ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
午後の砂時計は理想を遊ぶ
帝国暦九十二年 風花の月・太陽の日(現代暦:三月下旬)
昼下がり、屋敷内のラムリーザの自室でのことだ。
あの日以来、ソニアはほとんどラムリーザの部屋で過ごすようになっていた。
今日も自室から持ち込んだゲーム機で、最近プレイしている戦略シミュレーションゲームに取り組んでいる。
だが、ある場面でふいに手が止まった。その場面は、主人公の上司である騎士団長が、理想と現実のどちらを選ぶかという問いを主人公に突きつけていた。
ソニアはそこで選択に迷い、いったん手を止めたのだ。
「う~ん……ラムは理想と現実ならどっちを選ぶ?」
「ん~、理想かな?」
窓辺に置かれたリクライニングチェアで、外の景色を見ながらくつろいでいたラムリーザは軽く答えた。
現実を見るだけでは面白くない。やはり理想を持つことは大切だ、とラムリーザは思っていた。だから、幼馴染と離れ離れになるという現実を受け入れずに、理想を押し通してソニアを連れていく道を選んだのだ。
もちろん、そんなラムリーザの考えまでは察しておらず、ソニアは不満そうに声を上げた。
「えー、でもそれだと虐殺しちゃうよ……」
「話が見えんな、ゲームの話だろ? 君の属してる陣営の方針はどうなっているんだ?」
少し真面目に聞いてやるか、とラムリーザは身を起こしてソニアのほうを振り返った。ソニアはゲームの映っている画面を見ながら、難しい顔をしている。
「なんかね、敵国を装って民を皆殺しにすることで、民の団結を固めたり、敵国の反体制派を煽って戦力分散させたりすることを考えているみたい」
ラムリーザが想像していたよりも、深刻で難しい問題であった。
「なるほど、考えてるね。少数の犠牲で、多大な成果を得るってやつか」
「でも、罪もない人々を虐殺するなんて……」
「ソニアはここにいますか?」
そのとき、部屋の入り口の外から、フォレスター家のメイドであるナンシーの声が聞こえた。ソニアはほとんど自室に戻っていないので、ここにいると見当をつけたのだろう。
「いないよ」
そう答えたのはソニアだ。自分で「いないよ」と言っても、まったく意味がないということにこの子は気づかないのだろうか。
「そこにいるのですね。少し用があるのですが、入ってもよろしいでしょうか?」
夜中ならともかく、今は別にやましいことはしていないので、ラムリーザは「ああ、どうぞ」と答え、入室を促した。もちろん今はまだ、夜中もやましいことはしないつもりだ。
「失礼します」
「あ、お母さん」
部屋に入ってきたメイドのナンシーは、紐状の巻尺を持っていた。
「ソニア、ちょっといいかしら? 身体のサイズを測らせてもらいますよ」
「ふえぇ? いきなり何?」
「社交の場に出るためのパーティードレスを仕立てるためです」
これまでソニアが社交の場に出ることはなかった。だが、ラムリーザの恋人という立場になったので、それを示すためにも同伴する必要が出てきたというわけだ。
「あたし、ゲームやってる途中なんだけど……」
「すぐ終わるから、少しの間着ているものを脱ぎなさい」
「えっと、僕は外に出ていたほうがいいかな?」
「別にラムになら見られても平気」
確かに、あの日から毎日のように同じベッドで寝る仲になっているのだ。それに際どいミニスカート姿も見慣れていて、下着が見えても今さらだ。
ソニアはそう言って、着ていた白いニットを脱いで、キャミソール姿になる。そして、そのままラムリーザの部屋で身体測定が始まった。
ラムリーザは、終わるまでリクライニングチェアでくつろいだまま、遠い空を見つめていることにした。
「それでは胸回りから……トップは98cmですね、アンダーは……66cm」
メイドのナンシーは淡々と測っていく。
98cm……それがどのくらいのサイズなのかラムリーザにはいまひとつわからなかった。これまで女性の体つきに対してそれほど考えたことがなかったというのもあった。
これまでもソニアとはずっと一緒にいたが、まじまじと体つきを観察したことはない。それに、体つきがどうかというよりも、むき出しの足が印象的だからだ。
後で自分も測って比べてみたら分かるかな……などと考えていた。
「胴回り……56cm」
胸囲に対して胴回りが細いな、とラムリーザは思った。最近の服装では、胸から腰にかけては寸胴に近く見えている。そういえば先日、初めて抱いたときに、胸回りに対して腰回りが細かったな、と思い出していた。
そして頭の中で勝手にイメージを組み立てていた。
「腰回り……90cmですね」
「まるで巨大な砂時計だな……」
「えっ? ラム、何か言ったの?」
「なんでもない」
どうやら思わず声に出してしまっていたようだ。
ラムリーザは、頭から砂時計のイメージが離れなかったので、それを振り払うようにちらりとソニアのほうを見た。
ソニアはこちらに背を向けていたが、確かに脇から胴にかけて細くなっていて、お尻のところで太くなっている。その、肉付きの良い太ももがいいな、などとやはり思うのであった。
だが、胴の細さが意外だった。あのときも服の上からだったので、こうして実際の体つきを見ると、知らなかったことがいろいろと分かる。
これまでソニアは、大きなサイズのニットを着ていて、腹の周りをだぶつかせていたので、見た目は胸から腰にかけて太い感じだった。服を着ているときと、脱いだときとでは印象がまるで違うな、と思った。確かにどう見ても砂時計だ。
「最後に身長……163cm。はい、これで終わりです」
計測から解放されたソニアは、もそもそと着替え直していた。そして服を着れば、やっぱり上半身はふっくらしているように見える。
だが今ならわかる。胸の下がふくらんで見えていたのは、服をだぶつかせていただけなのだと。
ソニアの計測が終わったのを見計らって、ラムリーザも上着を脱ぎながらリクライニングチェアから身を起こした。
「ついでに僕も計ってくれないかな?」
「わかりました、それでは胸囲から……96cmですね」
えっ、96cm? とラムリーザは思った。
確かソニアは98cmと言ってなかったか?
自分のガタイは大きいほうだと思っていたが、ソニアはわずかではあるがそれ以上なのか?
つまりそれって……
「ソニア、僕より胸が大きいのか?!」
「あっ、あたりまえじゃないっ! 見ればわかるでしょ!」
ソニアは、顔を真っ赤にして恥ずかしがる。そして「ラムのバカ!」と言いながら、ラムリーザの部屋から逃げ出すように飛び出していってしまった。
「あれ、なんか困ることを言ったかな?」
「それは……あの子は普通の子より、いえ、かなり胸が大きいからです」
「確かに大きいよな……いや、太っているんじゃなくて、胸が大きかったのか」
「太ってはいませんよ。まぁ、お腹のあたりでだぶつかせて、わざわざ太って見えるように変な着こなしをしてますが……」
ラムリーザは、ソニアがいなくなったので自分の測定は必要なくなったと考えた。
そして、計測はもういいと告げ、メイドを下がらせた。
「ラムリーザ様」
メイドはドアから出る前に振り返って言った。
「ん?」
「これからもソニアをよろしくお願いします」
「……ああ」
そう言い残してメイドのナンシーは退室していった。
ふとテレビ画面を見ると、先ほどの選択肢部分で止まっている。
『……従ってくれるか? こうしなければ俺たちに明日はない!』
ソニアの言っていた騎士団長は、力説しているようだ。ラムリーザはその顔に、なんとなく好意を感じていた。
そしてコントローラーを拾い上げ――
『……わかっています。理想のためにこの手を汚しましょう』
――そのままボタンを押した。
うむ、大事なのは理想を貫くこと。ラムリーザは、深く考えもせず、ソニアにも理想を選ぶほうへ背中を押してしまった。
こうして、英雄ソニアは自らの手を血で汚すことになったのだが、それはラムリーザの知らぬところであった。
一方ソニアは、屋敷の廊下を走り抜けて、自分の部屋に飛び込んだ。
背中が熱くて、胸の奥がむずがゆかった。
どうしてあんなことで怒ったんだろう、ラムに悪気なんてなかったのに。でも、ラムは「理想を選ぶ」って言った。だったらあたしの身体も、その理想に見合ってなきゃいけないのかな。
そんなことを思いながら、鏡の前に立ち、自分の姿を見つめる。
大きすぎる胸、細い腰、思い切り主張する脚。
まだまだ「女の武器」なんて言葉を、軽々しく口にするような年じゃない。
だけど、ラムが見てくれるなら、それも悪くない――そう思ってしまう。
窓の外には、春の薄曇り。
その下でラムリーザの部屋の灯りが、まだ静かに光っていた。
ソニアは、窓に手を当てながら小さく笑った。
「まあいいっか、また遊びに行こうっと」
そして、やはりラムリーザのところへ向かうことにするのだった。
その頃、ラムリーザは、ナンシーが退室して静けさの戻った部屋で、ソニアの代わりにゲームを進めていた。
ふと机の上を見ると、そこに残された測定のメモには「98cm」と書かれていた。
そんな数字だけで、あれほど顔を赤くして走っていくとは思わなかった。
――理想を選ぶ。
さっき、ソニアの問いにそう答えた自分の声が、ふと胸の奥で反響した。
理想を選んだ結果、ソニアを自分の隣へ連れてきた。けれど、あの子の身体のことも、不安も、照れも、全部まとめて受け止める覚悟を、自分はまだちゃんと持てているんだろうか。
窓の外では、春の雲が薄く流れていた。
すると、廊下の向こうから、そっと扉が開く音がした。
「……ラム、入っていい?」
さっきの涙目も、怒った顔も消えたソニアが、気まずさをごまかすみたいに、少し照れたように立っていた。
「続き、やろっか。あたし、一人だとまた選択に迷いそうだし」
「そうだな、一緒にやろう」
そう返しながら、ラムリーザは胸のどこかがふっと軽くなるのを感じた。
数字でも形でもなく、ただ、この子が隣にいるという事実だけ。それが今の自分にとって、何より確かなものだった。
理想を追いかける旅は、まだ始まったばかりだ。
けれど、その最初の一歩をともに歩いてくれる相手がいるなら――それだけで十分だと思えた。
こうして二人はまた、午後の陽だまりの中でゲームを再開した。
しかしソニアは、ラムリーザがゲームの中で、理想のために手を汚す選択をしていたことに気づいていないようだった。だから罪もない人々を虐殺する展開に進んでしまっても、今さら誰も責めることはできない。
結局この日も、ソニアはラムリーザの部屋で一日中を過ごすことになったのである。