ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
ユグドラシルと彼のラムリーズ
帝国暦九十二年 静寂の月・賢者の日(現代暦:十二月上旬)
月初めの週末は、アンテロック山脈の中腹にあるオーバールック・ホテルでのパーティーだ。
もう何度目になるだろうか。最初の頃は、馴染めず緊張していたが、今ではソニアなど、自由に振る舞いすぎている。淑女を目指すといった話は、どこへ行ってしまったのだろうか。
ラムリーザたちのグループは、いつもの五人である。ラムリーザ、ソニア、リゲル、ロザリーン、そしてロザリーンの兄ユグドラシル。
ソニアはいつものように食事に夢中になり、リゲルとロザリーンはノンアルコールのシャンパンを片手に談笑している。
ラムリーザとソニア、リゲルとロザリーンがそれぞれカップルなのに対して、ユグドラシルは独り身だ。そんなこともあって、ソニアからは「もてないロザ兄」と呼ばれている。
これはもう、すっかりお馴染みの光景になっていた。
今日も前回と同じく、まずはフォレストピア開発の進捗報告から始まる。
現在、新開地フォレストピアでは、主に作物の生産が行われていて、実際に人が住み始めるのは、次の春からということになっている。
麦畑のジョン・クオリメンや、芋豆生産者のポール・スウィングスなどからラムリーザが話を聞き、リゲルが帳簿にまとめる。
生産者から聞いた話では、特に問題は起きておらず、このまま現状維持で開拓を進めようということで、ひとまず報告はまとまった。
その後、リゲルの父親であるライデル氏が、ラムリーザの母親ソフィアと共にやってきた。
特別急ぎの用件ではないらしい。
ただ、新開地フォレストピアでは運輸や物流の仕組みを一から組み直す予定で、そのために組織を組み替えるという。
その結果、現在ポッターズ・ブラフに住んでいる者の中にも、新開地の発足に合わせて移る者が出てくるらしかった。この件に関しては、シュバルツシルト卿ライデル氏に一任しているので、ラムリーザがあまり気にすることではなかった。
些細な話のようでいて、運輸や物流の仕組みは、関係者の生活を丸ごと動かすことがある。そういう類の話だった。
ただ、ラムリーザがこの話を聞いている間、リゲルはそっぽを向いたままで、父子間の関係はまだ修復していないようだった。
二人の間には、冬の夜風よりも冷たい、見えない沈黙の壁がそびえ立っていた。
その話が一段落すると、早速ユグドラシルがやってきた。気楽な調子で「演奏しようじゃないか」と言い、ラムリーザたちを誘った。食事を続けたがるソニアを引っ張り、五人は演奏コーナーへ向かった。そこで、しばらく演奏を代わってもらった。
ラムリーザたちは、前々回のパーティーでユグドラシルからもらった楽譜をもとに、ユコに手を入れてもらい、担当楽器に合わせてアレンジして、練習してきたのだ。この練習は、文化祭と定期試験が終わってから、休日などを利用して行った。
また、主旋律となるユグドラシルのバイオリンパートを、リリスのリードギターに置き換え、ラムリーズとしても演奏できるように工夫している。ただし、元々この曲はバイオリンが主旋律を奏でるインストゥルメンタルだったので、歌はない。歌詞を当てようにも、まともに作詞ができる者がメンバー内にいないので、今後ラムリーズとして実際にステージで演奏するかどうかは謎だ。
しかしパーティーが始まる数日前に、ちょっとした問題が発生していた。リリスとユコが、パーティーの存在を知ってしまったのだ。
二人は主にソニアに対して、「ずるい」を連呼した。
この地方の有力者の子息を集めたパーティーなのだから、リリスとユコが出られるわけではないし、そのことについては、二人とも諦めて納得した。しかし、執事とメイドの娘であるソニアが参加しているのが、ずるいというわけである。
「何よ! 将来のラムリーザ・フォレスター夫人候補なんだからいいの!」
「私たちも嫁候補なんですけど」
リリスは、ラムリーザに対して面倒なことを言ってきた。彼女は「嫁候補」というラムリーザも聞いたことのないような持論を展開するが、ソニアも「吸血鬼や呪いの人形は候補じゃない!」とやりかえす。そもそもラムリーザは、候補など考えたことはないから、騒がれても困るだけだ。
もちろん、リリスたちの意見が通るわけでもなく、ラムリーザの取り巻きだからという立場では参加できない。そこは諦めるしかないが、結局、ソニアはずるいという話で締めくくられていた。
面倒の種が増えた気はするが、今のところはまだ小さな火種だ。それに今のラムリーザには、どうしようもないことだった。
そういうトラブルもあったが、パーティー会場のステージを借りて演奏することになった。
メンバー全員が定位置につき、準備が整ったのを見計らって、ユグドラシルは挨拶を行う。この五人で演奏する場合、リーダーはユグドラシルということだ。
グループ名は、『ユグドラシルと彼のラムリーズ』となっている。まるでロックグループにでもつけるような名前だ。
もしもここにリリスなどがいてこの名前を聞いていたら、「ラムリーズをバックバンドみたいにするな」とか言って怒っただろう。
ラムリーザ自身は、先輩を立てることを心得ているので、ユグドラシルが筆頭に立つことに抵抗はない。元々、ジャンがリーダーをやっていたグループにいたというのもあった。
リゲルとロザリーンも、どちらかと言えば裏方に徹して目立たないようにするタイプなので、特に何も言わない。
「ちょっと! なんであたしたちが、もてないロザ兄の家来みたいになってるの?!」
ソニアが文句を言った。やはりソニアとリリスは思考回路が似ているようだ。
ラムリーザの咳払いでソニアは黙り、ユグドラシルの司会進行は滞りなく進んでいった。以前、文化祭後夜祭のダンスパーティーで、ユグドラシルは演奏の音頭を取ったことがあるので、十分慣れている。
さて、このグループだが、構成はバイオリンとピアノがメインで、それを支える形でギター、ベース、ドラムという組み合わせだ。ジャズミュージックとでもいうのだろうか。管楽器も欲しいところだ。
「それでは『サンフラワー』、お楽しみください!」
ユグドラシルの合図で、演奏が始まった。
バイオリンの一音が入った瞬間、曲はまるで曇り空を突き抜ける一筋の光のように、一段だけ澄んだ。いつものラムリーズとは違う雰囲気が、そこに生まれた。
ドラムを叩くラムリーザの指先が、バイオリンの繊細な響きに呼応して、いつもよりわずかに優しく、けれど芯のあるリズムを刻み始める。
ラムリーザとソニアは、文化祭の後夜祭でユグドラシルと演奏しているので、バイオリンが加わっても特に戸惑うことはなかった。ロザリーンも、ピアノとバイオリンの組み合わせは自然に馴染んでいたし、リゲルはいつも通りに黙々と正確にコードを奏でている。
そういえば、文化祭は大盛況のうちに幕を閉じていた。
生演奏でのダンスパーティーも好評で、来年もそうしようといった話になっているのだ。
ちなみに、現在演奏しているサンフラワーは、そのダンスパーティーのときにも演奏していた。
そんなこともあり、文化祭実行委員長だったユグドラシルの評判もうなぎのぼりだった。次期生徒会長の座は、ほぼ確定したといってもいいだろう。
生徒会の引き継ぎは、新しい年を迎えてから行われることになっていて、そこからユグドラシル政権が始まるだろう。それはそれで、楽しみだ。
即席グループである「ユグドラシルと彼のラムリーズ」の演奏が終わり、近くで聴いていた人たちからささやかな拍手が湧き上がる。ユグドラシルはゆっくりとお辞儀して、その拍手に応えた。
ただ、ケルムは少し離れた位置から、腕組みをしたままじっとステージを見つめていた。その腕組みは、ラムリーザという異分子によって、自分たちの秩序が少しずつ書き換えられていくことへの、無言の抵抗のようにも見えた。
ケルムはこの地方の領主の娘で、風紀に厳しいお堅いほうの人物だ。胸が大きすぎて制服もまともに着こなせないソニアとは、よくぶつかっていた。
彼女は、ラムリーザとユグドラシルが近づいたのが気に入らないような表情を浮かべていた。
そこへニバスが、拍手しながらステージに近づいた。
ニバスはハーレムを築くことを趣味にしていて、今も何人かの女性が彼の後をついてきている。ニバスは取り巻きに囲まれたまま、ステージ上のユグドラシルに話しかける。
「おい、よぉ。俺にも一曲歌わせてくれよ」
「いいけど、何を歌うんだい?」
ユグドラシルは、飛び入りの客を快く受け入れる。
「そうだなぁ、『俺は猟犬』にしよう」
「む……知ってるかい?」
ユグドラシルは、ラムリーザのほうを振り返って聞いた。
その曲なら、文化祭のカラオケ喫茶の曲のレパートリーとしてやっていた。伴奏としてはシンプルなものだ。
『てめーはいつも口だけで、吠えてばかりの女たらし!』
ニバスは、ステージの端に片付けられていたマイクスタンドを持ち出してきて、伴奏に合わせて怪しげな腰振りダンスをしながら歌いだした。得意げな感じで歌うニバスに、取り巻きの黄色い歓声が響き渡った。
上流階級のパーティーは、一気にナイトクラブ風に変貌した。この雰囲気は、まるでシャングリラ・ナイト・フィーバーの、あの騒がしい夜のようだ。
まあ、よいだろう。パーティーというものは、楽しければそれでいい。他の参加者も楽しんでいることだし、気にすることはないだろう。
こうして、七回目のパーティーも賑やかに幕を閉じることになった。
これからのパーティーは、ラムリーザにとってフォレストピアの進捗確認、そしてユグドラシルとの演奏を楽しむ場となっていくだろう。
いずれはリリスやユコも連れてこられたらいい。いや、そんなことしたら、ソニアと一緒に騒いでばかりで、周りに迷惑をかけることになるだろうか。
ユグドラシルとの演奏は、いつものラムリーズとは音の色が違う。
バイオリンとピアノが前に出るだけで、同じ曲でも景色が変わる。即席なのに妙にまとまっていたのは、たぶんユグドラシルの落ち着いた手つきのおかげだ。
こういう夜があるなら、パーティーも悪くない。
……リリスやユコのことを考えると、面倒が増える予感はするけど、そこはまあ、なんとかしよう。
ラムリーザは、そのようなことを考えながら、それほど寒くはない冬空を見上げた。
次の春、フォレストピアの街に暖かな風が吹く頃、いったいどんな音を鳴らしているのだろうか。
冬の空気は冷えすぎず、さっきの拍手だけが、まだ小さく耳に残っていた。