ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


親同居の予告と、無礼未遂

帝国暦九十二年 神帰の月・詩歌の日(現代暦:十二月下旬)

「ふえぇ……」

 この日の朝から、ソニアはベッドに横たわったままうめいていた。

 昨日、誕生日祝いに浮かれて壊れ、長時間無理な踊りを続けた結果、ソニアは起きてから全身の筋肉痛に悩まされていた。
              
ソニアが、筋肉痛でベッドから起き上がれない場面
「ラム~、痛いよぉ~、死んじゃうよぉ~」

「あーもう、薬を持ってきてもらうから、ちょっと我慢してろ」

 ラムリーザは、泣きそうな声で悲鳴を上げるソニアをなだめ、実家でメイドをやっているナンシーを呼び出した。ちなみにナンシーは、ソニアの母親でもある。

 すぐにナンシーは、湿布薬を持って現れた。ソニアは上着をまくられ、手足にペタペタと湿布薬を貼られていく。「冷たい!」と悲鳴を上げるが、ナンシーはそのようなことは気にしていられない。部屋に独特な湿布薬の匂いが立ちこめた。

「ラムリーザ様、ソニアはこんなになるまで、いったい何をしていたのですか?」

 ナンシーに聞かれてラムリーザは、どう答えたらいいのか返事に困った。素直に「ステージで不思議な踊りを踊り続けていた」と言ったところで理解できそうにない。

 結局、「昨夜、激しい運動をやった」と答えるしかなかった。

「昨夜の激しい運動って、まさかラムリーザ様?」

「僕たちは清い交際を続けています」

 ラムリーザは、少し食い気味に否定する。何も後ろめたいところはないし、誤解されてしまうのはまっぴらごめんだ。

「おはようございます、リザ兄様」

 全身に湿布薬を貼ったソニアを見つめて、ラムリーザが溜息をついたところへ、妹のソフィリータが現れた。

「おはよう、昨日は見に来てくれたかな?」

「はい、ソニア姉様のアレも見ていましたよ」

「そのアレのおかげで、今こんな状態だ」

 ソフィリータは、ベッドに横たわって呻いているソニアを見て、くすりと笑いながら言った。

「あのぐらいのダンスで情けないわ、ソニア姉様」

「ふえぇ……」

 この二人を見ると、どちらが年上なのかわからなくなる。

「ミーシャちゃんは、もっと長い時間ダンスをし続けることができるのよ。さすが『踊り子ちゃん』と呼ばれているだけはあるんです」

「踊り子ちゃん?」

 ラムリーザは、その単語に聞き覚えがある気がした。しかしすぐには思い出せず、とりあえずこの場では気にしないことにした。

「ところで、リザ兄様の通っている学校名は、何でしたっけ?」

「ん、帝立ウェストウィルド学院高等学校」

 学校の名前を聞くと、ソフィリータはすぐにメモを取る。メモを取りながら、ソフィリータはラムリーザの様子をうかがうように切り出した。

「リザ兄様、私も来年から同じ高校に通うことにします」

「そうか。でも無理に実家から離れなくてもいいんだぞ?」

「私は学校を卒業したら、いずれは誰かのところに嫁いでいくことになるでしょう。そうなれば、リザ兄様とあまり会えなくなるし、遊ぶこともできなくなるでしょう。だから、残りの三年間はリザ兄様と一緒にいたいのです」

「お、おう……」

 ラムリーザは、ソフィリータにそこまで慕われていたのかと思うと、照れくささと戸惑いで返事に困った。

「この一年間、寂しかった。ミーシャちゃんがいても、やっぱりリザ兄様とも一緒にいたい」

「わかった、君の好きにしたらいいよ」

「そういうことです、覚えていてくださいね」

 そう言い残して、ソフィリータはラムリーザの部屋から出ていった。

「まぁ、ソフィリータぐらい加わっても問題ないか……」

 ラムリーザは、そうつぶやいた。ソニアと好き放題する生活が続いているとは言え、妹が加わるぐらいなら大したことはないと考えたのだ。ソフィリータなら、口止めすればたぶん守ってくれるだろう。

「ああそうそう、ラムリーザ様」

 ソニアに湿布薬を貼り終えたメイドのナンシーは、部屋から立ち去る際に振り返って言った。

「次の春から、ソフィア様も新開地に行くことになっております。私も同行することになっておりますので、またよろしくお願いしますね」

「そっか……って、え? 何だって?!」

 ラムリーザが素っ頓狂な声を上げたときには、ナンシーはすでに退室した後だった。

 フォレストピアの新居に、母親のソフィアも移住してくる。帝都を発つ前に、ソフィアから「来年には国境都市に住むことになるでしょう」とは聞いていたが、母親も住むことになるとは考えていなかった。

「ラム~、何かまずいことになったの?」

 ベッドから起き上がって衣類を身に着けながら、ソニアは尋ねた。

「まずいことになった」

 ラムリーザは一言だけ答えた。これはラムリーザたちにとって誤算だった。親との同居ということになれば、ソニアとの今まで通りの気楽な生活がやりにくくなってしまう。清い交際は続いているが、ほとんど同棲に近い同居生活を周囲にどう見られるかが問題だ。

 一瞬、今住んでいる親戚の屋敷にそのまま住み続ける手も考えたが、それはそれで不自然だと思って諦めた。とりあえず先のことは、そのときになってから考えよう。

「ラム~、マッサージしてよぉ……」

 ラムリーザは、先のことを考えるのはやめにして、ソニアの手足をマッサージと称して揉みほぐし始めた。時々脇の下を揉んでは、「ふえぇ……」と言わせながら。

 そのとき、ラムリーザの携帯型情報端末キュリオが、着信を告げるメロディを奏でた。

 ラムリーザがキュリオの画面を覗くと、そこにはユコの名前があった。珍しいなと思って通話モードを立ち上げると、「ラムリーザ様? ちょっといいかしら?」とユコの声が聞こえた。

 ユコの話を聞いているうちに、ラムリーザの顔が徐々にこわばってくる。

「いや、それ無理だから! ってそんな王様――じゃなくて皇帝、おかしいよね? ダメだからもう帰ったほうがいい。絶対!」

「ラム! 相手は誰?! またリリス?! あいたたた……」

 ソニアは、筋肉痛で痛む身体を無理に動かして、ラムリーザからキュリオを奪い取ろうとする。ラムリーザは、横からしがみついてくるソニアを押しのけながら言った。

「ダメダメ! とにかく皇帝陛下に『おっさん』とか言うんじゃないぞ! って城に入れるわけないじゃないか! いやいやいや、お城は遊びで見物しに行くような場所じゃないって!」

 ソニアが鬱陶しいので、ラムリーザは立ち上がってベッドから離れた。全身筋肉痛のソニアは、動きが鈍くてラムリーザの動きについてこられていない。

「無理! 今日はソニアが動けないから行けない。もう向こうに帰りなさい!」

 そう言い放って、ラムリーザは通話を切った。ユコは皇帝陛下に会おうなどと、とんでもないことを言い出したのだ。それは普通に考えて無理な話だ。

 ラムリーザはキュリオを片付けると、ベッドから転げ出て這ってくるソニアを抱きかかえ、ベッドへ戻すのだった。

 

 場面は少し前に戻る。シャングリラ・ナイト・フィーバー宿舎部のフロントにて。ラムリーザの奢りで、リリスたちは今日の昼までの部屋を確保してもらっていた。

 リゲルとロザリーンは、朝早くにチェックアウトを済ませ、二人で早々と帰っていた。その一方で、リリスとユコは昼前までのんびりして、ギリギリにチェックアウトをしているところだ。

「帝都見物も今日までですのねぇ」

「最後の日に、ユコはどこに行きたいかしら?」

「そうねぇ、ゲームセンターにまだ行ってないですの」

 厳密には、ゲームセンターというよりメダルゲームだ。正確に言えば、ユコはそれがやりたいだけだ。

「ゲームセンターなんて、向こうにもあるじゃないの」

「あ、やっぱりいいですの。ラムリーザ様もレフトールさんもいませんし」

「レフトール?」

 そこでユコは、エルム街のゲームセンターで乱暴者に絡まれたとき、レフトールが助けてくれたことをリリスに語った。蹴り技が凄くて、三人を瞬く間に蹴散らしたことを。

「ふーん、あいつがねぇ。うさんくさいけど、何とか私たちに取り入ろうとしているのね」

 リリスは、学校の屋上でラムリーザが意識を失っている場面を思い出していた。当事者以外は、ラムリーザとレフトールの夜の決闘を、聞いた話でしか知らない。だがリリスたちの知っている二人の戦いは、学校の屋上だけだった。

 シャングリラ・ナイト・フィーバーの建物から出てすぐの場所で、リリスとユコは遊び人ふうの二人組に絡まれた。

「あっ、君たちすごい美人だね。俺たちと遊んでいかない?」

 要するに、ナンパだ。

「なんですの! まったく、こういうことは田舎も帝都も変わらないんですのね!」

 ユコは憤慨して、少し声を荒らげた。エルム街では一人だったが、今はリリスと二人であるし、いざとなったらすぐそばのシャングリラ・ナイト・フィーバーへ逃げ込めば安心できるということもあって、気が強くなっていた。

「そんなこと言わずにさあ、付き合ってくれよ」

 いつぞやと同じ台詞だ。この国のナンパには、テンプレでもあるのだろうか、と言いたくなる。

「わ、私に手を出すと、ラムリーザ様に後でやられますわ!」

 ユコは、思わず前回と同じ言葉を、つい口にしてしまっていた。エルム街ではまったく意味をなさなかったのだが――。

「何、ラムリーザ? ラムリーザ・フォレスターのラムリーザ?」

 今回は違った。二人組は、顔色を変えて一歩下がった。

「そうですの!」

 ユコは、二人が動揺したのを見て、さらに強く言い放った。右手を掲げて、空をぐっと握ってみせる。そのポーズは、ラムリーザがいろいろなものを握りつぶすということを語っていた。

「そ、それはどうも。ラムリーザさんの知り合いでしたか、ははは……」

 二人組は、慌てて去っていった。この地ではラムリーザの名前は有名であり絶対だ。乱暴者の間でも、ラムリーザの腕力は十分に知れ渡っていた。

 蒸気機関車のある小さな公園で、つっぱり集団の大将が、ラムリーザが手を伸ばすとすぐに逃げたように。

「ふんっ、あんな奴ら、ゴム鞠のように潰されてしまえばいいんですの」

「ゴム鞠の話はやめてくれないかしら」

 リリスは顔をしかめてユコに文句を言う。秋の試験前、ちょっとしたことで揉めたときに見せつけられたゴム鞠の破壊は、今思い出してみても恐ろしい光景だった。

「でも、ラムリーザ様の強さが知れ渡っている分、帝都のほうが住みやすいですわね。そうだわ、ゲームセンターに行きましょう!」

 ユコは、帝都のゲームセンターに行って、というよりメダルゲームをやりに行こうと言い出した。

「せっかく帝都にいるのだから、帝都にしかない場所に行かない?」

 だがリリスは乗り気じゃない。リリスもゲーム好きだが、ユコほどゲームセンターに入れ込んでいるわけではない。

「んもー、しょうがないですわね」

 ユコは少し考えた後、「あ、いいところがありますの」と言った。

 

 数十分後、二人は帝国城の入り口付近に到着していた。

 厳かな城壁に囲まれたその奥に、皇帝の鎮座する居城がどんと構えている。

 城門では、二人の兵士が近づいてきた彼女たちをじろりと睨みつけていた。

「それで、どうするのよ?」

 リリスは、兵士の厳しい視線から目を逸らしながらユコに尋ねた。

「いえね、とある小説を読んだのですけど、王様に『おっさん、あんたが王様だったのか?!』と言って、側近が『無礼者!』と言ったところ、王様は『ほっほっほっ』と笑って許してくれるのが本当かどうか試してみようかな。それで、その結果をバカッターに投稿するの」

「いやあのねユコ、それネタだから。普通に考えて捕らえられるとか、最悪処罰されるから。あとね、自分でバカッターとか言ってたらおしまいだから……」

「そうですの?」

「それにここにいるのは王様じゃなくて皇帝陛下よ?」

「あ、それはまずいですわ、青白い稲妻を浴びせられて黒焦げにされそう。あ、そうだ――」

 そこでユコは、懐から携帯型情報端末キュリオを取り出して、通話モードを立ち上げた。
              
ユコとリリスが、帝都にある城を訪れた場面
「――ラムリーザ様? ちょっといいかしら?」

 ユコは、ラムリーザを呼び出して、その権威を利用して城に入れないかと考えたのだった。さらに、王様ではなく皇帝陛下をからかう、という案まで提案してみせるのだった。

 一方リリスは、記念撮影だと言いながら、城の写真を撮っている。

「えぇ? ダメですの? 気さくな皇帝陛下なら、笑い話にしてくださると思うんですが。それに、ラムリーザ様の名前を出せば、そんなこと気にしなくても大丈夫でしょう?」

 残念ながら、ラムリーザはユコの思い通りには動いてくれなかった。さらにラムリーザは、今日は遊べないと言ってきて、ユコたちにもう帰れと言ったのだ。

「何ですの、もう。ラムリーザ様のいけずですわ」

 仕方なくユコも、リリスに倣って城を記念撮影するだけにとどめて、帝都見物を終えたのだった。

 帝都の喧騒は、彼女たちの笑い声を飲み込みながら、いつも通りに流れていく。

 けれど、フォレストピアへ向かう歯車は、もう音を立てて回り始めていた。

 自分たちが手に入れた「自由」という空気に、新しい住人たちが少しずつ手を加えようとしている。ソフィリータの健気な願い。そして母親が運んでくるであろう「秩序」という重圧。

 それらの音を、まだ誰も「不穏」とは呼ばない――。