ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


一対一の蹂躙 拳による対話の終わりに

帝国暦九十二年 黎明の月・女神の日(現代暦:十月中旬)

 駅の裏、人けのない公園。

 ラムリーザがそこに着いたとき、レフトールはすでにやってきていた。

 お互い三メートルほど離れた場所に向かい合って立つ。

「逃げずによくきたな」

 レフトールは、にやりと笑って言った。

「別に今日は逃げてもよかったんだけどねぇ」

「なんだと? 情けない奴だな」

「逃げてもソニアは僕のそばから離れていかないし、僕は別に君を脅威だと思っていない」

 リリスやユコはまだよくわからないが、ソニアに関しては長い付き合いだ。この程度のことで関係が壊れるわけがない。

 しかしレフトールは、一度勝っているにもかかわらずラムリーザが平然としているのが気に入らなかった。

「やはり記憶を失うというのは、本当のことみたいだな……」

「もう一度確認しておくけど、こんなのやめないか? 君と僕が争う理由が全くわからないんだけど」

「頼まれたんだから仕方ないだろ?」

「誰に?」

「お前には関係ねーよ」

「そうか、それじゃあ仕方ないね」

 ラムリーザは、できることなら争いは避けたかったが、レフトールにはそのつもりはなさそうだった。しかも、レフトールは普通に戦おうとしなかった。

「顔面を攻撃して意識を失わせたのでは意味がないから、やりたくないが非常手段を取らせてもらうぜ」

 やりたくないのだったら、戦い自体やめればいいのに、とラムリーザは思った。

 レフトールは少し離れた茂みのほうを振り返って呼びかける。

「おい、お前ら仕事だぞ!」

 しかし、仲間を呼び出すことはラムリーザの想定内だった。以前リゲルから、常に複数人でつるんでいると聞いていたので、今夜も一人で来るとは考えていなかったのだ。

 だから、先に手を打っておいた。

 そのため、レフトールが呼びかけても誰も現れることはなかった。

「お前ら!」

「あー、悪いけど、あそこの茂みにいた連中なら、もう動けないと思うよ」

「なんだと?」

「レイジィ、お疲れ様」

 ラムリーザがそう言うと、レフトールの呼びかけた茂みから一人の男が出てきた。

 その男はそれほど年配という感じではなかった。だが、学生という感じでもない。年は二十七、二十八歳といったところか。

 細身で背は高く、目つきは鋭い。獲物を逃さないような印象を受けた。

 穏やかな目つきのラムリーザとは正反対だ。

「誰だこいつは?!」

 レフトールは、想定外の出来事に声を上げる。

 レフトールの考えではこうだった。

 ラムリーザの頭を攻撃して意識を失わせたのでは記憶が残らず、相手を屈服させることはできない。

 そうすることが無意味である以上、単純で簡単な方法だが、これしかなかった。つまり、仲間を使ってラムリーザの動きを封じたところで、頭以外を徹底的に痛めつけるつもりでいたのだ。

 しかし、その仲間が出てこない。

「我が牙」

 ラムリーザは短く答えた。ただし、たった今思いついた名前である。

「何が我が牙だ、お前厨二病か?」

「あ、やっぱりそうなる?」

 そのとき、公園の入り口から二人の男子生徒が入ってきた。

「レフ、わりぃ。遅れちまったんだな」

 二人はそう言って、ラムリーザとレフトールのほうへと近づいてきた。一人は屋上で見たような気がするが、もう一人は初めて見る相手だった。

「おっ、マックスウェルとピートか、ちょうどいい。遅れてきて正解だ。お前ら、こいつを捕まえろ」

 レフトールは、遅れてきた仲間にラムリーザを押さえるように命令した。

 ラムリーザも遅れずに、レイジィのほうを見たまま、黙って指先で指示した。

 レイジィは、音もなく滑るように移動して、無駄のない動作で二人の男子生徒の首筋へ手刀を叩き込む。

 それだけで終わりだった。マックスウェルと呼ばれた男が、悲鳴を上げる暇もなかった。

 二人は倒れそうになったが、レイジィはすぐに抱え上げてその場を立ち去っていった。

「なっ、何者だこいつは?!」

 レフトールは、さすがにこの男、レイジィが手練れだと悟った。それも並大抵な相手ではない、かなりのものだ。

「レイジィ、僕の周辺警護をやっていた者さ。プロだから強いよ」

「周辺警護って、お前何だよ?!」

「ラムリーザ・フォレスター……知らないよね。もう一度聞くけど、こんなのもうやめない?」

「ふざけんな、お前は俺に勝てるとでも思ってんのか?」

「やってみなくちゃ、わからない。まぁ、レイジィをけしかけてもいいけど、それじゃあかっこ悪いよね」

 こうして、誰が本当に望んだのかはともかく、ラムリーザとレフトールは一対一で戦うことになった。
              
ラムリーザとレフトールの一騎打ちが始まる場面
 リゲルの話では、レフトールは足技に定評があるらしい。

 そこでラムリーザは、これはソフィリータとの稽古なんだと考えることにした。

 勝てるかどうかわからないが、ここは勝ってソニアやリリス、ユコを安心させてやりたいという気持ちは強かった。

 あとは、いかに頭を狙われないようにするか。彼の鋭い蹴りを頭に食らってしまうと、同じ結果になりかねない。そこは一度敗北しているので、気を付けなければならない。

 ラムリーザの思いはそのくらいだ。

 一方、レフトール。

 ラムリーザの言ったことが正しければ、頭に衝撃を与えて意識を失わせたとしても、記憶に残らないのだから自分の怖さを思い知らせることはできない。

 だったらここは、得意の蹴り技で「内臓ぶちまけて死ねや」と言ったところだ。

 レフトール自身、ラムリーザに対する恨みはなかった。むしろ知らない相手だ。

 だが、ハーレムを潰せと命令されたので、従っているだけだった。

 それは置いておくとしても、今日ラムリーザを見ただけで、取り巻きの美女を侍らせているのも、学校の屋上でやっつけたあとも平然としているのも気に入らなかった。

 突然現れたレイジィと呼ばれている男が気味悪かったが、ここで引き下がってはメンツが立たない。

 もはや命令されたからだけではなかった。純粋に、倒さなければならない相手だと思っていた。

 いろいろな思いが交錯して、ここに戦いが始まる。

 

 ラムリーザは、ゆっくりと上段に構える。

 レフトールから見ると、その構えは胴体の守りを捨て、頭だけを守っているように見えた。同じ負け方をしないといった意思がうかがえる。

 その構えは、レフトールにとって好都合だった。元より頭を狙う気はなかったのだ。

 一方ラムリーザは、こうすればわざわざ頭を狙ってくるとは考えなかったし、頭を狙ってきてもすぐにガードできる。むしろ、レフトールが身体を打ってくるのを待っていた。

 これまで、妹のソフィリータの練習に付き合ううちに、開き直って身体を鍛えてきたこともあった。それに、プールでリゲルに上半身を見られたとき、ごついと言われていたので、身体の打たれ強さに賭けてみようかと思ったのだ。

 あとは、ゲームセンターで叩き出した140ギガのパンチが、実際にはどれだけの破壊力を持つか、である。

 訓練はしてきたが、実戦となるとそれほど経験があるわけではないので、そのぐらいしか手は思いつかなかった。

 

 レフトールは、ラムリーザのがら空きになっている身体をめがけて鋭い蹴りを放った。

 一方ラムリーザは、レフトールの動きに合わせて身体を打たれることを前提に、相打ちとなる形で右ストレートを全力で打ち出してみた。防御を捨てたカウンターだ。

 つまり、両者の攻撃はほぼ同時だった。レフトールの鋭いミドルキックがラムリーザの右脇腹に命中し、ラムリーザのパンチはレフトールの鼻っ柱に命中した。

 その結果、レフトールは派手に吹っ飛ばされてしまった。レフトール自身は、蹴りを放っただけのはずなのに、なぜだか吹き飛ばされ、鼻が熱い……。

 ラムリーザは、多少の痛みはあったが、耐えられない痛さではない。さすがに体重がある分、ソフィリータの蹴りより重みがある。だが、鍛えた筋肉の壁のほうが上だったようだ。

 そしてやはり、ゲームセンターでトップレベルの記録を叩き出すそのパンチは、並みの威力ではなかった。

 

 ラムリーザは、再びゆっくりと上段に構え直して、レフトールの次の攻撃を待った。

 下手に動くより、毎回捨て身のカウンターを狙うほうが確実だと、最初の攻撃でわかったのだ。彼の攻撃も、頭に食らわなければ耐えられる。

 レフトールは立ち上がり、もう一度鋭い蹴りを放ったが、結果は一緒だった。

 ラムリーザはレフトールに好きなように身体を打たせて、カウンターのパンチを放つ。並の威力のパンチではないので、レフトールも大変だ。

 攻撃が終わると、ラムリーザはまたゆっくりと上段に構え直す。頭だけを打たせないようにするだけでよい。

 レフトールは、作戦を変えることにした。このままカウンターを食らい続けていては、先にやられるのは自分のほうだと悟った。それほどラムリーザのパンチは、堅くて重かった。

 自分は二発で少しだけ朦朧としてしまっているのに、蹴られているはずのラムリーザは平然としている。

 そこで今度はハイキックを放ってみた。うまくすれば、守りを崩せるかもしれない。

 頭を狙って勝ったところで、ラムリーザの記憶には残らない。記憶に残らなくても、負けは「身体」に残るはずだ。

 しかしラムリーザは落ち着いていた。

 左から飛んできたレフトールの右ハイキックを左手で受け止めると同時に、右手で足首をつかんだ。そのまま右手を高く持ち上げ、空いた左手で膝裏を突き飛ばす。

 再びレフトールは、仰向けにひっくり返ってしまった。

 レフトールは屈辱を覚えた。ラムリーザはどっしりと構えたままなのに、先ほどから自分は転倒させられてばかりだ。

 今度は、蹴りを囮にして殴りつけることにした。左でミドルキックを放つが、これは囮。本命は右ストレートだ。

 ラムリーザは、最初の蹴りにこれまでと違って勢いがないので、これは連続攻撃だなと悟った。

 蹴りのガードはせずに、次の攻撃を待つことにする。

 レフトールの視線は、蹴りではなくてラムリーザの顔を見ている。ここにくるのだろう。

 ラムリーザの予想通り、レフトールは右手で殴りかかってきたので、ガードではなく左手で拳を受け止めてやった。逃がさないぞ、とばかりにがっちりと掴んで離さない。

 レフトールは掴まれた右手を引こうとしたが、ラムリーザに掴まれた拳はびくとも動かなかった。

 なんて握力だ……レフトールはそう思い、昼間、屋上でラムリーザに掴みかかっていった子分を思い出して眉間にしわを寄せた。

 彼は、ラムリーザに掴まれた腕がしびれたと言っていた。

 まずいと思って、やぶれかぶれに左腕でパンチを放ったが、そちらもラムリーザに受け止められる結果となってしまったのだ。

 両手の拳を掴まれたレフトールは、焦ってしまい、蹴りを放って逃げようとしたが遅かった。

 ラムリーザは、この機会を利用して、レフトールの腕にダメージを与えてやろうと考えた。拳が使えなくなると、蹴り技だけになり対処が楽になる。

 レフトールの表情に、苦悶が浮かび上がる。

 ラムリーザは、両手に全力で力を込めて、レフトールの拳を潰しにかかったのだ。

 レフトールは、声にならないうめき声を上げて、その場に膝を着いた。

 りんごやゴムマリを破壊するラムリーザの圧倒的な握力。それが、レフトールの拳を破壊しようとしているのだ。

 ラムリーザは、この攻撃がレフトールに効いているとわかって、ここでとことんやってしまおうと考え、歯を食いしばり全力を腕に込めた。

 鈍い音が聞こえたような気がして、嫌な手応えが、手のひらに残った。

 レフトールは「あ……う……」と小さく声を漏らし、その場に崩れ落ちた。

 それだけで、もう――戦いは終わったのだとわかった。

 レフトールは声にならない息を漏らし、拳を庇うように抱え込む。指先が、震えていた。

 そこでラムリーザは、念には念を入れて、最後の仕上げをすることにした。逆にこちらから恐怖を与えてしまえば、今後突っかかってくることはないかもしれない。

 ――勝負は、力より先に心が折れる。

 なんだか自分が悪役っぽいな、と思いながら、レフトールの顔面を右手で掴みあげた。このまま、可能なところまで持ち上げてやろうと考えたのだ。
              
ラムリーザがレフトールの顔面を掴み、片手で持ち上げる場面
 全力を込めて持ち上げてみたところ、なんとレフトールの身体を右手一本で持ち上げることができてしまったのだ。顔面を鷲掴みにしたまま持ち上げる。知らない間にこんなに力がついてしまっていたのか、とラムリーザは思った。

 レフトールはぐったりとしたままで、反撃する気力はないようだ。

 そこでラムリーザは、レフトールに言って聞かせた。

「君は三つの罪を犯した。わかるかい?」

「…………」

「一つ、僕に暴力を振るったこと。僕は君に何もしていないのに……いや、今さらいいか。そして二つ、僕の彼女や友達を不安にさせた。これはもっと許せないね。そして最後に、君はこの街のイメージを汚したよ。この街は、のんびりしていて過ごしやすいと思っていたけど、君のせいで怖い面もあるのだと知らされたよ。まったく……」

 レフトールを片手で持ち上げたまま、ラムリーザは静かに語った。その最中、ラムリーザは、掴んでいた右手のひらから何かが滴っていくのを感じた。夜の公園は暗くてよくわからないが、汗でも流れているのだろうか……。

 語り終わると、右手を開いてレフトールを解放してやった。ドサッと落ちて、レフトールはその場に座り込んでしまう。

 レフトールはもはや、これ以上戦うことはできないだろう。うなだれたまま動かない。

「以上、小競り合いは終わり。これ以上絡んできたら、兄さんに連絡するからね。どうなっても知らないよ」

「くっ……貴様……ゆるさんぞ」

「困ったなぁ。そこまで僕が気に入らないのかい? 僕も馬鹿じゃないんだ、どういったところが気に入らないのか言ってくれたら直すよ」

 レフトールはラムリーザの問いには答えなかった。正確に言えば答えられない、答えたらいけないことになっているのだが、そのような事情をラムリーザは知っているわけはなかった。

 だから、せめてやめてほしいことだけ述べておくことにした。

「とにかく、僕は良いとしても――いや、良くないけど、彼女たちは嫌がっているんだ。彼女たちを怖がらせるのだけはやめてくれないかな?」

「お前……あの手練れのボディガードみたいな奴、何なんだよ……」

 レフトールはラムリーザの頼んできたことには答えずに、戦い前に聞いてきたことを再び尋ねた。

「レイジィ、僕の周辺警護。最初に言わなかったっけ?」

「周辺警護って、お前いったい何者だよ……?」

「ラムリーザ・フォレスター。どこかで僕のことを知って絡んできたんだと思うけど、違うのかな?」

「知らねーよ、そんな奴……」

「だよねぇ、地方だしなぁ。まあいいや、とりあえずあまり遅くなるとソニアが心配するから、僕はもう帰るね。それともまだ続けるかい?」

 ラムリーザは、座り込んでいるレフトールの顔面に再び右手を伸ばしてみる。するとレフトールは、掴まれることを恐れたのか、ズルズルと後退するのだった。

 ラムリーザはその様子を見て、軽くため息をついて人けのない夜の公園を立ち去った。

 

 ラムリーザが下宿先の屋敷に戻ったとき、すでに二十一時を回ろうとしていた。

 屋敷の扉を開けると、玄関ホールに座り込んでいるソニアが目に入った。

「あれ? こんなところで何をしているんだ?」
              
ラムリーザ帰還して、ソニアと会う場面
 ラムリーザが声をかけると、ソニアはガバッと顔を上げ、ラムリーザのほうへと駆けてきた。

「ラムだ! ラムが帰ってきた! ふえぇ……」

「ふえぇじゃない」

 そう言ってソニアの頭を撫でようと右手を持ち上げた瞬間、指先から血が滴り落ちているのに気がついた。

「あ……」

 二人はラムリーザの右手を見つめたまま、言葉を失った。

 しばらく沈黙が流れた後、ソニアが恐る恐るといった様子で口を開く。

「ラム……怪我したの?」

「い、いや、別に右手は何ともないよ?」

「じゃあ、これ何?」

 右手の指先から手のひら、そして肘まで血が流れた跡が残っている。

「蹴られたのは胴体だけだし、何なんだろうね……」

 ラムリーザは、もう疲れていたので、深く考えるのはやめにして洗面所に向かい、一緒についてくるソニアに尋ねてみた。

「ところで晩御飯は食べた?」

「まだ食べてないよ! ラムが心配で食欲なんて出なかったよ!」

「しょうがないな。それじゃあ、手を洗ったら食堂に向かうか」

 

 これで、終わってくれればいい。

 明日からまた、屋上でくだらない話をして、笑って、音を鳴らして。そんな当たり前が戻るなら――今日は、痛い役回りでもいい。

 こうして、ラムリーザが望んだわけではないが、レフトールとの一騎打ちは終わったのであった。

 夜のとばりの向こうで、秋の風が静かに季節を回していた。