ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
君のルートしか選ばない
帝国暦九十二年 朧影の月・王の日(現代暦:四月上旬)
休日であるこの日の朝、ラムリーザが目覚めたときには、すでに午前九時を回っていた。
窓辺を斜めに渡る光が、ブラインドの隙間を抜けて細長い線になり、床に落ちていた。テレビからは甲高い「おはよ~!」が弾んで、続けざまにピコピコという効果音が鳴った。ソニアはコントローラーを胸の下で抱え、親指だけが猫みたいに忙しく動いていた。
昨夜はソニアが遅くまでゲームをしていて、それが気になってなかなか寝つけなかった気がする。なにしろテレビから、女の子の元気な声や可愛らしい声が終始聞こえてくるのだ。想像や妄想ばかりが捗ってしまったとしても、誰にも責められない。
ソニアはすでに起きていて、昨日買ったゲームに興じているようだ。昨夜に引き続き、テレビから女の子の声が聞こえている。
「うーん、おはよ」
「おそよう、ラム」
おそようとは面白い造語だ。遅いとおはようをつなげたのだろう。
「もうごはん食べた?」
「うん」
だよな、と思いながらラムリーザは一人で食堂に向かうことにする。よく考えたら、ソニアのほうが早起きしていること自体が珍しい。ゲームの力はときには大きく作用する。
「ところで、今日はちょっと日用雑貨の買い出しに行こうと思うけど、どうする?」
「うーん、ゲームしたいな」
「そうか」
ソニアは買ったばかりのゲームに熱中したいようなので、ラムリーザは今日は一人で出かけることにした。
帝都の屋敷に住んでいた頃は、そういった仕事は使用人がやっていて、ラムリーザ自身が買いに行くということはなかった。
今住んでいる屋敷にも住み込みの使用人がいるので任せてもよいのだが、ゲームの中の女の子の声を聞いていると気になって仕方がない。だから、その場を離れることにしたのだ。
画面を見させてもらえば一緒に楽しむこともできるのだろうが、なぜかソニアは見られることを拒む。
そういうわけで、ソニア一人を部屋に残し、ラムリーザは新しく住むことになった町へと繰り出した。
今日は、ポッターズ・ブラフの商店街での日用品買い出しだ。
ところが町に繰り出してみたものの、買おうと思っている日用雑貨がどこで売られているのか、よくわからなかった。
ゲームやおもちゃ、アクセサリーなど、趣味の買い物をしたことは何度もあるが、日用雑貨を買うのは初めてだ。
これまで当たり前のように使っていたものを、使用人たちはいったいどこから買ってきていたのか。
「さてと、どこに向かえばよいものやら」
とりあえず時間もあることだし、しばらく散策してみることにする。それほど大きくない町だし、迷うこともないだろう。
それに、これも独立独歩の第一歩だ。この程度のことも自分でできなくてどうする? このままでは笑われるぞ? 誰に笑われるのかは知らないが。
桜の並木道は、すっかり緑色になっている。この国では、桜の花を見たければ、花の季節のもっと早い時期、例えば白霜の月ころに見に行かなければならない。ここは温暖な南国なのだ。やはり昨日ソニアと訪れたときに見た、トックリヤシが特徴的だ。
町並みは、古風だった帝都とは違い、いかにも地方都市といった雰囲気だ。人もそれほど多くなく、自然も多く残っている。
昨日と同じように、乾いた木箱とインクの匂いが混ざる通りを抜けると、後ろからふいに声をかけられた。
「あれ、ラムリーザじゃない?」
振り返ると、そこにはリリスとユコの二人組がいた。
床板を踏むたび吊り札がかすかに揺れ、そんな小さな音に紛れて、ユコの笑い声がやわらかく弾む。
話を聞くと、休日は二人でショッピングに出かけることが多く、今日も一緒に来たのだという。行きたい店がどこにあるのか分からなかったラムリーザは、これ幸いと二人に同行を依頼してみた。
「ちょうどいい、ちょっと時間あるかな? 日用雑貨をいろいろと置いている店を知っていたら教えてほしいな。消耗品とか、いろいろ必要でさ」
「ええ、大丈夫ですの。あ、でもその前に私たちの、買い物に付き合ってくださいね」
「ん、わかった」
二人のうちのプラチナブロンドのほうのユコが快く引き受けてくれたので、ラムリーザは彼女たちに付き合うことにした。
二人を眺めると、やっぱりこの二人は美少女だな、と思う。変な着こなしをするソニアと違って、きちんとした身なりをしている。もっともラムリーザが求めているものはそこではないのだが、客観的に見ると、二人はソニアに勝っているような気がした。
リリスとユコの買い物先はゲームショップだった。ちょうど今までやっていたゲームが一段落したので、新しいゲームを選びに来た、ということらしい。
「あれ? デジャヴ?」
ラムリーザは昨日と同じような展開に、少し可笑しかった。店も昨日行ったところと同じ「ぶくぶく書店」だったのである。そういえば、この二人もゲーム好きなのかな、とか思った。
ショーウィンドーのガラスに三人の影が並ぶと、ユコの白い指が新作の札を軽く叩いた。リリスはショーウィンドーに映る自分の姿勢を確かめ、ふっと唇だけで笑う。
帝都とは違う、背伸びしない陳列が、この町の呼吸をゆっくりにしていた。
「やっぱりギャルゲーとかやるのかな?」
「それは男子向けの恋愛ゲームね。私は興味ないかな」
「ですよねー」
リリスの返答に、やっぱりソニアは変わっているのかな、と思ってしまう。
「ラムリーザさんはどのようなゲームをやるのですの?」
「んー、僕はやるより見てるほうが多いからなぁ。やったことがあるのは、主人公がひたすら木を切っていくゲームかな。猪とか蛇にぶつかったら失敗だから、そいつらもやっつけるんだ」
「それは木こりのアンドレですのね。見るのがお好きなのでしたら、今度私のプレイをお見せして差し上げますわね」
などとユコは言ってくれるが、ラムリーザには、この神秘的な雰囲気をまとった少女がゲームをやっている姿が想像しにくかった。ただし、ラムリーザの説明だけでプレイしたゲームが分かってしまう辺りは、彼女たちもゲーム好きなのだと確信するには十分だった。
そういうわけで二人は各々ゲームを買い、次は雑貨屋に向かうことになった。
買い物が終わるころには、もう夕方になっていた。
雑貨屋だけでなく昼食も一緒にとったし、二人のウィンドウショッピングにも付き合っていたからである。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「いやぁ、こっちも助かったよ」
二人は長年住んでいるだけあって、必要なものがどこに売っているかはよく把握していてくれたので、ラムリーザは助かった。香木のヤウバウまで置いてあったのは珍しかったので、思わず買ってしまって荷物になっている。
「でね、この後アフター行かないかしら、アフターに」
リリスは微笑を浮かべて、妖艶な目つきでラムリーザを誘惑するように見つめる。
「む、誘ってる? ユコはどうするんだ?」
「ユコはもう帰るみたいよ」
斜めの陽がアーケードのガラスを薄金色に染め、リリスの睫毛に細い影を落とす。
ラムリーザは、リリスの「このあと、アフター行かない?」その一言だけで、誘っているのだな、と感じた。恋愛ゲームのことについて考えていたばかりなので、脳裏に選択肢の枠のようなものが勝手に浮かび上がる。
・リリスの誘いに乗る
・リリスの誘いを断る
この誘いに乗ればリリスルートに突入することになるかもしれない。それともこの時点では好感度が上がるだけなのか?
リリスは非常に魅力的な女の子だから、そんな娘を彼女にできれば、周りに自慢できることは間違いないだろう。
だがソニアはどうする? ソニアに隠して付き合うという選択肢もあるが、いつまでも隠し通せるわけはなく、いずれはばれてしまうだろう。そうなれば、三角関係で泥沼化間違いなし。
そしてその先、最終的に待ち受けているのは二人が刃物を持ち出して……。
などと細かく考えたわけではないが、ラムリーザはリリスの誘いには乗らないことにした。そもそも自慢するために女の子と付き合うつもりはない。ソニアと付き合っている自分を自慢したいわけでもなく――とは思うのだが、果たしてソニアと付き合っていることは、自慢に値するのだろうか?
ラムリーザは、ギャルゲーに熱中しているソニアの姿を思い出して、ちょっとだけ疑問を覚えてしまった。
それでもリリスの誘いには乗らないことにした。やはりソニア一筋でいたい。
「でもさ、二人とも買ったばかりのゲームを早くやりたいんじゃないかな?」
「あら、ゲームは明日からでもできるわ」
しかし案の定、リリスはすぐには解放してくれない。自分のことを好意的に見てくれるのは嬉しいが、ソニアに黙って二人きりで遊びに行くのは嫌だ。もっとも話したところでソニアは許さないだろうが……
「いや、僕は今夜用事があるから早く帰らないといけないし、それに荷物もあるし」
「そう、なら、仕方ないね」
自分の用事を伝えると、さすがに身を引いてくれた。確かに今は両手に大きな袋を持っている。大きさの割にはそれほど重くはないが、遊びに行くには邪魔である。
「うん、じゃあまた明日学校で」
ごめんリリス、恋愛ゲームの類での考え方をすると、僕のエンディングはもう決まってるんだ……と、心の中でよくわからない謝罪をしながらラムリーザはその場を立ち去ったのであった。
住まいである親戚の屋敷に帰ると、先ほどの選択肢でラムリーザが選んだソニアは、まだゲームに夢中だった。
テレビからは可愛らしい声で「ごろにゃーん」とか言っているのが聞こえてきて、もう見ていられない。いや、見ようとしてもソニアに怒られるだけだから見ないけど。
やれやれ、ソニアが攻略している幼なじみキャラとはいったいどういうものなのか、と思いながら、ラムリーザは買ってきたものを片付けていくのであった。
ソニアの心境の変化も、よくわからない。リリスも興味ないと言っていたように、男子向けの恋愛ゲームなのだ。
テーブルにヤウバウをひとかけら置いて火を移す。甘い樹脂の香りがふわりと広がり、ソニアの肩越しに『セーブしますか?』の文字が光る。
「うん、セーブでいい」
彼女の独り言に合わせるように、ラムリーザも小さく頷いた。
僕はもう、選び終えている。たとえソニアがゲームの中の女の子に恋をしようが……。
窓の外、アンテロックの尾根が紫に沈み、今日の選択がやわらかく一日を閉じた。