ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


四人の音、ひとりの不安 音が始まる前に

帝国暦九十二年 風花の月・創世の日(現代暦:四月上旬)

 朝の光が斜めに差し込み、教室には新しい木の匂いが満ちていた。チョークの粉がほんのりと舞って、昨日よりも少し現実の匂いが強い。
 
 その中で、ソニアだけが落ち着かなかった。

 彼女は不安だった。ラムリーザが自分のもとから離れていってしまうことはないと信じている。けれど、そこに現れた二人の女性は、その確信が揺らいでしまうほど美しかった。

 教室に入って自分の席についたソニアは、頬杖をついて離れた位置にいるラムリーザを見つめていた。

 ラムリーザの席は窓際の後ろから二番目で、後ろの席の男子と話をしている。その男子は、確か先日のパーティーで見かけた相手だとソニアは覚えていた。ソニアは食事に夢中だったが、その時にラムリーザが話しかけていた相手だ。

 そこに、二人の女子――いや、美少女といってもいいかもしれない二人が視界に入った。腰まで伸びた黒髪の美少女、同じく腰まで伸びたプラチナブロンドの美少女。

 それは、先日駅ですれ違った二人だった。その二人が、あろうことかラムリーザの近くの席に腰掛けたのだ。プラチナブロンドの美少女がラムリーザの隣に、黒髪の美少女がその後ろに座った。最初の座席は名前順で決まっているので、二人の意思で近くに来たわけではない。

 しかしソニアは、ラムリーザがその二人になびくのではないかと不安だった。席替えをしたいと思ったが、まだそのような時期でもなく、自分ではどうしようもないことだ。

 放課後まで気が気でなかったので、授業が全て終わると、ソニアはさっさとラムリーザを連れて部室に向かうことにした。まるで二人の美少女と引き離すかのように。

 だがしかし――。

 

 

「ユコ・メープルタウン、よろしくお願いしますわ。ほらリリスも挨拶して」

「リリス・フロンティア、よろしくです」
              
軽音楽部の部室で、黒髪のリリスとプラチナブロンドのユコが並んで立っている
 なんということか、その二人の美少女が軽音楽部の部室に姿を現したのであった。

 腰まで伸びた黒髪と赤い瞳が力強さをたたえた、妖艶な雰囲気のリリス。

 同じく腰まで伸びたプラチナブロンドの髪と緑色の瞳が神秘的な雰囲気のユコ。

 自分の取り柄は、おっぱいの大きさと脚線美、それからラムリーザが「可愛い」と言ってくれることくらいだと思っているソニアは、ぱっと見の印象だけで、この二人には勝ち目がないと考えていた。個々のパーツでは勝てているとしても、全体のバランスでは到底及ばないと感じていた。

 髪の色も声の響きも、仕草ひとつまで整っている。
 
 ソニアは自分が少し動くだけでボタンが悲鳴をあげる制服を思い出し、なんだか急に自分が「にぎやかなだけの脇役」みたいに思えてきた。

 胸が重くなるのは、きっと服のせいじゃない。

「こっちこそよろしく!」

 ソニアの心配をよそに、ラムリーザは力強く答えながら、二人の様子を観察してみた。

 紛うことなき美少女。それが、ラムリーザにとってもソニアにとっても、二人への第一印象であった。ただし、ユコの笑顔には嘘偽りのない感じがあったが、リリスのほうには、その表情の奥に微妙な警戒心を感じ取ることができた。

 ラムリーザは、この二人をどこかで見たことがあると思った。その記憶をたどってみると、初めてこの町に来たとき、駅ですれ違った二人だということを思い出した。

「あれ、あなたは確か同じクラスにいましたよね?」

「ん、そうだっけ。確かに君は……えーと、ユコ? そういえば隣にいたみたいだけど」

 ユコの問いに対するラムリーザの答えは曖昧だ。ソニアは心配していたが、ラムリーザは二人をそれほどしっかりとは見ていなかった。

「なんだか曖昧ですね。まあいいですの。あなたは、いつも外ばかり見ていましたから」

「うむ、まあいい」

 二人の言う通り、美少女二人よりも外の風景のほうに興味があったのだ。美少女二人を目の前にしても、ラムリーザはマイペースだった。

 

 実際のところ、ラムリーザはこういった美少女を見慣れていたのだ。

 昔から親に連れられていった名家の集まりに参加していて、そこで様々な令嬢に会う機会があったわけだ。そしてその中には美少女と呼んでもいいような令嬢も何人かいた。正確に言えば、美少女率のほうがかなり高い。

 そういった環境にありながらも、ラムリーザはソニアを選んだのだが……。

 ラムリーザは、ソニアのことを可愛いと思っていた。胸と脚に目が行きがちだが、それでも十分に可愛かった。天真爛漫なソニアのほうが好きだというのは、以前述べた通りである。



 

「僕はラムリーザ、よろしく。そしてこっちが……」

 ラムリーザは言葉を切ってソニアを見たところ、なんだか深刻そうな顔をして黙り込んでいる。

「……ソニア?」

「ラムリーザさんですね。ソニアは人見知りするタイプなのですか?」

「いや、そんなことなかったはずだけどなぁ……。どうしたソニア?」

 ラムリーザに肩を揺すられて、ソニアは我に返った。

「え、あ、あはは、なんでもない、なんでもないよ。こっちこそよろしくね!」

 ラムリーザは、なんだかソニアの様子がおかしいと感じた。笑顔が本心からのものか作り笑いかは区別がつくようになっていて、今のソニアは間違いなく後者だった。しかし場を乱さないように会話を続けることにした。どうしてもこの調子が続くようだったら、その時に聞き出せばいいと思いながら。

「でもあなたたちって、見かけない顔ですわね。中学はどこでしたの?」

「あー、僕らは去年までずっと帝都に住んでいたんだ。だから君たちのことも知らないよ」

「そうなんだ」

 ラムリーザの話を聞いた時、リリスの表情から警戒心が消えたような気がするのは、気のせいだろうか。そしてさらに気のせいか、突然リリスは誘うような目つきをラムリーザに向け、わずかに身体の距離を縮めた。

「でもちょうどいいかもな。これで四人だから、クラスメイトでユニットが組めるかもね」

「そうね、私はギター。主にリードギターがいいわ。あとボーカルもメインでよろしく」

 さっきまではユコばかりが話をしていたが、急にリリスもしゃべり出したような気がする。

「リリスは目立ちたがりなんだね。ユコは?」

「私はキーボード担当。あ、でも、演奏よりもむしろ作曲や編曲のほうが趣味ですわ」

「へー、それはすごいね」

「あなたたちは?」

 リリスがラムリーザのほうに身を乗り出して聞いてくる。その表情からは、最初に感じた警戒心は消え去っていた。

「僕はドラムだね」

「あたしはベースよ」

 ソニアはラムリーザとリリスの間に割り込むようにして言った。あまりラムリーザに近寄るな、と言いたげな様子だ。

 そんな雰囲気のソニアには目もくれずにリリスは身を引くと、手をぽんと叩いて言った。

「ユニット完成ね」

 上手くパートが分かれた、一年生カルテットの誕生であった。

 まだ誰も音を鳴らしていないのに、部屋の空気がどこかざわめいた気がした。

 きっとこの四人で奏でる最初の音が、それぞれの心を暴いていくのだろう。

「いや、部長や先輩もいるんだけどね」

 今日は、部長のセディーナとジャレスという二人の先輩は、部室に顔を出していなかった。

 最初に聞いた話では、「本格的な活動は文化祭とかのイベントの時だけ」と言っていたので、それ以外の時はあまり活動していないのだろう。それに加えて、ジャレスは生徒会会長をやっていて、セディーナも生徒会役員だそうだ。だから普段はそちらの業務が中心で、音楽は息抜き程度と考えているらしい。

「入部届とかどうしたらいいのかしら」

「とりあえずテーブルの上に置いておいたらいいんじゃないかな」

「それはそうと――」

 リリスは、今度は視線をソニアのほうに向けて、言葉を続けた。その目は、奇異なものでも見るような感じだ。

「――ソニア、と言ったかしら? その胸、なんとかならないの? アピールしすぎだと思うわ」

 なんだか初日にも先輩に言われたような台詞を、リリスはクスッと笑いながら口にした。このボタンが留まらないほどの大きな胸は、やっぱり目を引くようだ。

 そういうリリスも、見た感じ胸のサイズは大きい。ただし、制服に収まる範囲の大きさだ。ソニアの収まらない胸が規格外なだけである。

「どっ、どうにもならないのよ!」

 ソニアは顔を赤くして、腕で胸を隠す。

 またこの流れかと思って、ラムリーザは前回と同じようにしてこの場は流すことにした。

「んー、とりあえずソニアの胸はスルーということで」

 そう言いながら、この分だと会う人会う人がツッコんでくるんだろうな、と思っていたのである。

 まあ、ソニアの言う通り、どうにもならないのだから仕方がない。

 しばらくすると、誰も話さなくなった。部室の時計の秒針の音だけが、小さく空気を刻んでいる。

 窓から吹き込む風が譜面を一枚めくり、新しい一小節の始まりを告げるようだった。

 まだ音は鳴っていない――けれど、その沈黙こそが最初のハーモニーのように思えた。

 部室を出る頃には、夕陽が廊下を赤く染めていた。

 ソニアは、後ろを歩くリリスとユコの話し声を聞きながら、自分の胸の奥が妙にざわざわしているのを感じていた。

 ――音楽はみんなでやるもの。そう言い聞かせても、ラムリーザが誰かと視線を交わすたびに、小さな痛みが心に刺さる。

 でも、その痛みの向こうにしか、本当の物語は始まらない。そんな気もしていた。

 一方ラムリーザは、このユニットで音を合わせること、ソニアを笑わせること、そして与えられた役目を自分の言葉で引き受けること。その三つを胸の中で確かめていた。

 それさえ見失わなければ、道は自然と形になる――そんな予感があった。

 新しい仲間、新しい曲、新しい町。まだ胸のどこかが少しだけざわつくが、悪くない感覚だった。不安は、進むための音だと知っている。

 視線の先、ソニアがこちらを見ている。嫉妬も、心配も、全部抱えたままでいい。

 彼女が隣にいる世界を守りながら、少しずつ範囲を広げていく。そのやり方なら、自分にできる。

 だから今は、最初の一拍を数えよう――ここから先を、みんなで作るために。

 ラムリーザは深く息を吸い、ゆっくり吐いた。

 こうしてラムリーザは、リリスとユコの二人に出会ったのであった。