ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
勝ったのに終わらない
帝国暦九十二年 黎明の月・森人の日(現代暦:十月中旬)
「少しは涼しくなってきたねー」
登校中、ソニアは大きく伸びをしながら言った。
朝夕が涼しくなってきていて、南国といえども暑さは和らいできていた。
一昨日の夜の騒ぎのあと、昨日は家の判断で休養になった。
そんなこともあり、ラムリーザとソニアは昨日は珍しく学校を休み、今日は二日ぶりの登校となった。
昨日は、朝早くにラムリーザの母親ソフィアに学校を休むよう言われたので、ラムリーザはその通りにしたわけだ。そこにソニアは「ラムが行かないなら、あたしも行かない」を発動して、休みに付き合っていた。それが許されるかどうかはさておき。
登校する二人の少し後ろ、目の届く距離に男が一人いた。周囲を警戒しつつ、二人を視界から外さず歩いている。ラムリーザの周辺警護を再び始めたレイジィが、距離を保って目を配っていた。
ラムリーザはこれまで警護は要らないと言っていたのだが、昨日母に言われて、「日常生活に影響がない範囲で」警護を付けることにした。
帝都で警護してもらっていたときもレイジィは影を潜めていたし、レフトールの件もある。ここは言われた通りにしておこうと考えたのだ。
この日は、教室に着いていつものメンバーが顔を見合わせても、誰もしゃべらず気まずい空気が漂っていた。
ロザリーンは一応「もう大丈夫ですか?」と聞いてきたので、ラムリーザは『大丈夫』とだけ簡単に答えた。実際にレフトールとの戦いでは、ほとんどダメージを受けていない。
リゲルは、ラムリーザと目が合った瞬間、腕を組んだままうなずいた。だが、リリスとユコに至っては、何をどう話せばいいのかわからないようで、ずっと黙ったままだ。それに、目はきょろきょろと泳いでいる。
おそらく、屋上でラムリーザがレフトールにやられた姿が、みんなの目に焼き付いてしまったのだろう。
暴力の痕跡は消えても、あの日、屋上に流れた敗北の記憶だけが、まだこの場所を支配しているようだった。
……ゆえに、実に気まずい。ラムズ・ハーレム崩壊だろうか。
もっとも、崩壊したところで、ラムリーザのこれからの人生には何の影響もない。実際ソニアは何も変わっていないわけだし、ソニアにとっても崩壊してくれたほうが万歳だろう。
「空気悪いなぁ、屋上行こうよ」
ソニアは沈み込んだ雰囲気を嫌がってか、ラムリーザの袖を引っ張って言った。
特に断る理由もないので、ラムリーザはリゲルから鍵を借りて行くことにした。
「屋上、大丈夫か?」
鍵を渡しながらリゲルは尋ねてくる。ラムリーザが襲われた場所が屋上なのだから、リゲルが心配してくるのも無理はない。
「たぶん、大丈夫。ひょっとしたら報復があるかもしれないけどね」
一昨日、ラムリーザはレフトールを迎撃している。それでおとなしくしてくれたらいいのだが、報復の可能性も考えていたほうがいいだろう。ただし、大将がやられた状態で報復に来るかどうかはわからない。
「報復?」
リゲルは事情を知らず、眉をひそめてラムリーザを見つめた。
「あー、うん。えーと……まぁ、用心はしておくよ」
ラムリーザは言葉を濁し、先に出たソニアの後を追った。あまり事を大きくしたくなかったというのもあり、自分だけが知っておけば良いことだと判断したのだ。
リリスとユコはお互いに顔を見合わせて、ラムリーザとソニアの後を追うことにしたのだった。
今日も屋上は、やっぱり風が心地よくて快適だ。
その雰囲気によって気分が落ち着いたのか、ユコは恐る恐るラムリーザにいろいろと尋ねた。
「あの、ラムリーザ様? 昨日は大丈夫でしたの? その、一昨日の夜は……」
そういえば、リリスとユコがラムリーザを最後に見たのは、一昨日の放課後にレフトールと夜の公園で決闘するといった話が出たときだった。その話を聞いておいて、昨日はラムリーザが学校を休んだのである。
「あー、その話ね。昨日はちょっと親に休むよう言われて休んでいただけ。ソニアは別に関係ないのに休んだだけ――つまりズル休み。だからもう気にしなくていいんだよ」
「あの、決闘の話は……」
「ん~、こうして今無事にいるわけなんだけどなぁ」
「そうなの! もうその話はいいの!」
なぜかソニアは語気を強めてその話を終わらせようとする。
「でも……」
「ラムは……許してもらったんでしょ? だから終わりなの!」
ラムリーザはなんだか話がおかしいと思った。許してもらえたのかな、とかそういう話にはならなかったはずだが……。
「いや、そうじゃなくてね――」
ラムリーザがとりあえず「本当の話をしておくか」と思った、そのとき――突然校舎側から声が聞こえた。
「あ、またハーレム作ってやがる」
四人が振り返ると、またガラの悪い生徒が五人ほど屋上に来ていた。だが、その中にレフトールの姿はない。子分だけをよこしたのだろうか。
「しつこいよぉ」
「そうね、しつこいわね」
ソニアとリリスは、口々に不平をこぼす。
その一方で、ラムリーザは五人に背を向けて遠くを眺め始めた。大将のレフトールに勝ったのだし、もう相手にしないと決めたのだ。
「おいお前、シカトしてんじゃねーよ。一昨日はよくもやりやがったな」
「あ、やっぱり決闘はあったのね」
五人はやられたふうなことを言っているが、目立った外傷は特にない。
「お前が相手しないのなら、こいつらもらっていくからな」
そう言いながら、一人が歩み寄ってきてリリスの手を取ろうとした。しかしすぐにリリスはその手を払いのけた。
「馬鹿にしないでね、ラムリーザには手を出させないわ」
「やれやれ、もう出てくるなよと言ったのに、レフトールはどうやら言うことを聞かなかったみたいだね」
ラムリーザは、後ろからリリスの肩に手を置いて、そっと下がらせる。そして、彼女に触れようとした生徒の前に立った。
「ラムリーザ……」
リリスは、そんなラムリーザの姿にかっこよさを感じていた。しかしその一方で彼女には、これでやられちゃうのだから残念さと、不思議さが同時にあった。
ラムリーザは、よく見るとこの男子生徒に見覚えがあった。一昨日屋上で掴みかかってきた生徒だ。確かチャスと呼ばれていたっけ?
彼は、右手の指に包帯を巻いていて、テーピングしているようだ。
あのとき、掴みかかってきた手の指を、逆に握り返したのだった。そのとき、かなり強く力を込めていたので、彼は右手の指を痛めてしまったようだ。
ラムリーザは、ゆっくりと男子生徒のほうへ手を伸ばす。すると、男子生徒は掴まれないように一歩下がるのだった。
「おっと危ない、こいつの手だけは危険だからな」
チャスが引きつった笑みを浮かべながら言った。
しかしラムリーザは、別に掴もうとしたわけではなかった。そのまま突き出した手で、五人の背後を指差した。
「またあの人にやられるよ。いいのかな?」
五人はハッと振り返った。
校舎への入口付近に、いつの間にか一人の男が壁にもたれるように立っていた。細身で背は高く、目つきの鋭い男だ。
彼はただそこに立っているだけだった。けれど、彼の周囲だけ重力が変わったかのような、逃げ場のない圧迫感があった。
「あっ、こいつは一昨日の……」
「おい、やばいよ。お前あいつに一撃で気絶させられたんだぜ」
「えっ、あいつが?」
「お前もその後にやられたんだぜ」
「ぬ……マックスウェルがやられた後の記憶がないのはそういうことか……」
「やばいぜ、どうする?」
五人は慌てた様子で、口々になにやら言っている。
その一方で、リリスとユコにしてみれば、わけがわからない。謎の男が一人いるだけで、不良の集団が慌てているのだ。
「あれ? レイジィさんがなぜここに?」
緊張した空気の中、ソニアだけは普段どおりだった。
「ああ、一昨日からこっちに来ているんだ。ソニアにはまだ話してなかったな」
「そっかー、もう安心だ! こりゃあ、不良ども! あの人はプロだよ、逃げたほうがいいんじゃないかなぁ」
ソニアは急に元気になって、五人を挑発し始めた。まるでゲームセンターでの出来事の再現だ。
「プロって何だよ、気味が悪い。逃げろ!」
挑発されたからというわけではないのだろうが、五人は一斉に校舎の中へと逃げていった。
五人がいなくなると、レイジィはすっと建物の影へと消えていった。
やれやれといった顔のラムリーザの傍らで、リリスとユコはぽかんとしている。
「な、何ですの? さっきの人……」
「ん? レイジィ? ラムの護衛やってた人だよ。そっかー、不良が絡んでくるようになったから、また護衛につけることにしたんだね」
「それって、用心棒みたいなものですの?」
「んー、そんな感じかなぁ」
「ふーん、さすがラムリーザ様なんですのね……」
ユコに対して、得意げに答えるソニアだった。
ひとまず難は逃れることができた。ラムリーザは、再び手すりにもたれて遠くの景色を眺め始めた。
再び、屋上への出口が開く音が聞こえ、一人の女子生徒が現れた。
彼女は、「あれ? なぜ?」と、困ったような声を漏らしている。
リリスとユコも、「あれ?」といった感じだ。
ただ一人ソニアだけは、「うわっ、やばっ」と慌てたような声を上げた。そして、ボタンが留まらないブラウスを腕で隠しつつ、もう片方の手でサイハイソックスがずれていないか急いで確かめた。
「ケルムさん?」
ラムリーザが声をかけると、現れたケルムは、ラムリーザではなく屋上を一度だけ見回し、「あら、場所を間違えたみたい」と言って、逃げるように校舎内へと駆けていった。
背を向けたケルムの横顔は、困惑というよりは、計算が狂ったとき特有の苦々しさを含んでいた。
校舎の屋上には、夏の名残がようやく薄れたような、心地よい風が流れ続けていた。
レフトールを退けたはずなのに、まだ子分たちは諦めていないらしい。これはいったいどういうことだろうか?
帝都では、最初アキラに絡まれたとき、彼を軽く返り討ちにしてやったとたん、彼らはラムリーザに歯向かうことはなくなった。
だから、同じようにレフトールに勝てば終わると思っていた。でも、勝っても終わらない。子分が残り、理由も見えない。
どうすればいい? 力でねじ伏せ続けるのは、たぶん正しくない。
――いっそのこと、風紀監査委員のケルムに相談するべきか。
ラムリーザは、そんなことを考えながら、手すりの冷たさを指先で確かめる。これまでと勝手が違うことに、やはりここは都会ではないのだな、と考えていた。
けれど、今はレイジィがいる。それだけで、背中の重さが少しだけ軽くなった。