ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
ラムリーズ結成の日
帝国暦九十二年 豊灯の月・学匠の日(現代暦:五月下旬)
建国祭の日、帝都でジャンと話し合ったその休み明けの放課後、ラムリーザは友人たちが動き出す前に声をかけた。
「あー、ちょっといいかな。リゲルも、部活に行くのをちょっと待ってくれ。みんなに話があるんだ」
ラムリーザは席を立ち、窓際に背を向けて立つ。そうすることで、周囲にいる全員が視界に入る。
席替えのときに仲間たちで一か所に固まるように席順を決めたので、こういうときはやりやすい。
「君たちは、シャングリラ・ナイト・フィーバーを知っているかな? まあ、ソニアは知っているはずだけど」
「知ってますわ、帝都で有名なクラブじゃなかった――かしら?」
答えたのはユコだった。
「私は名前しか知らないけど、リリスが将来ああいうところで演奏できたらってよく言ってましたわ」
「ああ、バンドがライブやってるらしいな」とリゲル。
「そこでだ。昨日、中学時代の友人に会って、あー、そいつ、そこの経営者の息子なんだ。それで、バンドが一組足りなくなったからということで、出演を頼まれたんだ。よかったらやってみないか?」
ラムリーザはそう言って昨日の話を切り出した。もしみんなが尻込みするようだったら、自分だけで行くつもりだったが、これを機にソニアたちが部活をきちんとやってくれるようになれば儲けものだと思った。
「やってみないか」と言った瞬間、ラムリーザの周囲の空気がわずかに震えたような気がした。
帝都の喧騒の象徴、選ばれた者だけがステージに立てる、歌声と重低音が交差する社交場。普段は「雑談」というぬるま湯に浸かっている彼女たちも、その華やかなスポットライトの残像には無関心ではいられなかったようだ。
「や、やるっ、やるよっ」
上ずった声で同意したのはリリスだ。普段の落ち着き払ったような雰囲気ではなく、少し興奮しているようだ。
「ユコ、やるでしょ? いいね?」
リリスはユコに同意を求め、いったん言葉を切り深呼吸して、いつもの落ち着き払った声で続けた。
「そうと決まれば練習ね」
短く言って、一人、席を立ち教室を出て行った。だがその様子が、早足というか小走りなのは、やっぱり気分が上ずっているのか?
「お前らが真面目に取り組むんだったら、俺はやってもいいぞ」
腕組みして、リゲルはある一点に冷たい視線を向けたまま述べた。
「な、なんであたしをにらむのよ!」
なぜかリゲルに凝視されたソニアが文句を言う。
リゲル自身、バンドはやりたいが、雑談部には嫌気が差していたようだ。
その雑談部の中心人物が、いま睨みつけている相手なのだろう。確かにソニアは、声が高くてよく響くので、雑談していたら一番目立つ存在になるのだ。
ラムリーザは、リゲルがそういうお花畑な雰囲気を嫌うことを、先日新開地をみんなで見に行ったときからなんとなく察していた。
「あたしはラムがやるなら一緒にやる」
リゲルににらみつけられたのが不満なのか、投げやりに口走った言葉はいつもの反応だ。ラムリーザと一緒がいい、それがソニアのいつもの反応である。
思わず「いつもやっているのだけどな」と言いそうになったが、ギリギリのところで踏みとどまり、残りのメンバーを見て言った。
「あとは、ユコとロザリーンだが……」
「リリスがあの調子だと、私もやるしかないですわね。クラブで演奏かぁ……」
「あの、私はとりあえず両親と相談してから……」
ユコは自由でいいけど、首長の娘というお嬢様となると、そう簡単に動けないのだな、とラムリーザは思い、あれ、そういえば自分はこんなに自由にしていてもいいのかな? と考えた。
確かにラムリーザは親元を離れ、同じく親元を離れたソニアと同居している、という自由な身分なのだ。
この日の部活は、雑談部ではなく、とりあえず軽音楽部としての体裁は整っていた。と言っても、曲を決めなければまとまらない。
リリスとソニアは二人で何かやろうとしているようだが、交互に即興演奏をしているにすぎない。
そして自己主張の強い二人は、まるでカラオケの喧嘩のようにマイクの奪い合いを始め、だんだんと雲行きが怪しくなってくる。
「あなた、ベースでしょ? でしゃばらないで裏方に回りなさいよ」
「あたしのほうが声がいいんだから、あたしが歌ったほうがいいって」
「そうかしら? キーキーうるさいようにしか聞こえないけど」
「ちょっ、まっ、なっ、うるさいって何よ!」
「あー、うるさいうるさい。リードボーカルはやっぱり客を虜にするように歌わなくちゃ」
「あたしの歌声でも十分虜にしてみせるわよ!」
「あなたの場合、歌声じゃなくてそのおっぱいで虜にするんじゃなくて? そんなに胸元広げていて、ふふっ」
「あっ、笑った! ボタンが閉まらないんだからしょうがないじゃない! 広げたくて広げてるわけじゃないのに!」
マイクの奪い合いが、本格的な口喧嘩のようになってくる。都合の悪いことに、マイクの電源を入れたまま騒いでいるので、部室中がうるさくて仕方がない。
それでも、はたから聞いていると、ソニアが一人で騒いでいるようにしか聞こえないのだが。この辺りが、リゲルににらまれる要因なのだろう。リリスは普通の口調で煽っているだけだが、それに乗せられたソニアは一人で騒いでいる。
そんな二人は置いておいて、ラムリーザはユコに「ひとまず現存するすべての楽譜を持ってきてほしい」と伝えておいた。こういうとき、楽譜作成を趣味にしているユコの存在がありがたかった。演奏するにしても、適当にやるよりは楽譜を見て正確にやったほうが良い。あとはユコの楽譜の精度に期待するばかりだ。
「楽譜よりも、あれをなんとかしろ。二人ともお前の女だろうが」
やはりリゲルは、このうるさい状態が気に入らないようだ。
「二人とも僕の女ってわけじゃないけど、しょうがないなぁ」
ラムリーザはステージへ向かい、二人からマイクを取り上げた。
「あっ、ラムが取った! それあたしの、返して!」
「どうしたのかしら? あなたが歌うの?」
それぞれの反応を見せる二人に、
「ボーカルは曲によって入れ替える。とりあえず今日は、ユニゾンで何か歌ってろ」
「なんであたしがリリスと?!」
「ボーカルは私一人で十分よ」
「二人でユニゾン! 空をマラソン! できないならマイクは没収!」
妙な感じで適当にやり込め、口論を終わらせてようやく歌が始まった。
突き抜けるような高音で、太陽のようにまっすぐなソニアの歌声。それに対し、リリスの声は絹のように滑らかで、夜の帳のように聴く者の心を浸食していく。
混ざり合えば最高の和音になるはずの二つの才能が、今はまだ尖ったナイフのように互いを牽制し合っていた。
しかし、その不協和音さえも、ラムリーザの耳には「化ける」前の原石の鳴き声のように聞こえる――ような気がした。
とにかく今日は、やる気を出してくれただけで収穫ありということにしておくことにした。
夜、夕食を終えてくつろいでいたラムリーザは、下宿先の屋敷の使用人に呼ばれた。ラムリーザ宛の電話がかかってきたようだ。
電話の相手は、昨日会ったジャンだった。ちょうどいいときにかかってきてくれたなと思い、受話器を手に取った。
「どうだ? 昨日の件だけど、返事は決まったか?」
「うん、決まったよ。グループはこっちで用意するよ。たぶん五人か六人になるかな」
ロザリーンが動けるかどうか未定なので、この辺りは曖昧に答えておいた。
「なるほど、それはいい。そっちでもバンドをやってたんだな」
「……まあね。ところで聞いておきたいことがあるんだけど」
思わず、今日から本格的にやり始めたばかりだ、と言いそうになるのを踏みとどまって話を進める。正確に言えば、告知しただけでまだ動き出したわけではない。
受け持つ時間や、楽器の用意が必要なのかなどを聞いておくのだった。
ジャンの話では、時間は一時間から二時間ほどだという。ラムリーザたちは平日は厳しいと思うので、シフトを調整して週末に入れるとのこと。楽器はクラブに備え付けのものでもいいし、持ち込んでもよいとのことだった。
「ところで、グループ名は何で登録する? 俺はもう出ないから、J&Rは使えないだろ」
J&Rとは、去年までラムリーザとジャンが中心になって活動していたグループ名である。ジャンとラムリーザの頭文字だけを取った、単純な名前である。残りのメンバーは、ソニアとソフィリータで四人組のバンドだった。
「ん、ラムリーズで」
ジャンの何気ない問いに、ラムリーザも何気なく答える。去年まで、ソニアと妹のソフィリータとの三人で自宅セッションをやっていたときに、冗談で付けていた名前を、とくに深く考えずに言ってしまっただけである。
「ラムリーズ、わかった。それじゃあ来月の二十五日に頼むよ」
「約一か月後だね、了解」
というふうに、今日はいろいろと進展のあった一日だった。
ちゃんとしたバンド活動が始まったっぽいけど、大丈夫だろうか。ソニアとリリスが早速メインボーカルの座を争っているみたいだが……。
とにかくこれが、ラムリーズというグループの第一歩となったのである。
このグループが大成するかどうかは、今後のラムリーザたちの活動次第だった。
「ラムリーズか……」
ラムリーザは、何だか感慨深くなってしまった。かつての冗談が、今、本気になりそうになっている。
それに、今の状態だとリーダーはラムリーザ自身が務めることになるだろう。
初めてのリーダーが自分にできるのだろうか? という不安と、やり遂げたいという希望が、胸の奥で静かに針を振らせる。
受話器の温もりが指先に残り、窓の外では街の灯が拍を刻む。
怖さは消えない。けれど怖さは、進む方角を照らす灯にもなる。
明日、部室の黒板に最初のセットリストを書こう。くだらない口論は、練習の汗で洗い流そう。任せるところは任せ、要るときだけ先頭に立つ――そう決めた。
喧嘩ばかりのボーカル、冷めた視線のギター、演奏よりも楽譜作成に夢中なキーボード、真面目なピアノ。
今のところまとまりのないメンバーを繋ぐのは、他でもない自分のスティックから放たれるカウントなのだ。
失敗したら笑われるだろう。成功したら、少しだけ遠くが見えるだろう。どちらにしても、今日より一歩前にいる。
夜気を吸い込み、そっとつぶやく。
「始めよう、ラムリーズ」