ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
J&Rも登場! カラオケ喫茶は終日大盛況!
帝国暦九十二年 播種の月・騎士の日(現代暦:十一月中旬)
「ラム~、おなかすいた~」
午後に入ってしばらく経った頃、演奏の合間に、ソニアは不満そうな顔でラムリーザのほうを振り返って訴えた。
「がまんしろ、この時間が一番の書き入れ時なんだからな。書き入れ時で合ってるよな、レルフィーナ?」
「そうねっ」
しかしレルフィーナの返事は短い。忙しくてラムリーザと話をしている暇はなさそうだ。やはり今が書き入れ時なのだろう。
「あたし、何ももらってないよ? ジャンの店だと給料出るのに、ここだと出ないじゃん」
「そりゃそうだけどね。まあ、お祭りなんだよ」
文化祭はお祭りなのだから、楽しんでやればいい。しかし、ソニアは空腹のせいで不満を言い出してしまったのだ。
「あと一時間がまんしろ。……なあ、レルフィーナ!」
ラムリーザは、ソニアをなだめつつもう一度レルフィーナを呼ぶ。
レルフィーナは「今忙しいんだけど」と言いながら、それでもラムリーザの傍に来てくれた。ラムリーザは、「昼休憩、あるんだよな?」と確認した。
「そうね、一時半を過ぎればお昼時は終わるはずだから、あと一時間がんばって。その頃には、だいたい感覚が麻痺してるわ」
そう言い残してレルフィーナは、給仕の仕事へ戻っていった。
いつの間にかジャンたちの姿が消えていた。たぶん昼食を済ませて、別の出し物でも見に行ったのだろう。
とにかく、一曲終わるごとに不満を言ってくるソニアをその都度なだめつつ、ラムリーザはなんとかレルフィーナの言った昼のピークが落ち着くまで演奏を続けたのだった。
部室の入り口に、『カラオケはただいま休憩中』という看板を置き、ラムリーザはようやく三十分ほどの休憩時間を得ることができた。
休憩に合わせるようにジャンたちも戻ってきて、昼食をとっているラムリーザたちの輪に加わった。
「いやぁ、ジャンが来るとは思ってなかったよ。ソニアほどじゃないけど僕も驚いたかな」
「まあな、いつも来てもらってばかりだから、たまには出向いてみようと思ったわけだ。それに、お前の言っていたカラオケ喫茶というものも気になったからね」
昨日は帝都でのライブの日だったが、文化祭の準備があるということで休ませてもらっていたのだ。このときの連絡時に、文化祭の出し物としてカラオケ喫茶をやるということを話していたのだった。
「ソニアたん、おっぱい一メートルになったってホント?」
一方メルティアは、ソニアとどうでもいい会話をしている。
「なってない!」
「うそばっかり、一メートル様の五キロ様、くすっ」
必死で否定するソニアの横から、リリスが真実を告げた。
ソニアは傍にメルティアがいるので、若干胸のガードが硬くなっているように見える。メルティアが、なめるような視線をソニアの開いた胸元に注いでいるので、意識せざるを得ないのだろう。
「そういえば、リゲルとロザリーンは居ないのか?」
ジャンは、メンバーの顔ぶれを見て尋ねた。
「ああ、彼らは天文部でもあるからね。いろいろ発表しているみたいだから、後で見に行ってあげたらいい」
「星かぁ、星ねぇ。占星術とか詳しくないんだよなぁ」
「メルティア! いかめし買ってきてよ!」
「おっぱい触らせてくれたら買ってきてあげるよん」
「二つの月が重なったら、面白いんだけどね」
「む……こいつ……」
会話が二本同時に走って、テーブルの周りが妙に騒がしい。
そんなふうに談笑しつつ、昼休憩の時間は過ぎていった。
「さてと、後半戦いっくぞー。疲れてる人ほど元気なふりしてね!」
「おーっ」
レルフィーナの掛け声に、ソニアは元気よく答える。腹が膨れたのでやる気復活、これで大丈夫だ。
客足が少し落ち着き始めた午後、ジャンは「歌ってみるか」と考えてリストを手に取った。
「レパートリー多いな、さすがだ。おっ、『本日のよまいごと』があるじゃないか。懐かしいな……って、何々Cランク? どういうことだ? えーと、とりあえず演奏できるレベル? 妙だな、『本日のよまいごと』はラムリーザにとって馴染みの曲のはず」
ジャンは、ぶつぶつつぶやきながらリストを眺めていった。
リストを眺め終わった頃に、ちょうど前の客の歌が終わったので、ジャンは「いいかな?」とラムリーザに問いかける。
ラムリーザは「聞こうか」と簡潔に答える。
「次は俺が歌う。リクエストは『本日のよまいごと』にするが、これは去年までに何度もやったのに、なぜとりあえず演奏できるレベルなんだ?」
「んとね、それはリードギターの仕上げが間に合わなかったんだ。まあ、リズムさえできていれば歌えるので、一曲でも多くリストに載せるためにそういった曲も何曲か入れているんだ」
「ごめんなさいねぇ」
ラムリーザの説明に、リリスは頭をかきながら、「しょうがないでしょ」とでも言いたそうな顔で軽く会釈する。
「ああ、あれのギターフレーズはちょっと複雑だからね。リリスも気にしなくていいよ」
ジャンは納得したようにうなずくと、壁際に置いてある一本のギターに気がついた。
「あのギターは使わんの?」
「あれはリゲルのギターだからね」
「ああ彼のか。ちょうどいい、ちょっと借りよう。俺がリードをやるから合わせてくれ」
ジャンは、リゲルのギターを手に取ると、それを持ったままステージ中央のマイクの前に立った。
そういうわけで、ジャンの演奏を加えて曲を披露することになった。
「さて、お集まりの皆さんこんにちは。今日はこの『J&R』の演奏で『本日のよまいごと』をお楽しみください」
「うわっ、懐かしい」
ジャンの紹介に、ソニアは思わず声を上げる。これはラムリーザとソニアにとって、去年までは当たり前の光景だった。
『本日のよまいごと、明日へは持ち越さない。そう決めたはずなのに、まだ手放せない。本日のよまいごと、それでも抱えたまま。ちゃんと眠れるなら、まあ悪くないよね――』
演奏が終わると、ユコがうっとりした顔で言った。
「これが噂の『J&R』なんですのねぇ」
ジャンは、ユコのほうを振り返り、片目を閉じて親指を立てるポーズをしてみせた。
そう、ラムリーザ、ソニア、ジャン、ラムリーザの妹ソフィリータ――この四人で去年までやっていたグループが『J&R』だ。今回は、ソフィリータの代わりにリリスとユコが入った形になっているが、ジャンがメインで歌い、ラムリーザとソニアが土台を固めるという形は同じだ。
リリスは、ジャンのプレイを認めたのか、「ふーん、ジャンも上手なんだ」と珍しくリスペクトする。レグルスのグループにはダメ出ししていたというのに、どうしたものだろうか。
「やっぱりリリスよりジャンのほうが安定しているし安心できる。清らかさは低いけど……。というわけで、リリスとジャン、メンバー交代しようよ!」
その代わり、ソニアがリリスを下げている。
リリスのむっとした顔を見て、ジャンは「そういうわけにもいかんだろうって」と苦笑しながら、ギターを元の場所に戻してステージを下りていった。
続いてメルティアがステージに上がってくる。
「ソニアたん、次は『ニンボートンボーケンボー』をお願いね」
「いや!」
ソニアは、顔を背けてメルティアを拒絶した。
「こら、客を大事にしなさい」
ラムリーザにたしなめられて、ソニアは口をへの字にしたまま、メルティアに背を向けて演奏を始めるのだった。
『ニンボートンボーケンボー。しっかりしとらんニンボー。全然暴れんトンボー。可愛い赤ちゃんケンボー』
それはラジオドラマの主題歌だった。帝都の風を運んできた彼女たちの無邪気なエネルギーが、ポッターズ・ブラフの静かな学校の教室を、一瞬にして騒がしい熱狂の渦へと塗り替えていった。
ジャンたち以外にも客は多く、午前中ほどではないが、カラオケ喫茶は大成功だ。
昼下がりには、リゲルとロザリーンも戻ってきて、「ラムリーズ・フルバージョン」の形で演奏を提供できるようになった。
日が傾きはじめた頃、文化祭もそろそろ終わりに近づいていた。
ラムリーザたちは、結局朝から夕方まで、約九時間演奏し続けたことになった。
「やーん、もう疲れたよぉ。ラム、あたし疲れたよぉ」
ソニアは、指をにぎにぎしながらラムリーザに甘えてくる。
「僕は疲れていない」
その一方で、ラムリーザは平然としていた。ラムリーザは、長時間演奏するために、パフォーマンスは極力控え、力まずに淡々と演奏することで疲労を抑えていた。もちろん、過度に鍛えた腕の賜物だったことも否定できない。
「さすがラムリーザ様、鍛え方が全然違いますわね」
ユコも大きく伸びをしつつ、肩を叩きながら言った。いつも澄ました感じのユコも、お疲れモードのようだ。
リリスは何も言わずに、少しぼんやりしているようだった。指先がプルプル震えているのが、疲れを表している。本当にお疲れ様だ。
ステージから下りていくラムリーザたちとは反対に、レルフィーナはステージに上がると、クラスを代表して締めの言葉を述べた。
「今日はみんなありがとう、あちきも楽しかったよ。カラオケ喫茶は大成功、出し物の中で一番目立ってたのは間違いなしね、本当にお疲れ様。今後の人生で、ふと思い出すタイプのやつだね」
今度は、ラムリーザたちのほうを向いて言葉を続けた。
「ラムリーザたちもありがとう、あなたたちがいなかったらこの出し物は成り立たなかったわ。感謝はしてるけど、動揺もしてるみたい」
そして再びみんなのほうを向いて締めた。
「ねぇみんな、来年も同じクラスになったら、またカラオケ喫茶やろうよ、ね! 絶対だよ! 本当にありがとう。片付けは明日になるので、今日はこれで解散! お疲れ様!」
レルフィーナの挨拶で、カラオケ喫茶はこれでおしまい。みんなやり遂げたといった顔で、一人、また一人と部屋から出ていった。
あとは、後夜祭のダンスのみ。参加は自由なので、休みたい人はもう休んでもかまわないし、帰宅してもかまわない。
窓の外、空は深い群青色に沈み、冷え始めた夜気が部室の熱狂を少しずつ冷ましていく。
ラムリーザたちは、しばらく部室で休んでから次のことを考えることにしていた。
「ご褒美だ。みんな、こっちにおいで」
ラムリーザはメンバーを集めると、まずはリリスを抱擁した。続いてユコを抱擁する。
ロザリーンに同じことをするのは、リゲルに悪い。そこはリゲルに任せることにして、最後はソニアを抱擁した。
しかしソニアは、リリスとユコを抱擁したことが気に入らないのか不満そうだ。
だからラムリーザは、ソニアにだけ特別なご褒美をつけることにした。二人は顔を近づけ、唇を重ねるのだった。
口を離した瞬間、ソニアの不満げな顔が少しだけほどけた。
その様子に、ラムリーザもようやく肩の力が抜ける。
朝の九時から十八時まで九時間。途中で指が言うことをきかなくなるんじゃないか、どこかで集中が切れてテンポが崩れるんじゃないか――そんな不安は、演奏を重ねるたびに薄れていった。
それでもみんなは、ちゃんと持ちこたえた。ソニアも、ユコも、リリスも。リリスの指先が震えているのを見ると、軽々しく「平気」なんて言えないけれど、それでも、最後まで音が途切れなかったのは事実だった。
カラオケ喫茶はやり切った。たぶんレルフィーナが言っていたとおり、ふとしたときに思い出すタイプの一日になる。
それに、ジャンの歌声が混ざった瞬間、去年までの空気が一瞬だけ戻った。
ただ残っているのは、後夜祭のダンスだ。あれだけは、体力の問題よりも、面倒の予感が勝つ。
今日はもう、ここまでで十分。せめて踊る前に、息を整える時間だけは、竜の神様がくれるといい。