ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
新開地に行ってみよう その一 ~授業と休み時間~
帝国暦九十二年 翠雫の月・月影の日(現代暦:五月上旬)
とある授業中、教師は黒板に問題を書き、生徒を前に立たせて解かせようとしていた。
運の悪い生徒はこういうときに当てられるので、クラス内はしんと静まり返っていた。
机に手を置き、頬杖をついて、興味なさそうにしていたリリスが指名された。こういうときは、目立っている者が不利であった。リリスは一目でわかる美少女なので、他の人よりも目に留まりやすいのかもしれない。
リリスは落ち着いた様子で教壇に向かっていく。ラムリーザはその後ろ姿を見て、歩くさまが優雅でまるでモデルのように美しいと思った。
左手でチョークを取り、腰に右手を当てて問題を眺めているが、答えが分からないのか、それ以上動く気配はない。
小さくため息を吐いたリリスは、ちらっと席のほうを振り返ったと思うと、何か恐ろしいものでも見たかのように目を見開き、体を硬直させる。クラスメイトの視線は、教壇にいるリリスに集中していた。妖艶な美貌を持つリリスは、いろいろな意味で注目を浴びているのだろう。
リリスは再び黒板のほうを向き、チョークを握りしめるが、どうがんばっても問題は解けそうになかった。
というより、先ほどと違って顔色が悪いような気がした。よく見れば、チョークを握る指先がかすかに震えていることに気づいたかもしれない。
「なんだリリス、分からないのか?」
固まったままのリリスに、教師は声をかける。それに対して、リリスは黙ったまま小さくうなずいただけだった。
「もういい、席に戻りなさい。じゃあ次はその後ろの、ソニア」
「はいっ」
教師に呼ばれたソニアは元気よく立ち上がり、額に脂汗を浮かべて具合が悪そうにしていたリリスとすれ違い、教壇に向かっていく。そして教壇に上がろうとして、その段差につまずいて派手に転んだ。その背中にクラスメイトの笑い声が重なった。ソニアが転んだ拍子に、パンツが丸見えになるラッキーショット!
教師の咳払いで笑い声はぴたりと止まる。笑いの余韻が引くと、教室は急に冷えたように静まる。
ソニアは慌てて立ち上がり、膝の埃を払ってから、そっと背筋を伸ばして問題に取り掛かった。彼女は大きな胸の下で腕を組み、チョークも取らずに真剣な表情で黒板の文字をじっと見据える。
しばらく続く沈黙……。
そして唐突に、ソニアは教師のほうを見て、てへっと笑う。
「ダメ、やっぱりわかんない」
教師はため息を吐き、ソニアを席に戻るように言って、次は後ろのロザリーンを指名した。
ソニアは、ロザリーンとすれ違いざまにハイタッチをしようと手を上げたが、ロザリーンはスルーして通り過ぎていった。拗ねたソニアだったが、ため息をつくラムリーザと、リゲルの冷たい視線を見て、すごすごと自分の席に着いた。
一方、教壇に立ったロザリーンは、人差し指でメガネをクイッと上げると、問題を一気に解き上げたのである。
そして休み時間、今日も特に変わったこともなく、淡々と時間が過ぎていく。
教室の机は横長になっていて、二人で一つの机を使うという形になっている。そして椅子は後ろの机と一体化していて、横に五人座れるように椅子が五つついている。
普段、授業中はそれぞれ端の椅子に座っているのだが、休み時間になるたびに移動が起きる。すなわち、ソニアはいつもラムリーザの背中に寄りかかり、空いた席にロザリーンが滑り込み、前のリリスとユコを交えて四人の輪ができる。それが、いつもの光景だ。
ラムリーザはソニアに背中を預けて窓の外をぼんやり見ていて、リゲルは黙って雑誌を読みふけっている。
それが最近ではもう珍しくない、日常の光景になっていた。
今日は、普段はあまり話しかけてこないリゲルが、珍しくラムリーザに話しかけた。ラムリーザは身体をひねり、後ろの机に肘をついた。
「昨日のことだが、ユライカナンとの貿易に向けた拠点になる新開地と、この町との間の鉄道が開通したぞ」
「へー、早いね。もっとかかるものだと思っていたよ」
「むしろここからが長い。これから一年ほどかけて、そこからユライカナンまで路線を敷いていくのだからな」
リゲルの家であるシュバルツシルト家は、鉄道事業や運輸事業を取り仕切っていて、主にこの地方の物流や輸送を管理している。その会社が敷く路線は総称して『シュバルツシルト鉄道』と呼ばれる。
そして今は、今年から始まった隣国ユライカナンとの貿易のための路線を作っているところだ。
だから、貿易拠点となる地方の領主になる予定のラムリーザとリゲルは、切っても切れない関係だ。
「そこでだ。明日は空いているか?」
ラムリーザはチラッとソニアのほうを見て、少し考えて答えた。
「確か明日は今のところ予定はないよ」
「それならちょうどいい、新開地に行ってみないか?」
「鉄道の開通記念だね」
「そういうことだ」
そう言って、リゲルはニヤリと笑う。今は一般客は新開地までの路線を利用できないが、彼の力があれば、作業員たちに混じって行くことも可能だろう。
ラムリーザは、そこを見に行くのも悪くないと考えた。さらに、その地では来年から住む予定の新居が建設中だとも聞いている。
まだ線路と資材と仮設の建物しかなくても、そこに人の声がして、灯りがともり、朝になればまた誰かが働き始める。そうやって場所は少しずつ街になっていく。
地図上の点が生活の気配を帯びる瞬間を見たい。そう思えば、それを見に行くのも悪くないだろう。
そこでラムリーザは再びソニアのほうをチラッと見て、遠慮しがちに言った。
「なあリゲル、明日のその件だが、ソニアも連れていっていいか? ああいや、リゲルが二人きりのほうがいいと言うなら連れて行かないが」
「男同士で二人きりになりたいとか変なこと言わせるなよ。連れてきたかったら連れてくればいい」
「悪いな」
そこでラムリーザは、くるりと身体を入れ替えてソニアのほうを向いた。
ソニアはリリスたちと、ゲーム雑誌を囲んであれやこれや言い合っている。次にやるゲームでも決めようとしているのかもしれない。
「ソニア、明日出かけるぞ」
「バイト博士とシギル氏の放火が刻? なんかこのゲーム、テラクソ臭がするよ――って、何? どこ行くの?」
何だか一瞬下品な単語が聞こえたような気がしたが、ソニアはラムリーザのほうを向いて聞いた。
「新開地だ。今、新しく貿易拠点と新居を作っている場所だ。そこに明日出かけるぞ」
「ラムが行くなら行く。それよりも、ドラゴンズ・ユイのほうが面白そう」
場所などどうでもよさそうに、あっさりと返事をした。まるでラムリーザが行かなければ行かないみたいな様子だ。そういう言い方を、ラムリーザは嫌いではなかった。
そして返事が終わると、すぐにゲームの話に戻ってしまう有様だった。
「ドラゴンズ・ユイもテラクソだけど、それよりも今帝国で話題になっている、隣国――えーと何だったかしら。ユライ……ユライカナン。そうだわ、隣国ユライカナンとの国交に向けた話よね?」
しかし話が聞こえたのか、リリスが興味を示した。そしてラムリーザのほうに身を乗り出してきて聞く。
「私たちも行っていい? あ、ユコも来るよね」
ユコも小さくうなずいて了承する。
「じゃあ私も行くことにします」
話を聞いて、ロザリーンまで乗ってきた。まあこの流れからすればそうなるだろう。
ラムリーザは再びリゲルのほうへ向き直って言う。
「すまん、何かみんな行くことになったみたい」
「やれやれ、研修旅行がピクニックになってしまった……」
「まあ、ピクニックのほうが、研修旅行よりは楽しそうでいいかなぁ」
ラムリーザはそう言うが、リゲルは苦笑いしているだけだった。
といったところで、授業開始のチャイムが鳴り響いたので、話し合いに区切りをつけた。
「それじゃあ、明日九時に駅前集合ね」
「はーい」
というわけで、明日は新しい貿易拠点になる新開地にみんなで視察に行き、場合によっては遊びも兼ねることになったのである。
来年からラムリーザが住むことになる街は、今どのような姿をしているのだろうか。
ラムリーザは、ポッターズ・ブラフでのソニアとの生活が楽しくて、来年から自分が移る先のことをすっかり忘れかけていた。
朝になれば隣にソニアがいて、学校へ行けばいつもの顔ぶれがいて、休み時間になればくだらない話で笑っている。そんな日々が思った以上に心地よくて、来年のことなど、まだ遠い先の話のように感じていたのだ。
けれど、明日その場所を見れば、未来は急に輪郭を持ち始めるのかもしれない。まだ地図の上では名前しか持たないその場所だからこそ、そこでは何でも始められる気がした。
線路が延び、人が集まり、家が建ち、やがて街になっていく。線路の先にあるのは、ただの工事現場ではないのかもしれない。そこは、いつか自分が暮らし、何かを始め、誰かを迎えることになる街だ。
その最初の息づかいを、自分は明日、見ることになる。
そう思うと、胸の奥に小さな熱が灯るのを感じた。
果たしてそこには何があるのか?