ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


席替え ~座席争奪戦~

帝国暦九十二年 翠雫の月・太陽の日(現代暦:四月下旬)

 一日の授業がすべて終わった後、毎日行われるショートホームルームの時間。

 普段は、連絡事項などについて担任の先生から話があるだけなのだ。

 だが、風花の月に入学してから、朧影の月を経て、翠雫の月に差し掛かった今日、ちょっとしたイベントがクラスで行われた。

 担任のキリル先生は、いつもの飄々とした笑みを浮かべながら黒板にチョークを走らせた。

「そろそろ固定された空気を入れ替えようか」と言って、チョークの白い粉が光の中に散った。

 最初の月の席は出席番号順で、顔と名前を覚えるための仮配置にすぎない。次の月からは自分で居場所を選べ、というのが先生の狙いだった。

 

 ――席替え

 

 よくあるのは、担任が勝手に決めたり、くじ引きで決めたりするやり方だ。しかしこのクラスは、自由奔放であった。

「それでは、それぞれ喧嘩しないように、お互い話し合って自由に決めてよし」

 すべてを生徒たちに任せてしまったのだ。

 担任の合図で、張り詰めた沈黙が数秒。すぐにあちこちで椅子の軋む音が起こり、教室全体が小さく波打ち始める。

 仲の良い者同士が目配せし、気になる誰かを探す者もいれば、逆に目を伏せて動こうとしない者もいる。

 月が二つ進んだだけで、教室の空気も少しだけ熱を帯びていた。

 

 さて、ラムリーザとリゲルの二人はどうかというと――。

「俺たちは別にこのままでいいな」

「ああ、外の景色は見渡せるし、移動はなしでいいや」

 もともと前後の席にいて、しかも立地条件のいい場所にいた二人は、動き回る他の生徒たちを自分の席から観察して――いるわけでもなかった。

 二人はすでにまったりモードに移行している。

 リゲルはすでに「我関せず」とばかりに天文学の雑誌を広げ、席替えが終わるまで読書を決め込んでいるようだ。

 ラムリーザも、のんびりと窓の外を眺めていた。今日の空の雲は、まるで親指を立てた手のように見える気がする。そこを、ほちょん鳥が、横切るように飛んでいった。

 そして、ラムリーザとリゲルの隣にいるリリスとユコも、「とくに移動する必要はないね」と話している。

 この四人にとって、席替えというイベントはとくに大事なものではなく、そのまま何事もなく終わろうと……していなかった。

 

「自由に決めてよし」

 先生の合図とそのルールに従って、まったりとしている四人組に飛びかかってくる者がいたのだ。

 ソニアだ。

 ソニアは、その大きな胸を激しく揺らしながら猛烈な勢いで駆けて来て、ユコ――ラムリーザの隣の席――のそばに立ちはだかった。

「あら、これはこれはソニアさん、ご機嫌麗しゅう。あなたはどこの席に行くのかしらねぇ?」

 ユコはラムリーザとソニアの関係を知っているので、ある程度この流れを読んでいたのだろう。意地悪げに、芝居がかった台詞を口にした。

「そこどいて! あたしがそこに座るの!」
              
席替えでソニアがユコから座席を譲ってもらうよう叫ぶ場面
 ソニアは、ユコが座っている席の机を手のひらで叩き、大声を張り上げた。それだけではなく、まるで仇でも見るような目つきで睨みつけている。

 ラムリーザも、ソニアが自分の隣の席を強く望む展開は予想していた。しかし、いつ聞いてもソニアの大声は甲高くてやかましい。

「譲って!」

 鼻息荒く、ソニアはユコに詰め寄る。

 対するユコも、ソニアの気迫に負けていない。立ち上がって胸を張り、右肩に左手のこぶしを当てて、何やらよくわからない敬礼ポーズのようなものを取って力強く言った。

「ラムリーザ様の隣は私の聖域、何人たりとも侵すことは許されませんわ!」

 離れた場所で小さなざわめきが起こり、誰かが「聖域って」と笑う。一方で担任は笑わず、腕時計を指で叩いた。

「なんやそれ……」

 ラムリーザはボソッとつぶやく。「ラムリーザ様」とか「聖域」とか、意味は分かる。けれど、いろいろとつっこみたい気分になって、あえてここは静観してみることにした。

「なによそれ……」

 同じようにソニアもつぶやく。一瞬真顔に戻ったが、すぐに不満そうな顔をして次の行動に出た。

「ラム!」

 ぐるりと回ってラムリーザの隣に来ると、服をつかんで引っ張りながら言った。

「ラムが来て! 空いてるところに行こうよ!」

「あー、僕は外の景色がよく見えるここでいいや。リゲルも近いし」

「あたしと外の景色、どっちが大事なのよ?!」

 泣きそうな顔になってソニアは訴える。男女の会話でよくありそうな、しかしひどく小規模なやり取りが飛び出してしまった。

 同時に後ろからチッと舌打ちが聞こえた。うるさい女だと言わんばかりに、リゲルは明らかに嫌そうな顔でソニアに冷たい視線を投げかける。だが、ソニア自身はラムリーザに夢中で気がついていない。

 ラムリーザは、自分がユコに代わってくれと頼めば済む話だろうとは思ったが、懇願してまでソニアと隣同士の席になろうとは考えなかった。別のクラスになってしまうならともかく、同じクラスなのだ。席ぐらいどうでもいい。

 そもそも、同居しているのだ……。

「ね、ほらそのね、僕はこの場所以外に行くと蕁麻疹が出て困る、とかなんとかかんとか、ね」

 そんなことを言いながら空を見ると、先ほどの雲の形は、今度は親指が下を向いていた。そのブーイングのようなサインに、ラムリーザはソニアにちょっと冷たかったかな? と反省した。

「なによそれ……あーもう! ユコ!」

 のらりくらりとかわすラムリーザに、ソニアは何も言えなくなり、再び机を回り込んでユコの横へ行った。

「やっぱりユコが移動すべき! あたしがそこの席に座るべき!」

「いやですわ」

「代わって!」

「いや」

「代わってよ! お願いだからぁ……」

 ソニアの態度が、高圧的なものから懇願するような感じに変わった。それに、さっきまで机を叩いていた手は、いつの間にかユコの肩をつまむ指に変わっていた。

 リリスは、そこまでしてラムリーザの隣に行きたいのね、必死だな、とでも言いたげな表情でニヤニヤしている。

「そうねぇ、条件次第では検討してあげますわ」

 実際のところ、ユコはそれほどラムリーザの隣の席であることにこだわりはなかった。ただ、必死なソニアを見ているのが面白いので、からかっているだけなのだ。それに彼女は、ラムリーザの近くに行きたいなら、もっと効果的な場所を知っていた。

「条件を言ってよ!」

「そうねぇ、今日これから喫茶店に行って、恐竜パフェをおごってもらおうかしら。ずっと食べたいって思っていたけど、あれ高いのよねぇ」

 ユコは、この機会を利用して「聖域」と「スイーツ」の交換条約を持ちかけた。等価交換になっているかどうかは、置いておくとして。

「何よその恐竜パフェ」

「すごく大きいんですの。それこそ恐竜のように」

 恐竜と言えば、大昔に絶滅したとも言われているが、文明から大きく離れた極地ではまだ生きているという話である。ここでこの名が使われているのは、その大きさになぞらえてのことだろう。

「どうするの、席を譲ってもらって奢るか、一人寂しく遠くに行くか」

「うー……わかったわよ」

「まいどありがとうございます」

 そう言って、ユコは席をソニアに明け渡し、そのまま空いていたラムリーザの前の席へ移動した。というわけで、ソニアはパフェをおごることを条件に、ユコの自称する「聖域」を譲ってもらうことができた。

「あまり騒がない方がいいよ。ほら、みんな注目している」

 いつの間にか、ロザリーンがソニアの前の席に座っていた。ロザリーンはそう言って、ソニアをたしなめる。ソニアの少し舌足らずな喧しい叫び声は教室中に響いており、何人かの生徒はソニアに冷たい視線を投げかけている。

「あー、ロザリーン。私と席を代わってちょうだい」

 リリスはそう言ってロザリーンと席を代わってもらうことにした。ユコがラムリーザの前に移動したので、その隣に行くことにしたのだ。リリスとしては、少しでもユコの近くへ行きたいのだろう。

 こうして軽音楽部六人衆の最終配置は、前列「ユコとリリス」、中列「ラムリーザとソニア」、後列「リゲルとロザリーン」という形で決着がついたのだった。黒板との距離より、互いの距離を優先した座席表だ。

 自由に決めた座席表は、そのまま彼らの日常の相関図でもあった。騒がしいまま、けれどどこか静かに、新しい月が始まる。

「さあソニア、行きましょう」

「うーん……」

「何ですの?! あなたは約束を守れない人なのですか?」

「わかったよぉ」

 約束した以上付き合わなければならないので、ソニアはユコに連れられて、喫茶店へ向かうことになり、それにリリスもついていった。

 三人が出ていくのを見届けると、リゲルとロザリーンも連れ立って天文部へ向かった。

 ラムリーザは一人で軽音楽部の部室に行ってみたが、まだ誰も来ていなかった……。

 他に誰もいないのならば、部室で練習するのも家で練習するのも同じことだ。

 だからラムリーザは、ソニアもいないことだし、今日のところはさっさと帰ることにした。

 その後、暗くなりかけた頃に、ソニアも帰ってきた。

 お小遣いが大量に減った、などとソニアは憤慨しているが、ラムリーザの知ったことではない。

 屋敷でも学校でも、いつも隣にいる。これも彼女を大切にするってことなのだろう。

 窓の外では、街灯がぽつぽつと灯り始めていた。

 ソニアは憤慨の言葉を口にしながらも、どこか楽しげだった。買い物袋の隙間から、包装紙に包まれたリボンの端が覗いている。

 ラムリーザは何も言わず、明かりを少しだけ落とした部屋でその姿を見つめていた。

 喧噪の残り香のように、彼女の声と笑いが室内にふわりと溶けていく。

 この穏やかで取りとめのない時間が、いつまで続くのだろう――そんな思いが胸をかすめる。

 明日もまた、朝になれば隣にいる。それだけで、十分だった。