ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


春の証明、そして三年の猶予

帝国暦九十二年 風花の月・精霊の日(現代暦:三月中旬)

「ソニアと別れちゃうのかなぁ……」

「それはあなたが決めることです」

 

 

 昼下がりのフォレスター邸談話室。

 先日のソニアの件で答えを出すために、ラムリーザは再び母親ソフィアのもとを訪れた。経緯を細かく話すと長くなるので、結論だけを述べることにした。

「決めました。次に行くところに、ソニアも一緒に連れていけるように取り計らってほしい」

「それは友人として?」

「恋人としてです」

「そう、決めたのね」

「はい……」

 テーブル席に腰掛けたソフィアは、腕を組んでラムリーザを見上げた。

「とりあえず座りなさい」

 ラムリーザは促され、先日と同じく正面の席に座った。

 実際のところ、ラムリーザは友人と恋人の線引きはよくわかっていなかった。昨夜、恋人だと確かめ合ったが、初めてキスを交わした程度で、それほど二人の関係は変わったようには思えなかった。

 だが、縁談や伴侶という言葉を聞いて、ソニアとの関係を一歩進めてみただけなのだ。だから友人から恋人になったとして、二人の関係が劇的に変わるとは、このときは考えていなかった。

 ただ、どうせこの先、誰か一人を選ばなければならないのなら、自分にとって一番なのはソニアだった。

「もう一度確認します。本当にソニアでよいのですね?」

「大丈夫です。これまで変わらなかった関係が、今後も変わることはないと思っています」

「ふむ……いいでしょう。まあ、とりあえずこの三年間、様子を見ます。それでいいですね?」

「はい、お願いします」

「わかりました。ソニアの両親には、私が話しておきましょう」

 

 ――三年間、様子を見ます。

 様子を見るということは、この春からの学校生活の間に最終的な判断を示せばいい、ということだろうとラムリーザは思った。ただし、そこにソニアを連れていけなければ、話が始まらない。

「えっと、それでソニアも一緒に連れていきたいのだけど」

「ええ、彼女も同じところに入学させるよう取り計らいます」

 どうやらその心配はなさそうだ。

 これからもソニアと一緒にいられること、そして新天地に一人で向かわなくてもよくなったこと。それは二重の意味でうれしいことだった。

「それではソニアとの交際についてですが、どう考えていますか?」

「ええと……清い交際、かな? いや……違うかな?」

 ラムリーザはそう言ってみたものの、ソニアとはすでに昨夜一緒に寝ているしな、と思い直した。そんなことを考えながら、訂正する言葉を探していたら、先にソフィアに話を進められてしまった。

「わかりました、当面は清い交際ということにしておきましょう」

「お、おう……」

 結局その言葉が見つからないまま、この場はそういうことで収まってしまった。

 それでも、夜にソフィアが自分の部屋へ直接やってくることは、ここ数年一度もなかった。だから、一緒に寝ていても気づかれることはないだろうと考えていた。それに、この数日間をしのげば、二人とも親元を離れていくのだから。

 

 

 その夜、ソニアはソフィアに呼ばれて談話室に向かっていた。部屋には、ソフィアと執事、そしてメイドが揃っていた。その執事とメイドは、ソニアの両親である。

 ソフィアはテーブル席ではなくソファーに腰掛け、その左右を挟むように執事とメイドが立っている。

 三人の視線を感じ、ソニアは緊張した面持ちで部屋に入った。

「遅くなりました」

「別に構いません」
              
暖炉の灯る屋敷の応接室で、ラムリーザの母ソフィアに謁見するソニア。執事とメイドが見守る中での静かな面会。
 軽くお辞儀をしたソニアを、ソフィアはいつもの恍惚とした視線で見ている。そしてその目に、ソニアは少しだけ安堵を覚える。ラムリーザの優しい視線とかぶるところがあるのだ。

 ふとソニアは両親のほうを見た。両親はソフィアと違い、真剣で、どこか心配そうな目で見ていた。その雰囲気の違いに、ソニアは違和感を覚えていた。

「健康的で綺麗な脚ですね」

 ふっと微笑を浮かべながらソフィアは語った。

 ほぼ毎日のことなのだが、ソニアは脚を強調するように、いつも際どいミニスカートをはいている。それでいて、靴下などは履かず、足元はいつも素足だ。つまり、太もものかなり上より下は何も覆われていない。

「それでラムリーザを虜にしたのかしらね、ふふ」

「ソ、ソフィア様、あたしは別にそんな……」

 ソニアは慌てて弁明する。別に誘惑とかを考えているのではなく、単にミニスカートが好きなだけなのだ。

「でも、上半身は少しぽっちゃりしているのね」

「ち、ちがっ……」

 明らかにサイズの合っていないぶかぶかのニットを、お腹のあたりでたるませるように着ている。そのせいで、すっきりした下半身に比べ、上半身だけがもこもことして見えた。ソフィアはその様子に微笑んだ。

 ソニアは顔を赤くして答えられない。実際には太っているわけではない。だが、そうとは答えられなかった。

 

「本題に入りましょう」

 

 ソニアは、ソフィアの口調が変わったのを察し、その顔を見た瞬間思わずすくんだ。その目はいつもの恍惚としたような目つきではなく、金色の瞳が鋭い光を帯びてこちらを見ているのだ。

 そんな目を見るのは、ソニアにとって初めてのことだった。

「あなたはラムリーザの伴侶となる……という意味を理解していますか?」

 ああ、そのことか……とソニアは思った。そして同時に、何を問われているのかもわかっていた。昨夜、ラムリーザから聞いたことでもある。そして、これからもラムリーザと一緒にいられるにはどうしたらいいかを。

 だからソニアはその目にひるまず、そして迷わずに素直に告げた。

「はい。あたしはラムが好きです、ラムを愛してます。一生ついていきます、好きです。ラムと離れたくないです。だから――」

「ラムではありません、ラムリーザ様でしょう?」

 メイドのナンシー――ソニアの母――が口を挟む。

「――ラム……リーザ様が、好き、かなぁ?」

 突然口を挟まれて、口調がしどろもどろになってしまう。なぜか疑問形で同意を求める感じになってしまった。

 もっとも、ソフィアのほうはその辺りは気にしていないようだったが。

「いいでしょう。ただし……これからの三年間様子を見せてもらいます」

 三年間と言えば、この春からの学校生活にあてはまることだ。

 ソフィアはこの三年間で、本当にソニアがラムリーザにふさわしいか見極めるつもりだ。

「もし、あなたがラムリーザの相手としてふさわしくないと判断した時点で――」

 ソフィアが話を続けかけたところ、突然談話室の扉が開いた。

「ラム?!」

「ラムリーザ、どうしましたか?」

 そこに現れたのはラムリーザだ。部屋に入ってきたラムリーザは、黙ったままソニアのそばまで来ると、その肩を抱き寄せて言った。

「たまたま部屋の外を通りかかったから聞こえたけど、ソニアが僕にふさわしいとかふさわしくないとかは、今さらそんなことを考えるまでもないでしょう」

「ラム……」

「それと、交際に駆け引きを持ち込むのはやめてほしいな。こうしなければダメ、こうしたらダメとか、ソニアを縛りつけないでほしい。僕は自然のままのソニアが好きなんだ」

「……わかりました。あなたの意思を尊重しましょう」

 ソフィアはそう言うと、にこりと笑った。

「それではソニアは僕が連れていきます。おやすみなさい」

「あ、おやすみなさい」と、ソニアも続く。

 二人はそのまま一緒に部屋から出ていった。

 

 部屋には、最初にいた両家の親だけが残った。

「ソフィア様、この度は申し訳ありません。まさかあの二人がそんな関係になっているとは気づいていませんでした」

「別に私はソニアを伴侶とすることを認めていないわけではありません」

「恐れ多いことです……」

「いいのよ、あの子の言うとおりです。いまさら……ね」

 ソフィアには分かっていた。ラムリーザがソニアを大事に思っていて、ソニアがラムリーザを慕っているということを。だから、いまさら外野がどうこう言う必要はないのだ、と。

 ソフィアは一人、談話室のカーテンを閉めた。

 窓の外の気配はまだ柔らかい。けれど、あの子たちが背負う未来は、決して柔らかくはない。

 ――それでも、愛を許すしかない。

 そんな思いが、胸の奥で静かに疼いていた。

 

 こうして、ラムリーザとソニアの関係は、お互いの親公認となったわけである。

 

 その夜も、ソニアは迷いなくラムリーザの部屋へ向かった。

 ソニア」は屋敷の廊下を歩きながら、指先で唇に触れていた。ソニア」には「親公認」という言葉が、まだ実感としては響かない。けれど、今夜ラムリーザの部屋に行けば、それはきっと本当になると思っていた。

 そしてラムリーザも、彼女を拒むことなく、むしろ喜んで受け入れた。

 ソニアはラムリーザの母との話を終えたあとも、心臓の鼓動がしばらく落ち着かなかった。

 けれど、ドアをノックしてラムリーザの声を聞いた瞬間、胸のざわめきは少しずつ静まっていった。

「ソニアって、これまで付き合った人っていたっけ?」

「ううん、いないよ」

「そっか」

 ラムリーザは、この機会に一度確かめておきたかったことを尋ねた。するとソニアは、「いないよ」とあっさり答えた。ほとんどいつも一緒にいたのだから、ソニアにそういう相手はいなかったはずだ。

 会話は他愛もない。

 それでも、互いに顔を見合わせて笑うと、もう言葉はいらなかった。

 ボーン、ボーン……。

 部屋の柱時計が夜の九時を告げる。

 音はどこか遠くで鳴っているように聞こえた。

 外の風が窓をかすめ、薄いカーテンがゆっくりと揺れる。

「ラム……」

「ん?」

「なんか、静かだね」

「うん。今はもう二人だけの世界だよ」

 ラムリーザはそう言い、ソニアの髪を指でなぞった。青緑の髪が肩に流れ落ち、ふわりと光を受ける。

 この静けさの中で、二人は確かめ合うように抱きしめ合った。誰かに許されたからではなく、互いに選び合ったから。

 ボーン……。最後の鐘の余韻が、ゆっくりと消えていく。
              
月明かりの差し込む寝室で、四柱式ベッドに腰掛けたラムリーザに寄り添い、ソニアが安心した表情で眠っている場面
 その音が止んだとき、窓の外で一羽の小鳥が鳴いた。

 ほっちょん――、その鳴き声は、帝国ではありふれたほちょん鳥のものだった。

 ――帝都の夜は、こんなにも穏やかだったのか。

 ラムリーザは、ソニアの肩越しに暗い天井を見つめた。自分の選んだ未来が、確かに今ここにあるのだと感じながら。

 もう、誰にも邪魔されない時間。

 それは恋の夜ではなく、現実の静寂だった。