ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
二度目の夜会、風紀委員は領主の娘
帝国暦九十二年 翠雫の月・星々の日(現代暦:五月上旬)
今日は、アンテロック山脈の中腹にあるオーバールック・ホテルで二度目のパーティーが行われた。前回の好評を受けて、毎月最初の週末に集まろうという話になったのだ。親睦を深めたり、将来の展望を語り合う場にすることにしていた。
今回は、とくに地元有力者との顔合わせが主眼だった。新路線の利害が重なるぶん、挨拶の順もいつもより厳密になる。
ラムリーザとソニアは、一旦帝都シャングリラの実家に帰り、そこでパーティーに出る準備をしてから出かけた。二人とも衣装は実家に置いてきているからだ。そして毎月行われることになったので、衣装は今後、下宿先の屋敷に置くことにした。
「ソニア、二度目だしもう無駄に緊張することはなくなったかな?」
「たぶん、あー、またおいしいご馳走が食べたいなぁ」
「幸せなやつだなぁ」
ラムリーザは、わくわくした様子で嬉しそうにしているソニアの頭を撫でながら言った。ポッターズ・ブラフを出て、オーバールック・ホテル前へ向かう汽車の中で、二人はたわいない会話をしていた。
すると、向かいの席に座っていたソフィアが話しかけてきた。ソフィア・マリーチ・フォレスター。皇帝の姉であり、ラムリーザの母親である。
「あなたたち、学校は慣れました? 二人だけで生活、うまくいっているかしら」
「うん、大丈夫だよー」
「ソニアが無用の不安で暴走して怪しい時期もあったけど、概ね良好かな」
「もー、その話はもうやめてよー」
不満と恥ずかしさの混じった顔でラムリーザを小突くソニアだった。
もっとも、ソフィアは、二人が親戚の屋敷という同じ場所に住んでいるとしか知らず、同居しているとは考えていない。普通に二部屋間借りしていると思っているのだ。
そんなこんなをしているうちに、蒸気機関車は山肌を縫うように進んでいた。
やがてアンテロック山脈の中腹へと差しかかり、汽車はオーバールック・ホテルに到着した。
この区間の線路は、つい先月ようやくポッターズ・ブラフから延伸されたばかりで、駅舎もまだ仮設だ。足場の残るホームには、木箱やレンガが積まれ、作業員が漆喰を塗っている。
ラムリーザはその光景を眺めながら、「開発ってのは、こうやって街が呼吸を始めるものなんだな」とつぶやいた。
ほどなく列車は笛を鳴らし、オーバールック・ホテルの前で停車した。汽車の白い蒸気が風に溶け、山に静けさが戻ったその瞬間、二人の新しい夜会が再び幕を開けた。
「なんだか壊れそうな駅だね」
「完成する前の作っている段階で壊れても困るけどな」
ラムリーザは、むき出しの鉄骨に触ろうとするソニアの手を取って、その場から離した。下手なところを触らせたら、ソニアの言う通り壊れるかもしれない。
「でもこのドレス、やっぱり丈が長くて嫌だなぁ」
ソニアは、ドレスの裾を気にしながら言った。
「歩きにくいか?」
「短いほうが動きやすいんだよ」
「ほう」
ラムリーザはソニアの足元を見たが、ドレスの裾に隠れていつもの健康的な足が見えない。
「見る?」
ソニアはラムリーザの視線に気づくと、そう言ってドレスのスカートに手をかけたので、ラムリーザは慌てて止めた。
「やめとけ、こんなところでスカートまくったりしていたら、他の令嬢に白い目で見られるぞ」
まったく、庶民感あふれるソニアは、こういう場に出るにはデリカシーが足りない。そういうところが、似非お嬢様であるゆえんでもある。それでも、ラムリーザは、ソニアのそういうところも嫌いではなかった。
「しかし、そんなドレス着ていたら、足元が見えにくいよね」
「むっ、平気だよー、このくらい」
と言っているそばから、ソニアは段差に足を取られて転びそうになるが、ラムリーザが手を引いていたので、ぎりぎりのところで転ばずに済んだ。
「ほら見たことか……」
「ドレスのせいじゃないもん!」
「じゃあ何だよ」
ソニアは、ラムリーザの問いには答えず、ただ俯いて自分の大きな胸をぎゅっと押さえるだけだった。
会場には、前回と同じく中央のテーブルに料理が並べられていた。
そしてソニアは、さっそく食事に向かおうとしていた。他の令嬢と交流しても、おそらく話は合わないだろうソニアにとって、これだけが楽しみだった。むしろ、このために来ている面すらあった。
そのとき、「よう」と声をかけられて、ラムリーザが振り返った先にはリゲルがいた。
「ラムリーザさんもリゲルさんも今晩は」
そしてそこにロザリーンも現れた。
「何だか教室と変わらないな」
よく知った仲間が集まったので、ラムリーザは気楽な気分になった。教室での座席も、四人は前後左右に隣り合っているのだから。
それでも、新開地の領主になる予定の者と、鉄道事業家の息子、首長の娘が一堂に会しているのだ。
「リリスとユコは見た目はいいけど庶民だからな――」
リゲルは選民意識のにじむ物言いでつぶやき、訝しげな表情でソニアを見て言葉を続けた。
「――で、ソニアは何だ?」
「…………」
ラムリーザが黙っていると、ソニアはずいと身を乗り出してリゲルに言い放つ。
「あたしはソニア・ルミナス! 皇帝の娘!」
どや顔のソニアに、一瞬場が凍る。大きく出たな、で済む話ではなく、これでは僭称もいいところだ。
「真面目に答えろ」
そしてさらに凍てつくような目で睨みつけ、リゲルは凄んだ。
その威圧感に押されて、ソニアは「あうぅ」と呻いてラムリーザの後ろに隠れてしまった。
取り繕っても仕方ないので、ラムリーザは二人の関係をリゲルに話すことにした。
「ソニアはうちの使用人の娘。父親が執事で、母親がメイドなんだ」
「ふむ、使用人の娘か……」
「この機会に言っておくけど、僕とソニアは結婚前提で付き合っているから。まあ、リリスとユコは知っているけどね」
ラムリーザの打ち明け話に、リゲルとロザリーンは驚くというよりは、納得したような表情だった。
「いつも一緒にいるから付き合っているとは思っていたけどね」
「なるほどな。使用人の娘がパーティーに参加することは普通ありえないが、そうか、ラムリーザの伴侶という立場で来ているんだな」
「まあそういうこと」
そう言ってラムリーザはソニアを振り返った。
だが、すでにソニアはその場にはおらず、料理の並んだテーブルのほうへ行ってしまっていた。そして、すでに骨付き肉に手を伸ばしているところだった。似非お嬢様は食欲旺盛である。
ああいうところも可愛いだろ、とラムリーザは声に出さずに二人に問いかけてみる。もっとも、伝わったかどうかは微妙ではあるが……。
「ということは、ソニアさんとはずっと一緒だったのですね」
ロザリーンはラムリーザとソニアが幼馴染であるということを察したようだった。
「そうだよ。ただ、こっちの『帝立ウェストウィルド学院高校』には僕一人が来ることになってたんだよね。だけどそれまでの、ぎりぎり友達以上恋人未満だった関係を、恋人関係にまで引き上げたんだ。それで連れてくることにしたわけ」
「そうなのですか……」
「告白したときに、意地張られたり照れたりして逃げられたら、そこで関係はおしまいだったけどなぁ……」
しかし、こうして隠すことなく一通り話したことで、ラムリーザとソニアの関係は、身近な人々のあいだでは公認の事実となっていった。
そのときラムリーザは、母のソフィアに呼ばれた。どうやら今回も、誰かを紹介されるみたいだ。
ラムリーザはリゲルたちに「ちょっと行ってくる」と言って、母の元へと向かっていった。
向かった先で紹介されたのは、この地方の領主だった。その領主には娘がいて、ちょうどラムリーザと同年代だった。
その娘は、気が強そうで目つきが鋭かった。その表情を見ただけで、曲がったことが嫌いで厳しい感じがする。
そして、力強くはっきりとした口調でラムリーザに挨拶した。
「ケルム・ヒーリンキャッツ。お見知りおきを、ラムリーザさん」
「ラムリーザ・フォレスター、よろしく。あれ?」
ラムリーザは違和感を覚えた。自分が名乗る前に、ケルムと名乗った娘に名前を呼ばれたような気がしたのだ。
親同士が話をしている間、ケルムは何も言わずにじっとラムリーザの顔を見ていた。その目つきには、威圧感すらある。
そして、その鋭い眉の角度に見覚えがあった。どこかで、誰かを叱責していた時のものだろうか。
「ラムリーザ、あなたは領主となる身です。付き合う相手はきちんと選んだほうがよいですよ」
「うん、わかっているつもりだよ」
ラムリーザは、この娘とは親しくできないな、と思った。似非お嬢様だが天真爛漫なソニアと比べると、こうして威圧的に接されると、一緒にいても苦痛すら感じてしまう。ただ、有力者の娘でもあるので、表面的な付き合いにとどめておこうと考えていた。
「今後ともよろしくお願いします。それじゃあまた」
ラムリーザは、早々に話を切り上げてソニアたちの元に戻ろうと考えた。
だが、ソニアは食事に夢中で、リゲルとロザリーンはそこから少し離れた場所に移動してしまっている。
ラムリーザは少し考え、食事に夢中なソニアはそのままにして、リゲルたちのほうへ向かった。
「誰だった?」
リゲルに尋ねられ、ラムリーザは「この地方の領主の娘だった」と答えた。
それに対してリゲルは、「ああ、あいつか」とだけ答えた。知っているようだが、あまり興味はないようだ。
ラムリーザもさして興味はなかったので、彼女に対する話はこれ以上発展しなかった。
「それで、アレはいいのか?」
リゲルは顎をしゃくってソニアを指し示して言った。
「まあいいんじゃない、美味しそうに食べているんだし。食欲を満たしたらこっちに来ると思うよ」
そんなふうに、淡々と時が過ぎていくのであった。
ちょうどその頃、肉を頬張り、料理を堪能していたソニアの傍に、厳しい目つきの娘がやってきた。
「遠慮なく頬張るなんて、はしたないわね」
その娘の姿と言葉に、ソニアは咳き込んだ。
「ゲホッ、ゴホッ。ふ、風紀監査委員、なんでここに?!」
その人物は、先ほどラムリーザが紹介された、領主ヒーリンキャッツ家の令嬢その人だった。
「そんなことはどうでもいいでしょう。せっかく服装はきちんとしているのに、なぜ食事の態度がそんなに残念なのですか……。前にも言いましたよね、ラムリーザに恥をかかせるなと」
それだけ言い放つと、娘は立ち去っていった。
ソニアは、その後ろ姿に、「ちっぱい!」と言葉を投げつけるのであった。
やはり似非お嬢様はわかりやすい。
銀食器の触れ合う澄んだ音が、厳格な規範と庶民めいた食欲のあいだで小さく軋んだ。社交は微笑で飾られ、規律は視線で告げられる。
似せ物でも、本物でも――夜会は続く。