ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
棒くぐりゲームと、とんでもないハンデの話
帝国暦九十二年 紅炉の月・精霊の日(現代暦:八月下旬)
クリスタルレイクでのキャンプ二日目は、男子の釣り組と女子の棒くぐりゲーム組に分かれて始まった。
朝から自由気ままに遊んでいたのだが、残念ながら昼前になって騒動が起きてしまった。楽しそうにはしゃいでいたソニアが泣きながら、釣りをしている二人がいる桟橋のほうへ駆け寄ってきた。
つまり、試験明けの休みに海へ遊びに行ったときと、まったく同じパターンが発生したということだ。
ラムリーザは釣りを切り上げ、泣いているソニアをなだめながらリリスたちのほうへ向かった。
まったく、なぜソニアは毎回こうなるのだ。リリスのソニアいじりも、ほどほどにしてもらいたいものだ――などと思いながら、ラムリーザはソニアの頭を撫でてやるのだった。
「えーと、何が起きた? 喧嘩しないようにって言ったよね?」
現場に着くと、ラムリーザはじっとリリスを見つめながら言った。
「喧嘩も意地悪もしてないわ。ソニアの身体が硬いのが悪いのよ。勝負に負けたから泣いてるだけ。ラムリーザにすがってどうにかしようとしてるほうが見苦しいわ」
リリスは悪びれた様子もなく淡々と答えた。別に自分は悪いことはしていない――そんな雰囲気で、いつもの余裕綽々な様子を見せていた。
「勝負って、棒くぐりだよね?」
「ええ、正面から身体を反らせてくぐる、異国のお祭りよ」
リリスは先ほどまで遊んでいた棒を指し示して、軽く笑みを浮かべた。
棒はゲート型に組まれていて、壺を支えて立ててある。身体が当たったら、壺が転がって倒れ、失敗といったところだろう。
「んん? ずいぶん横棒が低く取り付けられているみたいだが……」
横棒の高さは、ラムリーザの太ももの半ばくらいだ。これでは相当身体を低く折りたたんだ姿勢を取らないと、くぐることはできないだろう。それにリリスの話だと、正面からくぐる形式だという。身体を反らさないとくぐれないが、反らしすぎると後ろに倒れてしまうといったところだろう。
「別に、大したことないわ」
リリスはそう言って、棒くぐりを始めた。膝を落として腰を反らして、かなり無理な姿勢を取っている。よく後ろに倒れないものだな。
太ももが通過して、腰が通過して――。
「あ、おっぱいが……」
ラムリーザは小さくつぶやいた。リリスの大きな、といっても現実的な大きさだが、その膨らんだ胸が棒に当たりそうだ。
だがリリスは、そのことは承知の上といった感じで平然としていた。棒の下を胸が通過するその瞬間だけ、腰により力を加えて身体をより反らして、かすったのではないか? というぐらいギリギリの高さで盛り上がった胸をくぐらせたのだった。
「これはすごい、リリスは柔軟性とバランスがすごいね」
「ふふ、別に大したことはしていないわ。高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処しただけよ」
確かにリリスの言ったとおり、身体の柔軟性を保ちながら、胸を通過させるために臨機応変に対処できている。これは決して行き当たりばったりの作戦ではない。
「ソニア、残念だけどこれは勝ち目がないって。リリスは身体能力すごいよ、あそこまで身体が柔らかいなんて僕も驚きだ」
「そんなことないもん!」
ソニアはそう叫んで、先ほどリリスが通過したのと同じ高さに挑んでいった。
「お?」
ラムリーザは、意外に感じて思わず驚きの声を上げた。
ソニアも、先ほどのリリスと同じように、膝を落として腰を反らせた体勢を維持している。おそらくソニアは、身体能力ではリリスとほぼ互角なのではないか――とラムリーザは思った。
太ももが通過して、腰が通過して、リリスと全く同じようにくぐっている。
「なんだ、ソニアも高度な柔軟性だっけ? すごいじゃな――、あ……」
そこでラムリーザは気がついた。ソニアとリリスとで、根本的に違う点があるということを。
胸の大きさがまったく違う。高さは少なくとも10cmは違うのではないか。
さすがに1メートルの胸は伊達じゃない。その圧倒的な存在感は、仰向けになってもちっとも衰えない。まさにロケットおっぱいそのものだった。
ソニアは気がつかないのか、前進しようとしているが、このままでは……。
「待て、ソニア。その高さだとおっぱいが当たる」
「あ、教えるのはずるいわ」
ラムリーザの指摘に、リリスが不満そうに文句を言った。
つまり、そういうことだ。ラムリーザは、さっきソニアが敗れて泣きついてきた理由が分かった。要するに、爆乳過ぎる胸が引っかかって失敗したというわけだ。
ソニアは、苦しそうに少し身体を下げて、「これでどう?」と聞いた。
「全然ダメ」
リリスと同じだけ身体を下げただけでは、ソニアの胸が通過するわけがない。
「こっ、これで、どうっ?」
ソニアは、さらに無理な姿勢を取って、先ほどよりも苦しそうに聞いた。
「まだ半分ぐらいだねぇ」
「そんな……」
ソニアはさらに身体を下げようとしたが、全身がブルブルと震えている。これ以上反らすと、今度は膝が限界になるだろう。額に浮かぶ汗が、夏の陽光を反射して光る。地面を踏みしめる素足の指先に力がこもり、砂を掴むように強張っていた。
「くっ……、くうぅん……」
苦しいのか、言葉にならない。歯を食いしばって目をぎゅっと閉じて、あえぎ声のようなものを出すのが精一杯だ。しかし……。
「目を開けて見てごらん。おっぱいの上から棒が見えてる? 棒がおっぱいで隠れてるってことは、当たっちゃうってことだよ。棒が見えるようになるまで、身体を下げるか胸を反らすかしなくちゃ」
ソニアは目を開き、自分の胸元を苦しそうに見つめた。すぐに、顔全体に絶望が広がっていくのが目に見える。彼女の視界からは棒が見えず、代わりに圧倒的な質量を持った自分の胸の曲線が、逃げ場のない壁のように立ちはだかっている。
そしてついに精根尽き果てて、その場に倒れてしまった。
リリスがくすっと笑い、ソニアは地面を転がり回って「ふええぇぇぇん!」と再び泣き出してしまった。
ラムリーザは、しょうがない奴だなと思いながら、ソニアの身体をなだめつつ起こしてやった。
「どうやらあなたはクリア不可能のようね、リードボーカル獲得したわ。まいどあり、くすっ」
「また君の負けか。あのなぁ、もっと自分の身体の特徴をよく理解して勝負を受けろよな。公園の機関車のときもそうだったけど、君のおっぱいは1メートルもあるんだから、そのへんをよく考えて行動しろよ」
ラムリーザは、ソニアの頭を撫でながら諭す。
この勝負はルール上、胸が大きければ大きいほど不利になるゲームだ。ソニアはリリスに対して大きなハンデを抱えた上で勝負することになり、リリスもそうなることを狙ってこの勝負を提案したのだった。
だが、ラムリーザの慰めの言葉が、また一つの騒動の引き金となってしまった。
「えっ? 1メートル? やっぱり膨らんでいたのね」
リリスはラムリーザの台詞を聞き逃さなかった。ラムリーザがソニアの胸の大きさを、具体的な数字を挙げて言い聞かせていたのを、しっかりと聞き逃さなかったのだ。
「あっ、ラム! それ言っちゃダメなのに!」
「ふーん、1メートルに達していたんだ、くすっ」
リリスの唇が、獲物を見つけた黒豹のように吊り上がった。その赤色の瞳は、ラムリーザの腕の中で泣きじゃくるソニアを、最高の玩具として冷徹に射抜いているように見える。
「ふえぇ、ラムの馬鹿!」
ソニアは、ラムリーザの身体をぽかぽかと叩き始めた。一方、ラムリーザは自分の失言の重さを、リリスの笑みの中に見て取っていた。
「す、すまん」
ラムリーザが、ソニアをがしっと抱きしめて落ち着かせている横で、今度はロザリーンが棒くぐりにチャレンジしていた。
ロザリーンは、運動神経もよくて身体も柔軟だ。ソニアはともかく、リリスと違って身体に余計な出っ張りが大きく張り出しているわけでもないので、何の問題もなく通過できたのだ。
「意外と簡単ですね」
「あなたは邪魔なものがないからね。まぁ、このくらいなら簡単ね、もうちょっと下げてやってみる?」
二人の言う「簡単」の二文字は、さりげなくソニアをからかうことになっている。
ソニアは、ロザリーンにも負けてしまい、さらに興奮しだしてしまった。
「ちっぱい! ちっぱいは楽でいいね! ふえぇぇん!」
ラムリーザの胸に顔をうずめて、再び大泣き。こりゃ駄目だ。
ソニアが次に取った行動は、夏休みに入る前に海で見せたものと同じく、物騒なものだった。自分の胸元を乱暴に押さえて叫ぶ。
「くっそー、こんなのさえなければ、あんなちっぱいどもになんか負けないのに! 引きちぎってやる!」
「こらこら、やけを起こすなって」
ラムリーザもあのときと同じように、慌ててソニアの腕を掴んで止める。そのままぎゅっと抱きしめてやった。
「だってぇ、ふえぇ……」
ソニアは泣くだけで、収拾がつかない。なんてめんどくさい娘なのだろう。
結局ラムリーザは、ソニアが泣き止むまで抱きしめ続けるしかなかったのだ。ほんと、胸のせいで棒ひとつまともにくぐれない、困った娘だこと。
それでも、泣きべそをかきながらしがみついてくるこの重さを、手放したいと思ったことは、一度もない。
1メートルという重すぎるハンデを抱えて、それでも全力でぶつかって、無様に負けて泣きじゃくる。そんなソニアの全力が、今はどうしようもなく愛おしい。
また少ししたら、湖で笑っていればいい。そのためなら、今くらいは好きなだけ甘えさせてやるか、とラムリーザは小さく息をついた。
棒くぐりゲーム会場から、リリスとロザリーンの「もう一回やる?」という楽しげな声が、ソニアの嗚咽に混じって聞こえてくる。
それでも秘密が一つ減って、そのぶん、二人の「特別」がまた形を変えていく。
ラムリーザはソニアを抱きしめたまま、クリスタルレイクの湖面を抜けてくる風が、熱くなった肌を冷ましてくれるのを、ただ静かに待っていた。