ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
めんどくさいけど、恋人
帝国暦九十二年 黄金の月・月影の日(現代暦:六月中旬)
「暇だからどちらが先に涙を流すか勝負しよっか」
授業の合間の休み時間、前の席にいるリリスが唐突に振り向き、何かをたくらむような目でソニアを見ながら提案した。
「涙を流す?」
「先に泣いたほうが勝ちってルールね」
暇つぶしに、よくわからない勝負をソニアに挑んでくるリリスだった。
あれ、デジャヴ? とラムリーザは思った。前回、先にキレたほうが負けとかやってなかったっけ? 今回はさしずめ泣き相撲ってことか?
常に冷静なリリスだから、今回は感情が表に出やすいソニアにも分があるだろう、とラムリーザは思った。まああれだろう、今日も暇つぶしにからかっているんだろう。ソニアはからかい甲斐があるというかなんというか……。
「いいわ、やるね」
ソニアは、今回もあっさりと勝負を受ける。勝算があるかないかすら考えていないのだろうが、何にでも興味を示すのは良いことなのか悪いことなのか……。
「…………」
「…………で、どうやって涙を流せばいいのよ」
「悲しくなるようなことでも想像したらいいんじゃないですの?」
審判役みたいな感じになっているユコが、ソニアの問いに答えた。
「悲しくなるようなこと……」
「…………」
「…………」
沈黙……。
この周囲だけが妙に重苦しい雰囲気になる。
その時、ラムリーザは思った。先日見た、ソニアがラムリーザを受け入れなかった夢を思い出したら、ソニアはすぐに勝てるのではないかなと。
そのことをアドバイスしようと思ったが、思い直してやめる。リリスやユコに詳細を聞かれたら、何を突っ込まれるかなんて、あまり考えたくなかった。それに、その日の朝のことにも追及されたらまずい。
だからラムリーザは、静かに流れていく時間に退屈して、リゲルのほうを振り返ろうと思った。そのときである。
ソニアの表情に、急激な変化が生まれた。
目にぶわっと涙がたまり、見開いた両目からつうっとこぼれ落ちる。そして、「ふえぇっ、ふえぇぇん」と机に突っ伏して大泣きしてしまった。
その後も泣き止まずに、ひくっひくっと肩が震えているのだ。
「ええと……、ソニアの勝ちですわね……」
あまりの大泣きに、ユコは戸惑いを隠せない様子で判定を下す。
リリスのほうも、ここまで大泣きするか? とでも言いたそうな表情で、若干引き気味だ。
ラムリーザは、何も言い出すことができずに、しばらくその様子を眺めていた。
ただの遊びで、ただのゲームだ。どちらが先に涙を流すかという、くだらない勝負。だが、この大泣きはゲームの範疇を超えている。
作った涙ではない、これは本気の涙だろう。
ラムリーザは、ソニアがいったい何を思い浮かべたのか、それが気になっていた。やはり振った夢を思い出したとでも言うのだろうか……。
だから、ソニアが落ち着くまでじっと待ち、彼女が机から顔を上げたときに、手を握って聞いてみた。
「ソニア、いったい何を思い浮かべたんだ? そんなに辛くて悲しいことがあるのなら、僕がなんとかしてあげるよ?」
ラムリーザの優しい言葉に、ソニアは困った顔でしばらくしゃくりあげていたが、そのうちボソボソと話し始めた。
曰く、ラムリーザとリリスが付き合っている場面を想像したら、それがものすごくいい感じで、「負けた」と感じた瞬間、この世にいる意味を失い、絶望してしまった……のだという。
「リリス……ラムを取らないでぇ……後生だからぁ……」
涙声で弱々しくリリスに訴えかけるソニア。
ラムリーザの指に触れたその涙は、驚くほど熱く、彼女が抱える「失う恐怖」の重みをそのまま伝えてくるようだった。
「ふえぇ……」という掠れた声が、少し騒がしい教室に場違いなほど切なく響き、リリスの冷ややかな視線すらも一瞬、戸惑いに揺れた。
リリスは何も言い返せず、懇願するソニアを睨みつけるように見据えた後、ぷいと顔をそらして前を向き、右肘をついて左手で自分の額をつつき始めた。
ラムリーザは大きくため息を吐き、むしろリリスに申し訳ないと感じてしまうのであった。
休み時間が終わって次の授業が始まったが、ソニアは魂が抜けたようにぼんやりしている。昨日の今日であり、ちょっと感情の変化に身体がついていけていないといった感じか。
ラムリーザは、これは少しソニアの心のケアが必要だなと感じると同時に、めんどくさい奴だとも思ってしまったが、すぐに「いかんいかん」と気を取り直した。
そこで、昼休みにソニアを連れて、学校の裏山へ向かった。
人目を気にする必要もなさそうだと感じたラムリーザは、まずソニアをぎゅっと抱きしめた。
彼女を抱きしめたまま耳を澄ませば、すぐ近くを小さな川が流れ、せせらぎだけが静かに響いている。
裏山は、生徒がほとんど誰も来ない隠れスポットのような場所だ。ときどきカップルがこっそり訪れて茂みの奥へ消えていくこともあるが、たいていは誰もいない。今日も同じで、二人きりで話すにはちょうど良かった。
だから、ソニアの耳元で優しく言って聞かせた。
「あのね、もっと自信を持とうよ。おっぱいの大きさは完全にリリスに勝っているし、脚線美だって、僕はソニアのほうが好きだな。それに、その青緑色の髪、綺麗だよ」
ラムリーザは、ソニアのほうがリリスに勝っているのだと強調するように言葉を重ねた。それでも語りながら、やっぱりめんどくさいと思ってしまった。
どうしてこうなった?
ラムリーザの好きなソニアは、楽しそうに笑っているソニアである。だが、ここのところ悲しんでばかりいる。本当に、どうしてこうなった?
去年までのソニアには、このような反応はなかった。ラムリーザが、ソニアの友人だったメルティアやヒュンナと話をしていても、ラムリーザを取られるかもしれない、などと気にしている様子はなかった。
反応が変わったのは、恋人宣言をしてからだと思えた。
だがその関係には、双方の親公認で、しかも現在同居中というアドバンテージがあるのだ。それにもかかわらず、ソニアのリリスに対する危機感は拭えないのか?
それとも……。
「僕が信用できないのかなぁ?」
ぼそっとつぶやくと、沈んでいたソニアの表情が消え、代わりに焦りの表情が浮かんだ。
「ううん、違う、ラムは悪くない。あたしが勝手に思い込んでいるだけ、だから、ごめん!」
「勝手にっていうけど、ほっとけないんだよ。でもソニアが勝手に落ち込むたびに、いちいち気遣いするの、いい加減めんどくさいんだけどな」
「ほんとうにごめん! 変な夢と変なゲームが続いて、あたし、変になっていただけ!」
「本当に?」
「ほんとにほんと、もうこんな風にならないようにするから、だから、あ……」
ソニアの焦っていた表情が、何かを思い出したかのように、真顔に戻る。
「どうした?」
「また足を揉んでる。ラムはすぐ揉む」
言われてみてラムリーザは、無意識のうちにソニアの太ももに手が伸びていることに気がついた。細かく言えば、靴下で覆われた太ももの下半分と、むき出しになっている上半分を交互に揉んでいた。
「だってこれ凄いぞ。ソニアもやってごらんよ」
ラムリーザは、ソニアの手を取って太ももへと持って行った。しかしソニアは、不満そうに言うだけだ。
「こんな靴下嫌い」
「でもそこを触った後にここを揉んだらすごいんだってば」
そう言いながらラムリーザは、ソニアの手を太ももの上半分と下半分の間で行き来させるのだ。
「面白くない」
「いや、面白いぞ」
その時ラムリーザは、ソニアの手を行き来させたことで、さらに別の感触の楽しみ方を見つけたような気がした。
そこで試しに実践してみる。それは、手の甲で太ももを上から下まで行き来させることだった。靴下の少し固い感触が手の甲に伝わり、そのまま上へ持っていくと、柔らかいむき出しの部分に当たった瞬間。
「うわー……」
突然訪れたのは、指先を吸い込むような素肌の柔らかさと、しっとりとした体温だった。その心地よさに、思わず感嘆の言葉が漏れる。
その劇的な感触の変化に、ラムリーザの背筋に微かな電気が走る。この「落差」こそが、ラムリーザがソニアの脚に魅了されてやまない隠れた理由なのかもしれない。
しかしソニアは、そんなラムリーザをきょとんとした顔で見つめていた。
「ラム~、こんなところに連れ込んだのも、やっぱり……」
「うむ、察したか。ほら、おいで」
ラムリーザは、ソニアを誘うように再び手を伸ばした。だがソニアは、ぴょんと後ろへ跳ねて、その誘いを拒絶した。
「ダメ! もうこんなのダメ! ラムとはもっと別のことがしたい」
「ならば、そうできるようにしてくれたら、こっちも余計な気を回さなくて済むようになるから助かるよ」
「うん、だから今日はもういい!」
そう言って、ソニアはラムリーザの腕から離れた。そして、笑顔を浮かべてラムリーザに言った。
「ねえ、この裏山、散歩しようよ」
「りょーかい。でもあまり遠くに行かないぞ、休み時間内に戻れなくなってしまうからな」
裏山を流れる川に沿って歩き始めたソニアを追って、ラムリーザもついていくのであった。
ソニアは川沿いの細い獣道を、慣れたような足取りで進んでいく。昨日までここを知らなかったはずなのに、まるで前から何度も訪れていたかのように、その背中は落ち着いていた。
きっと、この静けさがいいのだろうと、ラムリーザは思った。教室のざわめきも、誰かと自分を比べてしまう気持ちも、ここでは川の音に溶けて消えていく。ソニアは時折立ち止まり、小石を踏みしめたり、流れを覗き込んだりして、そのたびにほんの少し表情を緩めた。
――ああ、ここはソニアのお気に入りの場所になりつつあるんだな。
その背中を追いながら、ラムリーザは静かにそう確信していた。
川のせせらぎが、二人の歩調に合わせてリズムを刻む。ラムリーザの「めんどくさい」という言葉は、いつの間にか心の中で「守りたい」という温かな響きに変わっていた。
前を行くソニアの背中が、木漏れ日を浴びてキラキラと輝いている。彼女が時折振り返って見せる、少し照れくさそうな笑顔。そのたびに、ラムリーザの心の中の曇り空が、一枚ずつ剥がれ落ちていくような気がした。
教室に戻れば、また騒がしい日常と、誰かとの比較に怯えるソニアが待っているかもしれない。けれど、この裏山の静寂と、ラムリーザの手に残るソニアの熱がある限り大丈夫だろう。
恋人という名の、少し重くて、どうしようもなく愛おしい絆を抱きしめるように、ラムリーザはソニアの隣へ並ぶために歩幅を早めた。
とりあえずこれでいい。願わくは、ソニアの勝手な思い込みがなくなりますように――と、ラムリーザはひとりごちた。