ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
誕生日は「ありがとう」を言う日
帝国暦九十二年 朧影の月・賢者の日(現代暦:四月中旬)
今日は、ラムリーザの誕生日だった。
そういうこともあり、ちょうど今日から週末の休みに入るので、久しぶりに実家へ帰ることにした。
むろん、ソニア一人で今の屋敷に残るのも嫌という話になったので、一緒に帰省することになった。
もともと帰る場所も同じなのだから、さほど問題はない。ラムリーザ同様、ソニアも時々は親に顔を見せろということだ。
二人が準備しているとき、ラムリーザはソニアに言った。
「あー、帰るときは制服にしろ」
「えー……」
ソニアは不満げだが、ラムリーザは気に留めずに話を続ける。
「ぶっちゃけ、普段着より制服のほうがかわいいし……というか、普段着がダメすぎる……」
「そ、そう?」
後半はぼそっとつぶやいたので前半しか聞こえなかったのか、「かわいい」と言われたことで多少は抵抗がなくなったようだ。残っている抵抗感の原因は、制服だと収まりきらない大きな胸だ。
だが同時に、先日ラムリーザに「大きい胸がいい」と言われたことも思い出していた。
「まいっかー」
そう言って、ソニアは制服に着替え始めた。
ラムリーザはしばらく部屋の片付けをしていたが、ふとソニアのほうを見ると、靴下を手にして悩んでいるような顔をしているのが見えた。
「どうした? 何か困ったことでもあるのか?」
「あたし、この長い靴下嫌い……」
少し心配して聞いてみたのだが、悩んでいる内容は普段からぶつぶつ文句を言っているどうでもいいことだった。つまるところ、ソニアは素足でいるのが好きなのだ。
「嫌なら履かなくていいぞ。学校に行くわけじゃないんだから」
ラムリーザは、軽くため息をつきながら言う。
「そう? うん、そうよねっ。やっぱりこんなの要らないよねっ!」
途端に、ソニアは機嫌がよくなった。そんなに嫌なのか……。
結局、上半身は学校の制服、下半身は素足にサンダルというちぐはぐなコーディネートになってしまった。
それでもラムリーザは、いつものだぼだぼニットよりはブラウスのほうがましだと思っていた。
そんなこんなで、二人はポッターズ・ブラフの駅で、この町に来た時とは反対側の路線から汽車に乗り込み、帝都シャングリラを目指して出発した。
二人掛けのシートに並んで座り、一息つく。
「こっちに来てからちょうど一か月くらいだけど、いろいろあったねー。友達もできてよかったー」
ここに来てからの一か月を振り返って、ソニアはしみじみとした感じで言う。
「僕は、ソニアの暴走のほうが印象に残っているけどな」
「だってそれは本当に不安だったんだから……」
「無用の不安だよ、まったく」
ソニアが勝手に思い込んでいた、「ラムリーザがリリスやユコに取られるのではないか」という不安は、さまざまな奇行を生み出していた。
「でもね、今思うと不安だけじゃなかったんだ。あ、ラムにだけ言うけどね、昔、ただの友達だったときは、ラムが女の子と話をしていても、男友達が女友達と話しているだけ、みたいな感じがしてなんとも思わなかったの。それが彼氏になったとたん、彼氏が他の女と話しているって感じがして、嫉妬しちゃった……みたいな」
「やれやれ、ソニアは独占欲が強いのか」
ラムリーザは、ソニアの頭を撫でながらつぶやいた。するとソニアは、ラムリーザの肩に頭を乗せてきた。
「そうなっちゃうね……でも、自分でもそれは何だか嫌だなーって思うから、改善していくよ」
「善処してくれ。じゃないと僕は、ソニア以外の女の子と話ができなくなってしまう」
「でも、ラムはあたしのもの。他の子と話すときは、あたしという秘書を通してね」
「めんどくさいからそんなのは嫌だ。というより、昔はそれほど好きってわけじゃなかったんだね」
ラムリーザは「いつ秘書になったんだ?」とツッコミたくなるのを抑えて話を進めた。
「うーん、そのときはよくわかんなかったんだけど、ラムがこの春から遠くに行っちゃうんだなって知ったとき、ラムのこと好きだったんだなって気がついたの」
「今はべったりくっついて離れなくなったもんな」
ソニアは、さらに腕を絡めて引っ付いた。ラムリーザは慌てて周囲を見たが、始発の列車だったこともあって人は少なく、近くに目につく乗客はいなかった。
「あたしは自分に正直に生きてるの。だって、自分に嘘ついても面白くないもん」
「そうだったのか」
「あたし、ラムよりリリスのほうが好きなんだ――ってそんな嘘は嫌いっ!」
「わかったから電車の中で騒ぐな」
列車は、仲むつまじい二人を乗せて走っていく。
「そういえば」とソニアが声を落とす。「フォレスター家の『誕生日』って、やっぱりラムが主役じゃないの?」
「主役は両親だよ。こっちは『ここまで無事でした』の報告係で、そして感謝するんだよ」
「そうだよねぇ、でもそれってケーキを我慢するより難易度高くない?」
ラムリーザは肩をすくめ、窓に映る自分たちの顔を見比べた。祝う、礼を言う。同じ日でも意味が逆方向に向いている。
二時間ほどして、帝都に到着した。再び故郷に帰ってきたのだ。
事前に連絡していたので、駅の外には、すでにソニアの父親であり執事でもある男が用意してくれた車が待っていた。そして、そのままフォレスター邸まで向かった。
屋敷の前では、ラムリーザの妹であるソフィリータが、出迎えるように待っていた。
そして、ラムリーザが車から降りるやいなや、ソフィリータは走ってきて飛びついた。
「お帰りなさいませ、お兄様! ソフィリータはずっと会いたかったです!」
「久しぶり。ただいま、ソフィリータ」
そう言ってソフィリータの頭を撫でつつ、ソニアのほうを向いていたずらっぽく言ってみる。
「そして、妹に嫉妬するソニア君であった」
「嫉妬してないわよ! ――ってか、ラムに引っ付くな!」
「しとるやん」
ラムリーザはソフィリータの手を引いて屋敷に入って行き、ソニアはそれを追いかけていく。
そしてその途中、ソニアは石畳に足を引っ掛けて派手に転ぶのであった。
「ソニアお姉様、足元にお気をつけくださいね」
「そうだぞ、君はほんとにそそっかしい」
ソフィリータに心配され、ラムリーザに呆れられてしまった。
ソニアは何も答えず、唇を噛んで恨めしそうに自分の大きな胸をにらみつけながら立ち上がった。
玄関の前で、執事が一礼して告げる。
「今宵は簡素に。晩餐後、奥様へ『感謝の辞』を。定型はございませんが、三点――生誕、養育、現在の誓い――を明瞭に」
これまでフォレスター家の家風をあまり意識していなかったソニアは、「誓いも入ってたんだ」と改めて驚いて目を瞬かせた。
「ソフィア様がお作りになられた、ならわしでございます」
フォレスター家には、一般とは違った風習があり、この誕生日もその一つだった。
誕生日は、一般的には生まれた日を祝ってもらう日だ。しかしこの家では、その日に両親にこれまでの感謝を述べる日となっている。
だから、晩餐の後、ラムリーザは母のソフィアに、「これまで育てていただき感謝しております。ありがとうございました」と述べた。
ソフィアは微笑みを浮かべたまま、指先だけで拍を取るように短く返した。
「受け取りました。感謝は日々の労で返しなさい、それがフォレスター家の祝意よ」
ラムリーザが生まれる前から続いている。これが、フォレスター家に伝わる誕生日の儀式であった。
儀式が終わった後、久しぶりということもあり、就寝時間までソフィリータと遊んでやることにした。
兄妹で遊ぶことといえば、一緒に音楽をやるか、格闘技の組手をするかである。そして今日は、ソフィリータの趣味である格闘技で一緒に汗を流すのであった。
ソフィリータは蹴り技を多用して、素早い蹴りを連発してくる。それをラムリーザは、一発一発正確に腕で受け止めていった。
逆に、ラムリーザが放つ正拳突きを、ソフィリータは大げさなバク転でかわすのであった。
ただし、ソフィリータは下段蹴りと中段蹴りばかり使用して、上段蹴りは滅多に放ってこないのである。だがそれは、身体が硬くて足が上がらないというわけではない。
フォレスター家では、幼少期から護身と礼儀の両立を教え込まれる。攻撃は防御の延長、顔面を狙う蹴りや打撃は「品位を損なう行為」とされていた。
ゆえにソフィリータも、どれほど俊敏でも上段蹴りだけはあまり放たない。構えの合間、袖口を軽く払うその仕草にさえ、貴族としての所作が滲んでいる。
「顔は、フォレスターの誇りを映す鏡ですから」と昔から母に言われてきたのだ。
蹴りの風を受けながら、ラムリーザはその一線を守る妹の成長に、ほんの少しだけ誇らしさを覚えた。
組手の後で、ソフィリータは上段蹴りを多用しなかった鬱憤を晴らすかのように、サンドバッグに上段蹴りを次々と叩き込むのであった。
礼儀は礼儀。しかし、礼儀では済ませられない「敵」との戦いも想定される。だからラムリーザに放つことはなくても、「敵」には放てるよう鍛錬しておくことを忘れないのだ。
一方ソニアも、久しぶりに家族のもとへ帰っていた。もっとも、同じ屋根の下だが……。
ソニアは独占欲が強いかと思われたが、ラムリーザの妹に対してはそれほど気にしていないようだ。むしろソニアも、一か月ぶりに再会する家族を優先しているようだった。
しかし、就寝時間になり、ラムリーザが自室で一人ベッドでくつろいで、そろそろ寝ようかなと思った頃にソニアが入ってきた。
どうやら実家に戻ってきても、寝るときは一緒じゃないと嫌なようだ。
組手を終えた手の甲が、じんわり熱い。
部屋の窓に二人分の影が並び、ソニアが囁く。
「ね、来年はあたしも『感謝の辞』を言ってみようかな。ラムを産んでくれてありがとう、って」
「なんだか順序がいろいろおかしいけど、きっと母は喜んでくれるよ。今からでも言ってくる?」
ソニアはふふんと鼻を鳴らし、翌朝用の包みを抱え直した。中身はケーキ――じゃなくて、手紙。価値観は違っても、『贈る気持ち』は同じ方向を向いている。
こうしてこの週末は、二人は久しぶりに実家で過ごした。
ありがとうを言う日。
その言葉は、母へ向けたものだけではなかったのかもしれない。
ここまで生きてこられたこと。帰る家があること。久しぶりに再会する家族がいること。そして今、隣にソニアがいること。
感謝というのは、ひとつ言えば終わるものではなく、胸の中で静かに広がっていくものなのだろう。
誕生日の夜は、そうした言葉にならない「ありがとう」を抱えたまま、更けていった。