ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


一途でわがままな恋人

帝国暦九十二年 黄金の月・旅人の日(現代暦:六月中旬)

 ラムリーザは、浮気をしているつもりは全くない。これは自信を持って言えることだ。

 リリスに「頼ったらいい」と言ったのは、あくまでリリスの抱えている障害を取り除くためであり、グループのリーダーとしての言葉だった。男として女と付き合うという意味で言ったつもりはなかった。

 ラムリーズにはリリスが必要であり、そのために協力できることをするのは、リーダーとして当然のことだと考えていた。

 

 この日の休み時間、ラムリーザは数人の男子クラスメイトに呼ばれて、席を離れていった。そこに、なぜかソニアもついてくる。

 すると、それに対して「ソニアはちょっと……」と難色を示す者が一人いたので、ラムリーザはソニアを席に戻るよう促した。彼女に聞かれたくない話でもするのだろうか。

 ソニアは不満そうだったが、その集まりに女子がいないのを確認すると、素直に引き下がっていった。

 そして、男子生徒だけでの会話が始まった。

「ラムリーザさあ、やっぱり君はソニアと付き合ってんだよな?」

 ラムリーザに尋ねたのは、クルスカイという名前のクラスメイトだ。

「うん、まあ正式に付き合い始めたのは今年の風花の月(現代暦:三月中旬)に入ってからだから、まだ百日も経ってないけどね」

「その間に、別れるとかそんな修羅場に出くわしたことってある?」

「ないよ、彼女は一見わがままに見えるけど、大事なところでは素直だからね」

「浮気とかない?」

「こほん……」

 ラムリーザはリリスの顔がちらついて、思わず咳き込んでしまった。

 リリスと出会ったばかりの頃は、ソニア一筋でリリスの誘惑に乗ることはなかった。だが最近になって、ラムリーズとの兼ね合いもあって、微妙な雰囲気になってきている。その大きな理由は、ラムリーザ自身がリリスに興味を持ち始めたことだろう。

 そういうこともあり、ラムリーザは心の中で『それは微妙かもな』とつぶやいた。だからこそ、すぐに持論を展開した。

「でもそうだなぁ、ソニアに僕よりも好きな人ができて、その人と付き合うのが幸せだと感じるのなら、そうさせてやりたいね。だから、こそこそ浮気するんじゃなくて、『もっと好きな人ができた』って、堂々と言ってほしいね」

「それでいいのか?」

「もちろんよくない。でもソニアを幸せにするってのが僕のポリシーだから、ソニアが僕を好きでいてくれる限り、僕は彼女を放さないよ」

 その話を聞いて、グループの一人が「やっぱ、無理っぽいな……」と肩を落とした。

「無理? 何が?」

「あー、ラムリーザ。こいつはな、ソニアのことが好きなんだよ」

「え、本当に?」

 ラムリーザは一瞬驚いたが、そういえば彼は、学校が始まった頃にソニアの髪や胸が好きだとか言ってたっけ、と思い出した。

「えーと、リリスじゃダメなの? いや、僕が言うのもなんだけど、ぱっと見はリリスのほうがよくない?」

 思わず、ソニアの話題を逸らすためにリリスを利用してしまった。可愛いけれど癖のあるソニアより、直球で美人なリリスのほうが、周囲受けはいいと思えたのだ。もちろんラムリーザ自身は、その周囲に含まれていない。

 それとは別に、改めてリリスに対するクラスメイトの評価を聞いてみたかった。

「いや、リリスはなぁ……」

 ソニアが好きと言ったクルスカイとは別のクラスメイトが、苦笑いを浮かべる。

 その表情を見たラムリーザは、これもリリスのことを深く知る機会だと思い、さらに言葉を続けた。

「リリスはすでに玉砕済みとか?」

「いや、リリスはそのなんというか……後ろめたい……」

「え? 後ろめたい? なんで?」

 ラムリーザの問いに、彼はもう一人の男子と顔を見合わせて、再び苦笑する。

「いやなぁ、昔いじめてたあの『ちびりちゃん』が、あんなに変わるなんて……いや、未来を知ってたら……というか今さら後ろめたすぎて手が出せないわ」

「それに、『根暗吸血鬼』だったしなぁ……」

「ああ、わかった、それはもういい」

 これでラムリーザの中では、リリスについての輪郭がおおよそ見えてきた。帝都でリリスが話したことと、昨日ユコから聞いたことがつながり、こちらでリリスがあまり他の男子と関わりを持たないことや、男子のほうから誘われない理由も、なんとなくわかった。

 帝都では、ジャンがすぐに口説こうとしたり、他のグループから引き抜きを持ちかけられたりするほどだというのに、である。

「リリスの話は置いといて――」

 クルスカイは話を元に戻して続けた。

「――見てるだけってのもつらくなったので、いっそ最後に玉砕しようと思う。これからソニアを誘ってみるよ。ラムリーザ、悪く思わんでくれ。ソニアを借りる」

「お、おう……」

 クルスカイの必死な剣幕に押されて、ラムリーザはやめろとも言えずに、彼の好きにやらせることにした。おそらくいきなり言い寄っても、ソニアと付き合うのは無理だろうが、少し遊びに行くくらいなら別にいいかと思っていた。

 

 ソニアに片思いしているクルスカイは、グループを離れ、一人ソニアのところに向かっていった。そして、ソニアに声をかけてみる。

「ソニア、ちょっといい?」

「んー?」

 ソニアは、興味なさそうに顔を上げて、クルスカイのほうを見た。

 この時のソニアは、大きな胸を机の上に乗せ、頬杖をついてぼんやりしていた。それを見て、クルスカイは思わずゴクリとつばを飲み込む。

 リリスも気になっているようで、ちらちらと振り返ってはクルスカイを見ている。

「近くの料理屋で、若鶏のルカリス式緑風フリットが評判になっているけど、一緒に食べに行かない?」

 それを聞いたソニアは、きょとんとした表情でクルスカイの顔を見た。

 そこにリリスが振り向いて、「ソニアが誘われてる。もてもてね、くすっ」とからかった。

 するとソニアは、クルスカイの意図を察したのか、眉をひそめ、警戒するような目つきで彼に一言聞いた。

「ラムは行くの?」

 その言葉を聞いて、リリスは思わず吹き出す。

「えっ? ラムワイクノ?」

 クルスカイも、予想外の返事に戸惑いを見せた。承諾でも拒絶でもなく、「ラムワイクノ」なんて返事は聞いたことがない。

「ラムはラムリーザのことよ! ラムも行くなら行く。ラムが行かないなら行かない」

「…………」

 この返事を聞いて、クルスカイはやはりダメだと悟った。ソニアはとことんラムリーザ一筋だということが、痛いほど理解できてしまった。彼女の言うとおり、ラムリーザを一緒に誘えばソニアを連れ出すことに成功するだろう。だが、それでは意味がない。

「若鶏のルカリス式緑風フリットね、私もちょっと興味を引かれていたのよ」

 リリスはクルスカイの顔を見て言った。そして、少しの間何かを考えるような仕草をした後、言葉を続けた。

「ソニアの代わりに私が行こうかしら?」

「えっ、リリスが?」

 リリスは黙ってうなずいた。

 クルスカイは少し考えた後、リリスを誘って行くことにした。過去はどうであれ、今はクラス一の美少女といっても過言ではない。それはそれですごいことなのだ。

 

「リリスの尻軽女! 誘われたらほいほいついていくなんて、何それ最低!」

 クルスカイが去った後、ソニアはリリスに対して悪態をついた。

「なぜそうなるのかしら? 私はまだ誰とも付き合ってないし、私のほうから行くって言ったんだけど。いつまでも過去にこだわってたらだめだもんね」

「だったらラムとデートするな!」

「してないし、それにラムリーザの彼女になったら、彼には付き合わないわ。あなたも一途なのはいいけど、窮屈そうね。食事ぐらい、いいじゃないの」

「むー……ちっぱい!」

「はいはい、Jカップ様」

 その後、ソニアは放課後まで不機嫌そうな顔をしていた。

 

 放課後、部活を終えた後、リリスはクルスカイと出かけることになった。そのために、今日はわざわざクルスカイが軽音楽部の部室で演奏をずっと聞いていたのだが、それが不満なのか、ソニアはずっと不機嫌だった。

 そして、リリスが出かける寸前になって、ソニアが騒ぎ出してしまった。

「リリスだけずるい! あたしも若鶏のルカリス式なんとかを食べてみたい!」

 その騒ぎ声を聞いて、リゲルは舌打ちしてさっさと部室を出て行ってしまった。

「あなた、自分で誘いを断っていて、今さら何?」

 リリスは呆れたような表情でソニアを見て言い放った。結局のところ、ソニアはクルスカイと出かけるのは嫌だが、その料理は食べたかったのだ。

「ラムー、食べに行こうよー、ね、リリス、あたしたちも一緒に行っていいでしょ?」

「……勝手にすれば?」

 リリスは少し悩んだそぶりを見せたが、結局、ソニアがついてくることを許可したのだった。

「いやいやいや、それはマズいだろう」

 ラムリーザは、あの後クルスカイから顛末を聞いていた。だから、今日はソニアを同じ店に連れて行くのはさすがにまずいだろうと考えたのだ。

「行きたい、行きたい。行き、たぁーい!」

「……あーもう、しょうがないな。すまんクルスカイ、僕とソニアもついていくよ」

 それでも、せめてもの配慮として、店には別々に入り、お互いに見えないように離れた席に座るという形で食事をすることにしたのだ。

 今日もまた、一途でわがままなソニアに振り回されるラムリーザなのであった。

 こんな騒ぎをひと通り終えて、ラムリーザは改めて思った。

 やっぱりソニアは、自分以外の誰にも本気で目を向ける気はないんだな、と。うれしいような、ちょっとだけ窮屈なような、そのどちらも否定できない妙な気分になった。
              
ソニアが、笑顔で幸せそうに料理(若鶏のルカリス式緑風フリット)を食べる場面
 ちなみに若鶏のルカリス式緑風フリットは、薄く衣をまとわせた一口大の若鶏に、刻んだアーケルフォッグリーフというハーブと柑橘の絞り汁を混ぜた緑色のソースがたっぷりかかった料理だった。

 外はさくっとしているのに中はやわらかく、脂っこさよりも、ハーブの朝もやの森っぽい香りと酸味のほうが先に立つ。見た目よりずっと軽い味だ。

 ソニアは一口かじった途端、目を丸くしてからにこっと笑い、「こういうの、ラムと一緒だから余計おいしいんだよね」と当たり前みたいな顔で言ってくる。たぶん料理そのものより、その一言のほうが記憶に残るのだろう。

 若鶏の香りを思い出そうとしても、目の前でほっぺたをふくらませていたソニアの笑顔ばかりが、妙にはっきりと浮かんでくるのだった。