ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


清い交際検証騒動

帝国暦九十二年 翠雫の月・鍛冶師の日(現代暦:五月上旬)

「ソニア、あなた、ハゲってどう思う?」

 いつもの教室、いつもの休み時間。唐突に、リリスはソニアに話しかけた。

「ハゲって、毛が少ないってことよね。だったら猿と人間を比べたらどうよ? 猿と、今の人間って、どっちが毛が多い? 猿よね? 進化したら毛が減ったよね? だから、ハゲって、人間がより進化したものなんだと思うんだ!」

 ソニアは、謎の理論を持ち出してハゲを肯定した。ちょっと聞いただけなら正しい理論のように受け取ることもできそうだ。しかし、なぜハゲを擁護するのだろう。

「それで……あなたはハゲをどう思うのかしら?」

「たとえラムがハゲても、ラムが一番なのは変わらないから! ハゲたラムは新人類なんだ! 新人類よ、永遠なれ!」

 リリスは、興奮してよくわからないことを言い出すソニアから視線を逸らし、今度はラムリーザに迫ってきた。

「ふーん。それじゃあラムリーザ、試しに頭の毛を剃ってハゲにしてみてもらえないかしら?」

「なっ……何を言い出すんだ、君は。別に僕をつるっぱげにしても、ありがたみが百パーセントを超えることはないよ」

 ラムリーザは、突然突拍子もないことを提案されて、よくわからない返事をしてしまった。ありがたみとは何なのか、自分でもよくわからない。

「やってみてよ、ソニアの反応見てみたいから」

「ほぉ、それならついでに額に三本の傷を入れて地獄突きを食らわすけど、それでもかまわないかい?」

「体重150kgまで増えたら、やってもいいわよ」

「なんだそれは……」

 ラムリーザは、頭を剃れだの、150kgまで太れだの、無理難題を言ってくるものだと思った。そこで、ラムリーザは二人を巻き込むことにした。

「そもそも、なんで僕が頭を剃らないといけないんだよ。リリスとソニアもつるつるにするんだったら付き合うよ?」

「えー、剃ったら、ラムの好きな緑色の髪がなくなっちゃうよ?」

「そうなると、あなた大変なことになるわよ。私とソニアのキラキラダブルヘッドバットを食らい続けて、二度と立ち上がれなくなるわ」

「勝手にしてくれ」

 ラムリーザは、付き合っていられないと思い、ソニアやリリスに背を向けると窓の外を眺め始めた。

 

 

「おぼこ看破超流体って、知っているかしら?」

 しばらくして、リリスは何やら企んでいる顔でソニアを見ながら、銀色の容器に入った液体を取り出した。容器は直径五センチほどの円形で、深さは三センチほど。全体が銀色の、ハンドクリーム容器のようなものだった。

「何それ……」

 ソニアは、怪しいものでも見るような目つきで、その液体を見る。そんなソニアの様子を見て、リリスは悪戯っぽく微笑んだ。

「簡単なテスト試薬よ。試験対象が、おぼこかどうかを判別するの」

「おぼこって、処女ってこと?」

 ソニアは眉をひそめてリリスの顔を見るが、リリスは微笑を浮かべたままだ。ただ、目つきに悪戯心を感じる。

「そう。髪の毛を一本、この液に浸すと、非処女なら液体が緑っぽくなって、処女ならそれ以外の色になるのよ」

「へ、へぇー」

 リリスの説明を、ソニアは少し落ち着かない様子で聞きながら相づちを打つ。処女とか非処女とか言われて、気が気ではないのだ。身に覚えがないのに非処女判定が出てしまったらどうしよう、と。

「男性の方は、結婚するならやっぱり処女のほうがいいよね。ねぇ、ラムリーザ?」

「んあ?」

 ラムリーザは、突然話を振られて妙な返事をしてしまった。ソニアとリリスが会話を始めてから、ずっと窓の外を見ていたからだ。今日は、屋根の上に美しいライラックニシブッポウソウがとまっていたので、それに見とれていた。

 そもそも処女がどうこうなど考えたこともなかったし、結婚するならそのままソニアとするものだと考えていたからだ。処女とか非処女とか言われても、ラムリーザにとっては、いずれそうなるソニアなのだから……。

「ものは試し、私がやってみるから見てごらん」

 そう言ってリリスは、自分の前髪を一本とって液体に浸す。

 横からは不透明な容器なので色はわからないが、上から覗くと液体は黒っぽく染まっていた。

 リリスは、次にユコにも試させる。彼女が同じようにやってみると、今度は液体が薄い金色に染まっているように見えた。

「ね、こんな感じにわかるのよ。さあ、ソニアもやってみて」

 そして今度は、ソニアの前に容器をそっと置き、悪戯っぽい微笑を浮かべて促す。

「え、いや、処女とかそんなのどうでもいいでしょ?」

 ソニアはそわそわしながらラムリーザのほうをちらちら見ている。

「ラムリーザ、ソニアはああ言ってるけど、どうなのかしら?」

「いや、だってソニアは――」

「あーもう、わかったわよ、やればいいんでしょ?」
              
液体が緑っぽく染まり、ソニアが顔を赤らめる場面
 ソニアはそう言い放つと、自分の前髪をつまんで液体に浸した。液体は緑っぽく染まり、ソニアの顔はみるみる赤くなっていった。

「くすくす、やっぱりね」

 リリスが悪戯っぽく笑って言ったとき、ソニアはドンと机を叩いて声を張り上げる。

「ええ、あなたの言うとおり、あたしたちは一緒に暮らしてる! でもね、門限・自習・就寝ルールは、ちゃんと守ってるから! 処女とか非処女とか知らない! 何か文句ある?!」

「……と言ってるわよ、ラムリーザ」

「うーむ、門限があったのか? とか自習をやっていたっけ? とかツッコミたいところはあるが、一緒に暮らしてるなんてことを大声で言うな」

「ラムー……」

 クラスメイトたちは、ちらちらと訝しげな目でソニアを見ている。

 そもそも同居はしているが、夜は「自習→就寝」の順で、枕は二つ、間に細長いクッションで境界線を引いていた。それがルールのはずだった。夜更かしでゲームをしないこと、それが二人の合意であった。もっとも、そのクッションは毎晩すぐにどこかへ行ってしまうのだが、それは内緒である。

「ところでさ、それ男が使ったらどうなるんだ?」

 ラムリーザはあまり追及されると苦しいので、とりあえず話題を変えることにした。

 そしてすぐに、自分の髪の毛を一本その中に入れてみる。すると、自分の髪色と同じような色に染まったように見えた。

 次に、後ろを振り返ってリゲルの髪の毛をもらう。

 そしてリゲルの銀髪を入れると、溶液は銀色に染まったように見えるのだ。

「まさかな……」

「あ……」

 リリスが止めるよりも早く、ラムリーザは容器を持って席を離れた。

 そして、近くの席にいた赤毛の男子に髪の毛を提供してもらい、その溶液に浸す。すると、溶液は赤く染まったように見えるのだ。

「うむ、やはり……」

 そうつぶやいて、ラムリーザはクラス内を見渡した。するとちょうどよく、緑色の髪をした男子生徒がクラスにいるのを見つけた。

 

「この髪の毛は、クラスメイトのスコットのものだ。わかるね?」

「…………」

 ラムリーザはその男子生徒からも髪の毛を提供してもらい、自分の席に戻ってから言った。スコットとは、先ほど見つけた緑色の髪をした男子生徒のことである。

 リリスは何も答えずに、苦笑いを浮かべているだけだ。

 そして、ラムリーザが持ってきた緑色の髪の毛を浸すと、果たして液体の色は緑色っぽく見えた。

「彼も経験あり扱いになるのかい?」

「いや、男子がやると別の反応が出る……らしいわ、たぶん」

 リリスは、視線を右に逸らしながら、落ち着かない感じでつぶやいている。その視線のそらし方は、どう考えても嘘だな……。

「じゃあ、僕が試しても緑色にはならないわけだね?」

「あーもう、降参。それは容器の壁面に反射して、液体が髪の毛の色に染まって見えてるだけよ」

「やはりね……」

「ちょっと、何それ? 髪の色で決まってただけなの? 何なのよ!」

 つまるところ、ソニアの青緑色の髪が、そう見せていただけなのだ。

「二人が同棲してるって聞いたから、『境界線ルールを本当に守ってるか』確認しただけよ。くすっ」

「いや、そんなこと確認しなくていいから……」

「むー……」

 悪戯っぽく微笑んでみせるリリスに、ラムリーザは苦笑いを浮かべ、ソニアは不満そうな顔をする。

 要するに、ソニアはリリスに担がれただけなのだ。そしてラムリーザは、そのとばっちりを受けたにすぎない。それ以上、特に意味はない。

 本当にそんな検出液があったとしたら、世の中は大騒ぎになっているはずだからね。

 そもそも「おぼこ看破超流体」なんて名称から怪しいと勘づかない時点で、ソニアの負けみたいなものである。

「じゃあその液体は?」

 ラムリーザの問いに、リリスは「ただの水道水よ」と答えた。

 ソニアは、机に突っ伏して「ふえぇ……またリリスの口車に乗った……」と呻いた。

 リリスはそれを見て、肩をすくめながらも悪びれずに笑う。

「どうかしら? 名前に『超』とか『看破』とか入っていたら、大抵は怪しいのよ」

「ぐぬぬ……次は絶対見抜いてやる!」

「はいはい、その意気ですわ」

 ユコがノートを閉じる音が、パタンと小さく響いた。

 ラムリーザはそんな三人を見て、軽く肩をすくめた。

「……まぁ、今日も雑談部は平和ってことで」

 そして授業のチャイムが鳴り、教室がざわつく。光を反射する銀色の容器だけが、机の上に取り残されていた。

 中身は空っぽ――けれど、昼休みの笑い声はまだ少しだけ残っていた。