ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


リリスの教官になろう

帝国暦九十二年 黄金の月・森人の日(現代暦:六月上旬)

 この日、朝教室に入ったとき、ラムリーザは、ユコは来ているのにリリスは来ていないことに気づき、眉をひそめた。リリスとユコは、いつも一緒に登校しているはずなのだ。

 これは昨日の件で打ちのめされてしまったのか……と思った。

「ユコ、おはようございません」

「おはようございませんですわ、ラムリーザ様」

 ぷいっと顔をそむける仕草を見せるユコ。

「なんで挨拶が否定形なのよ……」

 それに突っ込むソニアは置いておいて、ラムリーザは話を続けた。

「リリスは今日はお休み?」

「うーん、朝誘いに行ったら、リリスママに『彼女はもう出た』って言われましたの。一人で行っちゃうなんて、これまでほとんどなかったのにね」

「そうか……」

 ラムリーザは考える。やはり昨日のことがショックだったのだな、と。

 リリスが完全に諦めてしまったのなら、ラムリーズはソニア主体で行くのも仕方がない。だが、もし彼女がなんとかしたいという気持ちなら、こちらもなんとかしてあげたいし、そのためにいろいろ手立てを考えることができる。

 しかし、朝のショートホームルームが終わり、一限目の授業が始まっても、リリスは姿を現さなかった。

 なんとかしたくても、彼女がいないのでは手が打てない。

 

 休み時間、リリスがいないとソニアも静かなものだ。ラムリーザの傍に寄ってくるのはいつもどおりなのだが、大きな胸を机の上に乗せて、頬杖をついてぼんやりしている。「混ぜるな危険」といった類の文言は、こういった場合にも使用できるだろう。

 そしてユコは、ソニアのそんな様子を見て何か言いかけたが、とくに何も言わずに机に突っ伏している。ロザリーンも話が盛り上がっていないので、席を移動せずにそのまま何か本を読んでいる。

 そんな中、ラムリーザはリゲルに聞いてみる。

「リゲルなぁ、リリス、どうしよう」

「ん? リリスか? そうだな……なんとかしろ」

「そりゃあなんとかしたいのは山々だけど、彼女が落ち込んでいるんだとなぁ……」

「リリスがいないとソニア一人がメインになるんだろ? それは勘弁な」

「何で勘弁なのよ!」

 ぼんやりしていたくせに、悪口みたいなことを言われると即行で反応し、声を張り上げて抗議するソニア。

「その声がうるさいんだよ」

 リゲルは耳を押さえて顔をしかめる。

 いつものことだが、ソニアが声を張り上げると、クラス中の何人かはこちらに振り向く。それほど高く通る声なのだ。

 もしもリリスが脱落してしまうのなら、ソニア主体ではなく、ボーカルはメンバー全員で均等に、という形にするべきか。しかしラムリーザは、それを望んでいなかった。

 

 二限目の授業が終わった後の休み時間、担任の先生に連れられて、リリスが教室に入ってきた。
              
担任の先生に連れられて、リリスが教室に入ってきた場面
 その姿を見たとき、ラムリーザは安心した。これでなんとかできるかもしれない。

 先生に「もうサボるんじゃないぞ」と言われて、リリスは「はい、ごめんなさい」と答え、自分の席に向かってきた。そしてラムリーザと目が合い、気まずそうな顔をする。

「リリス、おはようございません!」

 そんなリリスに、ラムリーザは真顔で力強く挨拶をしてみた。ただし、謎の否定形挨拶だが……。

「え、あ、おはようございま……せん?」

「だから何で今日は否定形なのよ」

 ソニアのツッコミは置いておくとして、この頓珍漢な挨拶でリリスの表情がやわらいだのを見て、ラムリーザは話を続けた。

「遅かったね、寝坊した?」

 まずは深く追及せず、ありがちな理由を述べてみる。これで反応を見ようと考えた。

「え、でも――」

 何か言いたそうにするユコを、ラムリーザは手をかざして制する。

 すると、リリスは顔を赤らめて、ぽつりぽつりと語り出した。

「あのね、昨日初めてライブしたけど、見ている人が多くて、何がなんだかわからなくなっちゃった」

「そうだね、たくさん見に来てくれた人がいたからね。ラムリーズって結構期待されているのかも」

 リリスのほうから切り出してくれたので、ラムリーザは話をしやすくなった。

「うん、だからね、人前で演奏できないのが悔しくて、朝から人通りの多い駅前で、一人で無理やり弾き語りを試してみたの……。ほとんどできなかったけどね……」

「そうなんだ」

 ラムリーザはリリスにやる気があるのを知ってさらに安心した。いつもと違って口調に自信が感じられなくても、彼女は逃げなかったんだ。

「でもね、お巡りさんに補導されちゃった」

 てへっと笑ってくるあたり、それほど深刻なショックではないということだろうか。

「しかしリリスも駅前でとは思い切ったことするなぁ。まるでストリートミュージシャンじゃないか。いいから少しずつ慣らしていこうね。リリスは技術があるんだから、あとは場慣れだけだね」

 そこでラムリーザは、あることを閃いた。

 リリスは弾き語りしていたところを補導されたので、今ちょうどギターを持って教室にやってきている。そこで、今この場で弾かせるのはどうだろうか、と考えた。

「そうだ、今この場で演奏してごらん。クラス内なら、ある程度気心も知れているだろ?」

 ラムリーザは、これまでに聞いた話や見てきたことから、リリスはユコと二人だったり、部活の仲間だけの場所でやってきた時は、かなりの腕前を見せていた。

 それが、周りに人が多くなるとできなくなってしまうのだから、少しずつ相手にする範囲を広げていけば慣れていくかもしれない、と考えたのだ。

 そしてリリスは机の上に座り、ラムリーザたちのほうを向いて演奏を始めた。

 演奏を始めたリリスは、明らかに周囲が気になっている様子だ。ちらちらと周囲を見ていて、視線が落ち着かない。

 そこでラムリーザは、リリス一人にやらせるのはきついかな、と思い、ソニアにも参加するよう促した。

「ソニアも歌って。えーと、あれがいいかな」

 それは、高音域と低音域の二つのパートがある歌で、高音域をソニアが、低音域をリリスが担当して歌い始めた。

 リリスはちらっとソニアのほうを見た。ソニアは周りは気にならないといった感じで、いつも通りに歌っている。それを見たリリスは、悔しそうな表情を浮かべる。リリスにとってソニアは、いつもからかってやり込めている相手なのに、今はそのソニアのほうが堂々としているのだ。

 そんなソニアを見ていたら、リリスも吹っ切れたのか、目を閉じて表情が和らいできたようだ。というより、目を閉じた後は普段通りの感じになっていた。

 リリスはまぶたを閉じると、教室のざわめきが急速に遠ざかり、代わりに指先から伝わる弦の震えが世界の中心になったような気がした。

 教室の光は閉じ込められ、残るのは指板の地図だけ。息が胸の奥でゆっくり形になり、低音のラインが真っ直ぐ戻ってくる。客の気配はある。けれど「目」はない。拍だけを数えればいい。

 視界を捨てたことで、逆にソニアの歌声の輪郭がくっきりと浮かび上がる。寄り添う高音のラインが、迷っていた彼女の指を正解のポジションへと導いていく。

 ――独りじゃない。

 彼女の口元に、わずかな笑みが戻った。

 いつの間にか、数人のクラスメイトが周囲に集まり、輪になっていた。

 ラムリーザは、一部の生徒が、離れた位置からにやにやしながらこちらを見ているのが気になったが、何がおかしいのかわからないので、放っておくことにした。

 歌い終わった後には、集まってきた生徒たちが「二人ともうまくハモるねー」とか、「歌声が美しいよ」とか、いろいろと感想を言ってくれた。

 それを聞いて、ラムリーザは得意げな感じでクラスメイトに答えた。

「当然だよ、この二人はラムリーズの目玉、主役の二枚看板だからな」

 それを聞いて、ソニアも得意げに腰に手を当てて胸をそらす。その瞬間、大きな胸が美しく跳ねた。

「あの、その、ありがとう」

 リリスは多少ぎこちないが、ラムリーザのほうを見て嬉しそうな表情で言った。

「うん、でもまだまだこれからだよ。もっと場慣れしていかないとね」

「はいっ、ラムリーザ」

「ラムリーザではない。教官と呼びなさい」

「……教官?」

 突然のラムリーザの提案に、リリスはきょとんとする。

「あ、ラムはこの前あたしが買った『ドキドキパラダイス』やっててさー、なんか後輩の大人しい娘と仲良くしていて、教官プレイやってたよ。それで、やっぱりラムは胸が大きいほうが好みなんだよねってわかったんだ」

「言わんでいい!」

 その後、あることを思いついたラムリーザは、携帯型情報端末キュリオを取り出して電話をかけようとした。

「あ、キュリオ使ってる。やっぱり便利でしょ?」

 そんなラムリーザを見て、リリスは微笑みながら話しかけた。

「うん、だがネトゲはダメだからな」

「はいはい」

 リリスを手で追い払い、ラムリーザは改めて目的の相手に電話をかけた。

 受話器の向こうに呼び出し音が流れていく間、昨日の空白が耳の奥で鳴り続けている。

 奏でるはずだった一音。沈んでいった横顔。あの一拍は、もう二度と落とさせない。

 教室では、リリスが少し照れくさそうに、でも誇らしげにギターをケースにしまっている。ソニアは相変わらず自分の胸の弾み具合をユコに自慢して、呆れられているけれど、その明るさが今は頼もしかった。

 雑談は終わりだ。ここからは、彼女たちを本物の高みへ引き上げるための、厳しい「レッスン」が始まる。

 リリスを必ず立ち直らせる。観客の前でもあがることなく、指が迷わない場所まで連れていく。リリスが演奏できない理由は、それだけではないような気がするが、一つずつ解決していけばよい。

 そして、ラムリーズを必ず最後まで走らせる。ここで止まるなら、始めた意味がない。

 ジャンが受話器の向こうに出たので、深く息を整える。これからが大事だ。鼓動がテンポを刻み直した。

「あ、もしもしジャン。ちょっと頼みたいことがあるんだけど――」