ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


はじまりのライブ、凍ったリード

帝国暦九十二年 黄金の月・精霊の日(現代暦:六月上旬)

 この日の朝、学校にて。

 普段は誰もいないことが多いのだが、その日は校内の掲示板に数人が集まっていた。

 登校してきたラムリーザは、その光景を見て、自分たちの張り紙がとりあえず目に留まったのだな、と少し安心した。

「ねー、あれ何かな」

「ふっふっふっ、内緒だ」

 いつも一緒に登校しているソニアは、少し気にしたようだが、ラムリーザはニヤリと笑ってごまかしただけだった。彼女は少し見に行きたそうにしていたが、ラムリーザが先に進んでいってしまったので、仕方なく彼を追いかけていった。

 

 下駄箱のところで、ラムリーザとソニアの二人は、ちょうど同じ頃に登校してきたロザリーンと鉢合わせした。昨日のこともあってか、三人の間に緊張が走り、少しの間沈黙が流れていく。

「ローザ、おはよう!」

 その沈黙を、ソニアの元気な声が破った。ロザリーンは少し驚いたようだが、すぐに「おはよう」と返した。

「昨日はごめんね! ピアノはローザにとって大事な楽器なのに、あたし変なことして悪かった。あたしだって、ローザがあたしのギターの上に座っておならしたら、同じように怒ると思うし。だからごめん!」

 せっかく謝っているのに、たとえが最低だな、と残念がるラムリーザ。

 平気で大きな声でおならとか言い放つので、昨夜「恥ずかしいからやめろ」と言ったのは、そういったデリカシーのないところにも関わっているのだが、とラムリーザは思うのだ。

「そ、そんなこと絶対にやらないから安心して。それよりも、こっちこそごめんね。少し乱暴すぎたと思ってるわ。バストはデリケートな場所なのに……まだ痛む?」

 ロザリーンは一瞬引きつった笑顔を見せたが、普通に返してくれたのを聞いて、ラムリーザは安心した。

 特に今日は、喧嘩したままの状態が続いていたら困ったことになっていたのだ。

「わりと大丈夫。昨夜ラムが一生懸命揉んでくれたから」

「えっ? ラムリーザさんが揉んで?」

「余計なことまで言わなくていい!」

 事実ではあるのだが、ソニアの発した言葉は余計な一言だった。

 ラムリーザは恥ずかしい気持ちを押さえきれずに、二人を残してさっさと下駄箱を後にした。

「あ、待ってよーっ!」

 慌ててラムリーザを追おうとしたソニアは、下駄箱と廊下の段差に足を取られて、派手に転ぶのであった。

 

 昼休み、ラムリーザはラムリーズのメンバーを連れて、校内の掲示板を見に行った。

 この時期は掲示物がほとんどないので、ラムリーザが用意した掲示は目立っていた。

「これってまさか……」

「いつの間にできましたの?」

「まさかラム、昨日部室抜けた後にこれ作っていたの?」

「ふふっ、まあそういうわけだ」

 

 

校内ライブ活動について

本日より今月24日までの間、不定期で校内ライブを実施します。

お暇な方や、興味を持った方は、遠慮なく見に来てください。

場所は、第二予備棟付近で行います。

 

ラムリーズ メンバー

リリス・フロンティア ボーカル、リードギター

ソニア・ルミナス ボーカル、ベースギター

ユコ・メープルタウン キーボード

ロザリーン・ハーシェル ピアノ(キーボード)

リゲル・シュバルツシルト リズムギター

リーダー ラムリーザ・シャリラン・フォレスター ドラム

 

 

「本格的ね……」とリリス。

「ライブ初めてで、楽しみですわ」とユコ。

「え? 初めてなのか?」

 ラムリーザは、緊張した顔つきのリリスと、初めてと言ったユコに、少しばかり不安を感じた。

 そして、張り紙の前にできた輪の中心で、リリスは一瞬だけ立ち止まっていた。

 

 部活の時間になり、今日は早速校内ライブをやることにしたので、みんなで楽器を部室の外に運び出していた。部室は第二予備棟の一階にあり、裏口を出てすぐのところに、それぞれセットしていった。

 ピアノはさすがに持ち出せないので、窓際に移動させて、外からもよく聞こえるようにした。

 すでにクラスメイトたちを中心に、何人か集まっている。よい傾向だ。

 男子生徒が多い。やっぱり、美人のリリスやユコ目当てなのかな、とラムリーザは思っていた。

「ねー、ジャレスさんはいないの?」

 上級生らしき女子生徒がそう尋ねた。

「ごめんね、今日は一年生だけなんだ」

 そうラムリーザが言うと、「ふーん、まあいいか」と返した。

 もともと学校の行事の時にしか活動していなかった部活なので、先輩たちを見かけることはまれなのだ。

 まあこのグループは、リリスとソニアの二枚看板で行くことにしているから、どちらかといえば男子向けなのかもしれない。

 女子人気を増やすためには、リゲルも表に立たせるほうがいいのかもしれないが、彼はそういう方向にはあまり乗り気ではないみたいなのだ。

 集まってきた生徒たちはどんどん増えていき、次第に騒がしくなっていった。

 そのときリリスは、ケーブルをつなぐ自分の手が、思っていたより冷たいと感じていた。夏にさしかかったころだし、外気のせいではないらしい。

 第二予備棟の壁に、知らない顔が鏡みたいにいくつも貼り付いていくように見えた。視線が増えるたび、皮膚の内側に小さな針を一本ずつ差し込まれるようだった。息はできるのに、息の居場所が見つからない。

 胸の真ん中が小刻みに跳ね、拍だけが速くなる。弦を押さえる指先が自分のものじゃないみたいに感じて、視界の縁が少しだけ暗くなっていた。

 


 

「校内ライブってめずらしいよな、初めてじゃないかな?」

「真ん中の緑の娘、誰? あんな娘いたっけ? すげぇ巨乳じゃん、服からはみ出てるし」

「おっ、リゲルがいる。あの踊り子ちゃんとは別れたのかな。最近一緒にいるところを見ないよな」

「あれ、あいつ根暗吸血鬼じゃね?」

「あ、ほんとだ。根暗吸血鬼がバンド? 似合わねぇな、根暗吸血鬼の癖に」

「レフトールさん、見てみろよ。というか、歌えるの? あいつが」

「おーい、根暗吸血鬼ー、何やってんのー?」

「ぎゃははは」

 

 生徒たちの間では、なんだかよくわからない単語まで飛び出していた。何がおかしいのだろう、とラムリーザは思った。

 セットが終わり、頃合いを見計らってラムリーザは挨拶した。

「さて、お集まりの皆さん、こんにちは。今日はこの『ラムリーズ・フルバージョン』の校内ライブをお楽しみください」

 挨拶してから、ラムリーザはメンバーを見渡した。フルメンバーのラムリーズだ。みんなはどんな気持ちで臨んでいるのか。

 ラムリーザはまず、部室内でピアノに向かっているロザリーンを見た。窓越しに目が合ったので、ラムリーザが親指を立てて合図すると、ロザリーンも笑顔で同じポーズをして応じるのだった。

 次に校舎の壁際にいるリゲルを見た。彼は、いつもと変わらない雰囲気で、黙々とギターの調整をしている。

 ステージ前列の左側にいるユコは、観客に手を振っていてご機嫌のようだ。これまた校舎の壁際で、やたらとステージの端の方に居るのは、若干照れが残っているからなのだろう。

 前列右側のソニアは、なんとも形容しがたい不思議な踊りを踊っている。なにを考えているのかわからないが、テンションが高すぎるだろう。

 ラムリーザは、見ているだけで精神力を吸い取られるような気がして、さらに他人事ながら恥ずかしくなってきたので、あまり見ないようにしてさっと隣のリリスに目をやった。

 前列中央のリリスに目を向けたとき、ラムリーザは「ん?」とつぶやいて眉をひそめた。

 彼女は一人、棒立ちになっていた。ラムリーザから見える横顔は、目を大きく見開き、顔も赤く、汗のかき方も異様な気がした。

「リリス?」

 ラムリーザは彼女に呼びかけてみたが、声が届いていないのか反応がない。よく見ると、足も震えているようだ。

「リリス、大丈夫か?」

 今度はちょっと強めに呼びかけてみる。

 するとリリスは、はっとしたようにラムリーザのほうを振り返った。二人の目が合うと、リリスは安堵したかのように、軽く目をつぶりため息をついた。

 ラムリーザは、彼女は大丈夫だろうか、と不安になり始めていた。

 だが、再びソニアに目を向けると、彼女の不思議な踊りが目に入り、一気に脱力して心配事はふっとんでしまった。

「それでは一曲目行きますっ、ワン、ツー、スリー、フォー!」

 ラムリーザの紹介と合図で、「ヤーヤーヤーヤーヤーヤー」と、ソニアとユコのコーラスから始まった。

 これはオールディーズのロックンロールで、リリスがメインボーカルで歌うことになっている。

 ラムリーザは、出だしのリードギターが入っていないことに嫌な予感がしていた。そして歌が始まると、その予感は現実のものとなった。

 リリスは固まったまま俯いてしまっている。

 落ちるはずの一音目が、譜面から抜け落ちたみたいに空白になる。四拍目が伸び、観客のざわめきだけが拍を刻む。

 その様子を見たラムリーザは、普段自信満々のリリスが、実はあがり症だったのか? と思い、心の中で「あっちゃー」とつぶやく。さらに、観客の頭上に「?」が浮かび上がっているような気もした。

 ソニアも心配そうにリリスのほうを見て、すぐに困ったような顔をラムリーザへ向けた。

 ラムリーザは、ソニアと目が合ったことに少し安堵して、視線でメッセージを送る。「君が歌え」、と。

 ソニアはすぐに視線の意味を理解して、歌の続きを代わりに歌い始めた。彼女は主役になって調子に乗ったのか、大きく縦ノリしている。

 それを見た観客――主に男子生徒――の顔がにやける。

 ラムリーザは、あの調子だとソニアの大きな胸が大変なことになっているだろうと、軽く予想できた。そして、まあそれはそれで、今回はリリスのことをごまかせるからいいか、と思った。

 ソニアの声が飛び込み、穴はふさがる。観客の顔が緩み、ステージの色が戻る。
              
ライブではしゃぐソニアと、動けなくなってしまったリリスの場面
 しかし、戻らないのは一人。リリスの胸だけが深く沈黙し、背中の筋が硬直していた。弦の震えは隣で続くのに、彼女の内側は無音のまま固まっていた。

 そして二曲目は、ソニアが歌う予定だった曲を選び、ひとまず無難に終えることができた。

 リリスの様子がおかしいので、今回は二曲で終わらせることにした。開始時と同じように、ラムリーザが終わりの挨拶をして、第一回校内ライブはお開きとなった。

 

 

「リリス、大丈夫か?」

 片付けが終わった後、ラムリーザは先ほどと同じ言葉をリリスに投げかけた。彼女は俯いたまま何も言わない。よく見ると、肩が震えているようだ。

 ラムリーザがもう一度リリスの名前を呼んだとき、彼女は顔を上げ、二人の目が合う。彼女の目には涙が溜まっていて、すっと一筋、頬を伝った。そしてすぐに彼女は目を伏せ、身を翻して部室を飛び出していってしまった。

 やれやれ、とラムリーザはため息をついて、残ったメンバーのほうを振り返った。

「なあ、ユコ。リリスってあがり症?」

「え、そうなのかなぁ。部室での練習は上手かったし、昔から二人で家に集まってよく弾いてきましたわ」

「んー、人前でのライブの経験は……なかったのだったね」

「はい、こんな風に校内ライブをするのは初めてですわね。ただ、今日は観客がちょっと……」

「なるほどな、初めてということで、極度の緊張や戸惑い、いろんなものが一気に襲いかかってきたんだろうな」

 ラムリーザにとって、これは想定外のことでもあった。いつも余裕綽々なリリスを、一番の安全牌だと思っていたのに、その彼女が一番問題を抱えていたのだ。

「俺はなんとなく、そんな気がしていたんだがな……」

 リゲルは腕組みしたまま、ぼそっとつぶやいた。

「どういうことだい?」

「あいつ、授業中当てられて前に出たとき、毎回相当テンパっていただろ。普段は余裕綽々に見えるが、人前はダメなんだろうな」

「あ、それはその、そうじゃなくて――」

 ユコが何か言いかけたが、「――やっぱりいいですわ」と言って、止めてしまった。

「たとえ答えがわからんとしても、ソニアの場合は『てへぺろ』みたいなウザい反応をしていただけだろ。だがリリスは顔色悪くしていたからな」

「ウザい反応って何よ!」

 ソニアは文句を言うが、リゲルはシッシッと追い払うジェスチャーを見せただけなので、彼女は拗ねてしまった。

「こほん、えーと、ユコは平気なの?」

 このままだと話が逸れてしまうので、ラムリーザはソニアをスルーして話を進めた。

「私は小さい頃から、ピアノの演奏会とかに何度か出ていましたので」

「ん、ロザリーンと同じだね」

 ユコは良いとしても、ラムリーズはバンドの根幹に関わる問題を抱えてしまった。

「ラムリーザ様、ソニアだけをメインボーカルで行ったらいかがでしょうか?」

 確かにそれが安易な解決方法だ。

 しかしそうすれば、リリスは一生気まずい思いを抱えていくことになるだろう。

 だから、ラムリーザはその考えを否定した。

「いや、リリスのことを考えたら、彼女にも頑張って乗り越えてもらわなくちゃならない。それに、彼女の夢を大切にしてあげたいから」

「くすっ、やっぱりラムリーザ様は、優しいのですね」

 ユコの賛辞はさておき、どうするかとラムリーザは思案をめぐらせてみた。しかしどう考えても、場数を踏んでもらうことくらいしか思いつかない。

「やっぱり、慣れてもらう方法を考えるか」

 ラムリーザは、リリスのために何とかしてあげようと考えた。

 だが、慣れの問題だけではないのかもしれない。リリスの心の闇について、ラムリーザはこのときはわかっていなかったのであった。