ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
ネットゲームをやろう その一 ~キュリオを買おう~
帝国暦九十二年 翠雫の月・氷狼の日(現代暦:五月上旬)
今日もいつも通りの休み時間、それぞれいつものポジションに移動して雑談を始めるのは、ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの四人。ソニアがラムリーザの側にくっついてきて、そこで空いたスペースにロザリーンがやってくるといったポジション取りだ。
今日も、登校途中に買ったゲーム雑誌の話で盛り上がっていた。
見開き特集には『四神演劇レグルス|正式サービス開始』の帯。スクショの光沢だけで、休み時間が一段明るくなる。
「なんかおもしろそうなゲームないかなー?」とソニアは好奇心を示し、
「このアウトドラの闇とかどう?」とユコは提案した。
しかしソニアは「このゲーム、テラクソ臭がするよ」と敬遠する。
テラクソ――先日も聞いた不穏な台詞が飛び出している。
「これなんかどうかしら? 最近サービス開始したばかりの『四神演劇レグルス』というキュリオ用ゲーム。ベータ版をちょっとプレイしたけど面白かったよ」
「キュリオ用ゲーム?」
ソニアはキュリオが何なのかわからなかった。
そこで、リリスは「これよ」と言って、鞄から取り出して見せる。以前に少しばかり見せていた、携帯型情報端末だ。この端末を使えば、情報収集から通話までできてしまう万能端末だ。
この携帯端末の名前は、キュリオというらしい。この世界には共通言語と宗教的な竜語があり、キュリオとは竜語で骨董品や美術品を意味する言葉だ。
ただし帝国では、それほど重視されていないのか、臣民の間では、とくに帝都地方での普及率は高くなかった。
しかし、クラスの複数の学生が所持しているところを見ると、帝都の上の世代には固定電話文化が根強いものの、若い学生層の間では急速に普及しつつあるらしい。連絡手段としてのキュリオが、じわじわと常識になりつつある。
「キュリオは、ゲームだけじゃなくて、通話やメールのやり取りもできるのよ」
そう言って、リリスはキュリオを数回タップした。
すると、すぐにユコの鞄の中から「たらららったったー」という電子音が聞こえた。なにかのゲームで聞いたようなファンファーレだ。確か、レベルアップだったか?
そしてユコは、自分のキュリオを取り出してソニアに見せる。そこには、リリスがユコに送ったメールが表示されていた。
「へえ、すごい。これがあれば簡単な連絡のやり取りができるね」
「そういうこと。ロザリーンは持ってる?」
「私も持ってないわ。でも必要みたいだったら、お父様に相談してみます」
「あたしも欲しいなー。あっ、そうだラム!」
ソニアは、もたれていたラムリーザを振り返り、袖を引っ張りながら言った。
「今日キュリオ買いに行こうよ!」
「キュリオ?」
「これ見て、リリスとユコのやつ、めっちゃ便利だよ」
ソニアはユコのキュリオを取って、ラムリーザに渡す。そしてラムリーザはそれを手に取り、観察を始めた。その大きさは手のひらにすっぽり収まるくらいで、薄い長方形の板のようなものだった。
「ふ~ん、メールというのは、速達の手紙みたいなものかな」
「そんなところね。でも、紙の手紙と違って一瞬で届くのよ」
そう言って、リリスはさらにキュリオを少しいじる。
すぐにラムリーザの持っているユコのキュリオに電子音が鳴り、リリスからのメールが表示された。
差出人:リリス
宛先:ユコ
件名:羊さんへ
本文:めぇ~
「……メールの内容はともかく、便利そうだね」
羊という名前は定着してしまうのか、とラムリーザは考えてしまう。そもそもラム=羊でそう呼ぶなんて、安直すぎないだろうか?
「そうでしょ。持ってないのなら、この機会に揃えない? 連絡が一気に楽になるよ」
リリスにそう言われて、ラムリーザは「買うのも悪くないかな」と思うのだった。
放課後、ラムリーザは部活に行かずに、リリスとユコの案内で、ソニアと繁華街のある隣町エルム街のほうへ出かけていた。
キュリオは、サウス・シーという店で売っているようで、四人はさっそく店内に入った。店内には、リリスたちが持っているようなキュリオがいろいろと展示されている。
「うわっ、高いよー。リリスはこれどうやって買ったの?」
「親に買ってもらったわ」
「ユコも?」
「うん」
「裕福なんだね……」
キュリオは、安くても金貨一枚からといったところだった。
自分の持っている小遣いでは手が届かないと分かったソニアは、しょんぼりしている。
「ソニアも親にねだったら……って、親元を離れてラムリーザと二人で生活しているんだっけね」
「ラムリーザさんに出してもらう……わけにはいきませんの?」
「ラムに……」
ソニアはチラッとラムリーザのほうを見る。
その頃、ラムリーザは一人で店内を見回っていた。とくに品定めをしていたわけではなく、ただ単純に買うなら緑のものをという考えで探しているだけだった。
しばらく見ていて、これだという緑色のキュリオを見つけると、ソニアを手招きして言った。
「ソニア、欲しいものは決まった?」
「え、いや、お金が……」
「決まっていないならこれにしようよ」
そう言って、選んだ緑色のキュリオをソニアに見せた。この端末は、ヒカリという名前らしい。店員が言うには、「ヒカリは電池持ちがよくて、落としても割れにくい機種」だそうだ。おっちょこちょいなところがあるソニアにはぴったりだ。
離れたところで、リリスとユコは二人のやりとりを見ていた。
「ソニアの持ちものに緑色のものが多いのは……」
「ひょっとしたらラムリーザさんの影響かもしれませんわね」
「この学校を選んだのは、さすがに偶然かな?」
彼女たちは、制服である緑色のミニスカートを履いていた。そして白いブラウスの上に着ていたベストも緑色系だった。
結局、ソニアはお金が足りなかったので、ラムリーザが同じものを二つ買うことになった。一つ金貨二枚だったから、合計で金貨四枚支払うことになったのだ。
通信費は月に銀貨二十枚前後。ゲームは基本無料で、衣装や便利機能は有料といった具合に、今の時代らしい相場だった。
「やっぱりラムリーザってお金持ち?」
ぽんと金貨四枚を支払ったラムリーザを見て、リリスは興味深そうなそぶりで聞いた。高校生の小遣いは、一般的に銀貨五十枚である。金貨にして半枚の価値だ。ちなみに銀貨の価値は、缶ジュース一本が銀貨一枚といったところである。そんな場面で、ほいっと金貨四枚も出したラムリーザに対し、何かあると勘づいたのだろう。
「えっと、まあそうなるかな」
「やった、これでキュリオのゲームができるよ、できるよ」
その一方で、ソニアは嬉しそうに興奮している。
その様子を見て、ラムリーザは微笑む。ラムリーザは、ソニアが幸せそうにしているのを見るのが好きなのだ。だから何でも買ってあげようという気分になるのだった。
「じゃあ、今日帰ったら早速『四神演劇レグルス』やってみよーよ」
「いいですわ。あ、せっかく同じゲーム内で勝負できるなら、十日ほど育てて、誰が最強になるかやってみませんか?」
これからプレイするゲームが決まり、ユコはもっと面白くなるように勝負事を提案した。
「あ、それおもしろそう。やろうやろう」
すぐに乗ってきたソニアだった。ソニアもキャラクターを育てるのは好きだった。学校が始まる前に帝都でプレイしていた戦略シミュレーションゲームでも、戦略知識の乏しさを補うためにユニットを育てて、力でごり押しするといったプレイをしていたものだ。
「では、一番勝った人が、好きなことを命令できるというルールでいいですわね?」
「ふっ、いいわよ」
「うん、いいよ」
こうしてリリスとソニアは乗り気だったが、このユコの提案が数日間の地獄を作り上げるのだということに、この時点で気づいている者はいなかった。
そんなことも知らないラムリーザは、まるで保護者のような顔をして、はしゃぎ回る三人を温かい瞳で見守っているのだった。
その夜、ラムリーザが夜風に当たっているときも、部屋でくつろいでいるときも、ソニアはキュリオでゲームをずっとやり続けていた。
そして寝る時間になって、ラムリーザがベッドに入ったときも、ソニアはまだやり続けていた。
「おーい、そろそろ寝るぞ」
「うん、もうちょっと」
もうちょっとと言うが、動こうとはしないようだった。よっぽどゲームが気に入ったのか、キュリオから目を離そうとしない。
仕方がないので、ラムリーザは先に一人で寝ることにした。
やれやれ、とラムリーザは思った。そして、ダブルベッドってやっぱり広いのだなぁと、改めてその広さを一人で体感するのだった。
そのとき、静かな部屋に「ピコン」という電子音が響いた。
画面の淡い光だけがソニアの顔を照らしている。どうやらキュリオが「充電残量20%」という赤い警告を点滅させていた。だが、当の持ち主は夢中で画面をタップしており、通知などまるで見えていないようだ。
ラムリーザは布団の中からその様子をぼんやり眺めた。キュリオの光がソニアの頬を照らし、まるでキャンプの焚き火のように温かく見えた。新しい玩具を手に入れた子どもが、眠気より好奇心を優先する、そんな当たり前の光景なのかもしれない。
「やれやれ、夜更かしは美肌の敵だぞ」と小声でつぶやくが、返事はない。代わりに「通信制限まであと100メガです」という無機質な音声が流れた。
「制限? なんだそれ……まあいいか」
言葉の意味も気にせず、ラムリーザは目を閉じた。
その数秒後、ソニアの端末が再び光を放つ。新しい通知、「フレンド登録:リリス」「リリスが同盟「魅惑の壺」に招待しています」というものだ。
――まだ始まったばかりなのだ。
翌朝、この通知が数日間の終わりなき戦いの火蓋になるとも知らず、ラムリーザは呑気に寝返りを打ち、広いベッドの真ん中で、気持ちよく夢の中へ沈んでいった。
カーテンの隙間から差し込む月光よりも鋭く、ソニアの手元にある小さな画面は、夜の闇を青白く切り裂き続けている。
「あは、すご……」
闇の中に溶けるような小さな独り言。彼女を照らすその光が、二人の平穏な日常を少しずつ、けれど確実に塗り替えていく予兆であることを、深い眠りに落ちたラムリーザが知る由もなかった。