ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


リリスとソニア、実は似たもの同士かも

帝国暦九十二年 黄金の月・星々の日(現代暦:六月上旬)

 この日、午前中からラムリーザはソニアとリリスを連れて、帝都の繁華街を散歩していた。帝国の首都ということもあり、ポッターズ・ブラフと違って、人通りも多くにぎわっている。

「全然違うのね、やっぱりポッターズ・ブラフは地方の街なのね」

 リリスは率直な感想を述べた。彼女は先月の建国祭で初めて帝都を訪れ、街を歩くのは今日が初めてだった。そしてなにより感じているのは、この街への馴染みにくさだ。見知った顔もなく、貴族の姿も多い。

 その点、ソニアはいつも通りの雰囲気を見せている。むしろ、ポッターズ・ブラフにいる時よりも活き活きとしているようだ。ソニアにとっては、まだ帝都のほうが馴染みのある街だった。

「ソニアは、やっぱりこっちが本拠地なのね。いつもより気分よさそう」

「そりゃそうよ、あたしはここで十五年も生きてきたんだもん。あっちはなんだか落ち着かないのよね。リリスみたいな田舎者がいるし」

 せっかく友好的な雑談なのに、ソニアはすぐに余計なことを言う。

「うるさいわね! で、ここの友達とは、よく昨夜みたいな破廉恥なことしてたの?」

「あいつら絶対に許さない、一人ずつになったところで蹴っ飛ばしてやるんだから」

「ふーん、都会は親密な交流も過激なのね」

「違う! あいつらがおかしいだけ!」

 ソニアとリリスの会話を聞きながら、ラムリーザは二人の後をついて歩いていた。

 着替えを持ってきていなかったので、二人とも制服のままだ。ただし、ソニアは素足になっている。学校と違って誰も文句を言わないので、ソニアは、彼女いわく鬱陶しい靴下を脱いでいるのだ。

 ラムリーザはどちらがいいか考えていた。やっぱり生足かな、いや、靴下とそうでない場所との揉み比べも捨てがたい、などと考えている。二人は、まさか後ろでそんな想像をされているとは夢にも思っていないだろう。

「あっ、ソニア発見!」

 そんなとき、通りの影から突然一人の娘が現れて、ソニアに近づいてきた。

「あーっ、メルティア、ここで会ったが百年目!」

 ソニアは、出会って早々、メルティア目がけて蹴りを繰り出す。だが、メルティアはひょいと蹴りをかわすと、ソニアの背後に回って抱きついて胸を抱えた。

「あっ、やめっ、ふえぇっ!」

「ここか? ここがええんかー?」

 メルティアは、いたずらっぽい顔でソニアを見ながら、まだ午前中だというのに「それなんて百合?」と言いたくなるような展開を繰り広げている。

「こらっ」

「あんらー、ラムリーザもいたのー、ごめんあそばせー、またねーっ」

 ラムリーザが声をかけると、メルティアはソニアから手を離し、身を翻して再び人ごみの中に消えていった。

 そんな感じで、ラムリーザとソニアにとっては思い出の地を、リリスにとってはなじみのない街並みを、それぞれ堪能していた。

 

 昼になったので、適当に昼食を買い、通りから少し離れたベンチに腰掛けて休憩を取ることにした。

 そのとき、ソニアはラムリーザとリリスをくっつけないように、自分がベンチの中央にさっと座り込んだ。そして三人とも黙ったまま、しばらく食事を続けていた。

「ソニア……」

 静かになったところで、リリスがソニアに声をかけた。「ん?」と軽くリリスのほうを向くソニア。

「ラムリーザの前で聞くのもなんだけど、ソニアはラムリーザと付き合うにあたって、やっかみとかはなかったの?」

「うーん、帝都にいたときは、まだ恋人って感じじゃなかったけどなぁ。でも、平民なのにラムと一緒にいるのは場違いってよく言われたかな、嫌な感じの貴族の娘に」

「それって辛くなかった?」

「平気よ。だって、周りがどれだけ敵になっても、ラムだけはいつでも味方でいてくれるから。ラムに心を任せていたら、何も怖くない――あ、そうそう、リリスがからかってきても、あたしにはラムがいるんだって思うと、何ともなくなるのよね」

「ふーん、それであなたは図太かったのね。へこましてもへこましても、すぐに立ち直ってくる。だからからかいがいがあるんだけどね、くすっ」

「からかわなくていい!」

 そこまで話すと会話が途切れ、再び沈黙がやってきた。

 ラムリーザはこの機会に、リリスについて深く知ってみたいと思い始めていた。

 リリスは黒髪ロングで、容姿に関しては非の打ち所がない美少女だ。いつも余裕綽々で自信家、目立ちたくてリードボーカルやリードギターをやりたがる。それでいて、人前に立つとパニックを起こしてしまう。この「ギャップ」が、失礼な言い方をすればどこか滑稽で、彼女への興味を引いたのだ。

「リリスはさ、いつから人の視線に戸惑うようになったんだ?」

 その問いを聞いたリリスは、悩むような顔でラムリーザを見た。その表情に気がついたラムリーザはすぐに付け足した。

「あ、話すの嫌だったら、さっきのは聞かなかったことにしていいよ」

「いいわ、話してあげる。しょうもない話だけどね」

 リリスは、遠慮がちに語り始めた。

「昔ね、小学生の頃。授業中に当てられて教卓に出たんだけど、全然わからなくてね、それでも何とか想像して黒板に書いてみたの。そしたら全然違う答えだったみたいで、クラスメイトから大笑いされたの」

 ここまで語って、リリスはふうとため息をつく。

「それでね、その時に私へ向けられた目。馬鹿にした目、嘲笑する目、見下す目。そういうのを見て、たぶんあの時、私はパニックを起こしたんだと思う。それでね、その時に……えーと……」

 そこまで語ったリリスは、それ以上語らずに、顔を赤くして俯いてしまった。

「……で、おもらししたのね」

 唐突にソニアが冗談っぽく口を挟む。

「えっ? なっ、何を言うのっ? そっ、そんなわけ、ないじゃないっ」

 ラムリーザは、「あれ?」と思った。

 ソニアは冗談で言ったつもりなのだろうが、リリスは明らかに狼狽している。まさか、当たり?

 ソニアは「どうしたの?」って感じにリリスを見ているが、リリスは視線をそらしてうつむいてしまった。あのソニアに対していつも強気なリリスが、である。

「何々? まさか当たり?」

「ちっ、ちがっ」

 リリスは俯いたまま、首を横に振っている。それを面白そうに覗き込むソニア。

 当たりだとしても、いや、それならなおさらこのまま放置しておくわけにはいかないとラムリーザは考え、淡々とした口調でリリスに言った。

「あー、リリス。気にしなくていいよ、それ、ソニア自身のことだから」

「えっ?」

「ちょっ、ちょっとラム、やめてよその話は!」

 今度はソニアが狼狽した様子を見せて、ラムリーザをどついてくる。

 

 ソニアも勉強はできるほうではない。

 小学生時代、リリスと同じような感じで、ソニアも指名されて教卓に立ったことがある。そのとき答えることができなくてパニックを起こしてしまった。それだけならまだいいのだが、あまりの緊張のため、その場でおもらしをしてしまったのだ。

 当然クラスは爆笑の渦。

 しかし、すぐにラムリーザがフォローに回り、その後のケアもおろそかにしなかった。

 そのおかげか、後に尾を引くことはなかったのだが。

 

「とにかく! この時からだと思うの、私が大勢の視線を怖がるようになったのは」

 リリスは、あからさまな動揺を隠すように、語気を強めて話を締めた。

 そして「あれ以来、『たくさんの目』にさらされるたび、あの黒板の前に一人で置き去りにされた感覚がよみがえるのよ」と続けた。

 三人の間には、再び静けさが戻った。

 リリスは顔を背けてしまっているし、ソニアは昼ご飯といっしょに買ってきた飲み物を飲んでいる。ラムリーザのほうは、話を聞いてみたものの、どう反応すればいいのやら判断に困っていた。

「あたしは、どれだけ笑われても、ラムがいるから平気だよ」

 ソニアは飲み物を飲み終えると、リリスのほうを向いて得意げな顔で言った。

 先ほども言っていたとおり、ソニアはラムリーザという後ろ盾があることで、いろいろと支えられている部分があるのだ。

「僕も笑ったら?」

「ラムが笑ったらあたしも笑う」

「なんだそりゃ……」

 ラムリーザの冗談に、冗談で返す余裕もあるわけだ。

「ずるいね……」

 そのやり取りを聞いていたリリスが、寂しそうにつぶやいた。

「私なんて頼る人もいないのに、ソニアにはラムリーザという後ろ盾があって。しかも生まれたときから一緒だなんて、ずるいわ。あー、うらやましい!」

「えっと、そのー……ごめん、かな? いや何でよ、あたし悪くない!」

 ソニアはどう返したらいいのかわからず、とりあえず謝るという行動に出たようだ。

「私も頼れる人、支えてくれる人が欲しいな……」

 いつも落ち着いて見えるリリス。いつも余裕綽々に見えるリリス。だが、それは外面を取り繕っているだけで、内面はこれほど脆いものだったのだ。

 そんなリリスを見たラムリーザは、無意識のうちに言葉に出していた。

「必要なら僕を頼ってくれたらいいよ。心の支えになると思うのなら、僕もリリスの心の支えになるようにするよ」

「えっ?」

 リリスは驚いたような表情でラムリーザを見て、ちらりとソニアを見てから、再びラムリーザへ視線を戻す。

 その様子を見たラムリーザは、リリスもソニアに遠慮しているのだなと感じて、言葉を続ける。

「いや、一応グループのリーダーということになっているから、当然のことかな、と」

「……そうね、ありがとう、ラムリーザ」
              
リリスはうれしそうな顔でうつむき、ソニアがなんともいえない表情で見ている場面
 リリスはうれしそうな顔をしたが、すぐにうつむいてその表情を隠す。そんなリリスを、ソニアはなんともいえない表情で見ているのだった。

 

 

 夜になると、再びシャングリラ・ナイト・フィーバーへ向かい、リリスの特訓を再開した。

 今日は、知り合いのバンドグループに頼み込んで、リリスも一緒にステージで演奏させてもらうことにした。

 そして、そのグループのリーダーも、「ラムリーザの頼みなら」ということもあり、リリスの美貌にも免じて、快く承諾してくれたのだった。

 ラムリーザは、リリスがステージに上がる前に、濃い色のサングラスを渡して言った。

「暗い場所でこれを使えば、周囲はより薄暗く見えて、観客席の視線も少しは気にならなくなると思うよ。というより、あまり客席を見ないように。自分のギターか天井の照明を見るんだ。いいね?」

「うん、わかったわ」

「ま、最悪後ろを向いて演奏するのも手だが、それは望まないだろうからね」

「それはちょっと……」

 リリスはくすっと笑って頷いて、サングラスを受け取り、ステージに上がっていった。

 リリスにとってレンズ越しに見る客席は、顔のない影の群れみたいだった。しかし、目が『点』から『塊』に変わるだけで、胸を刺すような痛みが少しだけ鈍くなる気がする。

 ラムリーザは、ソニアとジャンと一緒に、舞台袖で見守っている。

 そして、リリスを含めたメンバーの演奏が始まった。

「リリスは、腕自体はいいんだけどねぇ……」

「ふーむ、舞台であがらないようにする方法か」

 ジャンはラムリーザのほうを見て、何か思いついたようにつぶやき始めた。

「深夜番組みたいなシチュエーションでは、あがり症克服のために、ステージ本番中にバ――」

「止めい!」

 ラムリーザは、ジャンの話が危険な方向に行きかけたのを制する。

「うちの看板娘を変態さんにしないでくれ」

 そんなことを話しているうちに、ステージ上では一曲目の演奏が終わっていた。リリスの挙動に不審な点はない。どうやらうまくいっているようだ。

 

 そのグループの演奏が終わった後、ラムリーザはリーダーに話しかけられた。

「ラムリーザくん、その、言い出しにくいんだけど、彼女、リリスをうちのメンバーにくれないかな?」

 それは、時々あるメンバーの引き抜きだった。

「リリスは美人だし、とても絵になる。うちで正式に使っていきたいんだよね」

 ラムリーザは、リリスの表情を見てみた。するとリリスは、その視線に気がつき、小さく首を振って目で拒絶を示した。

 それを見て、いや、リリスの意思を確認するまでもなく、ラムリーザは言った。

「あー、うん、ごめん。リリスはうちの主役、看板娘なんだ。リリスが前に立たないと、こっちは成り立たなくなっちゃうんだ。だから、リリスは譲れない」

「そうか、それは残念、わかったよ」

 どうやら向こうはあっさりと諦めてくれたようだ。

 それを見て、リリスは安堵のため息をつくのだった。

「リリスがいなくなっても、あたしがいるから別に大丈夫だよ?」

 ここでソニアが空気を読めない発言をする。

「そう? ならあなたが移籍したらいいんじゃない?」

「絶対嫌! 常勝チームでラムと敵対するより、暗黒チームでラムと一緒に苦労するほうがいい!」

「何を言ってるんだ二人とも……。今日はもう帰るぞ」

 そう言って、ラムリーザは二人を連れて帝都の屋敷へ帰っていった。まったくソニアは、『ラムリーズ』を暗黒グループだとでも言いたいのだろうか。

 それはそれでいいとして、少しずつでいいから、リリスを場慣れさせていこう。

 それでも、今日は少しだけ光が見えた気がした。

 リリスの中に巣くう恐怖心もわかったし、それでも逃げずに向き合おうとする強さも見せてくれた。大きな一歩じゃなくていい。たった一瞬でも前に進めたのなら、それで十分だ。この調子なら、きっとリリスは大丈夫だろう。

 そう思えた途端、ラムリーザは胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。