ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


いつまでもずっとこのままで

帝国暦九十二年 神帰の月・太陽の日(現代暦:十二月中旬)

 夜、そろそろ日付が変わろうとしている頃のこと。

 ラムリーザは、そろそろ寝るかと思い、ベッドへ向かった。ベッドはダブルサイズだ。ソニアと同居していて、ベッドも別にせずに一緒にしていた。

 今年の春に入った頃、二人は正式に付き合うことになった。とはいえ、物心ついた頃、もっと言えば生まれたときから一緒に過ごしてきたのだから、二人の関係は自然に恋人同士へと進んでいた。

 それ以来、二人はほぼ毎日同じベッドで夜を過ごすことになっていた。

 最初は「清い交際」という形で始まったので、この状況でも清い交際を続けられているのだから、たいしたものだ。

 ラムリーザは、布団に潜り込みながらソニアのほうへ目をやった。ソニアは、まだテレビの前のソファーに腰掛けて、ゲームをプレイしている真っ最中だ。

 最近は格闘ゲームをあまりプレイしなくなり、新しいゲームに手を出している。初夏にみんなで一緒に遊んだ「マインビルダーズ」だ。

 ラムリーザやリゲル、ロザリーンはもうプレイしていないが、リリス、ユコと一緒に三人で遊ぶのは続いているようだ。

 そういうわけで、ラムリーザはようやくソニアのハメ攻撃の実験台から解放されたのだった。

 暖かい季節だと、入浴後も薄着のままゲームをしていることが多かったが、最近のように少し肌寒い季節になると、バスローブをしっかりと着込んでいる。

 ソニアは、ラムリーザと二人きりのときには無防備だ。この状況で節度を保てているのだから、ラムリーザもわきまえているというものだ。もっとも、キスまでなら何度でもしている。それは庭だったり裏山だったり、ある程度広い範囲で……。

 だからこそ、リゲルなどが急に訪れたときに騒ぎになってしまうのだ。実際、風呂上がりに鉢合わせたこともあった気がする。

 もう寝る時間でもあって、ラムリーザは布団の中からソニアに声をかける。

「おーい、そろそろ寝るぞ」

 ラムリーザの呼びかけに、ソニアは「んー」と返事したが、動こうとしなかった。いつも通り、ゲームに夢中のようだ。

「僕はもう寝るよ。今来なかったら抱き寄せてあげられないから、一人で寝てね」

 いつもソニアは、ラムリーザのすぐ傍にぴったりとひっつくように抱き寄せられて寝ていた。だが、ラムリーザが先に寝てしまうと、ソニアは抱き寄せてもらえない。

 そこでソニアは、慌ててゲームを切り上げ始めた。「もうあたし寝るからね」などと言っている。リリスたちに言ったのだろう。ヘッドセットを外し、テレビを消してベッドのほうへ向かってきた。
              
寝る時間、ソニアがラムリーザに呼ばれてベッドに向かう場面
 画面の青白い光が消えると、部屋には窓の外から差し込む淡い月光と、柱時計のカチコチという微かな動作音だけが残った。

 つい数秒前まで「マインビルダーズ」の世界でブロックを積み上げていたソニアの指先は、少し冷えているはずだ。その冷たさを体温で上書きするのが、いつの間にかラムリーザの夜の決まりごとになっていた。

 もっとも、ソニアはどちらかと言えば体温が高い。だから少し涼しくても足を出して平気だ。

 ソニアは一人で寝るのが嫌で、キャンプへ行ったときも、合宿へ行ったときもラムリーザの部屋へもぐりこんできたものだった。それに、ネトゲ廃人化事件以来、ゲームにはまりすぎると同居は解除して、学校指定寮「桃栗の里」へ入寮させると脅されているのだ。

 バスローブを脱ぎ、ベッド脇のクローゼットから寝間着を取り出して身につけた。ただ、そこでスカートを履く意味がわからない。

 ソニアは、プリーツの入ったミニスカートがお気に入りで、寝るときも寝間着のつもりで身につけている。寝間着用のスカートとか、意味がわからない。布団に入っても、プリーツが崩れるだけだと思う。

「だから、寝るときに履く意味――」

「いいの!」

 ラムリーザのツッコミに、ソニアは食い気味で答える。

「まあいいか。それじゃあそばにくっついてきたら――」

「胸揉むな!」

 再び食い気味で言葉を遮る。

「はいはい、わかったよお嬢さん」

 ラムリーザは、右腕を広げてソニアを受け入れる用意をした。

「んんっ」

 ソニアは、喉を鳴らしながらもぞもぞとラムリーザにくっついてくる。そのままいつものようにラムリーザは抱き寄せ、部屋の明かりをすべて消した。

 部屋は夜の闇の中に沈み込み、光の中では見えないものが、闇の中では浮かび上がって見えた。

 視界を奪われた暗闇の中では、腕の中にいるソニアの重みだけが、世界の中心になる。ラムリーザの脇腹に押し付けられた「風船」が、規則正しい呼吸に合わせて、生き物のような脈動を伝えてくる。

 ソニアの体温がゆっくりとラムリーザの肌に溶け出して、境界線が曖昧になっていく感覚。このまま溶けてしまえば、明日が来なくても構わないような――そんな不謹慎な誘惑すら感じていた。

 

「ねぇ、ラム……」

 暗闇の中、ラムリーザの耳元でソニアは囁いた。

「なんだ?」

 ラムリーザをじっと見つめるソニアの瞳だけが光っている。そしてソニアは、ラムリーザにとっては今さらな問いを発する。

「ラムはあたしのどこが好きなの?」

 以前にも、どこかで聞いた気がする質問だ。

 ラムリーザは、とりあえず「全部」と答えた。だが当然ながらソニアは納得しなかった。

「そんなのダメ! もっと具体的に言ってほしいなぁ」

 周囲は真っ暗だが、ソニアが口を尖らせているのがわかる。

 ラムリーザにとっては、具体的に言えば「全部」なわけだが、ソニアが納得しないので少しだけ表現を変えることにした。

「そうだなぁ」と言いながら、ソニアの身体を強く抱き寄せ、「こうして抱きしめたときの安心する感じが好きかな」と続けた。

 ラムリーザの身体に押し付けられているのは、ソニアの体温と柔らかさだった。

 ソニアの身体はふっくらとしてやわらかい。出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる。なかでも右脇に押し付けられた大きな膨らみは、風船みたいに存在感があった。これがまた気持ちよくて癖になる。

 ラムリーザがさらに力をこめて抱き寄せると、ソニアは「んっ、んんっ」と小さく息を漏らした。

 そのまましばらく二人はくっついていて、暗がりの中で静かに時間が流れていた。柱時計のカチコチという音だけがこの場に存在していて、二人の世界は夢想の中にある小宇宙に浮かんでいるようだった。

 

「ねぇ、ラム?」

 先ほどとほとんど同じような雰囲気で、ソニアは再びラムリーザの耳元で囁いた。ソニアの声はよく響くが、このように静かに囁かれると、耳に心地よい。

 ラムリーザは黙ったまま、緩んできたソニアを抱く腕の力を再び強めた。ソニアがさらに身を寄せ、体温がいっそう近くなる。

「んっ、ふぅ……。ラムはあたしを恋人にして後悔していない?」

 ラムリーザは、同じく今さらな問いに「何で?」と返し、ソニアの不安そうな問いを、あっさりと切った。

「だって……」とソニアは、ラムリーザの耳元から顔を少しそむけ、言いにくそうに「……だってあたし、ラムと一緒にいても遊ぶことしかできないし。ラムの役に立つようなこと、ちっともできないし……」とつぶやいた。

 確かにソニアは、ラムリーザと一緒の部屋で生活しているが、一人でゲームをしていることが多い。新開地開発について話をしても、「たなからぼたもち球場」などと、わけのわからない意見を述べるだけだ。

 その言葉の裏には、先日、リゲルやジャンと真剣な顔で地図を広げていたラムリーザの背中を、遠くから見つめていたときの彼女の寂しさがあった。

 難しい数字も、複雑な利権も、ソニアにはわからない。ラムリーザが遠くへ行ってしまうような、自分だけが置いていかれるような――そんな子供じみた恐怖が、暗闇の中で膨らんでいたのだ。

 だがラムリーザは、「今はそれでいいよ、ソニアの無邪気な笑顔が僕を癒してくれる」と答えた。

「ラム……」

 ソニアは、少し安堵したかのような声色でつぶやいてラムリーザを見つめた。暗闇に慣れたラムリーザの目には、ソニアの表情をうっすらと確認することができた。

「うん、その顔がいい。今はそれで十分。そうだなぁ、役に立ってないと思うのなら、これから少しずつでいいからできることを見つけていったらいいよ」

 ラムリーザには、優秀な参謀のような存在として、リゲルがいる。ジャンもいろいろと相談に乗ってくれるので、ソニアにはそういった立場は求めていなかった。だがソニアにとって、そういった立場に立てないことが、ラムリーザの役に立っていないと思わせ、不安がらせているのだ。

「ラム、あたしがんばる」

 そう言って、ソニアは横からラムリーザの首筋へ顔をうずめた。ラムリーザの頬を、ソニアのふんわりとした前髪がくすぐった。

「ラム……」

「なんだ?」

 今夜三度目のやり取り。

「いつまでもずっと、あたしと一緒にいてね」

 そして、三度目の今さらな言葉。だからラムリーザは、迷うことなく答えた。

「当然だろ。何のためにわざわざ無理をして、こっちに連れてきたと思っているんだ?」

 そう、ラムリーザはこの春、母親ソフィアに無理を言ってソニアを新しい地へ連れてくることを認めさせたのだ。もともと一人で来るはずだった地、一年前のラムリーザは、そのための準備や気持ちの切り替えをしてきたのだ。

 それに、ただ連れてくるだけではない。結婚前提での清い交際まで取り付けたのだった。

 そういうわけで、ソニアはラムリーザの働きかけで離れ離れにならずに済み、ラムリーザの一番近くにいる権利を手に入れたのだった。

 ラムリーザも、ずっと一緒だったソニアをこれから先も失うようなことは考えていなかった。ずっと、できるだけ大切に、幸せにしてあげようと思っていた。

 結局のところ、ラムリーザのほうも、ソニアに依存しているのだろう。ひとりよりも、ふたりがいい。

 優秀な友人や、広がりゆく新開地の計画。そんな「外の世界」でどれだけ立派な名前で呼ばれようとも、この布団の中でただの「恋人」として、ソニアと寄り添っている時間こそが、ラムリーザにとっての唯一の真実だった。腕の中の体温が、心地よい眠りのリズムに変わっていく。

 ソニアは、答えを聞いて安心したのか、ラムリーザの胸元に額をこすりつけてから、ふっと力を抜いた。

 その重みが少しずつ眠りに沈んでいくのを感じながら、ラムリーザは自分の呼吸まで、彼女に合わせて遅くなっていくのを感じた。

 言葉より先に、体が「ここが帰る場所だ」と覚えてしまっている。

「……大好きだよ、ソニア」

 季節が巡り、景色が変わっても、こんなことを口にするとあとで気恥ずかしくなるのに、それでも今夜は言わずにいられなかった。

 そして今夜も、二人は当然のように仲良くくっついて寝る。夢の中でも、二人の手が離れることはない。

 明日の朝も、その次も。目を覚ましたとき、隣にプリーツの崩れたスカート姿の、あどけない寝顔があること。それだけで、ラムリーザの人生の目的は十分に果たされている。

 お互いが、お互いを求める関係のまま、いつまでもずっとこのままで……。