ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
幼馴染は日常で守る
帝国暦九十二年 朧影の月・創世の日(現代暦:四月下旬)
休み時間、教室の自席でのんびりしていたラムリーザはクラスメイトの男子に呼ばれたので、立ち上がってそのほうへ向かった。周囲では数人の男子がちらりと視線を寄越し、ひそひそ声が風のように抜けていく。
クラスメイトはラムリーザがそばに来ると、小声で尋ねた。
「ラムリーザ、お前ソニアと付き合ってんの?」
「ああ、そうだよ」
「うーむ、やっぱりそうか。いつも一緒に行動しているからもしかしたら……と思っていたけど、思ったとおりか。これはあきらめるかな……」
「ん、君はソニアが好きなのか?」
「……まあ、な」
「どういうところが好きなんだ?」
この間、ソニアの不安を払拭したときに聞いた「ラムは、どうしてあたしのこと好きなの?」という問いに対して、ラムリーザ自身、はっきりとした自分の気持ちをうまく見つけられなかった。それもあって、この機会にクラスメイトに聞いてみようという気になったのだ。
相手の返答次第では、自分の認識を新しいものにできるかもしれないし、自分の知らないソニアの魅力を語ってくれるかもしれないのだ。
「ん~、胸がでかいとこ」
「ほう」
「あと、青緑の長い髪がきれいなとこ」
「そうか……」
それでいいのかな、とラムリーザは思った。自分はそういった点を「記号」だと捉えたが、それを好きになっていいのだと認識できた点は収穫かな、と考えた。そして、少し残念にも思う。逆に言えば、新しい収穫は何もないということだからだ。
「まあ、でも少し安心したかな」
「え? 安心?」
「僕がいなくなったとしても、ソニアのこと気にしてくれる人がいるんだなってね」
「……」
「あー、もちろん僕がいる間は、ソニアは誰にも渡さないよ」
「わかったわかった、じゃあな」
クラスメイトと別れて席に戻ったラムリーザは、離れた席のソニアを見た。彼女は、机に突っ伏して寝ているようだ。相変わらず、教室では大人しいソニアであった。
それを見たラムリーザは軽く微笑みを浮かべ、窓の外に目をやり考える。
へぇ、僕以外にソニアのことが好きだと思う人がいたんだ。へぇ、ふーん。
ラムリーザは、先ほど話しかけたクラスメイトとは嗜好が似ているのかな、とか思っていた。
ソニアに新しい男友達ができたとしても、いや、相手は好きだと言っているのだから、友達で収まるのは難しいかもしれない。
そのときラムリーザは、妙なことを想像していた。ソニアがその男子生徒になびいたらどうなるのかな、などと。
もともとソニアはこの地方に来る予定はなく、帝都に残るはずだった。だが実際には、二人が付き合うことを前提に、半ば無理やり連れて来たような話になっている。
その前提が崩れたとき、いったいどうなるのか。
ソニアの住む場所は? 学費は? パーティー出席の必要性は?
今は同じ部屋に住んでいる。学費はたしか、まとめてフォレスター家が出している。付き合っていないのなら、パーティーに同伴させる必要はなく、そもそもソニア個人だけだと出る資格はない。
最悪、帝都へ呼び戻されることになるかもしれない。そして本来進むべき道に戻る、と。
今のソニアは、ラムリーザと付き合うために、この地方へ来ているのだ。その前提が崩れると、彼女がここにいる意味がなくなる。
ラムリーザはそこまで想像を膨らませて、いや待てよ、この話はそもそも自分が先にソニアと引き離されることが前提の話じゃないか、ということに気がついた。
自分は何を考えているのだ……、と考えを改めるのであった。ソニアと離れるのは嫌だ、嫌だからこそ連れて来たのだ。ソニアが別れたいと言い出さない限り、離れるつもりはない。
しかし、付き合うことを前提に許された存在だということは、ソニアには自由がないとも考えられる。それはちょっと可哀想かもしれない。
もっとも、ラムリーザ自身が大事にしてあげれば、ソニアの気が変わらない限り、そんなに気にすることでもないかもしれない。
彼女が「ここにいていい」と胸を張れる日常を、そして「この世にいる意味」を用意したい。それはラムリーザにとって、使命感といってもいいような感情だった。
チャイムが鳴り、午後へと時間が押し出される。
放課後になり、今日も部活動の時間がやってきた。
「そういえば、リゲルさんは来るときと来ないときがあるのですね」
部室のテーブルで、楽譜作成をしながら、ユコはいつものようにソファーでくつろいでいるラムリーザに話しかけた。
「天文部は金曜の夜に屋上で天体観測するらしいんだ。それで今日はその準備があるって言ってたよ」
「ふーん、そうでしたの」
ここ最近の部活は、先輩たちは毎日顔を出すわけではないものの、一年生の出席率は高かった。しかし、相変わらず雑談のほうが多くなってしまっているのが、この部の平常運転だ。
「そういえば、ユコは楽譜が書けるんだね」
「見てみますか?」
ラムリーザがユコの書く楽譜に興味を示したので、ユコは書いているもの以外の一枚を差し出した。そこには、音符だけでなく先が×印になっているものも書かれている。それはハイハットを意味するドラム用の楽譜だ。
「へ~、すごいな。ちょっと演奏してみてもいいかな?」
「ドラムの楽譜は仕上がっていますから、どうぞ」
ラムリーザはソファーから立ち上がると、ドラムセットに向かい、ユコから借りた楽譜で練習してみるのであった。スティックを握り、譜面に従って手足でリズムを刻む。新しいリズムが部室の空気を少しだけ引き締めた。
一方ソニアたちは、雑談部の活動に励んでいる。
「そうそう、明日の休みにユコと服でも買いに行こうかなと思ってたんだけど、どう? ソニアも来る?」
部室でギターのチューニングをしていたリリスが言った。
リリスとユコは、二人で買い物に出かけることはこれまでに何度もあり、そこで最近仲良くなったソニアにも声をかけてみたわけだ。
ソニアは誘われて笑顔になるが、すぐにあることを思い出してしょんぼりとうつむいて言う。
「いいよ、服は……どうせサイズ合わないし」
「気にしなくていいわ。ついてきたらいろいろと選んであげるから」
ブラウスのボタンが閉まらなくて大きく開いているソニアの胸を見て、リリスは軽く笑いながら答えた。
「でもー……」
リリスは気にしないで、という感じで誘ってくれているが、それでもソニアは乗り気ではないようだ。
「行ってこいよ」
そこに声を挟んだのは、先ほどからユコの持ってきた楽譜で練習していたラムリーザだった。演奏しながらも、ソニアたちの会話を聞く余裕はあった。
ラムリーザは一旦演奏を中断して目を上げ、ソニアのほうを見て言った。
「私服で着飾った姿を見てみたいねぇ。費用は僕が持つから、ソニアに似合う服を見てみたいな」
「そ、そう?」
少し顔を赤らめてソニアは答えた。服を買いに行くのは嫌だが、ラムリーザが見てみたいというなら、という感じだ。
「ソニアっていつもどんな私服なのかしら?」
「ここ半年以上、同じような服しか見てないな。というかなぁ、着こなしが変なんだよな……」
「ふふっ、そりゃ一緒にいてもつまらないと思うよね」
「だな、それに関しては残念なこった。その点、リリスやユコの私服はとても似合ってて、かなり――」
「行く!」
ソニアは突然立ち上がって叫び、ラムリーザの言葉をさえぎる。まるで自分をリリスたちと比較されるのを避けるためかのように。
「絶対行くから! リリス、あたしの服選ぶの手伝って!」
リリスは笑みを浮かべて「ソニア、必死だな」とつぶやき、言葉を続けた。
「それじゃ、明日正午過ぎに、えーと……一時ぐらいがいいかな、駅前に集合ね」
ジャラーンとギターをかき鳴らして、リリスはその場を締めくくった。
「さてと、たまにはみんなで練習するか?」
ラムリーザは何気なく提案してみた。ずっと雑談ばかりしているのも、なんだかもったいない。それに、ラムリーザのほうは新しい楽譜での演奏に、だいぶ慣れてきたところだった。ユコも楽譜作成を一段落したのか、ソファーのほうへ移動している。
だがリリスは、鞄から何やら雑誌を取り出してきてテーブルに広げる。見たところゲーム雑誌で、表紙には見たことのある女の子が並んでいる。悪名高き――というわけではないが、ラムリーザからすれば身辺をかき回されすぎたゲーム、ドキドキパラダイスだ。
ソニアとユコは、「次何をやろうか」「一緒にできるのとかないかな?」と言いながら、雑誌に群がっていくのだった。
「だめだこりゃ……」
ラムリーザは肩をすくめ、譜面台を少しだけ自分のほうに引き寄せる。
明日は彼女の買い物に最初から最後まで付き合おう。サイズを、言い訳にさせない。大切にするって、たぶんこういうことだ。
スティックが再び動き出す。刻むのは、決意のテンポ。それは、ユコが用意したドキドキパラダイスのエンディングテーマのドラムパート。
ラムリーザにとってはいろいろと騒ぎの種になった厄介なゲーム。だが16ビートを基本としたそのリズムは推進力に変わる。
――明日は、テンポを落とし気味に丁寧に歩く。まずは採寸、次に試着、最後に裾上げの相談。彼女が鏡の前で胸を張れる服を、一緒に見つけよう。
エンディングのキメでクラッシュを一発。余韻が部室の天井に広がり、スティックを高らかに掲げた。
ところが結局、ラムリーザはこの日も一人で練習するだけとなったのであった。
派手なことをする必要はないのかもしれない、とラムリーザは思う。
誰かを打ち負かすことでも、何かを奪い返すことでもなく、明日も彼女がここで笑っていられるようにすること。服を選ぶことも、そのための一つなのだろう。
雑誌を囲んで騒いでいるソニアたちの声を背中で聞きながら、ラムリーザは小さく息をついた。
幼馴染は、英雄みたいに守るものじゃない。日常の中で、当たり前のように守っていくものだ。
そう思うと、今日の一人きりの練習も、悪くない気がした。