ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
誕生日と宝石と勘違い貴族
帝国暦九十二年 黄金の月・詩歌の日(現代暦:六月中旬)
「ほら、急いで帰る準備だ。ソニアも靴下履く!」
「いらない!」
「いらないじゃない、先週と同じこと言わせるな!」
この日の朝、帝都のフォレスター邸はどたばたした空気で始まった。
今日は、友達のユコの誕生日ということで、ユコの家で誕生日パーティーが行われることになっていた。
しかし、ラムリーザとソニアとリリスの三人は、すっかりそのことを忘れていて、先週と同じように、週末になり学校が終わってすぐに帝都に行ってしまった。そして、ラムリーザの友人であるジャンの親が経営するクラブ、シャングリラ・ナイト・フィーバーで、リリスを場慣れさせるために、ステージで他のグループに混ぜてもらって演奏させていたのだ。
そこにユコから連絡が入り、誕生日パーティーのことを思い出した。そこで、パーティーが始まる時間である昼の一時までに間に合うように、朝早くから帰る支度をしていたのである。
そして、ポッターズ・ブラフ行きの汽車に乗り込み、発車したところでラムリーザはようやくほっとした。
「ふぅ、これで間に合うね。ところでリリス、もうだいぶ慣れたかな?」
「ええ、まぁ、客の目を見なければ全然平気だわ」
「視線は常に上気味に。どうしても気になるなら、目をつぶるのも手だよ」
「それも考えたわ。ギターソロやってる時は、目を閉じて弾くのもいいかな、とか」
「たぶん絵になると思うよ」
「ねぇ、あたしは?」
やっぱりラムリーザとリリスの会話が弾むのが気に入らないのか、ソニアが話に割り込んできた。
「ソニアはなぁ……、とりあえず演奏前の不思議な踊りをやめなさい」
それを聞いて、リリスはくすっと笑う。
バンドが本格的に動き始めてから、何度か校庭ライブをやったが、ソニアは盛り上がってくるといつもよくわからない踊りをしているのだ。
「なにそれー、あたしそんなことしてないよ!」
「あのなぁ……」
どうやら無意識の行動のようで、自覚はないらしい。
それでもラムリーザは、ソニアは地味にしているより、コミカルなほうが彼女らしくて好きだ、と考えるのであった。
それから二時間ほどして、ポッターズ・ブラフに戻ってくることができた。
パーティーが始まると聞いた昼の一時までには、まだ二時間ほどある。これならパーティーの準備をする時間も十分にありそうだ。
「ねぇ、このままユコのところに行く? 家の場所なら教えるよ」
「とりあえず住所教えてもらえるかな。パーティーだからね、一旦寄宿舎に帰って着替えてくるよ」
「そう、じゃあ後でメール送っておくね」
そういうことで、ラムリーザとソニアの二人は、駅でリリスと別れ、寄宿舎に戻っていったのである。
下宿先の屋敷に戻ってきた二人は、パーティー用の衣装に着替えることにした。これは、毎月行われているパーティーで使用しているものだ。
「パーティードレス、こっちに持ってきていてよかったな」
「うん、このドレスは胸がきつくなくてフィットしていて好き。スカートの丈が長いのが不満だけど」
ソニアが着ているドレスは、体型を測定してオーダーメイドしたものなので、ソニアの極端なわがままボディにもぴったりと合っているのだ。
そしてソニアは、この春に帝都を離れる前に、ラムリーザに買ってもらったエメラルドの指輪をはめて言った。
「よし、準備完了!」
「やっぱり左手の薬指にはめるのだな。僕としては、君にはむしろ、右手の人差し指にでもはめてもらいたいんだけどな」
「なんでー?」
「普段からもうちょっと落ち着いて……いや、なんでもない、別にいいや」
そこでラムリーザは時計を見ると、いつの間にか一時まであと三十分というところになっていた。どうやら着替えるのに、気づかないうちに時間がかかっていたようだ。もともとソニアの着替えが普段から遅いというのもあったが……。
時間がなくて仕方がないので、屋敷の使用人に車を出してもらい、運んでもらうことにしたのだった。
ユコの家の玄関先には、すでにリリス、ロザリーン、リゲルの三人が集まっていた。
「リゲルさんも来てくれたんだ、よかった」
ユコは、絶対に来てくれないと思っていた客の姿を見て喜んだ。リゲルは誕生日パーティーの話をしたときは、興味なさそうな様子だったのだが、ラムリーザも参加するのなら、という理由で参加することを了承したのだった。
「リゲルさんは、こう見えても友達思いなのですよ」
そしてロザリーンは、リゲルを持ち上げる。
「それは違う……、しかしラムリーザ遅いな、ソニアはどうでもいいが。ラムリーザが来なかったら俺は帰るからな」
それはリゲルの、ラムリーザが参加しないなら自分も参加しないという意思表示の一言だった。
「まるで誰かさんの、『ラムが行かないなら行かない』みたいな言い様ね」
リリスはリゲルを見ながらくすっと笑って言った。確かに、「ラムリーザが参加しないなら参加しない」は、「ラムリーザが行かないなら行かない」と同じ意味を持っている。
「やめろ、あいつと同じ扱いするな」
「あなたって、妙にソニアを毛嫌いするのね」
「あいつを見ているとだな、以前……、いや、お前らに話すことじゃないな」
リゲルは何かを言いかけたが、思い直したように話すのを止めた。
そこに、車がやってきてユコの家の前で停車した。
客待ち自動車ではなさそうなので、ユコは一体何だろうといったような顔をする。だが、車のドアが開いてラムリーザが姿を現すと、ユコは一気に喜びの表情になった。
しかしラムリーザの姿を見て、リゲルは「お前は、何で正装で来ているんだ」とつぶやく。
さらに、貴族の娘が着るようなパーティードレスで身を包んだソニアの登場で、ユコは驚き、リゲルは引いた顔をする。
「ソ、ソニア、それってパーティーに着ていく衣装じゃないの?」
「んー、そうだよ?」
「えっ、な、なんでですの?」
「ってか、そのドレス、ソニアのイメージじゃないわね」
狼狽するユコの隣で、冷静なツッコミを入れるリリス。ロザリーンは見慣れているので、特に感想は述べない。
その様子を見て、ラムリーザはリゲルのほうへ視線を向け訊ねる。
「何か間違えてるか? パーティーだろ?」
「違う、庶民のパーティーに、貴族や有力者のパーティー衣装で来る奴がいるか……」
ラムリーザにとって誕生日とは、本来、産んでくれた親に感謝する日であって、自分が着飾って主役になる日だという感覚は薄い。そのせいで、どこまで改まるべき行事なのか、今ひとつ距離感が掴めていなかった。
「うーむ……、いや、誕生日パーティーって初めてだから……」
そう言いながらも、ラムリーザはリゲルの格好を見てみると、彼は街に出かけるような格好で参加している。
「あ、あのっ……ラムリーザ様、これは一体?」
「すまんユコ、間違えた。次の誕生日パーティーでは、もっと自然な格好で来る。だから、次はいつやるんだ?」
「えっ? えっ? 次ですの? 次は……えーと、いつになるのかしら? 来週辺り?」
「お前ら少し落ち着け」
慌てていて、なんだかよくわからない会話になっている二人を見て、リゲルはやれやれといった顔で不機嫌そうに言った。
多少の混乱はあったが、こうして無事にユコの誕生日パーティーを開くことができたのであった。
早速食事に飛びついているのが、いちばん着飾ったソニアなのだから、先ほどリリスのつぶやいた「イメージじゃない」というのは、あながち間違いでもない。
「このスープおいしい!」
「ヤマソボリのミルドバナリア風スープですのよ」
ユコはソニアに料理の説明をしながらも、興味はラムリーザからのプレゼントのほうに向いていた。ラムリーザがお金を持っているということは、「ネトゲ廃人事件」の時に知っていたので、それなりに期待しているのだろう。
そして早速封を開けて、中身を取り出す。
「わぁ、パールのネックレス。先に付いているのは、ムーンストーン?」
「好みが分からなかったので、誕生石で選んでみたけど、気に入ってもらえたかな?」
「うん、素敵よ。ありがとう、ラムリーザ様! この者はムーンストーンで装備を作りますわ!」
「いんえー」
ラムリーザは「装備?」と思ったが、とりあえずお気に召したようで安心していると、そこにリゲルがすっと寄ってきて、小声で訊ねた。
「お前、高価な宝石をほいほい贈るのか?」
「ああ、ソニアに買ってあげたらいつも喜んでいたから、ユコもきっと喜ぶだろうと期待してね」
「そりゃあ、宝石をもらったら普通の女は喜ぶが……まあいいか、お前の取り巻きだから好きにしたらいい」
一方リリスのほうは、不満そうな顔でなんとなくご機嫌斜めのようだ。
ユコはプレゼントに大粒のパールネックレス、そしてソニアは指にエメラルドのリングをはめている。どちらも高価なものだというのをリリスは分かっていた。
ラムリーザと目が合ったリリスは、不満そうな表情を吹き飛ばし、いつも見せる誘惑するような妖艶な微笑を浮かべて、ラムリーザのそばに擦り寄っていった。
「ねぇラムリーザ、私の誕生日、炎心の月にあるのよ」
「そうか、しっかり親に感謝するんだぞ」
それを聞いたリリスはむくれ、条件反射的に答えたラムリーザに非難の視線を向けた。
ラムリーザの中では、誕生日とは「本人が祝われる日」というよりも、「ここまで育ててくれた親に頭を下げるべき日」という意識が先に立つ。だからこそ、反射的にこんな言葉が口をついて出てしまうのだ。
しかしラムリーザは、その表情を見て、またやらかしたと気がつき、慌てて言葉を取り繕う。
「あ、ごめん、炎心の月なんだ。また誕生日パーティーに、プレゼント用意しなくちゃね」
リリスは、今度は満足そうな顔をするのだった。
こうして、ユコの誕生日パーティーは無事に、そして平穏に過ぎていくのであった。
皆が楽しそうにしているのはわかる。わかるのだが、ラムリーザの中には、どうしてもすぐには馴染まない感覚が残っていた。
ラムリーザには正直なところ、誕生日というものは今でも少しよくわからない。
誕生日は産んでくれた親に感謝する日だ、と子どもの頃からそういう環境で育ってきたせいか、当人がいちばん着飾って、周りから高価な品まで受け取っている光景を見ると、どこか落ち着かない気持ちになる。
ユコがパールのネックレスを抱きしめて目を輝かせているのも、ソニアが場違いなほどのドレスでスープにかぶりついているのも、リリスが当然のように次の自分の番を狙っているのも、全部少しずつずれているようで、それでもちゃんと楽しそうで、だから余計に混乱する。
それでも、嬉しそうに笑うユコの顔を見ていると、こういう誕生日の在り方も悪くないのかもしれない、とも思った。
次に誰かの誕生日が来るときには、親に感謝しろなんて説教じみたことを言うより先に、「おめでとう」と素直に言えるようになりたいな――そんなことをぼんやり考えながら、今日一日を締めくくることにした。