デイケア四日目

 
2020年12月4日―― 

 
 
 散歩も毎日続けていると、少しずつ足が痛くなるまでの距離が伸びていることに気がつく。
 最初は100歩程度で痛み始めていたものが、最近では240歩ぐらいまで伸びていることに気がついた。
 近所を散歩しているだけなので、具体的な距離はわからないが、家から離れた場所でそれは実感できるというものだ。
 
 
 さて、今日はデイケアに通う日。通算四日目となります。
 前日の晩などは、明日はデイケアに通う日、などと考えて少し落ち着かなかったりする。
 おかげで多少は寝つきが悪くなるものの、それはいつもの事なので気にしない。
 それに、九時半までに起きればよいというのが、個人的に楽だったりする。
 
 
 この日の午前中に実施されたプログラムは、ストレス対処Ⅰというもの。
 内容はなんだかデジャビュを感じるようなものだったりする。
 2013年に、休職明けに復職する際にリワークプログラムというものを利用した。
 その時に、同じようなものを見たような、うろ覚え――あの頃はいろいろと精神的に大変だったからなぁ……、今もだけどw
 
 
 ストレスをためやすい人の特徴は、まじめで几帳面な人、頑固で厳格な人、内向的でおとなしい人、取り越し苦労の多い人だそうです。
 そういった人は、ストレスをためておける容量が少なく、ストレスを放出する方法も少ない、だそうです。
 
 自分はどうだろ?
 どちらかと言えば、内向的でおとなしい人が該当するように感じるけど、そこまでは――かな?
 それよりも自分の場合は、約12年における、もっと言えば最後の3年における日々の積み重ねでストレスが爆発したような物かな。
 
 ためておける容量は普通でも、放出する方法がそれなりにあっても、1日に1のストレスを溜めれば、100日で100のストレス。一年間では365のストレスです。
 雨だれ石を穿つ、気がつけば容量スレスレになっていて、何かのきっかけで暴発した。そんなところでしょう。
 
 
 この授業のようなものでも意見を求められました。
 あなたにとって、あってもよいストレス、なくてはならないストレスとは何ですか?
 
 私の場合、家から外に出ることがストレスです。
 でもずーっと部屋に籠っているわけにはいかないですよね。
 なくてはならないストレスだと判断して、意見しましたとさ。
 
 
 昼食、休憩をはさんで午後のプログラムはSST、ソーシャル・スキル・トレーニングです。
 今回のお題は「寂しいと感じた時にどう対処するか」というものでした。
 
 
 寂しい時ねぇ……(。-`ω´-)
 
 個人的な意見を述べると、自分は寂しいという感情はあまり感じたことは無いかな。
 大学に行って親元を離れて以来、一人暮らし歴20年以上になると、一人で居るのが当たり前と感じるようになりますね。
 大学時代、親元を離れていろいろと自由になり、その自由を満喫したまま今に至るというか……。基本的にゲームして文章でも書いていれば、寂しいと感じる暇は無いというか充実しているというか。
 この話し合いの中に、意見として「寂しいと感じるのは当たり前」というものが挙がったりしました。うん、そんなところでしょう。
 デイケアに通おうかなと思ったのも、一人が寂しいと言うより、他人と全く接点のない日々に不安を感じたからだ、とは最初に述べた通りです。
 そして現在も、こうしてデイケアに一週間に一度通い、そこで他人と触れ合うだけで満足している自分が居ます。
 
 そんなところで、今日のSSTに関してはあまり発言するようなことは無く、ほとんど聞いていたようなものでした。
 
 
 それよりも意外に感じたことは、そのプログラムが終わった後のスタッフの先生から聞いたことでした。
 
「あなたの声は、はっきりとしていて聞き取りやすい」
 
 ――とのことでした。
 
 
 このような評価をされたことは、生まれて初めてでした。
 むしろ、そう言われるまでは、自分の声はダメだと思い込んでいました。
 というのも――
 
「あなたの声は、『相当』汚いよ」
「活舌が悪すぎて、何を言っているのかさっぱりわからない」
 
 ――ここ数年の間では、このように評価されてきたわけです。
 それが突然上記のコメントでした。声を貶されることはあっても、褒められたことは初めてでした。
 
 
 
 丁度この日の夜、元上司と会って話する機会を得られました。
 そこで、今日の意外な出来事をさりげなく聞いてみました。
 
「これまで結構会話してきたけど、僕の声ってどう思う?」
 
 こんなニュアンスで尋ねてみましたとさ。すると、
 
「とくにこれと意識したこと無い」
 
 という返答でした。そして、褒めてきたのは何だろうね? と聞いてみると、
 
「他に褒めるところが無いから、とりあえずそこを誉めておいたのでしょう」
 
 ――とのことでした。
 
 
 なるほどね。
 これが現実社会からの意見であり、実際には大したことないというのが現実なのでしょうね。
 
 ここでふと思ったりしたのでした。
 
 
 デイケアというのは、優しい世界、理想郷、ユートピアみたいな場所なのだなと。
 常に、現実の社会を忘れることなく、バランスよく利用していくのが、よいのかな?
 
 
後日、これに繋がります。