ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


八年前の公園と、今の二人 ~後編~

帝国暦九十二年 炎心の月・月影の日(現代暦:八月中旬)

 ラムリーザとソニアは、せっかく帰省して帝都に戻ってきたのに、だらだらと屋敷で過ごすだけではもったいないと考え、よく遊んだ思い出の公園に来てみたのだ。

 

 ソニアが悲鳴を上げたので、二人はシーソーで遊ぶのはやめて、次は公園内に展示されている蒸気機関車に行ってみることにした。

 老朽化して使われなくなった汽車を、解体せずに公園に持ち込んで遊具にしたのは、この公園の持ち主が汽車好きだったらしい、という話がある。

 遊具用に危ない部分を取り除いた汽車には、自由に登ったり中に入ったりして遊ぶことができ、ラムリーザも昔は運転手ごっこなどをして遊んでいたものだ。

 それ以外にも、汽車の外壁に沿って落ちないように移動して遊んだり、車体の下に潜り込むと、そこがちょっとした玉座のようになっていて、皇帝ごっこもできたものだ。

 そんな思い出深い汽車も残っていて、手入れも行き届いている。

 ラムリーザは、ソニアが早速汽車の上に登っていこうとするので、注意を促すことにした。

「ソニア、くれぐれも足元が見えないことを忘れるなよ。君の身体は、昔ここで遊んでいた頃とは大きく変わったんだからな」

 ソニアは一瞬「う……」と言葉を失ったが、すぐに「平気だよ、登るぐらいなら」と言って、下着があらわになっているのも気にせず、ボイラーの上に登っていってしまった。確かに、大きな胸は上方向への視界の妨げにはなっていない。

「ラムも登ってきてよー」

 ソニアが上から楽しそうに呼びかけるので、ラムリーザは仕方なくソニアの後を追って汽車の上によじ登るのだった。

 遠くから見るのではなく、実際に触れてみると、汽車ってこんなに小さかったっけ? と不思議に思う。小さい頃遊んだときには、この汽車もまるで巨大要塞のように構えていたものだ。必死によじ登った場所も、今では楽々乗り越えられる。

「ねぇラム、汽車の上でキスしようよ?」

「何でまたそんなことを……」

「わかってるくせにー」

「汽車とやれ」

「何よもう、リゲルみたいにそっけない返事して」

「見ていてあげるから、そこで汽車とキスしてごらん――これでいいかい?」

 ラムリーザはその情景を想像して、妙な光景だと思うと同時に、汽車にソニアを取られてしまって残念だ、などとも思っていた。

「むー……それじゃあたし汽車フェチの変態さんじゃないの」

「そんな、他の人も見ているところでチュウチュウやるわけにはいかないだろ?」

「山岳地帯にある田舎町を舞台にした、チュウチュウドラマがあったじゃないのよー」

「僕はそのドラマの登場人物じゃないっ!」

 ラムリーザは、発情しかけたソニアから逃げるように、さっさと汽車から降りていった。

 ソニアは、しばらく汽車のボイラーの上にまたがって遠くを眺めていたが、一人でいてもつまらなく感じて、降りようとした。だがしかし……。

「えっ? あ、そんな……」

 ソニアには、下を見ても、登るときに足場にした手すりや車体のでっぱりが見えなかった。下方向の視界に入るのは、視界の半分を占拠する自分の胸で、足場となるはずのものはその膨らみの向こう側へと消えていた。

 汽車の下からソニアの様子をうかがっていたラムリーザは、ソニアが降りようとしておそるおそる足を下に伸ばして、足場を探しているのが目に入った。

「やっぱりそうなるよねぇ」

 ラムリーザはそうつぶやくと、ソニアが足を踏み外して落ちてきても大丈夫なように、ソニアの真下へ近寄っていった。決して下から下着を見上げるためではない、とあらかじめ断っておく。

 ソニアは、身体を横に向けて、なんとか足場が視界に入るよう工夫しようとしていた。胸を抱えようとしても、そうすると片手がふさがってしまい、それはそれで危険だ。

 ラムリーザは、ソニアが横向きになってなんとかしようとしているのを見て、あることに気がついた。それは、階段を下りるときに見せるソニアの奇行だ。

 いつもソニアは階段を降りるとき、それまでくっついていたラムリーザのそばを離れて、壁に背を預けて横向きに降りていくのだった。

「あ、そういうことか。おっぱいが邪魔で、階段が視界に入らないのね」

「ラムー、何をぶつぶつ言ってるのよー?」

 汽車の上からソニアの泣きそうな声が聞こえてくる。

「あ、いやなんでもない。いろいろと合点がいっただけだよ」

 ソニアは、足を伸ばしては足場が見つからずに引っ込めて、また足を伸ばして足場を探してという行為を繰り返していたが、とうとう音を上げてしまった。

「ふえぇ、降りられないよ……助けてラム!」

「それ見たことか、だから最初に言ったのに」

 ラムリーザは、しょうがないなといった様子で、再び汽車の上に登っていった。
              
ソニアが汽車から降りられなくなり、ラムリーザにおぶってもらって降りる場面
 そのままソニアを背負うと、「手は添えないから、しがみついてろよ」と言って、背負ったまま汽車から降りていった。

 結局、公園の遊具四つで遊んで、その中の三つでソニアは困ったときの決まり文句「ふえぇ」を発してしまったことになる。楽しむための遊具で困って、一体何をやってるのだか……。

 その後しばらく、二人は汽車の近くに座って休憩しながら談話していた。

「ねぇ、また皇帝ごっこしようか」

 ソニアが言い出したのは、先ほどラムリーザも思い出していた汽車の下に潜り込んだ場所で遊ぶことだ。

 ラムリーザは潜り込もうとかがんだが、車輪と車輪の間を潜るには身体が大きくなりすぎていた。首を突っ込んでみると、そこには小さい頃に座った場所がそのまま残っていた。

「ラムは入れないから帝位剥奪、あたしが皇帝になるんだ」

 ラムリーザが入れないので、ソニアが代わりに潜り込んでしまった。そのまま玉座に腰掛ける。そして皇帝ではないラムリーザから、帝位を簒奪したという不思議なことをやったのであった。

「なんだか悪いことして追われているので、地下に潜った大将みたいだね」

「何よそれ! あたし悪いことしてない!」

「機関車帝国の女帝ソニア、領地は機関車の中だけね」

「あんまりかっこよくないなぁ……」

 幼少時に夢中になったことでも、大きくなるとそうでもなくなるものが出てきてしまうのも、仕方がないことなのかもしれない。

 

 気がつくと、正午を回っていた。

「さてと、そろそろ昼御飯の時間だ。一旦帰るか、どこかで食事しよう」

「ラム、その前にトイレ」

「ん、わかった。そうしよう」

 公園のトイレにしては綺麗だった。そこから出たところで、二人は何人かの集団と出くわした。

 集団には、髪を立たせたりサングラスを掛けたりしている者がいて、妙にガラが悪い。ステレオタイプのつっぱり集団といったところか。

「あれ、ラムリーザ? 久しぶりだな。ソニアもいるじゃん」

 見た目と裏腹に、その集団の大将らしき人物は、親しげに気さくに話しかけた。

「ああ、アキラか。え? この公園をたむろ場所にしてるの?」

「そだよ。こいつらを使って、遊具とかトイレを綺麗にしたしな」

「え? マジ? これ君たちが?」

 アキラと呼ばれたつっぱり集団の大将とラムリーザは知り合いだった。

 お互いの関係は、権力者に媚びを売っているだけ、番犬代わりなだけといった感じだ。それは友人というより、きっぱり割り切ったドライな関係ではあったが、特にトラブルは起きていなかった。

 この集団は、昔から反社会的なつっぱり集団であるにもかかわらず、こういったボランティアみたいなことをやる変わった集団だった。そんなところが、ラムリーザは嫌いじゃなかったので、毛嫌いすることもなく普通に接していた。

 それに、思い出の公園を綺麗にしたと聞いて、うれしくなっていた。

「思い出の場所を綺麗にしてくれてありがとう。おかげでまたいい思いができたよ」

「あたしは嫌な思いばっかりした!」

 ソニアの叫びにアキラは「ん? 何か問題あんのか?」と尋ねたが、ソニアは「なんでもない!」とさらに叫ぶだけだった。

「そういえば、さりげなくソニアの肩に手を回すようになってるけど、お前らそんな関係になったん?」

 アキラは、二人の様子がつい半年前と違う点に気がついて尋ねた。半年前は、ラムリーザとソニアは一緒にいたとしても、ソニアがラムリーザの周りをうろちょろしているのが自然で、引っ付いていることはなかった。

「ああ、この春から正式に付き合ってるよ」

「そっか。まぁ時間の問題だとは思っていたけどな。あーあ、おっぱいちゃんはラムリーザのものになっちまったか。ラムリーザが手放したら、かっさらおうかと密かに狙ってたんだけどな」

「だっ、誰がおっぱいちゃんよ!」

 そのとき、集団の中から女の子が一人歩み寄ってきた。濃いアイシャドウが目立っている。そして、その女の子はソニアの胸のほうへ手を伸ばした。

「ちょっ、何?!」

「あまりに大きいから、本物かどうかと気になってさ」

 するとアキラは、にやにやしながら説明した。

「おめーはソニアと初対面だから驚いただろうが、こいつのこの胸は本物だ。正真正銘、究極レベルのおっぱいちゃん。すげーぞ、俺にも触らせろっと。そういやメルティアが言ってたな、ソニアはおっぱいが弱点だって」

 さすがに空気がおかしくなったので、ソニアはラムリーザの後ろに隠れてしまった。帝都では誰に出会っても胸を狙われてしまう難儀な娘だ。

「こら、ダメだ、嫌がってるだろ」

 ラムリーザは、きっぱりとソニアに手出しするのをやめさせた。逆に、アキラの喉元に手を伸ばして掴む素振りを見せてみた。

「おっと、冗談だ。だがソニアもラムリーザと別れたら、遠慮なく来いよ。可愛がってやるから」

 アキラは、まるで掴まれたくないかのように、ラムリーザの手から逃れるように少し身を引いて、その手を払いのけながら言った。

 軽口を叩いている割には、その仕草だけはやけに本気だ、とラムリーザは少しだけ不思議に思った。

「絶対別れないもん、べーだっ!」

 ソニアは、ラムリーザの後ろから顔だけ出して、あっかんべーをして見せるのだった。

 

 そんなことを話している時だった。

「てめーらまだそこにいるのかよ!」

 なにやら怒鳴り声が聞こえたと思ったら、そこに別のつっぱり集団がやってきたのだった。むろんその集団も、ラムリーザには見覚えがある。

「あっ、てめーらまた来たな!」

 元からいた集団も、後から来た集団に凄んでいる。

 新しい集団の大将らしき人物の前にアキラは躍り出て、相手の胸倉を掴む。相手も掴み返してきて、仲間も含めて壮絶なにらみ合いが始まってしまった。

「えー、ひょっとしてこの公園で縄張り争いしてるのか?」

 ラムリーザは少しだけうんざりして言った。

 相手の大将の顔も知っている。アキラの集団とずっと抗争している集団だ。

「ラムリーザか、ちっ、また今度にするか」

 相手の大将もラムリーザに気がついて、抗争を止めることにしようとした。どうやらラムリーザの見ている前で、争いごとはしたくないようだ。

「ああいいよ、こっちはそろそろ帰ろうと思っていたところだから。がんばれよ……というのも変だな、怪我しないように……というのも妙だし……。あ、そうだ、死人を出さないようにな!」

 さらっと言ったその一言に、アキラの仲間の何人かは、ちらりとラムリーザの手元を見た。静かに放たれたその一言は、熱を帯びた公園の空気を一瞬で凍りつかせるほどの、絶対的な響きを持っていた。

 ラムリーザは、抗争に口出しする気はなかった。これは、ちょっとした陣取りゲームを大げさにやっているにすぎない。大げさになりすぎて、多少乱暴ではあるけれど。

 心の中では、遊具の手入れからトイレ掃除までしてくれた側が勝ってくれることを期待しながら、ソニアを連れて公園から出ていった。

 公園から、ほちょん鳥の鳴き声と、つっぱりたちの怒号が、かすかに風に乗って届いた。

 この場所も、二人が残した大切な宝物。思い出は色あせずに残っている、そんな昼下がりだった。

 ブランコも、シーソーも、汽車も――八年前とは遊び方も感じ方も変わったけれど、隣にいるのがソニアだという事実だけは、あの頃から何ひとつ変わっていない。

 思い出は宝箱にしまうものじゃない。こうして二人で、新しい傷や笑いで上書きしていくものなんだ。