ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


デートではなく検証へ、帝都リハーサル

帝国暦九十二年 黄金の月・太陽の日(現代暦:六月上旬)

 ラムリーズ始動に向けて、大きな障害が生じてしまった。

 ソニアとリリスの二枚看板体制で行く予定だったのだが、その片割れであるリリスの経験不足が露呈してしまったのだ。

 最悪、一枚看板ということにして、ソニア中心にすれば回らないこともない。

 だがそうすれば、リリスはプライドを傷つけられ、ギタリストになりたいとか歌手になりたいとかいう夢は壊されてしまうだろう。下手をすれば気まずくなり、彼女たちの人間関係までぎくしゃくしたものになってしまうかもしれない。

 それをなんとか回避しようと考えたラムリーザは、休み時間にリリスに声をかけた。

 ちなみに、校内ライブでの演奏は、リリスの問題がある程度片付くまで控えておくことにしていた。

 

「なあリリス。今日、学校終わったら、夜遅くなるかもしれないけど僕に付き合ってくれるかな?」

「えっ?」「えっ?」

 その発言に、リリスとソニアは同時に驚いた顔をラムリーザに向けた。

 リリスの表情はそれ以上変わらなかったが、ソニアのほうはみるみるうちに顔が赤くなり、興奮し始めた。

「ちょっと、なんでリリスがラムとデートするのよ! リリスはかっこいい男が好きなんでしょ? イケメンの平民とフツメンの貴族がいたら、どっちを選ぶのよ!」

「そうねぇ……」

「迷うくらいなら、どこの馬の骨だかわからんイケメンと付き合え! あたしは、たとえラムが貴族じゃなくて平民でもラムを選ぶ。たとえラムがフツメンじゃなくてイケメンだとしても、ラムを選ぶ」

「あなたも顔で選んでいるじゃないの、くすっ」

「イケメンじゃなくて悪かったな……」

 ラムリーザは少し不愉快になり、眉をひそめてソニアを見据えた。それでも、不細工と言われなかっただけマシか。いや、普通ならそれで謙虚に満足しておくものか?

「顔で選ぶのならリゲルのほうがイケメンっぽいじゃないの、知らんけど! だからデートはラムじゃなくて、リゲルを誘ったらいいのに!」

 ソニアはまだまだまくし立てて、その発言にリゲルは舌打ちする。

「あのね、私じゃなくて、ラムリーザのほうから誘ってきたのだけど」

 リリスは冷めた表情をしてソニアに言うが、彼女は聞いていない。

「ラム! こんなちっぱいじゃなくて、あたしと付き合ってよ!」

「ちっぱい? そりゃあJカップ様から見たらねぇ……」

「いいから落ち着け、ソニア……」

 普段は冷静なリリス、そしてすぐに取り乱すソニア。なのにステージに立つと、ソニアは平然と振る舞い、リリスは取り乱してしまうのだ。

 こんな様子を見て、ラムリーザは人間って不思議だな……としみじみ思うのであった。

「それでリリス、今日は大丈夫?」

「そうねぇ、あなたの前に閉ざす扉はないわ」

「よかった、ありがとう」

 この了承を得るためにどれだけ遠回りしたことか。

 ソニアが一人で暴走しなければ、もっとスムーズに進んだはずなのに、めんどくさかったな……と、ラムリーザは安堵のため息をつきながら思った。

 一方ソニアは、魂の抜けたような顔で「どうしてこうなった、どうしてこうなった……ふえぇ……」とつぶやき、机に突っ伏してしまった。

 ラムリーザは、リリスと大事な用事で出かけるだけなのに、なぜソニアがここまで大騒ぎしたり落ち込んだりするのか理解できず、リゲルに尋ねてみることにした。

「なあ、なんでこんなめんどくさいことになるんだろうねー」

「お前がリリスをデートに誘うからだろ。まあそのほうが面白いから俺は勧めるけどな」

 ラムリーザの問いに、リゲルはニヤリと笑って答える。

「そうか、これじゃデートみたいになっちゃうな……これは迂闊だった」

 そういえばソニアはしきりにデートだデートだと騒いでいたが、ラムリーザは気がつかなかった。

 とはいうものの、リリスと出かける必要があるのだ。

 ラムリーザは、なんとかデートじゃないふうに装う口実を探したが、これといったものが見つからないまま放課後を迎えてしまった。

 

「さあ行きましょう、どこに連れて行ってくれるのかしら?」

 リリスは席を立ち、ラムリーザを待っている。

「そうだなぁ、まずは駅に――」

 そう言ってラムリーザが席を立つと、すぐにソニアが抱きついてきて「あたしを捨てないで……」と涙声で訴えてくる。

「うざっ。この感じだとラムリーザ、今日は練習はなさそうだから俺は天文部へ行くからな」

「ああすまん、そうしてくれ」

 リゲルはソニアに軽く悪態を吐き、ロザリーンを誘って教室を出て行った。

 さて、ラムリーザはソニアを不幸にしない方法を改めて考え、これしかないという結論にたどり着いた。

「あー、ソニアも来い」

 結局、デートではないと言い張るために、ソニアも連れて三人で行くことにした。

 すなわち、両手に花作戦。傍から見たら優柔不断な二股の悪魔にでも見えるかもしれないが、この際仕方ない。こちらに下心はない。しかしそれを判断するのは傍から見た人たちだ。

 とにかくラムリーザは、ソニアとリリスの二人を連れて駅へと向かっていった。

「それでラムリーザ、どこに行くのかしら?」

「シャングリラ・ナイト・フィーバーだ」

「えっ?」「えっ?」

 今日のソニアとリリスはよく息が合っている。

 シャングリラ・ナイト・フィーバー。それは帝都シャングリラにある、大規模なナイトクラブだ。

「今から帝都に行くのかしら?」

「そうだよ。ちょっと時間はかかるし泊まりがけになるけど大丈夫かな?」

 そこでラムリーザは、リリスに家へ連絡するよう促し、きちんと親の了承を得てから帝都へ出発することにした。ラムリーザとソニアに関しては、帰省と取れるので問題ないだろう。

 汽車で帝都へ向かい、そのまま客待ちの自動車(タクシー)を拾ってナイトクラブに向かっていった。

 

 クラブに三人が到着したときは、まだ準備中で客は入っていなかった。

 そしてステージ前に、ジャン――クラブ経営者の息子でラムリーザの友人――が待っていてくれた。

 ラムリーザとジャンは軽く挨拶を済ませ、たわいない雑談を始めた。

「ジャン、今日はちょっとわがまま言わせてもらってすまんね」

「いいってこと、俺とお前の仲じゃないか。それよりも、だ!」

 ジャンはソニアとリリスのほうを向いて、言葉を続ける。なにやら興奮しているようだ。

「これ制服? すごくいいじゃん、ミニスカニーソ! しかもソニア、胸のボタン留まってねーぞ?」

「あーもう、制服イヤ!」

 ソニアは胸を腕で隠して叫び、その隣のリリスは、わざわざ靴下を上げ直す仕草を見せる。黒い生地が白い肌に食い込み、絶妙な「境界線」を描き出す。

 なぜこうもすぐ人を誘惑するような仕草ができるのに、ステージ上ではダメなのかね……やっぱり人間ってわからない、とラムリーザは思う。

「いいねいいねぇ」

「いや、だからそんなエロオヤジみたいな反応はよせって……相変わらずだな」

「いやいや、ソニアのおっぱいの大きいのはわかっていたけど、ここまであからさまに見せつけられるとねぇ」

「それはもう、自分以外の女を全てちっぱいと見下すJカップ様だから」

 うれしそうに話すジャンに、リリスはくすっと笑って燃料を投下する。

「何? Jカップって、ソニア、おま――っ」

「本題に入るぞ」

 これ以上今の話題が続くと、またソニアが騒ぎ出す予感がして、ラムリーザは話を進めることにした。

 ジャンに、リリスがステージ上で緊張して取り乱してしまうことを話し、場慣れさせるため、経験させてもらうためにステージを貸してほしいと頼んだ。

「電話で言ってた話だね。リリスさんかぁ……うん、先月祭りの日に一緒に来ていた娘だな。……待てよ、よく見たら俺、こっちのがソニアより好みだわ。どうせソニアはラムリィにしか目を向けないんだしな、カマかけるだけ無駄だ。というわけでリリスさん、今付き合ってる男いる?」

「いや、いきなり口説くな、ってそれだと軽すぎるぞジャン……」

「ははっ、それじゃ話は後にして、早速やってみようか」

 そういうわけで、四人ともステージに上がっていき、その途中でジャンはラムリーザにたずねる。

「えーと、リリスのパートは?」

「リードギターとボーカルだ」

「主役か、そりゃ大変ですなぁ。そもそも気が弱いのなら主役を張らずに、サイドギターやったほうがいいと思うんだけどね。慣れないなら、ステージの上で後ろ向きに演奏するのも手」

「いや、気が弱いってわけじゃないんだけどね……」

 リリスが気の強いほうか弱いほうかで言えば、まちがいなく強いほうだろう。ソニアの暴力的な存在感に臆することもなく、むしろやり込めている場合のほうが多いのだ。
              
リリスが、客のいないシャングリラ・ナイト・フィーバーのステージで演奏する場面
 というわけで、ステージ上で一曲演奏してみたところ、リリスは問題なく終わらせることができたのである。

 スタッフが二人入ってきた瞬間、彼女の肩が一度だけ跳ねた。音は途切れなかったが、視線が増えると拍が揺れる――そういう揺れだ。

「あれ、彼女は普通に歌も演奏もできてるじゃん。しかも普通に上手いし」

「うーん、今ここに僕たちしかいないからねぇ」

 ラムリーザは、空っぽの客席を見ながら言った。やっぱり客がいるとダメなのか、と考えるが、リリスの本当の問題を掴みかねていた。

 リリスはジャンとは先月の祭りで挨拶したくらいだから、今日もほとんど初対面のようなものである。それにもかかわらず、先ほど誘惑するような行動に出るのだ。

 知らない男を相手にしても平然と挑発できるのに、視線が増えると指が固まる。数の問題でも、顔触れの問題でもないのか。

 つまり、人見知りってわけではない。

 校内ライブのときはだめだったのに、今日はステージの上で演奏できた。規模でいえば、むしろこちらのほうが大きい。

 だとすれば、単なる経験不足からくる緊張とも違いそうだ。

 それならば、いったい何が障害になっているのだろうか……。

「数じゃない、質でもない……視線の『何』が、リリスを縛るんだろう」

 答えの出ない問いを飲み込み、ラムリーザはステージを降りる。

 窓の外では、帝都の夜がネオンの海のように広がっている。

 リリスの本当の「扉」を開く鍵を見つけるまで、この長い夜はまだ終わりそうにない。