラシルとしては、笑いを取れたから万事問題なしということらしい。

 そういえばソニアも、「ってことになってる」と言っていた。つまり、あの要望はソニアの思いつきではなく、ラムリーザの知らないところで仕込まれた小さな演出だったのだ。

 ラムリーザは、笑顔で答える彼に、「ユグドラシルさんは、存在そのものがユーモアだよ……」と返すしかできなかった。

 体育館の床は、相変わらず冷たい。でも、さっきまでの笑い声が残っているせいか、さっきより冷たく感じなかった。人の心って、案外そういうものなのかもしれない。

 笑いは軽い。けれど軽いからこそ、場の空気を動かす。ユグドラシルはそれを知っていて、しかもわざとらしく見せない。ただの冗談で終わらせず、最後はちゃんと「学校の未来」の話に着地させる。

 ――こういう人が前に立つなら、たぶん大丈夫だろう。そしてたぶん厄介なのは、真面目な顔で人を動かす人間より、笑いながら人を動かせる人間のほうだ。

 

 この日もソニアは、携帯型ゲーム機2DOを転売した。

 これで計四つ売って、七千二百七十エルド儲けることができ、転売作業も順調なようだ。田舎のこの地方にも流通が行き渡るまで、この転売は進んでいくだろう。

 これで現在、ソニアの通帳には一万七千二百七十エルド入っている。

「今日から2DO二つ仕入れることができる、二倍で回すことができるようになる、やっぴー!」

 今日もラムリーザとソニアの二人は、2DO仕入れのために帝都へと向かった。

 ユグドラシルが掲げた「異文化交流」という理想。ケルムが守ろうとする「帝国の規律」という現実。そして、フォレストピアという、まだ何色にも染まっていない新開地。

「ねえ、ラム。遊具ができたら、最初にあたしをブランコに乗せてね」

 無邪気なソニアの言葉に、ラムリーザは「ああ」と短く答えた。

 ……待てよ? 確か、あれは冗談ではなかったのか?