ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


ロイヤルナイト・セッション、ロザリーン正式加入

帝国暦九十二年 黄金の月・竜神の日(現代暦:六月上旬)

 月の満ち欠けが一周するごとに、オーバールック・ホテルで、帝国南西部の有力者が集う定例パーティーが開催されている。

 そしてラムリーザは、今夜は一曲だけ、借り物のステージで『バンドとしての今』を試すつもりでいた。

 今回も前回と同じく、ラムリーザとソニアは、臨時の汽車をリゲルに手配してもらって行くことになっていた。

 前回のパーティー以来、下宿先の屋敷に着ていく用の衣装を保管しており、二人は帝都シャングリラに戻ることなく、ポッターズ・ブラフの駅へ正装で行けるようになっている。

 それから、駅でリゲルとロザリーンに合流して、オーバールック・ホテルに向かう汽車に乗ることになっていた。今回も、ポッターズ・ブラフから列車で行こうという話になっている。

 だが、駅には四人のほかにパーティー参加者の姿はなかった。

「あれ? あ、そうか、この汽車はまだ正式運行してなかったんだっけ?」

「そうだ。この時間にホテル行きで動くのは前回のパーティーの時以来、今日はまた特別に動かしてもらうよう言っただけだからな」

「この前新開地に行ったときに、てっきり正式運行が開始していると思っていたけどな」

「あれは作業員用に動いているだけで、まだ一般乗客は乗せるようにはなっていない」

「そうか、わざわざありがとうね。えっと、それじゃあロザリーンはなんでこっちに?」

「リゲルさんから話を聞いたとき、こっちのほうがおもしろそうだから、お父様に頼んで行かせてもらったのよ」

「なるほどね」

 リゲルの説明で、自分のためだけに動かしてもらっていることに気づき、ラムリーザは恐縮してしまった。他の参加者も、リゲルと知己がないので汽車は使えず、各々自動車などで向かっているのだろう。

 その一方でソニアは、特別運行の汽車でのホテル直行にひとり盛り上がっている。

「ねえねえ、これって裏ルートだよね。やっぱりあたしたちって特別なんだー」

「特別だと? お前は使用人の娘であって平民だろうが」

 リゲルは冷たい視線と冷たい言葉を、一人はしゃぐソニアに投げかける。

「なによー、あたしはラムリーザ・フォレスター夫人よ」

「いつ結婚した? いつ?」

「う……」

 リリスやユコのからかいとは違い、正論を上段から振り下ろしてくるリゲルをソニアは苦手としていて、今日も押し切られてしまった。それに、リゲルはソニアに対して、いつも棘のある態度を取っているようにも見える。

「駄弁ってないで行くぞ」

 ラムリーザは三人を振り返って、先を促した。

 

 汽車に揺られて十分ちょっとで、オーバールック・ホテル前の駅に着いた。

 汽車から降りるとき、ソニアは駅のプラットホームと汽車の隙間に足を取られて転びそうになる。この娘は、何かと転びそうになるものだ。

「危ないぞ、ちゃんと足元見て」

 ラムリーザは素早くソニアの腕を取って支えてやる。

「足元見えてないんだよな、フッ」

 リゲルはこぶしを口元に当てて笑いを隠しながら言った。

「え? ソニアは足元が見えない?」

「見えてるわよ!」

 ラムリーザは、リゲルがつぶやいたことが気になってソニアに聞いてみたが、彼女は投げやりに答えただけだった。

「あ、そこ段差……」

「えっ?」

 言うのが遅かったのか、ソニアはつまずいて転びそうになるが、先ほどからラムリーザが腕を取っていたので倒れずにすんだ。

「フッ、現状をラムリーザに伝えておけよ。そうしたら守ってもらいやすいだろ……まあ、守ろうにもどうにもならんだろうがな」

 笑いをこらえながら、リゲルはソニアに忠告めいたことを言う。

「い、嫌よ! 胸が大きすぎて足元が全然見えないなんて、恥ずかしいこと言えないよ!」

「……そうなのか?」

「あ……」

 ソニアは顔を赤くして、その大きな胸を抱えるように押さえて逃げるように会場に駆け込んで行ってしまった。

 ラムリーザはそんなソニアをぽかんと見ていたが、リゲルのほうを振り返って「どういうことだ?」と尋ねた。

「いや、あいつよく転ぶだろ。胸がでかいと足元見えないって話らしいぜ」

 ラムリーザが思い返してみれば、ソニアはよく転ぶ。教壇とか、教室の入り口とか、下駄箱とか、ちょっとした段差とか。

「うーむ。しかし、どうしたものやら……」

「知らんな」

 なんとかしてあげようと思っても、こればかりはリゲルの言うとおり『知らんな』とは言いたくはないが、どうしようもないことだった。できることを強いて挙げるとしたら、移動時に常にソニアの肩を抱き寄せておくことくらいだが、それはそれでどうかと思うのであった。

 

 三度目のパーティーとなると、みんな馴染んできているのか、新しい動きは見られない。グループもほとんどできあがってしまっている、といった感じだ。

 ラムリーザたちのグループは、前回と同じように、会場の中央にある料理の載ったテーブルの近くに陣取っている。

 そしてソニアは、早速ニンニクやハーブで味付けされた鶏肉に手を伸ばしていた。

「んー、変わりはないな。僕ら三人が雑談していて、ソニアは食事していて」

「ソニアさん、おいしそうに食べていて幸せそうね」

「それがかわいいだろ?」

「あいつだけ庶民丸出しって感じだな」

 確かにソニアには上品さがなく、周りから浮いている感は拭えない。だが、幸せそうに食べるソニアの姿を見て、ラムリーザは軽く微笑むのであった。

 

 ラムリーザは、今日あることをやってみようと計画を立てていた。

 パーティー会場には、毎回楽団がやってきていて音楽を奏でている。そこで、少しの間だけ代わってもらって演奏してみようと考えていたのだ。

 そしてラムリーザは、楽団のところへ行ってしばらく交渉し、少しの間やらせてもらうという話をつけることができた。

「よし、みんなこれから演奏の練習をするよ」

「ここで四人でか?」

「うん、ステージで演奏する機会ってあまりないからね。リゲルは、リードとリズムを組み合わせた感じで――」

「いいだろう」

「――ロザリーンはピアノパートとユコのパートをミックスさせて……は難しいかな。えっと、ソニアはいつまで食べ続けるんだ?」

「んー、おなかがいっぱいになるまでー」

「そっか……じゃあ、ベースだけは楽団の人に頼むか。うまく合わせてくれるだろうし」

「やー、あたしも一緒にやるー」

「うざっ……」

 ラムリーザとソニアのやり取りに、リゲルは思わず悪態を吐いてしまうのだった。

 

「さて、お集まりの皆さん。今日は急遽この場を借りて、『ラムリーズ・ロイヤルバージョン』の演奏をお楽しみください。ピアノはロザリーン、今日から正式にお願いするつもりです、よろしく。それでは、ソニア・ルミナスが歌う一曲、『このまま永遠に』をどうぞ」

 ラムリーザの紹介で、ライブが始まった。

 今日の観客は、パーティーに参加している有力者たちだけだ。そういう事情もあり、ロイヤルバージョンと付記して、その場だけの構成だということを表していた。

 リードギターのリリスがいないので、前奏は多少物足りない。しかし、ソニアの第一声が響いた瞬間、グラスを傾けていた有力者たちの視線が一斉にステージへ向いた。

 
キラキラ煌めく光が
二人の未来を照らすように

淡い夕暮れに 浮かぶ記憶たち
校庭に響いた 笑い声と約束
夢を追いかけた あの日の瞳は
今も胸の奥で 輝き続けてる

キラキラ煌めく光が
二人の未来を照らすように
木漏れ日の中で見つけた想い
ずっと離さないで 永遠に
 
 
手紙に綴った ぎこちない文字
季節を越えても 色褪せずに残る
涙を隠して 大人になっても
優しさの温もり 忘れはしないから

フワフワ降り積む夢のかけら
心の隙間を包むように
夕暮れの空へ願いを乗せて
そっと囁くよ 「そばにいて」

たとえ世界が崩れても
あなたと描いた夢は消えない
重ねた時間が 導いてくれる
夕陽も木漏れ日も 思い出もすべて
君と出会えた奇跡に
ありがとう――
              
パーティー会場のステージで、ラムリーザとソニアとリゲルとロザリーンが演奏する場面
 ソニアは戸惑うことなく、少し前にプレイしていた「ドキドキパラダイス」のエンディングテーマを歌い上げた。

 ドレスの裾を揺らし、慣れた手つきでマイクを握る彼女の姿は、先ほどまで鶏肉を頬張っていた少女とは別人のようだった。ラムリーザが叩き出す正確なビートが、ソニアの背中を力強く押し上げる。

 うん、とラムリーザは出来栄えに満足したようにうなずく。

 もっとも、ソニアが戸惑わずに歌えることは分かっていたのだ。数年前から、ジャンたちと組んで帝都で何度もライブをやっていたので、人前で演奏したり歌ったりするのは慣れっこなのだった。

 ロザリーンのほうも、落ち着いた様子で、どうってこともないようだった。

「私は幼いころからピアノの演奏会を何度もやったことがあるので、人前で弾くのは慣れてます」

 リゲルも、いつもと変わらなかった。そういえば、ラムリーザが初めてリゲルと会ったときも、彼は会場で一人、弾き語りをしていたっけ。

 

「ふう、やってみた感じ、僕ら結構いけるね」

「リリスさんとユコさんは、大丈夫かなぁ」

「まあ、あの二人なら問題ないと思うけど、万が一ってこともあるから、一度野外リハーサルやってみたほうがいいかもね」

 などと、ラムリーザとロザリーンが話しているところへ、一人の年配の男性がやってきて言った。

「ロザリーン、バンド活動を楽しそうにやっていていいじゃないか。また演奏会あったら見に行くよ」

「ありがとう、お父様」

 ロザリーンの父親ということは、この地域の首長でもあるので、ラムリーザも頭を下げる。

「首長さん、ありがとうございます」

「うん、ラムリーザ君、ロザリーンをよろしく頼むよ。そして『ラムリーズ』を、今後とも応援しよう」

 

 こういうわけで、ロザリーンも正式にラムリーズの一員としてやっていくことになった。

 拍手の残響がまだ胸のどこかで揺れている。ロザリーンは膝の上でそっと指を組み、「次は、もっと難しいパートも入れてもいいですよ」と小さく笑った。その指先は、まだ鍵盤の感触を忘れていないかのように、膝の上でかすかに躍っていた。

 リゲルは何も言わずにチューニングキーを指ではじき、ソニアは窓にもたれてうとうとと舟を漕ぐ。

 首長の「また聴かせてくれ」という一言が、約束の印のように耳の奥で光った。列車が闇を切り裂くたび、今日つかんだ手応えが少しずつ形になっていく。

 列車の窓にうつる遠ざかるホテルの灯りが、星屑の一つになって夜の中に溶けていく。雑談から始まったラムリーザたちの音が、今夜、社交界の喧騒を塗り替えた。

 次は野外で、六人全員で――そう決めて、帰路についた。

 胸の内で小さくカウントを取った。合図はもう、みんなに通じている。