ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
一触即発の危機
帝国暦九十三年 竜神の月・鍛冶師の日(現代暦:一月中旬)
放課後、こんなことがあった。
ラムリーザは、リゲル、レフトール、マックスウェルと共に雑談しながら校舎裏をぶらぶらしていた。その背後から、突然声がかかった。
「ウサリギ……」
声をかけてきたのは、レフトールのライバルであるウサリギだった。突如現れた彼は、三人の仲間を引き連れている。
すかさずレフトールはラムリーザの前に出て、ウサリギと対峙した。有言実行、早速守護者を演じるつもりらしい。
「いやいや、ちょっと待って」
ウサリギの登場に、ラムリーザは慌てて口を挟んだ。レフトールの肩をつかんで、はやる彼の気持ちを抑えた。
「大丈夫、ラムさんには指一本触れさせやしないさ」
レフトールは、ラムリーザに良いところを見せたいといったところか。
「その『触れさせやしない』ってのも、よくわからないんだ。僕にはウサリギと争う理由がない。いや、ウサリギの知らないところで迷惑をかけていたのなら改めるけど」
ラムリーザの言葉に、ウサリギはフッと笑ってみせる。
「確かにな、俺はお前に用はない。用があるのはそこにいるレフトールだ。いや待てよ、レフトールが正義ぶるようになったのがお前のせいなら、迷惑をかけていることになるな」
「聞いたか? 俺は正義の味方らしい。大発見やぁ!」
相変わらずレフトールは調子がいい。ウサリギの言葉を借りて自分の株を上げようとした。
「まいったなぁ」
レフトールと仲良くするのが悪いと言われたら、対処のしようがない。ラムリーザは、リゲルの様子を見たが、彼は腕を組んだまま落ち着いている。喧嘩で負けない自信があるのか、それとも手を出されない自信があるのか……。
「マックスウェル、とりあえず集合かけろ。そしてウッサリギちゅわん、オコンニチハ」
レフトールは、マックスウェルに指示を出し、一歩前に出てウサリギから顔を少し背け、怪しげな笑みと横目の視線だけを向けながら妙な挨拶をする。
マックスウェルは、「あーいよ」とのんきな返事をするが、その動きは俊敏だった。あっという間に校舎の中へと消えていった。
「あまり無茶はするなよ……」
「大丈夫でさぁ、ウサリギによく言って聞かせやす。つべこべ抜かしたらぶっ殺しまさぁ」
「いや、それがちょっとね……」
ラムリーザは、困って再びリゲルのほうを見たが、リゲルは先ほどから変わらず平然としている。リゲルが堂々としているのなら、とラムリーザは余計な心配をするのをやめた。
ちらりと校舎の入り口付近を見ると、そこにはラムリーザのボディガードを務めているレイジィの姿も確認できた。あの日以来、レイジィは陰ながらラムリーザに付きっきりだったのだ。
こうなったら、レフトールの自由にやらせてもいい、とラムリーザは腹を括った。
「あれ? よーく見たら、お前らゲーセンでナンパしていた馬鹿どもじゃねーか?」
レフトールは、ウサリギの連れてきた三人に見覚えがあった。三人は、年末年始の休暇直前に、ゲームセンターでユコを強引にナンパしようとして、レフトールにのされてしまった連中だった。
「あのときはうまく逃げたつもりだったようだが、今日はそうはいかねぇぜ」
「あーそういうこと? お前らウサリギのもんだったのね。それで、頭がけじめを取りに来たわけだ」
レフトールは、やれやれと肩をすくめて見せる。
ウサリギも一歩前に出て、レフトールとの距離を少し詰めた。
「俺の連れに手を上げるとはな。お前、本気で癒し猫会合を抜ける気なんだな」
「ずっと前から抜けているつもりなんだがなぁ……あ、そうだ。お前金貨三枚ほど俺にくれね?」
どさくさに紛れて、レフトールはウサリギから金をせびろうとする。これは「悪いレフトールが奪った金」として、ラムリーザに返すつもりだろうか。
「何を馬鹿なことを、貴様が会合抜けるなら、脱退費として逆に俺に金を払え」
「それじゃあまず金貨五枚もらおうか。その中から脱退費として金貨二枚払うわ」
「ふざけんなよてめぇ! そんなに金が欲しいならくれてやらぁ」
ウサリギは、突然レフトールに何かを投げつけた。それはレフトールの額に当たって跳ね上がった。
「ってぇな! 何しやがる!」
いきり立つレフトールの後ろで、ラムリーザは飛んできた小さなものを受け取った。それは、一エルドの銅貨だった。
ラムリーザは再び困った様子でリゲルのほうを見た。リゲルもこちらを見て、「うろたえるな」と一言だけ言った。
レフトールとウサリギは、今にもぶつかり合いそうだ。この雰囲気は以前も見たことがあるが、そのときラムリーザは二人に気づかれることなく、遠目に見ていただけだった。
「まいったなぁ……」
ラムリーザは、再び同じことをつぶやく。そして、この場をどう収拾するかを考えているうちに、自然と銅貨を挟んだ指に力が入っていった。
「マックスウェルの奴遅いな……」
レフトールはちらりと校舎の入り口のほうを見て言った。ウサリギ一人ならレフトール一人だけで十分だが、ウサリギが連れてきている三人に加勢されたら分が悪い。
「まぁ後ろの雑魚三人は、ラムさんやリゲルでもどうにでもなるか」
レフトールのつぶやきに、リゲルは「ほぅ」と答えた。一方ラムリーザは、これから起きるであろう争いを考え、胸の高鳴りを感じ、銅貨を指先で挟んだままぎゅっと力を込めた。
「ほう、お前はラムリーザの守護者気取りだが、結局ラムリーザの手を借りるのだな?」
「いやまぁ、そういうわけじゃなくてだなぁ」
「俺一人で抑えるからこの場を立ち去れ、ぐらい言わんのか?」
「いやそれは……」
レフトールも、仲間がいればそうしてもよかったが、さすがに一対四ではそこまで気が回らなかった。
「レフトール一人を犠牲にするわけにはいかないよ」
ラムリーザはそう言って、銅貨を握っていた指を開きリゲルに見せた。手は汗で濡れていて、指でつまんでいた銅貨は――不自然に歪んでいた。
そのときリゲルは、ラムリーザの持っていた銅貨を見るやいなや、素早く奪い取った。そしてそのまま、ウサリギのほうへと軽く投げ返した。
ウサリギは、リゲルが投げ返した銅貨を受け取り、それを見て顔を引きつらせた。銅貨を両手で持って何かをしようとした。
「ふざけやがって……」
そのまま、まるで気味の悪いものを投げ捨てるように、レフトールのほうへ再び銅貨を投げつけた。今度はレフトールが受け止めた。
「なんだよ、銅貨一枚でうだうだと――って、げえっ」
今度はレフトールが、その銅貨を見て驚く。
「そういうわけだ、くだらん諍いは止めるんだな」
リゲルは落ち着いて、勝ち誇ったように言ってのけた。
「ウサリギの奴、冗談じゃねぇ……」
レフトールの持っている銅貨は、中央部分から飴細工のように不自然に曲がっていた。レフトールは銅貨を伸ばそうとするが、「普通びくともしないって……」と言って諦めて投げ捨てた。
レフトールとウサリギは、それぞれ少し違う結論に達しながらも、結果的に戦意を削がれていた。レフトールはウサリギを恐れ、ウサリギはレフトールたち三人の中の誰かに怯えていた。
つまり、レフトールは「ウサリギが銅貨を曲げた」と思い込み、ウサリギは「銅貨を投げ返したリゲルが曲げた」と思い込んでびびっていた。
そのとき、ラムリーザたちの後ろから、のんびりとした大声が聞こえた。
「レフ、やばいっす。今日はもうみんな帰って、誰も残ってないんだな」
仲間を呼びにこの場から離れたマックスウェルが戻ってきた。どうやら仲間はもういなかったようだ。
レフトールは、仲間を呼ぶどころではなかった。これまでレフトールが思っていたよりも、ウサリギは秘めた力を持っていると考え、緊張が高まっていた。一方、人数で勝っているウサリギも、連れとなにやら相談している。
「マックスウェル、他の奴はいいからお前も加われ、総力戦だ」
「あいよっ――、げえっ!」
マックスウェルのゆったりとした返答は、突然驚愕の叫びへと変わった。
校舎から出てきたところで、すぐそばの壁にもたれ、じっと争いの場を見つめている男の姿が目に入ったのだ。
マックスウェルは、男から目を離さずにじりじりと後退してレフトールのそばへ戻ってきた。
「レフ、やばいよ、あいつがいるんだな……」
マックスウェルは、レフトールの耳元で小さくつぶやき、目線でレフトールの注意を校舎脇へと向けさせた。
「うわっ、あいつまだいたのか……?」
「やばいって、とりあえずラムリーザ……ラムさんは帰したほうがいいと思うんだな」
「ん、んんむ……」
このときリゲルは、レフトールたちが慌てていることに気がつき、二人がちらちらと見ている方向へ視線を向けた。リゲルにはすぐに分かった。そこにいる男が、プロの用心棒に類する何かであることを。
「おいラムリーザ、あそこにいる人はひょっとして?」
「あ、リゲルも気がついた? 以前レフトールに襲われたときに帝都から呼び寄せたボディガード」
「ふっ、そういうことか」
ここでリゲルは、レフトールたちが動揺している理由がわかった。一度やられたプロに、再び遭遇したのだから。
「なぁレフ、この場は逃げようぜ? 一応俺たちとラムさんは仲間ということになっているけど、何かあったらあいつは、ラムさん以外ここにいる全員をぶちのめすかもしれんぞ」
「あいつに背中を向けるのは気が進まんが、そうも言ってられんな……いや、待てよ?」
レフトールは、再びウサリギと向き合い、一歩前に出て言った。
「ウサリギ、もう日も暮れることだし、今日は日没引き分けにしないか」
とりあえずレフトールは、この場はなかったことにしようとした。ラムリーザの手前、弱気なところは見せたくないが、人数で劣っている以上、強気に出るのも無謀だと考えたのだ。
ウサリギも、レフトールを睨みつけたままじっと黙っていた。彼も、この場をなかったことにしようと考えていた。
やられた仲間の仇は取りたいが、リゲルやラムリーザまで巻き込むのには気が引けていた。それに、銅貨をねじ曲げる相手がいるものだからなおさらだ。しかし、仲間たちの手前、レフトールに背中を見せることには抵抗があった。
「ああそうそう、最初に俺に用があるって言ってたけど、そいつらの仇討ちがやりたいならいずれタイマンで決着つけてやるよ。もっとも――」
レフトールは、にやりと笑って話を続けた。
「――俺は、そいつらが無茶なナンパをしていたから女の子を助けてあげただけだぜ。スケベな仲間を庇うのも間が抜けているぞ、と」
「ほぅ、レフトールにしては殊勝なことをしたんだな」
すかさずリゲルの皮肉が飛んでくる。今現在、この場で一番落ち着いているのはリゲルだろう。
「まぁそう言うなって、助けたのはお前らの連れの、ええと、根暗吸血鬼じゃないほう……ユコって奴だぞ」
レフトールがリゲルに弁明している最中、ウサリギも仲間たちとなにやら話し合っていた。時折ウサリギは、仲間の額を小突いている。レフトールの言うスケベな仲間を諌めているのだろう。
「よかろう、今日のところは引いてやる。だがレフトール、いずれは決着をつけてやるからな」
しばらくして、ウサリギはそう言い残して仲間たちを率いてこの場を立ち去っていった。
気がつけば、日は沈みかけて周囲は薄暗くなっていた。
ラムリーザは、いろいろと疲れてしまい、早く家に帰って休みたいと考えていた。
「これからは、もう少し人数を増やして動くことにするべし、だな」
レフトールの発言に、リゲルは「俺たちを巻き込むな」と冷たく言い放つ。
「ウサリギとは、あまり事を構えたくないから、そっちの争いはレフトールだけでやってね」
ラムリーザは、今日みたいなことはもうこりごりだ。プロのボディガード、レイジィがついているのはわかっているが、わざわざ争いごとに巻き込まれる必要はない。
「しかしまいったね、こりゃ。ウサリギにあんな力があったとは」
「あんな力?」
「銅貨をひん曲げやがった……」
「だめだよ、お金を粗末にしたら」
リゲルは何も言わず、ラムリーザを一度だけ見た。
その目が銅貨ではなくラムリーザの指先を見ていたことに、本人だけが気づかない。
「とりあえず、次からお前らが揉め始めたら、すぐに立ち去るからそのつもりでいろよ」
それ以上、リゲルは何も説明しなかった。
そのとき、ラムリーザの持っていた携帯型情報端末キュリオが、メールの着信を告げるメロディを奏でた。
ラムリーザが確認すると、そこには――
送信者:ソニア
本文:ラムどこ? そろそろ帰ろうよ。部室で待ってる
――と表示されていた。
「今日はもう帰るね。また明日」
そう言って、ラムリーザは部室のほうへと駆け出した。
今日みたいな偶然が、いつも味方してくれるとは限らない。ウサリギの目は、明らかに退いてはいなかった。退いた「ふり」をしただけだ。
次は、もっと早く火がつくだろう。そのとき自分は、仲間を巻き込まずに済むだろうか。
……いや。巻き込みたくないなら、動き方を変えるしかない。