ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


校舎裏の四重奏

帝国暦九十三年 竜神の月・鍛冶師の日(現代暦:一月中旬)

 放課後、ラムリーザは珍しい組み合わせの面々と校舎裏をぶらついていた。

 一緒にいるのは、リゲル、レフトール、そしてマックスウェルだ。

 沈みゆく夕陽が、校舎の壁に四人の影を長く、いびつに引き伸ばしていた。

 育ちも、流儀も、見ている未来も違う四つの影。それが重なり合い、離れ、また交差する様子は、危うい均衡を保ちながらも、一つの奇妙な四重奏のようだった。
              
ラムリーザ、リゲル、レフトール、マックスウェルが、校舎裏で雑談する場面
 四人は西に沈みゆく太陽を見ながら、改めて自己紹介めいた会話をしていた。

「ところでレフトール、君のフルネームは何ていうんだい?」

「俺の名前はレフトール・ガリレイ。今だから言うけど、フリール・レガイトレは、俺の名前をアナグラムにして作った偽名だ」

「やはりな……」

 そうつぶやいたのはリゲルだ。偽名の件は、ラムリーザにはよくわからなかったが、リゲルには心当たりがあったようだ。

「偽名ってなんでそんなものが必要なんだ?」

「あれだろ、ラムリーザを誘い出すラブレターを書いたときに使ったやつだろ?」

「おおっ、さすが切れ者のリゲルは分かってるねぇ」

 ラブレター? そういえばそんな騒ぎがあったなとラムリーザは思い出した。

「あれか、ソニアに悪戯しようとしていたやつだな?」

「おっぱいちゃんに飽きたら俺がもらうから、ずっと待ってるぜ」

 レフトールは、さらりと横取り発言をしてのける。それを聞いたラムリーザは、ソニアももてるんだな、と思いながら切り返した。

「ん、五千年ぐらい経ったらさすがに飽きると思うから、そのときあげる。で、そっちの連れは、いつもレフトールと一緒にいるみたいだね」

「あ、こいつ? マックスウェル。俺とは中学時代以来の腐れ縁だ」

 ラムリーザは、改めてマックスウェルを観察した。ラムリーザより少し小柄で、短くてくすんだ緑色の髪と眠たそうに窪んだ目が特徴的だ。だが、雰囲気はのんびりしている感じで、レフトールと違ってそれほど悪者感を表に出していない。

「ふーん、下の名前は?」

「なんだっけ? ハンマーブロスだったっけ?」

 腐れ縁の名前をど忘れしたレフトールに対し、マックスウェルは、のんびりとした声で答えた。

「シルヴァーハンマー。俺の名前はマックスウェル・シルヴァーハンマー。偽名ではないんだな」

「ふ~ん、面白い名前だね」

 マックスウェルはレフトールに対抗して偽名について触れたが、そうそう偽名を使う者はいない。そもそも、明かしてしまったら意味がない。

「ところでさ、ラムさんは生徒会長に立候補せんの? したら俺は全力で応援するぜ?」

 唐突に話題を切り替えるレフトール。彼はユグドラシルをあまり知らないので、代わりにラムリーザを推したいのだ。

「いやぁ、次の春からフォレストピアで忙しくなるから、生徒会とかやっている暇はないと思うんだ。というより、僕は生徒会長ってガラじゃないよ。この学校だと、ユグドラシルさんみたいな人がやったほうがいいと思うんだよね」

「そうかなぁ、よくわからない先輩や、風紀委員のケルムさんよりはずっと良いと思うけどなぁ」

 あくまでレフトールは、ラムリーザ贔屓のようだ。以前リゲルが評していたレフトールの権威主義は、伊達じゃない。つい数か月前まで、この地方の有力貴族の娘、ケルムに尻尾を振っていたのにこの変わり様。どうしたものだろうか。

「そのよくわからない先輩ってのがよくないね。首長の娘ロザリーンは知っているのに、首長の息子ユグドラシルは知らないんだ」

「え、あ、あいつに兄貴がいたのか、それは知らんかった」

「ふん」

 ロザリーンのことが話題に上ると、リゲルは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「それよりさ、それよりさ、それよりさ。あのおっぱいちゃん、なんでラムさんにあそこまでベタベタなん?」

「おっぱいちゃんじゃない、ソニアだ」

 ラムリーザは、自分は歌の中でソニアの胸を題材にするくせに、他人にはネタにさせないという妙なこだわりがあった。

 別にラムリーザも、本気で題材にしているつもりはなかった。ただ、勝手にネタに出てきてしまうぐらい、ソニアの胸は特徴的だった。

 そういうことなら、レフトールのことも強くは非難できない。おっぱいちゃんは、おっぱいちゃんなのだから。

「ソニアとは、生まれたときからずっと一緒だったので、この先もずっと一緒だよ」

「なんだ、幼馴染か。まぁいいや、五千年我慢しよう。それから先は、俺のものな」

 レフトールは、五千年も生きるつもりらしい。さすがに冗談の射程が長い。

「構わないけど墓を暴くなよ」

 ラムリーザの指摘も、少しずれている。

「ラムさんとボインちゃんかぁ。あ、そういえばリゲルは踊り子ちゃんどうしたん? 最近一緒にいるところを見ないけど」

 レフトールはおっぱいちゃん改めボインちゃんと呼んだが、今度はリゲルのほうへ話しかけた。こうして付き合ってみると、レフトールは意外と馴れ馴れしい。

「踊り子ちゃんって、誰?」

「やめろ」

 ラムリーザが「踊り子ちゃん」に興味を示したとき、リゲルは冷たく言い放って話題を止めにかかった。そこでラムリーザは、リゲルが過去を断ち切ろうとしていることを思い出して言った。

「ん、あ、そうか。リゲルはロザリーンと付き合っているから、レフトール、そういうことだからね」

「おーおーおー、首長の娘と鉄道王の息子のコンビか。敵わねぇな!」

 レフトールは、両手を挙げて降参ポーズをして見せた。

「調子のいい奴だ」

 おどけるレフトールを、リゲルは得意の冷たい視線を浴びせかけながら弾劾する。

 いつもの喧嘩腰の皮肉も、今日はどこか遠慮がちに聞こえる。だからこういう取り合わせで歩くのも、案外悪くないと思った矢先だった。

「お前みたいな奴はラムリーザの権威が失墜したら、またケルムの元に駆け寄るんだろ? そんな奴は、信用できないな」

「ぬぅ……しかし俺は、ラムさんに三万エルドの借りがあるからな。一生かけて返していくぜ」

 レフトールは、ラムリーザの権威よりも人柄に惹かれつつある。だがそれを述べるのは恥ずかしいので、「金貨の借りがある」という形にしてみせた。周囲に冷えた空気が流れ込んできたような錯覚を覚える中で、マックスウェルだけがのんびりとあくびを漏らした。

「あぁ、まぁそのときは仕方ないよ。フォレスター家の権威が失墜するときは、国が動くときだから、レフトールがどうのこうのといった個人的なことは言ってられなくなるから」

 ラムリーザは、場の空気を元に戻すために、慌ててレフトールを庇った。

 ラムリーザの言うとおり、彼が今の地位を追われるときは、宰相の父親の権威が失墜したときだろう。

 ただ引退しただけなら、元宰相としてそれなりの地位と年金は保障される。しかし権威が失墜するとなれば、下手をすれば政治犯扱いだ。

 そうなれば、良くて国外に亡命、最悪の場合は一族まとめて処罰が待っている。

 まさに国が動き出し、個人的なことには構っていられなくなるだろう。

「だから、そうなったときは僕のことは気にしなくていいよ。レフトールも善行を積んで……あ、生徒会のメンバーに入るとかどう?」

 ラムリーザは、話題を生徒会に戻して、なんとか場の空気を元に戻すことにした。

「俺が? ん~」

「レフは最近、本気で堅気目指しているんだな」

 マックスウェルののんびりとした声が、さらに場を和ませた。だが、自分のことをおどけられたリゲルは、攻撃をやめなかった。

「俺はお前とつるんでいるのは気に入らないけどな。女共は認めつつあるようだが」

「いや、いいじゃないか、レフトールも仲間だよ」

 ラムリーザは、自分に好意的なレフトールを、なんとか仲間に加えたかったので、リゲルにも説得を試みる。

 だがリゲルは、単にレフトールが嫌いだからと拒絶していた女性陣とは違い、別の切り口でレフトールの存在を否定する。

「レフトールとつるんでいたら、あのウサリギが刺激されて余計な手出しをしてくるかもしれないんだぞ? それに、元の飼い主のケルムがいい顔するわけがない」

「あー俺、癒し猫会合抜けたから。足抜けしたことによるウサリギの対応は、俺がなんとかするから。それにお前、以前言ったじゃないか、俺の存在は、ウサリギに対する牽制になるって」

「知らんな」

「ちょっと待って、癒し猫会合って何?」

 ラムリーザは、レフトールの口から初めて聞く単語を聞き逃さなかった。

「ん? 癒し猫? ケルムさんのこと」

 レフトールはさらりと説明するが、ラムリーザには何のことだかわからなかった。

「何だいそれは? ケルムさんと何の関係が?」

「ケルム・ヒーリンキャッツ、ヒーリンキャッツをもじって癒し猫。まぁ、コードネームみたいなものだ、俺とウサリギの集団ぐらいしか使っていない隠語といったところかな」

「合言葉なんだな」

 さりげなく、マックスウェルが修正する。

「まあいいや」

 ラムリーザは、ケルムのことが苦手だったので、あまり絡みたくないなと思っていた。だから、今度はラムリーザのほうから話題を変えた。

「そういえば、レフトールは蹴りが得意なんだよね」

「そうだぞ、俺はラムさんをハイキック一発でノックアウトしたんだからな」

「ふっ、反逆者め」

 レフトールが隙を見せたら、すぐにリゲルは皮肉を投げかける。

「いやいや違うから。あれはまだラムさんの仲間になる前の、えーと、ああ、あれあれ、ポッターズ・ブラフ悪の双璧と呼ばれていた変な男がやったんだ。ここにいる堅気のレフトール様じゃないってもんよ」

 レフトールは、先日ラムリーザに言ってもらった言葉を使って、慌てて否定した。

「いいよ、あのときのことは覚えてないし、リゲルもレフトールを許してあげなよ」

 リゲルは、別にレフトールを認めていないわけではない。レフトールに過去の傷について触れられたから、必要以上に攻撃的になっているだけだ。リゲルにとって「踊り子ちゃん」は禁句だ。

「だよなぁ、ラムさんは頭を蹴られたら記憶喪失を起こすし、身体を蹴っても効かないし、負けを認めさせにくいんだよなぁ。非っ常に厳しいーっ!」

 レフトールは左手を頭の後ろに回して右耳をつまんだまま、何もない空間に右足で上段、中段、下段と蹴りを放ちながらぼやいた。蹴り慣れているのか、身体がぶれることはない。

「負けを認めさせてどうする気だ?」

 すかさず、リゲルのツッコミが入る。

「いやぁ、守護者たるもの、主人より強くなければ成り立たないだろ? とまあ、俺も何も考えてないわけじゃあない」

「次は僕に勝てるのかい?」

 ラムリーザは、レフトールの主張することはいまいち分からなかったが、考えていることには興味があった。それに、レフトールのような仲間は、強ければ強いほど頼りがいがある。

「そうだねぇ、フォレスター・キラーとでも名づけようか。ラム・キックでもいいぞ」

「面白い名前だねぇ。それじゃあ僕は、レフトール・フェイス・クラッシャーとでも名づけようかな」

 ラムリーザはそう言いながら、レフトールの顔面に右手を伸ばす。すかさずレフトールは、ラムリーザから距離を取る。

「ふっふっふ、ラムさんの腕のリーチより、俺の足のリーチのほうが長い。つまり、そこに勝機がある」

「踏み込んで蹴ってきたら、打たせて捕まえるよ。踏み込まない蹴りは、そもそも効かないよ」

 ラムリーザには、身体の打たれ強さを利用したカウンター攻撃があった。レフトールとの再戦も、その作戦を利用して勝ったようなものだ。

「そういえばさぁ――」

 お互いが身構えている間に、マックスウェルの呑気な声が割り込んできた。

「――ラムリーザって握る力どのくらいあるん? あ、俺もラムさんって呼ばなくちゃダメか?」

「お前はラムリーザ様って呼べ、あの金髪美女みたいにな」

 レフトールはにやりと笑って言った。金髪美女とは、ユコのことだろう。

「ラムリーザ様? 勘弁してくれよそれは~。でさ、ラムさんに初めて遭遇したとき、レフに蹴られる前につかみかかってきた奴がいたんだな。俺たちの連れの一人のピートって奴だけどさ。あいつ、ラムさんにつかまれた後、その日の間は腕が痺れて使い物にならなかったんだぞ?」

 その日、ピートと呼ばれている男は、女の子たちを庇うラムリーザに対して胸倉をつかんできた。それを引き剥がそうとしたラムリーザに、思い切り腕をつかまれたために、悲鳴を上げたのだ。そして仲間を救出するために、レフトールはラムリーザに蹴りを一発お見舞いした。

「いやごめん、覚えてない……」

 だが、記憶障害を起こしたラムリーザは、覚えていなかった。

「そういえばゲーセンで測れなかったな。俺は七十二キロあるけど、ラムさんは?」

「ええと、この間何かのゲームで測ったとき、九十ぐらいだったと思うけど……」

 そのゲームは、ソニアとリリスのリードボーカルを賭けたゲームのことだった。

「九十四キロだった」

 リゲルは覚えていたようだ。この男、興味がない振りをしていてしっかりソニアたちの会話を聞いているところがある。

「くっ……化けもんめ……」

「あちゃあ、敵わないんだな」

 レフトールとマックスウェルは、それを聞いて呻く。レフトールは、ラムリーザに顔面をつかまれて、片手で持ち上げられたときのことをよく覚えていた。

「レフトールもこれをにぎにぎしていたら、少しずつ鍛えられるよ」

 そう言ってラムリーザは、握っていたゴム鞠をレフトールに軽く投げる。

「それだけじゃないだろ? ラムさんの場合は……」

「まぁ昔から身を鍛えることは徹底されてきたからね。フォレスター家たるもの、他の貴族と違い『最低限自分の身は自分で守れるように』って家訓があるからね。妹と一緒に、数年前から結構絞られたよ。」

 ちなみにこの家訓は、過去にラムリーザが狙われた事件後に制定されたものである。

「ぐぬぬ、俺の立場は……」

 レフトールは悩んだ。主人が強すぎて番犬としての責務を全うできないのかと。

「レフトールは、僕じゃなくてあの人を目指すべきだと思うよ」

「あの人?」

「ほら、いただろう? 夜に君と決闘したとき、君の取り巻きはなぜ君に加勢できなかったのか、忘れたのかい?」

 ラムリーザの発言に、レフトールではなくマックスウェルが「ぬぅ……」と唸った。

 あの夜、ラムリーザの言う「あの人」にやられたのはレフトールではなく、マックスウェルを含む子分たちだったからだ。

 四人の足音だけが、校舎裏の土をかすかに鳴らしていた。くだらない話をしているうちは、世界は平和だと思っていた。

 

「見つけたぜ」

 

 そのとき、四人の背後からドスの効いた呼び声が投げかけられた――