ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
雑談部の始まり
帝国暦九十二年 朧影の月・女神の日(現代暦:四月上旬)
放課後、ラムリーザは椅子の背もたれに深くもたれかかり、ぼんやりと外の景色を眺めていた。
窓の外には、裏山の景色が広がっている。特に考え事をしているわけではない。ただ、何も考えず、自然を眺めているのが趣味だった。
眺めていると、ときには面白いものも見られる。例えば屋根の上にスズメが十羽ほど止まっていた。しかし二羽のスズメが喧嘩を始めてしまい、揉み合いながら屋根から転がり落ちてしまった。その瞬間、残りのスズメたちが、まるで落ちた二羽を心配するかのように屋根の縁に並び、下を覗き込んだときには、思わず吹き出しそうになってしまった。
「さてと、俺は行くぞ」
後ろの席にいるリゲルがそう言って立ち上がる。帰りのショートホームルームが終わってから、リゲルは何かの雑誌を読んでいた。それがちょうど終わったのか、あるいはキリの良いところまで進んだのか。
ラムリーザは、まだもう少しゆっくりしていたかったので、外を眺めたままリゲルに尋ねた。
「そういえば、リゲルは部活とかやらないのかな?」
「俺は天文部に入った。天文学に興味があるのでな」
「それって星占術とか?」
「少し違うな。宇宙の構造を研究するとかだな」
「なんだか難しそうだね」
ラムリーザは、リゲルが天文学に興味を持っているのだと知ったが、先日のパーティーでギターを弾いていたのが印象に残っていた。下手とか並とかではなく、お世辞抜きで上手と言っていいくらいだった。
「ところでさ、ギターが上手なのだからバンドに来たらいいのに」
だから、やたらと女の子が多い軽音楽部に誘ってみた。先輩たちが来なければ、ほとんどハーレム状態だ。
「そうだな、検討しておく。それじゃあまた明日」
「ああ、また明日」
しかしリゲルは、誘いにすぐには乗ってこず、ラムリーザと別れて天文部の部室に向かっていった。
ソニアは、離れた位置にある自分の席からラムリーザを見つめていた。
ラムリーザが休憩モードに入ると、てこでも動かないということは長年の付き合いで知っていたので、そのまま待ち続けるしかなかったのだ。かといって、一人で部活に行く気にはなれなかった。それに、ラムリーザのすぐ後ろにいるリゲルに、なんとなく怖さを感じていて、近寄りたくないと思っていた。
「さてと、そろそろ自分も行くかな」
大きく伸びをしてラムリーザは立ち上がる。周囲を見回すと、ほとんどの生徒は教室からいなくなっていた。
一人ぽつんと残っているソニアを見つけて、「ああ、そうか、まだ友達いないんだったな」と思い出し、ソニアのところに向かう。ソニアはラムリーザの前では天真爛漫に振る舞うが、誰彼かまわずそう接するわけではない。特に仲良くなった人にしか見せない、特別な一面であった。
「ソニア、部活行かないのか?」
「えーと、うん、行く……」
「んー、何か元気なさそうだな。どうしたんだ?」
「そ、そんなことないよ。行こう、行こう」
実際のところ、ソニアは部室に行きたくなかった。もう少し正確に言うなら、リリスとユコのいる場所へラムリーザを連れて行きたくなかった。ラムリーザがその二人になびくのではないかと不安になっていたのだ。
一方ラムリーザは、ソニアも二人と打ち解ければいいのにと思っていた。
部室に入りドアを閉めると、部屋の空気がぬるく淀んでいるのを感じた。
簡易ステージのマイクにはまだ紙のカバー、譜面台は角に寄せられ、弦の切れた古いベースが壁に立てかけられている。ピアノだけが薄く光を返しているのに、誰も蓋を開けようとしない。アンプの電源タップは抜けたまま絡まり、ケーブルのビニールは古いゴムの匂いを放つ。
窓明かりに埃が舞い、壁掛け時計のカチ、カチだけがテンポを刻む。音のない部屋で、椅子の脚が床を擦る音が、やけに大きく聞こえた。
「今日は遅かったですわね。何をしていたのですか?」
そんな中、先に来ていたユコがラムリーザに話しかけた。育ちが良いのか性格なのか、いつも丁寧な言葉で話している。
「うむ、空の理について考察してたら、時間が経ってた」
「何ですの、それは?」
「あれでしょ、私たちが教室を出ようとしていたとき、ラムリーザはずっと外を見てたし」
「まあいいや、星――」
ラムリーザはとりあえず話題を変えることにした。リゲルから天文学のことを聞いて、それっぽく振る舞ってみようと思ったが、思うように言葉が出てこない。それほど天体に詳しいわけではないのだ。
仕方がないので部室の中央に置かれているソファーに腰掛け、ソニアを手招きする。ソニアはラムリーザの隣に座り、リリスとユコはその正面にあるソファーに腰掛けた。
「さて、一年生カルテットが揃ったわけだが……」
ラムリーザはそこまで言って三人の顔を見回し、言葉を続けた。ソニアをなじませるには、こうして会話するのが手っ取り早い。
「親睦を深める意味で、みんな普段、家で何をしているのかを聞いてみようかな」
「ギターの練習とゲームね」と、リリス。ギターを弾く素振り、いわゆるエアギターをしてみせる。
「ゲームやりながら気に入った曲のスコアを作成していますわ」と、ユコ。得意そうにスコア帳を開いてみせる。
「家ではだいたいゲームかな」と、ソニア。なんだかつまらなさそうだ。
「だいたいゲームだね。軽音楽部じゃなくて、電脳部でもよかったんじゃないかな」
「ラムリーザはゲームをやらないの?」
リリスは、間に置かれたローテーブルに肘をつき、身を乗り出して尋ねた。
「僕は、だいたいソニアがやっているのを見ているくらいかな。木こりのアンドレとか、キックボーイならいろいろ語れるけど」
「ふーん」
リリスはラムリーザの返答に何か引っかかるものを感じたが、とりあえず追及せずに流すことにした。
「最近やったゲームと言えば、何になるのでしょうか?」
ユコはスコア帳をパタンと閉じ、鉛筆の消しゴムのかすを指で払いながら問いかけた。
「あれじゃない? 戦略シミュレーションゲームの『タンブリンの輪』でしょ?」
リリスはそれにサラッと答える。それを聞いたソニアがぴくっと反応したが、誰も気づかなかった。
「やっぱりカオスルートですわね。主人公が自分の力で道を切り開いていく。それがやっぱり王道ですわ」
「いやいや、現実を見ないと。あ、でも虐殺は見逃せないからニュートラルルートね」
「ソニアさんはこのゲームやりませんでしたか?」
「……知らない」
せっかく盛り上がりかけたのに、ソニアはぶすっとした顔で答える。そこでラムリーザは、助け舟を出そうと軽く口を挟んだ。
「ソニアもプレイしていたよ。なんか見ていたら暗殺されていたけど」
「ラム!」
だがすぐにソニアは怒り出す。ソニア的には、酷い終わり方をしたので話したくなかっただけだった。
「うわぁ、そんなバッドエンドもあるのですねー」
「同胞虐殺もしていたしな」
「そ、それはラムが勝手に選択したから!」
それはそれで会話が盛り上がるのだが、ソニアは不満な表情を浮かべてラムリーザの袖をつかんで引っ張る。
「ソニアさんって、ずいぶん思い切ったプレイをするのですね」
「あたしそんなプレイしてない! 勝手にそうなった! 虐殺はラムのせい!」
何だかソニアにいつもの雰囲気が戻ってきたので、ラムリーザはようやく安心できた。
彼女が元気になると、笑いが起きる。ステージ側の沈黙と、テーブル側の熱が、同じ部屋の中で別々の温度を持ちはじめていた。
「それはそうとして、たぶん明日には僕とソニアの楽器が届くと思うから、リリスとユコも明日は自分の楽器を持参してね」
「わかったわ」
「部長――先輩たち、今日来られるかな?」
ラムリーザが扉のほうを向いてつぶやいた。
リリスが連絡ノートをめくり、「生徒会、臨時会議って書いてあるわ」と答えた。ユコが目を合わせ、ソニアが小さく肩をすくめる。
ラムリーザは少し笑って、「そっか、やっぱり忙しいんだ」と答えた。
その合図みたいに空気がほどけ、誰かが飴を回し、軽音楽部としての話には誰も入ってこなくて、話題はまたゲームへ戻っていった。相変わらず、時計だけが一定のテンポを刻んでいた。
「それよりも、四人でできるゲームとかやってみたいですわね」
ラムリーザは部長の話をきっかけに、この辺りで話題を音楽へ向けようとしたが、今のユコは音楽よりもゲームのほうに興味が向いているようだ。リリスもどちらかと言えばゲーム寄りかもしれない。
「あのカートでレースするあれかな? ほら、風船ぶら下げて、体当たりして相手の風船を割っていくの」
「いいですわね、みんなでプレイできるように部室にゲーム機を置きましょうよ」
「いや、ちょっと待って。それだとマジで電脳部になっちゃうぞ。というより、学校にゲーム機を置いてたら没収されるよね」
話をしながら、ラムリーザはやはりソニアに元気がないと感じていた。いつもの様子が戻ってきた気がしたが、それは一瞬のことであり、その後はあまり口を開かなくなってしまった。
当のソニアは、リリスとユコの二人を警戒していて打ち解けることができずにいるだけなのだが。
ラムのバカ。何よ、デレデレしちゃって……。
ソニアは一人、心の中で不満を感じているのだった。
結局この日は、楽器の準備ができていないこともあり、夕方の下校時間になるまでずっと雑談をして過ごしたのである。
雑談といってもゲームの話ばかり。ラムリーザは早く楽器が届いてほしいと願うことしかできなかった。
こうして今日の部活動は終わった。
リゲルは遠くの光を数える部へ向かい、ラムリーザたちは近くの沈黙の中にいた。
夕星が一点だけ強く瞬き、軽音の部屋だけがまだ「前奏」にすら届かない。音を出す前の、息を吸い込むような時間。ラムリーザは、そこにたどり着くまでの道のりが、今日から始まるのだと思った。
これが、軽音楽部とは名ばかりの雑談部の幕開けであった。