ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


妖艶なる黒髪の美女誕生秘話

帝国暦九十二年 黄金の月・学匠の日(現代暦:六月中旬)

 リリス・フロンティア、妖艶なる黒髪の美女。

 この週末の数日間、ラムリーザは彼女とより密に過ごしてきたわけだが、そのぶん彼女に対して多少なりとも興味を抱き始めていた。そして、もっと知ってみたいという気にもなっていた。

 大勢の人の前で取り乱すきっかけになった過去のトラウマについては、リリスから聞いた昔話と、ソニアが何気なく口にしたことに焦りを見せた様子から、ある程度はそういうことなのだろうと察することができた。

 だが、そういった内面と、現在のリリスの姿が結びつかないのだ。

 それとは別に、ラムリーザには、リリスと知り合ってから徐々に感じていた違和感があった。

 リリスは美女である。何気ない仕草やしゃべり方、漂う雰囲気、何から何までが、まるで演技でも見ているかのような妖艶さを醸し出していた。

 それにもかかわらず、この二ヶ月間、リリスが他の男子生徒に誘われているところを見たことがなかった。それに、ラムリーザは、なんとなくではあるが、男子生徒の多くがリリスに対して遠慮しているような気もしていた。

 リリスが高嶺の花と思われているのなら、そうなのだろうと捉えることはできる。あまりにも相手が美しいと、オーラのようなものが凄くて手を出しにくいと思われがちであった。

 しかし、帝都に連れて行くと、ジャンはすぐに興味を示して口説こうとするし、リリスの練習のために一緒にステージに上がったグループからは、すぐに引き抜きのようなものも発生した。

 近づけば近づくほど謎が増えていくリリス。彼女の過去を知るには、それを知る者に聞くのが手っ取り早い。

 そう考えたラムリーザは、リリスの親友であるユコと話す機会をうかがっていた。

 しかし、本人の前であからさまに過去の話を聞くのは、リリスも嫌がるだろうし、しかもソニアのそばでユコと込み入った話をしていると、嫉妬されてめんどくさくなるのが分かっていた。

 そこで、なんとか自然に二人きりになれる機会を狙っていた。

 そして、その機会は、とある休み時間に得ることができたのだ。

「うーん……連れションする人この指とーまれっ」

 ソニアは席から立ち上がりながら、周囲に声をかけた。

「行ってもいいわよ」

 指にとまるわけではなかったが、リリスも席から立ち上がった。

「ラムは行かないの?」

 ソニアはラムリーザのほうを見て声をかけてくるが、リリスはそんなソニアをからかうように言った。

「あなたはトイレも『ラムが行くなら行く、行かないなら行かない』なの?」

「そういうわけじゃないけどー……」

「何だ? 裏庭で並んで連れションなら行ってもいいぞ」

 ラムリーザはめんどくさそうに、とんでもないことをさりげなく言ってのけた。

「あ、それいいね、行こうよ!」

 だがソニアの返しは、ラムリーザの想像のはるか斜め上を行っていた。まさか女の子と並んで連れションする羽目になるとは、思ってもいなかった。

「君は恥じらいというものを少しは見せろ! とっととリリスと行ってこい!」

「ふえぇっ! リリス行こっ!」

 ラムリーザの怒鳴り声に驚いて、ソニアは逃げるようにリリスと一緒に教室を飛び出していった。

「全く……」

 むすっとしているラムリーザを、ユコはくすくすと笑いながら見ている。ラムリーザは、可愛らしい笑顔を見せるユコを見て、今二人きりになっていることに気がついた。ソニアとリリスが自分からこの場を立ち去ってくれたのだ。

 チャンスだ。

「ユコ、ちょっと付き合ってもらえないかな?」

「え? あ、はい。いいですわ」

「そうだなぁ、ちょっと散歩するか」

 なるべく二人きりで話がしたかったので、ラムリーザはユコを促して席を立った。

「お前、最近多方面に手を伸ばすな。リリスに続いて今度はユコか」

 その様子を見ていたリゲルが、妙に嬉しそうに笑ってラムリーザを冷やかしてきた。まるでラムリーザがソニア以外の女の子に手を伸ばすのが、リゲルにとって面白いことのようだ。

「違うってば、ちょっと話がしたいだけだよ」

「健闘を祈る」

 ラムリーザは、その台詞にはあえて反応を示さずに、ユコを連れて教室から出て行った。そして、トイレとは反対の方向に歩いていった。

 

「ラムリーザ様が、私を誘い出して話をするって、珍しいですわね」

「ああ、期待させたなら申し訳ないけど、今日はリリスのことについて聞きたいんだ」

「期待ってそんな……で、リリスですの?」

「うん、ユコはリリスと昔から仲が良いんだろ?」

「昔からと言っても、リリスと出会ったのは中学に入ってからですけどね」

「あ、そうなんだ。それじゃあ小学時代は知らないんだ……。いやね、リリスから小学時代についてちょっとだけ聞いたのだけど、どうしてもその時の雰囲気と、今の雰囲気とが結びつかなくてね」

「そうでしょうねぇ……」

「だから、なんだか気になってきてね。それでユコなら詳しいと思って聞いてみたかったんだ」

「ラムリーザ様は、リリスに興味津々なわけですわね」

 ユコは立ち止まって、廊下の窓辺に両肘をついて外を眺めながら、「いいですわ、話してあげる」と言って昔話を始めた。

 

「三年前、私がこの町に越してきた時、隣に住んでいたのは暗くて地味な黒髪の女の子でした」

「えっ? そうなん?」

 ラムリーザには、今のリリスと暗くて地味だというイメージが結びつかなかった。黒髪に赤い瞳で暗い性格ときたら、地味というより、むしろ怖いのではないかと思った。それではまるで――何だったっけ? 確か校内ライブの時に、観客が言っていたような……?

「正直、初めて会ったときは、仲良くしたいとは思わなかったですわ。学校でもリリスは一人ぼっちでしたし、ほとんどしゃべらないし。でもね、なんだか親同士が仲良くなっちゃって、それぞれの家で会う機会が多くなってきたのよね」

「リゲルみたいに、一人でギター弾いてたとか?」

「あ、いえ、リリスがギターに触れたのはその時初めてでしたわ。そうねぇ、普段はゲームばかりやってたかな」

「それは今も変わらないね」

「くすっ、それもそうですわね。でも、私はギターも持っていたのよね。だからリリスが遊びに来たときにギターを貸して、弾き方を教えてあげたのよ。でも彼女、左利きだったから、左利き用に弦を張り替えて、そのギターをあげちゃった。だから、その時から私はキーボードオンリーですわ。あ、元々ピアノですから、そっちもできますの」

「その時からなんだね。リリスの言っていた『お部屋ライブ』が始まったのは」

「そうですわ。それにほら、私は楽譜が書けますから」

 ユコは得意そうな顔をして、ラムリーザの顔を見上げてきた。

「うん、それはユコがすごいと思う。今もすごく頼りになってるよ」

「ありがと、えへっ。でもね……」

 ユコはラムリーザから視線を外して、遠い目をして言葉を続ける。

「……こうして一緒に過ごすことが多くなると、やっぱりリリスの暗くて地味なイメージがますます気に入らなくなってきましたの」

「ユコの話を想像すると、地味というより怖いイメージなんだけど」

「怖い……とも言えますわね。あの赤い目は、まるで吸血鬼のような……こほん。だから、私はリリスを作り変えることに力を注ぎましたわ。仕草、態度、表情、口調、その他諸々を指導してみました。そして長い時間をかけて、徐々にリリスは変わっていきましたの」

 吸血鬼。その単語を聞いたとき、ラムリーザは先ほど頭の中に浮かびかけた言葉を思い出した。校内ライブの時に観客席から聞こえた『根暗吸血鬼』という言葉を……。あれって、ひょっとしてリリスのことだったのか?

 それに加えて、教室で演奏したときに一部のクラスメイトが離れた位置からニヤニヤしながら見ていた理由も、何となくわかった。ユコと出会う前のリリスを知っている者は、あの根暗がギターを弾いているぞ、と嘲笑していたのかもしれない。

「え、それじゃあ……」

「そう、妖艶なる漆黒の美女、リリス・フロンティアは私の作品です」
              
ユコが、まるで自分の作品であるように、リリスを紹介する場面
 ユコは、自信たっぷりの口調で言い放った。それはまるで、死体を蘇らせることに取り憑かれた狂気の科学者のように――というのは大袈裟だし、失礼かもしれないが。

「すごいな、ユコは。メイクまでできるなんて」

「いえ、メイクまではしてないわ。今思えば、元々素材は完璧だったのよ。表情とか、そういう表向きなところにだけ手を入れましたの。それだけであそこまで仕上がった、私の自信作よ。あれは芸術だわ、惚れるでしょ?」

 ユコは、嬉しそうな表情で、他人のことながら、まるで自分の評価をラムリーザに聞くように言った。

「うん、帝都ではすごい評判だったよ。まぁ、それでもユコには敵わないかな」

 ラムリーザは、さりげなくユコを持ち上げてみる。すると、ユコはぷいと顔を逸らして、顔を赤くして言った。

「ふんっ、お世辞を言っちゃって。どうせソニアが一番なんでしょう?」

「あ、そうだ。ソニアをもっとおしとやかに……というより、デリカシーが足りないところを、ユコの力で作り変えることはできないかな?」

「嫌ですわ。私が何も手を入れてないのに、ラムリーザ様の一番の座を手にしているような女のどこに手を入れる余地があるんですの?」

 ラムリーザは、頭をかきながら「だめかぁ」とつぶやいた。

 そこで、始業のチャイムが鳴ったので、二人は教室に戻って行った。

「でも、私はリリスの外面を磨くことはできたけど、内面までは支えてあげることはできなかったみたいですわね……」

 教室へ戻る途中、ユコは少し残念そうにつぶやいた。

 確かに、それは言えてる。過去のトラウマからくる問題は、外面を磨いただけでは解決していない。

 だから、ラムリーザはユコを安心させるように言った。

「それは僕が何とかするから、ユコは気にしないで」

「ありがとう。リリスをしっかりと成長させて、ソニアと争わせてくださいな」

 ユコはお礼を言いながら、意味深なことをつぶやいた。

 

「ラムとユコがいなくなってると思ってたら、なんで二人が一緒に帰ってくるのよ!」

 二人を教室で待ち構えていたのは、ソニアの怒声であった。

「偶然ですわ、あなたもどうせリリスと一緒に帰ってきたのでしょう?」

「二人で密会とかしてたんじゃないの?」

「してませんわ!」

 ユコは、追及を続けるソニアを、それ以上は無視して自分の席に戻っていった。

 この時は、ラムリーザとユコが二人で会っていたことをごまかしていたが、後になって放課後の部室で、ユコの何気ない文句からソニアにはばれてしまったのだ。

 

 この日の放課後、なぜかユコだけ部室に現れるのが少し遅かった。

 そして、ユコが遅れてやって来た時、彼女は不機嫌そうにむすっとしていた。

「ああもう、なんで風紀監査委員が文句言ってくるのよ。男の人と休み時間に二人で話していても、別にいいじゃありませんの!」

「風紀監査委員?」

 ソニアは眉をひそめてユコの顔を見る。そして、すぐに何かに気がついたように「あーっ!」と声を上げて、ユコのほうへ詰め寄っていく。

「なんですの?」

「ユコ! やっぱりあんた、あの休み時間ラムと二人でいたでしょ!」

「ラムリーザ様と二人でいたら、あなたに何か不利益があるんですの? 知りませんわ」

「不利益ありまくり! 誤魔化しても無駄! だってあの風紀監査委員、ラムと一緒にいたらいちいち文句言ってくるもん。しかも、ラムのいないところで女のほうにばっかり。だから、見た目何の問題もないユコが、あのちっぱいに文句言われるとしたら、ラムと会っていた以外あり得ない!」

 ソニアの剣幕に押されて、ユコは黙り込んでしまう。少なくとも、ソニアの言っているラムリーザと会っていたというのは間違いではない。

 ラムリーザはその様子を見て、このままだと泥沼になると判断し、「ユコと話してたよ」と言った。

「ラム……」とつぶやいて、ソニアは悲しそうな表情をする。

「ちょっと音楽のことで聞きたいことがあってね。ほら、楽譜書いてくれるのはユコだろ?」

「音楽? 楽譜?」

「うん。何か問題あるかい?」

 リリスのことを尋ねていたと言えば、リリスに変に思われてしまうかもしれない。だから、思いつきで楽譜の話だということに仕立て上げてみたのだ。

 それが功を奏してか、ソニアは「ん……それならいい」と言って、これ以上騒ぐのをやめたのであった。

 教室のざわめきが元に戻っていく中で、ラムリーザの胸の奥には、ユコに聞かされた『暗いままのリリス』の姿が、まだ薄く沈殿していた。

 今の彼女の笑い方や視線の向け方、そのどれもが、誰かに丁寧に磨かれた結果なのだとわかっていても、あの小さな黒髪の少女が抱えていた孤独や痛みは、簡単に消えてしまうものではないのだろう。

 外側がどれほど変わっても、心の奥に残っている傷には、そっと寄り添ってやらないといけない。

 そう思うほどに、リリスという存在が、少しだけ自分の中で重さを増していくのを感じていた。